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第七十一話「そのさき みぎ」

***


 レイカやラミィから離れて暫く、わたしとアオは目的もないままふらふらと歩き続けていた。


「ロボ、テレサに料理を教わっていたのだけど、あんまり上達していなくて」


 わたしはちょっとだけ機嫌をよくして、何度かアオに話しかける。


「そっかー」


 アオの相槌はとてつもなく適当だ。たまにイラッとするときもある。

 でも、アオは全部をしっかり聞いていることをわたしは知っている。その受け取った言葉を深く考えすぎて、反応が薄くなってしまうのだ。

 たぶん普通の人は、アオが人の話を聞かない人間だと誤解することもあるだろう。


「フランは学ばないのか?」

「いらない」


 アオは空を仰ぐ。たぶん何かを思い浮かべている。今回はわたしの作る栄養汁だろう。


 わたしが黙れば、アオも黙る。話をしたい時は、話しかけてくれる。

 わたしはこの関係が好きだ。何も気に掛けることなく、好き勝手に隣にいられる。


「もしかして、ロボも尾行してきてたりとかしてないよな……あっちとか……」

「わ、わんわん!」

「……なんだ、犬か」

「アオ」


 でも最近、なんだか距離を感じる時があるのだ。

 アオは何も変わっていない。むしろ変化がなさすぎる。

 それでも、近くにいないだけで、遠くにいるように感じるのだ。前は、わたしが離れても、しっかりこちらに来てくれるという、根拠のない確信があった。


「おうおう、なんだ」


 たぶん、今もそうだ。勝手に離れても、しっかり付いてきてくれるはずだろう。

 なのに不安なのだ。

 近くにいてほしいと思う。当たり前だと思っていたものが、簡単に崩れてしまいそうな恐怖があるのだ。


 きっかけはたぶん、あの荒蜘蛛でアオが重傷を負ったこと。

 人は簡単に死んでしまう。そう、パパのように。


「おい、フラン」

「アオは、わたしになにかしてほしい?」


 アオはその言葉に、冷や汗をかいてうんうんと唸る。何を悩んでいるのだろう。


「もしかして、ロボみたいに、料理を習ったほうがいいかな?」

「ああそっちな、いや、それはいいや。習うのならそれに越したことはないが、自分からそう思えない事はやるべきじゃない。やる気が出たらやる、いい言葉だ」


 わたしはたぶん、アオとの強い繋がりがほしくなった。

 今ある状態で十分だと理屈ではわかっている。どう見たってパパと同じくらい仲良くなれた。簡単には解けない。


 でも、どうしてだろう、その先がほしいと思う。


「あ、でもいらないとかじゃないぞ。フランはフランのやり方で何かをしていけばいいんだよ」

「何かって、なに?」

「そりゃ、自分で考えた方がいいんじゃないのか」


 たぶんこれは感情だ。何か心を突き動かす強い感情があるのだ。


「アオは、なにかしてる?」

「俺は、何もしてない人さ。あぁ~前はな、いろんなことに挑戦したよ、絵を描いては美術教師になじられ、リコーダーも満足に吹けなかった」

「リコーダー?」

「そういえば、今の俺ハープあるんだよな、あれ使ってみるか」


 導の精霊に聞いてみればわかるのだろうか。アオに聞いてもわからない気がする。

 でも、まだ心にしまっておこう。なんだか、人前に表したくなかった。

 アオの苦悶した表情を見つめて、言葉を待つ。


「まあいいや。とりあえずどうする、また図書館に行くか?」

「……」


 わたしはどうしてか、その台詞に対して首を横に降った。理屈じゃない行動だ。


「じゃあ、どうするんだ?」

「湖、行ってみたい」

「ん? おおそうか」


 アオが怪訝な顔をする。わかっている、わたしだって珍しいことを言ったと思う。


「いろんなとこ、一緒に回りたい」

「そっか、それもいいわな」


 ただ今日は、もうちょっと一緒に話している時間を増やしたい。

 アオのわたしに構わない大きな歩幅に、頑張ってついていく。


***


 週明けから数日、また図書室にて。


「よお」

「ん」


 グリテが定例どおりやってくる。時間こそ適当だが、律儀に毎日来るんだよな。爽やか教師もめげずに何度か来るけど、グリテの方が回数多い。

 一昨日なんて大変だった。俺が丁度ダクト調査に出たときにここにきたようで、グリテが待っていたのだ。

 グリテは待つことが嫌いなのが、ずっごい機嫌悪かった。理不尽だよ。


「アオ、おめぇまたダクトに行くのか?」

「いや……もう、無理かも」


 俺はちょっとだけ弱音を吐く。

 数日間、ダクト調査をしても何も見つからなかったのだ。隠し通路のはずなのに、どこにも出口がなく、あの一箇所にしか出入り口がない。何の目的があってそこにあるのか完全に不明だ。それこそ覗きくらいにしか使えない。


 でも、あれだけの隠し通路なのだ。絶対に何かあるはず。


「やっぱ、思考が硬い、俺」

「知るか」


 どんと、グリテが椅子に腰掛けて机に足を乗せる。タバコをすわないだけ良心的ではある。

 俺は頭を悩ませて、爽やか教師から奪った地図を見つめる。


「グリテ、あれ以来ダクトに魔力反応はないのか?」

「あぁ? あんなとこにくんのはお前とあの覗き野郎くらいだよ。何の音沙汰も、通った跡もねぇ」

「だよなぁ」


 頭が痒くなる。でも掻いちゃ駄目だ、将来のために。

 どこかに道はあるはずなのだ。


「お前ってさぁ、全然女の話しねぇよな」

「ん?」


 そんな悩みも関係なく、グリテが適当な話題を振ってきた。いやだなぁ、グリテって反応がつまらないと殴るんだぜ。

 ちょっとプライドみたいなのも混じって、反論する。


「別に、知り合いに女がいないわけじゃないぞ」

「あのちびっこいのがいいのか?」


 知り合いについては全く言及されない。嘘だと思われたかも。

 あのちびっこって、たぶん更衣室で覗いた子だよな。


「あれは見た目が好みなだけで、性格はきらいだ」

「ふーん」


 グリテがあくびをする。暇なら別の場所に行けばいいのに。

 ラミィから聞いた話なのだが、グリテのモテモテ具合はすごいらしい。単純に強い男がもてるのはどの世界でも一緒だが、これだけクセがあって危うくても好かれるんだな。

 なんでも、この学園の三割はもうグリテのお手付きらしく、グリテと寝ることが一種のステータスになっているくらいだ。嫌な風潮だと思う。


「何故貞淑であらないのか」

「あ?」

「そういうグリテはどうなんだよ、好みの女には全部手を出したんだろ?」

「全部じゃねぇよ」


 グリテは構うことなく頭を掻いて、サングラスを光らせる。

 全部じゃないって、全部ってなんだよ全部って。


「手を出す気にならないやつ、手を出すのが面倒なやつ、あとオレの知らないやつだな」

「面倒なやつって?」

「とにかく面倒だ、オレから露骨に離れようとするやつは逆にぶっ飛ばすが、その辺りのバランスを考えて立ち回る女もいる。ヤルまでが面倒なんだよ、露骨なやつはぶっとばせばそれでやれる。面倒なやつはその前に飽きる」

「は、はへぇ」


 女の人って、たまにすごいガードの硬い子がいるよな、露骨じゃなくて、自然とした流れで離れていくみたいなの。たぶんグリテが言っているのはそういう子だ。

 個人的にそういう子は嫌いじゃない。だって露骨に嫌われるよりは幾分かマシだろう。あ、でも拾ってやった消しゴムもう使わないとかそういう地味な攻撃はやめてほしい。


「あとは性格が面倒なやつだな、やるまえに冷める」

「グリテが性格見るのかよ……」


 グリテの拳が飛んできたので受け止める。スパーリングみたいなことをして、やっと収まる。掌が痛い。

 グリテって、結局は憂さが晴らせればなんでもいいのだ。受け止められたことにイラついたりはしない。本気を出せば、こんなものではないからだ。


「つっつー」


 俺は手をぶらぶらさせながら、作業に戻る。普通の学院地図にダクトの構造を把握するために、マッピングをしている。たぶん、あんまり正確じゃない。

 ダクト内部は複雑だが入り組んではいない。正解の道以外は行き止まりなのだ。


「体だけで言ったら、あいつだな、レイカ」

「レイカって……レイカかぁ」


 あの時は惜しいことをしたなぁ。

 たぶんボディだけならラミィ以上だろう。


「あのさ、レイカって、やっぱどっかのお嬢様なんかね」

「あ?」

「だってさ、あの口調って変じゃないか」

「あれは没落貴族だ。実力そのものは末代のレイカが一番たけぇらしいがな、なんでも政治が苦手なんだとよ。どっちにしろ、雑魚だが」


 政治能力か、正義感なら人一倍あるけど、突っ走るもんな。

 能力も不思議だったな、自分の杖の軌跡で魔法陣を作るやつだっけか。フランが言っていたが、あの血統独特の陣らしい。ラミィの話だと、幼い頃に魔力の矯正をするとか。


 ラミィとは陣を扱うもの同士気が合うのだろう。ラミィはヒエラティックテキストだが、あっち側は普通に書物に記してあるらしい。

 でも、ラミィのも別にそこまで隠すものじゃないと思うんだよな。使える人は限られるわけだし。


 たしか、万人が使える魔法陣って、よほど単純なのか、精霊の作った……あ。


「あ」


 つい言葉に出てしまう。

 グリテはその声を耳聡く聞き取られる。


「何だ?」

「いや、さ」

「早く言えよ」

「このダクト」


 俺は、マッピングしていた地図を指差して、


「もしかして、魔法陣なんじゃないのか?」

「……貸してみろ」


 グリテがスリのような手さばきで、こちらの地図を掠め取った。


「いや待って悪かった。俺は魔法陣とかそういうの全然わからないんだ。一応知識のある家族がいて、ふと思い至ったんだよ」

「……」

「専門のやつに聞いてみないと何もわかんないだろ。だいたい、陣ってのは作った本人独自の解釈があるわけなんだしさ」

「……」


 グリテは俺の声をまるで聞いていない。じっと、地図にかいた文字を食い入るように見つめていた。


「アオ」

「なんでしょ」

「もっと正確なの作れ、へたくそが!」


 ばんと、机をたたかれる。俺が悪いの!?


「な、なんだよ」

「たしかに陣らしき形成がある。この入口、解釈によっちゃ解錠の陣が形成されてる。もしこれが陣なら、どこかに通じる抜け穴がある」

「じ、陣が読めるの?」

「は、見ればわかんだろ」


 わかんないよ。

 つか陣の解釈って、それこそ専門家じゃないと出来ないんじゃなかったっけ。しかも全部を解き明かすには何年もかかるとか。

 もしかして、ひょっとして、失礼だけど……グリテって頭いい?


「……いたっ」

「何かイライラしたわ」


 グリテに頭を小突かれる。やめて、何度もやらないで。

 そういえばグリテは曲がりなりにも神童なんだよな。まああれか、強い糸が使えるってだけでレベル五十は超えないよな。


 俺もたいがいだよな、人を印象で判断して。ちょっと自己嫌悪におちいる。


「……おい」

「なんでしょう?」

「きめぇ口調使ってんじゃねぇよ、ほら、この地図もう一個持ってきてやるから書き直せ。上手くいけば本当に会えるかもしれねぇ」

「会えるって、もしかして!」

「証の精霊に決まってんだろクソが」


 グリテから意外な発言が飛び出してきた。グリテはなんだかんだで適当な物言いはしない、確信があってのことだろう。つまりは、近づいているのだ。


「お、俺コーヒー買ってきます!」

「クソが! おめぇは書くんだよ」


 俺が調子よく席を立ったら、糸によって盛大にこけさせられた。



 たった二時間後の出来事だ。

 陣が、完成した。


「すげぇ」


 俺はグリテの書き連ねた魔法陣のノートをまじまじと見つめる。

 あれから何度もダクトに潜り、詳しい構造を、糸と俺が入っていくことで把握していく。

 結局のところ、八割がたグリテのおかげで出来上がった魔法陣だ。


「この解釈で合ってるかもわかんねぇよ」

「でもこれはすごいって、グリテって天才だな、造形もある。陣の解釈ってその人の賢さが直に出るらしいぞ」

「……はっ」


 グリテはなぜか一拍置いてから、俺を鼻で笑う。


「当然だろ」

「……でだ、グリテはこれをどうすればいいと思う?」


 魔法陣が出来上がったのはいいが、これをどう使えばいいのか。


「知るかよ」

「だよな」


 ここでまた行き詰った。

 グリテも急に冷めたのか、機嫌が悪くなる。


「おい、オレにここまでやらせて――」

「まったまった! 一応これは解錠の魔法陣が入ってるんだよな」

「……機能の一部だ」

「なら、この学院のどこかで使うものだよ、どこで使う……」


 悩む。やっぱあの倉庫かな。

 と、そこでグリテが俺の持っていた魔法陣をひったくって、なんと図書室の壁に落書きを始めた。


「お、おいグリテ」

「めんどくせぇ、学校全部に書きゃいいだろ」

「グリテ、それ絶対に途中で飽きるだろ」


 にしても描くの上手いな。俺は書き写しでもあんなにきれいな曲線はかけないぞ。

 そんなことを思っている間に、グリテは一個目の魔法陣を作り終える。あーあ、グリテじゃなかったら絶対に怒られるぞこれ。


「よし、次」

「いやまってくれ。もう行くのか? 反応を待ったりは」

「しねぇ、いちいち面倒」

「さいですか」


 グリテは振り返りもせずに、図書室を出て行こうとする。

 でもこれって見つかる気がしないなぁ。やっぱ特定の場所に書かないと意味がなさそうだし。それにこれで見つかるなら千年も存在を危ぶまれていないんじゃないのかなぁ。


「……ん」


 ふと、ひらひらと目の前を舞う一枚の紙を見つける。


「グリテ、陣描いたの落としたぞ」

「あぁ? 落としてねぇよ」


 グリテが紙をひらひらさせてこちらに見せる。グリテが落としたんじゃないのか。

 じゃあこれは、なんだ?


「……?」

『→』


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