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第七十三話「まりあ しゅごしゃ」

 場面が移り変わる。ここは俺も知っている、あのテレサの孤児院だ。

 外で子供たちが遊んでいるのだろう。がやがやとやかましい声が窓の外で響いている。

 幼いマリアとジャンヌは、部屋の中でそれを見ながら、別の遊びをしていた。


「マリア?」

「ううん、なんでもない」


 マリアは未練がましく窓を見つめては、ジャンヌとの遊びに戻る。どうやら積み木で遊んでいるようだ。

 ジャンヌはまるで外の様子など気にしない。積み木を楽しそうにいじくっている。


「ほらみてマリア、ワタシね、お城作ったんだよ」

「すごいね」

「ここが、マリアのお部屋、ここがワタシのお部屋。すごいよね、お城になれば、みんな別々の部屋で暮せるんだよ」

「ワタシは、一緒がいいかな」


 マリアがそういうと、ジャンヌは積み木を入れ替える。


「じゃあ、マリアの部屋と、ワタシの部屋は同じ場所にしましょ。それで、寂しくない」

「……ジャンヌ」

「なに?」

「ほかの人は、どこに住んでいるの?」


 マリアの頭は外にいる子供たちや、テレサたちのことを指している。


「いないわよ」


 ジャンヌはその問いに対して、興味なさそうに返した。


 マリアとジャンヌは今、孤児院からも孤立していた。

 才能がある無しに限らず、二人はどこか異端児だったのだ。子供たちはそんな二人を気味悪がり、一緒に遊ぼうとはしない。


「当たり前だ、オレたちは、普通のやつとは頭の出来が違う」


 グリテが吐き捨てる。俺と一緒で、マリアの思考が流れているのだろう。


「グリテ、それはどういう」

「魔法ってのは精神のあり方で変わる。魔法の才能があるやつは元から精神が別の方向を向いているんだよ。簡単だ、オレと雑魚は、隣にならばねぇ」


 グリテは何かを思い出すように呟く。イラついているのはわかるのに、物腰は静かだった。


「けどさ、マリアは違ったみたいだな」


 ジャンヌやグリテは、完全にそれを理解して、世界と自分を隔離している。

 しかしロボは、その理由がわかっていないこともあってか、どうして仲間になれないのか気になっているようだ。


『時間を進めるね』


 場面が移り変わり、また同じ部屋の中だ。いや、さっきいた場所よりも広く、前と同じで二人しかない。

 まだ九歳辺りのジャンヌがそこにいた。


「ねぇマリア、遊びましょ?」

「ごめんなさい、ワタシ、他の子と約束しちゃって」


 ただ、二人の関係は変わっていた。

 マリアはあれからずっと周りの世界を見続けて、扉を開いたのだ。この部屋の外には、仲良くなった友達がいる。

 ジャンヌは、変わらない。


 ただ、それでも二人はまだ仲がよかった。


「ねぇ、なんで他の子と遊ぶの?」

「それは、みんなと遊ぶと楽しいから」

「楽しい? それは本当? マリアは彼女たちと一緒にいて、寂しくならないの、あなたと他の子は、違うんだよ。ワタシだけが、マリアと一緒にいられる」


 マリアは、その言葉を理解できなかった。ただみんなと遊ぶ光景が、思い浮かぶ。


「くせぇ」


 グリテの忌々しく吐き捨てた。


「同感だ」


 俺も、それには同意せざるをえなかった。

 マリアは気づいていないだろう。その周りの子達が、マリアの機嫌取りをしていることを。本質的に、一緒に遊んでいない、遊ばせているのだ。

 おそらく、この孤児院での格差はとても深いものになっているのだろう。才能のない子供たちとは、常に別々の生活をしている。ただマリアは、それを分別できずに、格下の相手と遊ぼうとする。


 下の人間には迷惑だろう。でもそんなこと、まだ子供のマリアにはわからない。もちろん誰も、わが身可愛さに言わない。表面的には、仲良く遊べていた。


 聡いジャンヌはそれを知ってしまったのだ。ただ聡いばかりで子供のジャンヌは、その中に溶け込む処世術もなく、ただ孤立することだけを選んでしまう。


 結果的に、何も知らないマリアは普通を知り、ジャンヌは逸脱していく。


「おい」


 グリテが、ジャンヌのいる場所を踏みつける。あくまで映像なので、すり抜けてしまうが。


「何だこの茶番はよ、事件の真相は!」

『もう少し』


 場面がまた変わる。次は中学生くらいかな、見た目が俺よりちょっと下くらいのジャンヌがいた。

 ジャンヌは心配そうにマリアを見ている。二人とも、仲がいい。

 やっぱり、二人は似たもの同士なのだろう。喧嘩をしても、縁は途切れない。


「マリア! 衛兵なんてほんとうにいくの!」


 ジャンヌが珍しく狼狽している。どうやら、マリアが兵隊に志願したらしい。

 思考を辿ると、どうやらイノレードの政府がマリアの力を見極めておきたいとか言って、駆り出されたらしい。本来ならジャンヌも参加するはずだったが、マリアが前に出ることでそれを隠していた。


「ええ、心労には及びません、ワタシの向かう戦場は、所詮櫓の護衛です。安寧な所と及びます」

「でも、本当の戦場なのよ!」

「……ちっ、くだらねぇ」

「グリテ、もしかしてこの戦場ってあれか」

「細かい侵略は二十年前からずっと続いてんだよ」


 マリアは、演習ではなく本当の戦場に借り出される。その実力はすでに戦力として数えられていた。

 つか、ここいらでロボ語がでてきたな、なんかロボって感じがする。戦場に行くようになってからこの口調になったのか。


「……必要ないのに」

「ジャンヌ?」

「知らないやつらなんか、守る必要ないのに」


 ジャンヌは、自身の着ているゴス調の服のスカートを握り締める。暗く重たいジャンヌの声が、いっそう暗く感じられた。これって、テレサの家にあったのかな。

 マリアはそんなジャンヌを、静かに抱きしめた。家族愛から来る感情だ。


「ジャンヌ、そんなことを言っては駄目です。外の世界は、絢爛たるほどに美しいのですから」


 マリアは心からそう呟き、彼女を慈愛のまま抱きしめている。

 ジャンヌはずっと、彼女の言葉を表情で否定していた。マリアにはわからないだろうが、ジャンヌは、理解できないと嘆いていた。


『巻いて』


 その文字と共に場面が切り替わった。巻いてって、そんなに急がなくても大丈夫だって。


「マリア!」

「……あれ、ここどこだ?」

「知るかよ」


 ジャンヌの叫び声が聞こえた。見ると、今の時代にかなり近づいた容姿になっている。

 今度きた場所は、あの部屋とは違う。狭い個室なのは一緒なのだが、全体的に白い。一番目立つのは、でっかいベッドだ。


「ベッドってこれ、病院か」


 よく見るとベッド近くにカーテンなんかが設置されているし、病院なのだろう。マリアはたぶん、ベッドの中で寝ているといった感じか。

 ジャンヌはベッドに飛び込むんじゃないかというくらいの慌てようで、逆にマリアの方がそれに驚いている。


「怪我をしたって、本当なの!」

「申し訳ございません、ジャンヌ。至らぬ憂いをかけてしまいました」

「謝ってすむ問題じゃないの! なんで、なんでそんなことを!」


 マリアは口を開けなかった。戦場で仲間を庇って怪我をしたといえば、その仲間に責任を押し付けてしまうからだ。


「怪我は、どうなの?」

「心配は要りません、幾度かすれば治るでしょう」


 マリアは嘘をついていた。

 その戦いで傷ついた体は、ツバツケのような自然回復では修復できないほどに損傷してしまっていた。どうやら、マリアの魔法は他人を守る能力に特化したものらしい。思考からそう読み取れる。

 その能力を最大限に生かすため、そして仲間に傷ついてほしくないという心が、彼女の無理を祟らせた。


「思考から察するに、足が動かなくなるとか言ってるな」

「それだけじゃねぇよ、右手見てみ……ははっ、ないもんはみれねぇよなぁ」


 全身の損傷は計り知れない。どうやら敵に予定外の戦力参入があったらしい。小国に突如現れたマジェスの援軍から逃げるために、一人しんがりを勤めたのだ。

 イノレードの軍隊はマリア一人を置いて逃げた。マリアはそれでも戦い、命からがら逃げ出してきた。マジェスのいる大量の軍相手に、天才である才気を全部消費して、自らの命を守りきったのだ。


「みっともねぇよ」

「グリテ?」

「だから雑魚は嫌いなんだ。天才を武器か何かと勘違いしてる。雑魚が働かないから、英雄は過労死する。英雄なんでみっともねぇ、好き勝手にすればいいんだ」


 なんというか、贅沢な悩みだな。他人の尻拭いをしたくないというのはわかるが。


「ごめんね、ジャンヌ」


 ただマリアは、怪我をしたことのショックよりも、ずっとジャンヌに対して謝罪ばかりする。

 戦場に出ていたのは、ジャンヌや、孤児院の子供のためだった。


 あの孤児院は元々天才を作るために産まれた施設だ。それなのに長い間成果が見えず、やっと産まれた成功例も、片方は使えるかどうかもわからない。

 テレサにそう言われ、マリアはこの孤児院の有用性をイノレードの政府に見せる必要があった。ただ、その結果がこれだ。


 外の世界を怖がるジャンヌを守ろうとして、結果的にジャンヌを守れる立場ではなくなってしまう。

 マリア自身の心は、情けなさでいっぱいになっていた。


『次で、ひと段落』


 時間が進み、また同じ病院での場面が現れる。

 今回、マリアの病室には、ジャンヌと、もう一人知っている人物が現れた。


「あれって……ジルかよ!」


 あの、ネッタ紛争で出会ったジルだ。あの時よりも若干幼いが、すぐにわかった。


「……ジル」


 マリアも、すでにこのときからジルのことを知っていたみたいだ。

 思考を辿ると、なんとマリアがあの大怪我をした戦場で、ただ一人マリアを助けるために引き返してきたらしい。辛うじて敵軍から難を逃れたマリアは、イノレードにたどり着く前で力尽き、そこを引き返したジルが介抱した。

 ジルって、マリアの命の恩人だったのか。


「マリア、その怪我は本当にすまなかった」

「申し開きの必要はありません。あなたはその役目を果たしただけです。ワタシも、国の守人としての使命を果たしたまで」

「……」


 マリアとジルの会話は穏やかだ。マリアはもちろん、イノレードの誰も怨んじゃいない。

 ただ一人、ジャンヌは不機嫌な顔をして、右手を握り締める。ジルを、嫌っている。


「それにしても驚きました。まさかジャンヌが、戦場に」

「ああ、彼女はとても強い。たぶん、君以上の逸材になれる」

「そうですか……」


 マリアは戦場に行くジャンヌを心配しながら、一方では安心していた。

 あれからジャンヌは、周りに溶け込み始めたのだ。


 他人と会話し、戦術を学び、仲間を守る。前では考えられなかった他人との会話をいくらでもしてみせた。

 マリアは自分が怪我をして、それでジャンヌが成長してくれるのなら、それでもいいとまで考えていた。


 ベクトルは違えと、マリアとジャンヌは互いを強く想っていた。

 マリアは、安心したように息を吐く。


「ジル、ジャンヌを、頼みます。あなたの力量は、ジャンヌの命を守るに値する」

「え……マリア、それって、なに?」

「ワタシは来月、チリョウの町に移転されることになった。どうやら先端なる技術を使って、この体を何とか使えるようにするらしいのだ」

「なにそれ!」


 ジャンヌが、壁をたたいて叫んだ。


「どうして! あなたのために、こんな思いまでして!」

「ジャンヌ、わたしはうれしいのです。ジャンヌが変わってくれて」


 マリアは微笑み返し、安心したように頷く。

 これで安心だと、マリアの心はそう告げていた。逆に、自身が不甲斐ないままでは駄目だと意気込むくらいだ。これからは強くあろうと、どうすれば強くなれるのかと考え始めている。医者から勧められた武人全集を読んでみようとか、師匠の好きな皇帝の防人を見習ってみようとか。

 

「アホだな」

「いい意味でも、悪い意味でも」


 マリアは善人だが、とても短絡的だ。

 人はそんなに早く変われない。ましてや幼少の頃から引きこもっていたジャンヌが、積極的になるとは思えない。


「……マリア、いつか一緒に、外に出ましょう。誰にも傷つけられない、優しい所を、ワタシが探すから」

「ええ、そんな場所があるのなら、果てしなく遠くとも、旅路にお供しましょう」


 たぶん、それでもジャンヌが戦場に向かうのは、マリアと同じ理由があるからだ。


「知らないほうが幸せだよな」

「……」


そのときだった。記憶の世界が、砂嵐に襲われた。


「うぉっ! なんだこれ!」


 何度もノイズを走らせては、断片的な映像が繰り返される。

 辛うじてその記憶の場所が先程までいた病院の個室だというのがわかる。


「い、いきなりなんだよ!」


 地震でも起きたかのように、足元が揺れる。不快な高音が鳴り響きながら、薄目でその記憶を見た。

 マリアも動揺している。どうやら時間は夜中らしい。知らない顔の医師たちが数人現れて、動かないマリアを見ている。

 マリアは口を開けなかった。まるで麻酔でも掛けられたような痺れを感じて、ただぼんやりとした意識の中、医師たちがマリアを運んでいるのがわかった。


 ぷつんと、そこで記憶の世界が途切れた。真っ黒な空間に、俺とグリテだけが残される。

 突然静まり返った空間に、俺たちは唖然とした。


「映像が……消えた?」

「……おい、出て来いクソ精霊がぁ!」


 グリテはぶちギレている。まあわかる。

 すぐに、その空間に紙が届いた。


『一応必要なことなんだ。次に見る記憶が、これを見ないとよくわからないと思うから』

「ふっざけんな!」


 びりびりに紙を破いて、グリテがカードケースに手を掛け始めた。


「ま、待てって! 一応最後まで見よう」

「うるせえ!」

「たぶんさっきの映像は、マリアが連れ去られるところだ、事件の真相には、確実に近づいている」


 殴られた。痛い。

 あのマリアの断片的な映像は、なにか薬を盛られて、どこかに誘拐されたんだ。あの事件が、マリアがロボに変わったきっかけなんだ。

 ならば、証の精霊はしっかりと見せてくれる。全部を。


 そう思った瞬間には、また空間が光に包まれる。記憶が、始まったのだ。

 始まって……


「なんだよ、これ……」


 俺はその光景を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。

 見たこともない世界が、どろりと音を立てて、視界に流れ込んできたように思えた。


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