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第七十六話「はくしゅ しゅうげき」

「……」

「犯人はイノレード政府の上層、しかも半分くらいが関与してると」


 グリテの沈黙が怖い。別に表情は普通だけど、それがまた怖い。

 俺も、個人的にはイラついている。


『君たちはこの記憶をどう使おうと自由だ。情報は力だけど、上手く利用できなければたわごとと変わらない』

「……これで、どうしろってんだよ」


 俺は口調を荒く、オボエに八つ当たりをしてしまう。


「あれじゃあ、ロボの身体はどうなる」

『さぁ?』

「お前な!」

『僕は精霊、人のために産まれたけど、人の助けになるとは限らないよ』

「またかよ、精霊はいつもそうだな、そんなに人間が嫌いなのか?」


 俺は出てきた紙を掴み取って、くしゃりと丸める。


『すくなくとも、僕は嫌いじゃないさ。でなきゃ人の記憶なんて保管しない。でもね、精霊は長く生きればそれだけ、使命にしか興味を持たなくなるんだ』

「……」

『会話が出来るからといって、あまり、人と同じに思ってはいけない。どちらかといえば、僕達は現象に近いのだから』


 オボエの文章は淡白で、俺なんかよりずっと冷静だ。だいたい、俺たちに記憶を見せてくれる事だって、気まぐれなのだろう。

 わかってる。やらなきゃならないのは俺だ。俺やフラン、ラミィ、はてにはロボにだって知恵を借りて、ロボを治すしかないのだろう。


「……わかったよ、あんたはそのスタンスで構わない。ある意味じゃ重大なヒントをくれたんだし、ありがとうな」

『うん、どういたしまして』


 この記憶から考えるに、ロボの治療にはジャンヌとの接触は不可欠だろう。先は長そうだ。

 とそこで、真上からひらひらと紙が落ちてくる。目の前ではなく、俺が受け取るよう現れた。

 俺はそれを掴み、文字を見る。


『でも、見損なわないでほしいかな』

「ん? ……うぉっ!」


 その紙が俺の手の中で光りだす。次第に光は収束し、背けた目をもとに戻した時には、カードに変わっていた。


「これって、サインレアか!」


 俺の手に収まったのは証のカードだった。

 まてよ、これって、奮発してくれるのか!


『まあ、ご褒美みたいなものだ、君たちは計らずとも、ここを見つけたからね』

「でも、いいのか?」


 確か俺たちって、工程を八割すっ飛ばしてここに着たんだよな。


『ただの偶然じゃ、この場所の封印は解かれない。君の行く末に必要なときが必ず来る』

「これは、どういう効果があるんだ?」

『この場所の簡易版さ、人の記憶がちょっとだけ覗ける』


 それって、風呂も覗けるのか?

 そう考えると、ちょっと得をした気分になる。しかも眷属になったという事は、かなりのレベルアップにも繋がるし。


『残念だけど、それは君が見たい記憶を見せてくれるものじゃない。君に知らせる必要のある事柄を、見せてくれる時にだけ発動できる』

「……なんだよそれ」

『そのカードが使用できる時は、ちゃんとカードが伝えてくれるから、安心するといい』


 安心する前に、ガッカリした。

 と、頭を下げた途中で、グリテが視界に移った。


「おい、グリテにはどうするんだ?」

『彼は、逆に僕のカードはいらないんじゃないかな』


 ほんとかよ。

 グリテは先程から会話に入ってくるどころか、俺達を見ているのかすら怪しい。

 そういえば、なんでグリテってこの事件に興味持ってたんだろ。


「……」

「グリテ、おいグリテ」

「……クソが」


 これ以上話し続けるとまた殴られそうだな。

 まあいいか、とりあえずほしい情報も手に入ったし、これからテレサと相談しないといけないな。事件の真相はまだロボには明かせないけれど。


 そんなときだ、背後から、手を叩く音がした。

 ……拍手?


「素敵なお部屋、でも今日は、あなたのお部屋が見たいかな」


 とても透き通った、女性の声。

 俺は、反射的に振り返ってその声の主と目を合わせる。


「じゃ、ジャンヌ!」

「こんにちは星のない空さん、ここで何を見てたのかなぁ、ちょっと気になるなぁ」


 優雅に体を揺らしながら、ジャンヌが俺達をまじまじと見つめる。


「どっ、どうなってる! おい、オボエ、あんたまた記憶を見せたのか?!」

『違う、こ――』


 俺が読み終わるよりも先に、何か見えない力で紙が引き裂かれる。


「あのね、ワタシは怒ってないよ」


 何故ここにジャンヌがいる。この空間は、よほどのことがない限り進入負かなはずだ。


「たまたま宵闇さんがね、君を見つけて、ここまで案内してくれたの、でもね、宵闇さんの言うこと、ちょっとおかしいんだ」


 宵闇さん。たぶん、あの幽霊のことだ。

 ――なんでも、最近学院には幽霊が出るって噂が流れてるの。

 そういえば、ラミィがそんな話をしていた事を思い出す。

 同時に、体中から嫌な汗がふき出してきた。


「……つけてたのかよ」

「ちょっと違うかな、宵闇さんはどこにでもいて、好奇心旺盛なの。君の近くにいた子が、知らない場所を見つけたっていうから、こっちにきたんだ」

「違わないだろ!」


 やばい。

 もし俺の想像が合っていれば、最悪の事態だ。

 一週間以上、ジャンヌの監視下の中、敵の巣の中に俺たちはいたのだ。

 今まで顔を見せなかったのはどうしてだ。楽観視は駄目だ。俺だったらどうする。

 万全の状態になるまで、準備を続ける。


「ちっくっしょぉおお! 風!」


 俺は風のハープを選択した。ジャンヌの相手をしている場合じゃない。俺は移動しながら弦を引き、瞬間移動でジャンヌを通り抜けようと試みる。


「宵闇さん、宵闇さん、彼と御話させてくださいな」

「なっ!」


 しかし、気づいたときには俺はたたらを踏み、地面と接触している。

 わかっている。ジャンヌの能力はあの幽霊を操る力だ。俺には見えない力で何でもしてみせる。透明なハーヴェストなんて勝てっこない。


「あのね、ワタシは別に構わないの、でもね、ジャンヌの心を覗くのは、あんまりよくないと思うの」

「それってよ、結構怒ってるんじゃないのかってよ!」


 それでも起き上がって、弦を引こうとする。が、その手が何かに阻まれて動かなくなる。


「なっ、手がうごか」

「クソがぁ! 光の巣!」


 その時だ、後ろからグリテの悪態が届き、俺の体が自由になる。


「グリテ!」

「おいそこぉ!」

「ワタシ?」


 ジャンヌは自分を指差して、首をかしげる。

 グリテは右手を挙げてジャンヌを指差し、忌々しく歯を食いしばる。


「オレのを無視しやがって。いいんだぜ、その体、あの女と同じにしてぶっ――」


 そのグリテの右手ごと、割れて宙に舞った。

 時が止まったように静まり返った中で、グリテの右腕がぽとりと地面に落ちた。

 ジャンヌはグリテを愛おしそうに見つめて、両手で天を仰ぐ。


「知っているわ、あなたは燃えるドレスね、あなたはとても美しいけれど、そのドレスであなたの美しさを手に入れようとすればみんな燃えてしまう。そしてあなた自身は、マネキンじゃない自分がきらいできらいで、自分を燃やし――」


 ジャンヌの頭に、グリテの拳が入った。吹っ飛んだ右腕が、ジャンヌを狙って垂直に飛んでいったのだ。


「クソイタ電が、オレを舐めるなよ」


 グリテのちぎれた手が、糸に吊られていた。そのまま自らの腕を元の切断面にまで持ってくると、魔法も使わずに縫い合わせて、元の状態にまで戻した。

 ジャンヌは仰け反った体をゆっくりとこちらに戻して、まるで変わってない微笑をこちらに向ける。


「あはっ」

「かっ、クソが」


 ジャンヌもグリテも、伊達に天才と呼ばれていない。俺のデタラメ武器なんか目じゃないほどに、バケモノぞろいだ。


「おい」

「は、はい!」

「出て行くなら、勝手にしろ」

「え、え?」

「急いでんだろ、オレは、こいつに用がある」


 グリテはジャンヌから目を離さない。

 俺はつい、その横顔を覗いてしまう。


「逃がさないよ」

「おめぇの決めることじゃねぇ、オレが、お前をにがさねぇ」


 偶然にも、利害が一致したのか。理由はわからないが、これほど怖くて頼もしい言葉もないだろう。


「アオ、あのクソの意識から逃れろ」

「意識」


 グリテのアドバイスで、俺はこの状況の糸口を探る。

 たぶん、ジャンヌは意識外の相手に対しては幽霊を使えない。さっきのロケットパンチがいい例だ。

 でもどうすればいいんだよ、相手はずっとこっちを見てるし、いくらグリテと同等でも、俺を放っておくとは思えない。


「おい! やれ!」

『生意気だなぁ』


 紙が、目の前にばら撒かれる。いや、目の前だけじゃない。この部屋を埋め尽くすように、紙の雨が降り注いだ。


「なっ、なぁああっ!」

「早くっしろ!」


 俺はグリテに蹴飛ばされて、やっと意味を理解した。

 このばらまいた紙の中を潜り抜けろってことか、視界ゼロのなか必死で前へと走る。ちゃんと外に向かっているかも、進んでいるかもわからない。紙に足をとられて、まともに動かないし。


 何秒たっただろう、ぶわっと紙を撒き散らして紙温泉の中を飛び出す。


「ここは……廊下?」


 後ろを振り返ると、もと来た道は消えていた。残っているのは、廊下に落ちた無数の白紙くらいだ。

 どこかに出してもらったのか。にしても、オボエが味方してくれるとは。


「カード渡さなかった代わ……それどころじゃない!」


 俺はすぐさま移動を再開する。どこにいるのかはわからないが、フランのもとに向かうのが先決だ。


「魔法陣研究科……って事はにか……うわぁぉお!」


 廊下が突如爆発した。もしかして、ジャンヌが追いかけてきたのか。

 そう思って煙に目を凝らすと、そこにいたのはジャンヌでないことがわかる。


「もっ、モンスターかよっ! 水!」


 俺は風のパープから氷の剣に持ち変える。速攻だ。

 出てきたモンスターは、骨で出来たような黒色の人型モンスターだ。頭部がない。顔なしスケルトンといえばいいか。


「なんで学校にいんだよ!」


 俺はそいつに一発剣を当てて、全身を凍らせる。

 よし、コモンカードだな。そのままカードになったやつを空中でつかみ、先に進む。


「ヘッチャラ?」

「うわああっ!」

「誰か、誰か助けてくれ!」


 周りから悲鳴が聞こえる。間の悪いことに、行く先が丁度その悲鳴の先だった。

 モンスターのヘッチャラが、校内にうようよとひしめいているのだ。目の前の廊下は向こう側が見えなくなるくらいぞろぞろと整列している。


「……ゾンビじゃあるまいし」


 周りの生徒も魔法で応戦している。が、あまり芳しくない。というよりも、ダメージを受けても全く怯んでいないのだ。

 死ぬまでは、腕を折られようが普通に活動している。普通のモンスターは攻撃を受ければそれなりに怯むのに。

 とりあえず道を聞こう、こんな状況だが、こっちも急いでいる。


「あの、校門はどこかわかりますか!」

「ほらそこの人、どいて!」

「避難なら向こうだ、こっちにくるんじゃない!」


 俺を見つけた生徒たちは悪し様に扱ってくる。

 面倒なことになった。確かこの学校ってシェルターがあったから、避難だと校内になってしまう。


「なにでれっとしてんだよそこの生徒……って、剣持ってるって事は護衛志願者か?」

「あ、いや」

「やめとけ! 君みたいなのは逃げていればいい! 命を粗末にするな!」

「はい」


 やっぱ俺一人だと他の人と上手く意思疎通が出来ない。

 どうする、道を聞きたいのに、こんなところでもたついてしまう。


「光明の布陣!」

「援軍だ! 向こう側から来てくれるぞ!」

「あっ!」


 見覚えがあるぞあの声。


「わたーしのあとに続きなさい! 己が身は己が身でマモール!」

「お嬢様風の声、レイカか!」


 通じるかわからないけど、それなりに見知ったやつが出てきた。

 ヘッチャラの大群の向こう側で、派手な魔法が繰り広げられている。


「あ、おい君!」


 俺は知らない生徒の静止を振り切って、ヘッチャラの群れに突っ込む。

 氷の剣を振り回しやすいようもう少し小さめに変える。群れの中でヘッチャラにかすり傷を負わせながら前進していく。


 氷の剣ならヘッチャラは一撃だ。ヘイトは俺に集中するが、構わない。相手はそこまで早くないならこれで十分だ。


「なっ、あの男!」

「え、援護だ援護ぉ!」


 後ろにいた生徒たちも、協力してくれる。流石に誤射とかはないよな。

 とにかく、このまま行けば、向こう側につくはず。


「ってあれ!」


 そう上手くはいかないようだ。

 切り捨てたと思ったヘッチャラの中に、切れた部分を自らで割って、凍結を防ぐ奴が現れた。いや、これは元々そういう風に分解できるモンスターかもしれない。よく見たらヘッチャラとちょっと違っていた。


「ちっく!」

「シルフィード、アシュラ!」


 その分解できるモンスターを、風で殴り飛ばす奴が来た。背中に風の拳を作り、周りにいるヘッチャラに対し弾幕を作っている。この世界仏教ないのに。


「ラミィ!」

「アオくんっ! やっぱりそうだっ!」


 くるりとアクロバットして、ラミィが俺と背中合わせに張り付く。この学校の制服ってスカートだよな。


「今までどこにいたのっ! 奴隷紋章つかっても全然居場所わからなかったし」

「あとで言う! とりあえず水だ水!」

「う、うんっ」


 ラミィの風のラッシュは敵を寄せ付けない。ダメージを受けたヘッチャラはゾンビみたいな声を出しながらカードに変わっていく。


「みなさん! 水の魔法、またはポチャンなどのカードで敵に水を掛けてください! 敵だけにねっ! レイカ!」

「ガッテン! いきなさい!」

「水!」

「ポチャン!」


 全員が、秩序なく一斉に水を被せる。

 疑いもなく放ったな。ラミィはこんなとこでもカリスマ性を発揮してる。


「おお俺もかぶる!」

「大丈夫! シルフィード、マントっ! いまっ!」


 水を風圧で弾き、モンスター全体にぶっかけたのを確認する。

 俺は弾けるように外に出て、水に切りかかった。


「よっし!」


 ダイヤモンドダストを撒き散らして、この辺りにいたモンスターを一掃する。

 一瞬の出来事だったが、周りの生徒もしっかり見たようだ。


「すげぇ」

「すごいよラミィさん!」

「なんだ、ラミィさんの力だったのか、納得」

「ラミィさんさすが!」

「あれこそ、わたーしのライバルですわ!」

「アオくんやったねっ! ヘッチャラは足止めが出来ない厄介な敵で、アオくんを探してたんだっ! あとポッキリはね、ヘッチャラに似てるけど、体をバラバラにして攻撃してくるアンコモンで――」

「ラミィ」


 騒がしい中、相手の意識を向けるため名前を呼ぶ。

 内心焦っている。でも、状況の判断が先決だ。


「今どうなってるんだ、さっきまで別の場所にいて何がなんだかさっぱりだ」

「アオくん、それは私もいっしょだよ。知らないうちに学校にモンスターが現……ううん、イノレード中にモンスターが現れたんだって」


 イノレードにモンスターが現れた。十中八九、ジャンヌがいつもやっているモンスターの操りだ。たぶんあの目を利用して何かしているだろう。

 だとすると、出てくるモンスターも選んでいるんだろうな。ヘッチャラは攻撃に怯まないタイプのモンスターだ。大群で来れば、それこそ下手な軍よりずっと厄介だ。一体ずつ丁寧に倒していかないといけないわけだし。


「やっぱ、時間稼ぎか」

「アオくん?」

「ラミィ、今すぐ孤児院に帰るぞ! フランが危ない!」


 敵の狙いは、フランだ。

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