第七十話「でゅえる いっしょう」
お昼。一応下調べをしておいた店で休む。なんでも高いくせに量が少なくて、あんまり人が来ないらしい。
「うん」
フランは味の知識とカロリーを得られればいいので、そこまで量にはこだわらない。あればあるだけ食べちゃうけど。
俺は静かな店内でくつろぐ。飲食店って、安いとか美味いより空いているってことが重要だと思うんだ。車で言うと性能より乗り心地、あんまり同意されないけど。
「こうこう」
フランは食べ終わってすぐに、どこからか取り出したメモに書き連ねている。たぶん、先程言った図書館の記録だろう。
図書館に言ったのは大成功だった。というよりかあれ以外に必要なかった。
なんでも図書館には公開出来る魔法陣がひしめいていたのだ。フランの知らない陣の形成も多かったらしい。
「ふ~ふ~♪」
フランは目をキラキラさせながら、筆を動かす。ふ~って変な空気が口から漏れてる。
「そんなに陣があったのか」
「パパの資料にも限界があったから、有用なのばっかりだったの。論文も理論ばっかりだし。図書館は失敗作の陣もその理由がしっかり書かれていて、そこから来る発想の転換も重要になる」
「フランって、陣は書くのか?」
ぴたりと、フランの手が止まる。したからずずっとこちらに視線を合わせてきた。
「かかない」
「なんでだ?」
「向いてない」
向いてないって。そんな台詞初めて聞いた。
フランって何でも挑戦するタイプだし、できない事は工夫して乗り越えようとするのに、陣は駄目なのか。
「パパに習って、一回だけ書いたことがあるけど……駄目」
「駄目?」
「理論の組み立てがへたくそ。元々陣はパパみたいに知識の変換と膨大な蓄積が必要。普通じゃできない」
ああ、挫折したのか。わかる。
俺も昔絵を書こうと思ってな、いろんな絵を描いた。が、美術の先生にセンス無いをはじめとしたボロクソ攻撃に折れてしまったよ。
「元々、この陣だって解説書があって初めて意味が理解できる。一つの陣からどういうものが読み取れるのかの想像力も必要。大昔に造られた陣の解釈をする職業があるくらい」
「考古学みたいだな」
「パパは、あんまり教え方は上手くなかったから」
「ああ、なんとなくわかる」
その技術に秀でるからと言って、それを教えるのが上手いわけじゃない。むしろプライドが強く出すぎて、自分の認めないものを一方的に否定するやつも多い。
あの美術教師、マジで駄目な例とか言って晒し上げやがって。
「でもさ、陣ってあんまり馴染みないよな、ラミィの腕くらいか」
「本人の魔力に依存するし、まだ安定したものとは限らないから。技術的にも発展途上のものが多い」
フランは持っているメモから一枚取り出して、俺に見せる。
なんだか陣が四つあるな。
「この陣、全部光を出すためのもの」
「ん、これ全部でか?」
「違う、一つ一つ別の理論で光を出すように作られている。どの陣も正解であり、はずれ。人によっては右の陣で光るけど、左の陣だと暴発するだけって、相性が出る」
「簡単な陣でも、人を選ぶのか」
「そう、例外は精霊の陣とか。マジェスはその辺りの研究がものすごく盛んで、陣を使ったものがいっぱいある……ってパパが言ってた」
「へぇ」
フランは人に説明する時は、活き活きする。博士と一緒で知識を与えるのが好きなんだろうな。
博士は言ってたっけ、せっかく知った知識を独り占めするのはもったいないとか。
ちょっとだけ俺の顔がゆるくなる。元気になってよかった。
ここ最近、フランとの会話が堅かった気がする。なんといえばいいか、またミスをしないようにおどおどする新人バイトみたいな。あういうのって、小さな失敗を気にしすぎて逆に大失敗犯しちゃうんだよ。
1度そのレッテルが付くとそのバイトに居辛くなるんだよなぁ。
小さな失敗なんて何回してもいいんだよ。大失敗を防ぐ方が大事。俺学んだ。
フランはその辺で臆病だよな。ラミィはその辺の立ち直りは早く、ロボは開き直るし。
「いましたわ!」
ふと、外でなにやら騒がしい響がした。
俺はちょっと気だるげに、店の外に目を通す。
「そこーの!」
なんといえばいいか、利発そうな金髪おねえちゃんだ。今日着ているフランの服装より派手で目立つ。
「あ……」
遅れて顔を上げたフランが、何かに気づいた。
「どうした」
「きた、レイカ」
レイカ? どっかで聞いたことあるな。
レイカと呼ばれた女は、店内に入り、ずんずんとこちらに近づいてくる。もしかして、目的はフランなのか。
「ハロー、フランさん。今日はとてもよい服をお召しで、可愛らしいですわ」
「……はろー」
レイカは五本の指先を自分の胸に当てて喋る。名称はないけどあれだ、お嬢様の喋り方だ。
「そしてファック! あなたが例のアオでございますわね!」
「プッシー、貴様に言われる覚えはない」
凸、こいつは会って早々穏やかじゃない。というか、この世界で合う奴はだいたいこんな態度だよな。
にしても誰だ。フランは知っているようだが、俺は初対面だ。
「昨日、ラミィがつれてきた」
「ラミィラミィ……ああ」
思い出した。そういえば昨日ラミィの話に、そんな名前の人物が出てきてたな。例の高飛車お嬢様の名前だ。決闘して負けてラミィの慰めで仲良くなった。
にしてもラミィと一緒でド級のバストだ。二人並べば四連砲台になるな。
つか、俺にだけ紹介無しでつれてきやがったのか。あのクソ奴隷が。
「わたーしの密なる友ラミィを縛り付ける悪徳な主人とはあなたのことですわね、御噂はつくづく聞いていてよ!」
「密なるって、昨日仲良くなったばかりだろ」
「親友に時間は関係あーりません!」
レイカは腰から剣……じゃないな、何だあれ杖か。柄の付いた杖をこちらに突きつける。
「デュエルを申し込みますわ!」
「デュエルって」
「あなたがラミィを縛り付けているのは知っていますのよ! 今こそ親友であるわたーしがあなたの汚らわしき呪縛から解放し、ラミィから翼をとりもどしますわ!」
いきなり何を言い出すかと思えば、ラミィを解放しろとか言い出しやがった。
ラミィの時も決闘したんだよなこいつ。結構脳筋なのか。
「わたーしが勝ったら、ラミィを自由の身にしてあげてくださいます」
「やだよ」
「ワッツ!」
「俺に何の利点もないし、あんたみたいな洋風かぶれに茶々を入れられるような関係じゃない」
人のデート中に現れたと思ったら、どうでもいいことで首を突っ込んできやがったな。
おそらくこいつは、ラミィと俺の関係を何らかの形で知ってしまったのだろう。別にラミィが望んだことなのに、どこを勘違いしたのか俺が一方的にいたぶっていると思っているようだ。
何も聞いた翌日に来なくてもいいだろうに。
「し、知っていますのよ!」
「なにをだ」
「言っていいのかしら? あなた、とてつもなく酷いことを、ラミィにしたのでしょう。わたーしは少なくとも、そんなことをするような男が主人であってはならないと御思いなの」
レイカは何かを思い出したのか、歯を食いしばって顔を真っ赤にする。
「そ、そそそそ」
「そ?」
「粗相を無理矢理飲まされた! と聞いております」
「……」
あいつ、ぶちまけやがったのか。
「粗相?」
「曹操って男が昔いてな」
どうすんだよ、フランにどうやってごまかすんだよ。
「ごまかしても無駄ですわ! あなたそれでも人ですか!」
「馬鹿言うな、出してすぐはアンモニア臭がするだけで真水といっしょなんだよ」
「問題を挿げ替えただけですわ!」
あの時は大変だったな。
いや、俺のせいだったのは認める。あのあとでラミィは初夜のように眼が死んでいた。マグロ状態だった。流石にやりすぎたと思ったよ。
でも男のロマンでもあったんだよ。
一日二日でここまで仲良くなってるのはこれが原因だな。恥ずかしい話を披露しあうことで、他人との距離を縮めたのだろう。ラミィらしい。
「と、とにかくそんな奉公を強要するような男にラミィは預けられませんわ! デュエルを申し込みます!」
「デュエルデュエルと、デュエリストかよ」
「あら、怖いんですの?」
「ああ怖いね。それに俺に全くもって得が無い。お前がゴネ得するだけの決闘に誰が賛同するか。それに今はデート中だ」
「うん」
お、フランもこれには同意をしてくれた。
レイカは歯を食いしばる。馬に蹴られるのはどっちかわかったのだろう。
「で、デートですって! あなたはその子にまで汚らわしい白濁に染める気ですの!」
わかってなかった。むしろ引き下がれないと顔をこわばらせる。どうにかして俺をやる気にさせようと必死だな。
「な、ならっ! わたーしが勝ったらラミィを解放してもらいますわ」
「ああ、前にも聞いた」
「もし、万の億が一負けたとしたら、わたーしがあなたに縛られましょう」
がたりと、俺は椅子から立ち上がった。驚きからだよ。
「それは、本当か?」
「……アオ」
フランの眼が何か冷めてる。ちょっと待ってくれ。確認なんだ。
「ふ、ふん! 乙女に嘘偽りはなくってよ!」
「対等の条件をおくとはわかってるじゃないか……いや、まああれだ。レイカの言い分にも一理あるとは思っていた」
このまま追い返しても、また来るかもしれない。これからのデートに茶々を入れられるのも困るし、今処理するのもいいかも。
「フラン、ちょっと待っててくれ。追加注文していいぞ」
「あんまり、長引かせないで」
「おっけーだ、レイカ。デュエルで決着をつけよう」
「望むところですわ。そこの! ちょっといいかしら」
レイカはそういってから、近くにいた店員と何かを話し合う。厨房から店主まで呼び出して、何かを渡して。交渉を終えた。
「丁度このお店にはステージがございますわ、どうせならばと、パフォーマンスもかねて、あなたに大恥をかかせていただきますの」
レイカが指差す先は、この店にあるステージだ。閑散としていたからそこまで気に掛けていなかったが、見世物台なんてものがあるのか。
「光明の布陣! いざ尋常にお願いしますわ!」
レイカが優雅に両足を閉じて台の上に上がる。
にしても、うまい話だ。
たとえ俺が負けたとしてもラミィは奴隷から開放はされない。俺の旅についてくることの条件が、奴隷であることだからだ。ラミィが旅に挫折しない限り、ラミィ自身が拒否するだろう。
ルールの抜け穴を使った卑怯な戦法だが、約束は守っている。いけないのは、情報収集を怠って行動に出たレイカだ。
正義感と行動力は素晴らしいが、レイカは甘い。だから相手を舐めて負けるんだ。ち○ぽに弱そう。
「……風かぁ?」
流石にここで植物飛ばしたら店ぶっ壊すよな。それだけはやめたほうがいい。氷はなんだかんだで殺傷能力高すぎるし。
俺は台の上に登り、辺りを見渡す。案外お客さんの興味を引いているのは嫌だな。
「はあっ!」
俺がよそ見しているうちに、レイカは不意打ちをかけてくる。気配が読めるからいいけど、汚い。
「始めの合図はいいのかよ」
「なら始めっ……よろしいかしら」
レイカは喋りながらも、鉄製っぽい細身の杖を振るい続ける。当たっても死にはしないだろうが、たぶん痛い。逆刃刀みたいなもんだよなこれ。
気配は簡単でわかりやすい。むしろ、相手もこっちの攻撃が当たると思っていないんじゃないかというほどの振り戻しの早さだ。あと、無駄に持ち帰るときに杖を振り子に躍らせている。
やっぱこれって、攻撃じゃなくてその動作に何かあるよな。杖の先っちょが黒いのはそれが原因だろうし。光の魔法を使っていたはずだ。
「なら、やっぱこれか」
レイカが腕を引いた瞬間を狙って、ハープを弾く。途端に杖の動く切っ先の軌跡が歪み、バランスを崩した。
「なっ」
レイカは流石に取り落としたりしなかったが、そのせいで腕の動きが一瞬止まる。
俺はその隙を見計らって、杖の柄を平手で触れて、ハープの力で吹っ飛ばした。
窓ガラスを割って杖は天井に刺さる。
「つつっ! なんですの!」
レイカは一度俺から離れ、右手をさすっている。吹き飛ぶ力に指をやられたのだろう。
「俺の勝ちだろ、武器を取ったんだ」
「……あなたのような上から目線は、それだから足元を救われるのですわ!」
レイカが指を一本立てると、辺りから何やら不穏な輝きが現れ始めた。
特に俺の周り、これって、さっきの杖の気配がした場所か?
「アオ! 魔法陣!」
「あ、な!」
フランの忠告で理解した。
俺はとっさにバックステップをすると、もといた場所にバチバチと光の稲光が走る。
「あぶ――」
「さあ、お流れなさい!」
その光は次に俺を狙って蛇のようにうねり始めた。たぶん、こっちが本領なのだろう。
店内は狭い。避けられるはずはないのだが。
「まあハープだからな」
俺が弦を弾けば、簡単に対消滅させることが出来る。店内の壁を壊すまでもない、互いに当てればいいだけだ。
一歩引いてよくよくみれば、俺のいた場所には光で作られた魔法陣が残されていた。なるほど、あの杖は魔法陣を書いていたのか。
一度目の発動に気配がなかったのは、杖を動かした時にすでに発動していたからだ。
あれに当たれば危なかったな。
「やったぜ」
「ま、まだですわっ!」
じりじりと距離をつめて、チラチラと天井の杖を見ている。バレバレだ。
まあいいか、勝負は決まったようなものだ。これで俺も一期一会ができるというものだろう。
「ストップっ! すとおおっぷっ!」
ふと、そんないい流れを止めてしまう声が、店内に入ってきた。
声の主を店内で探すと、ちょっとだけギャラリーが集まっていたことに気づく。いやだなぁ。
「アオくんっ! そういうのはなし、なーしっ!」
「マイ友ラミィ!」
びっと両手でばってんを作って、ラミィが突撃してきた。そこからレイカにフライングクロスチョップをかます。
倒れたレイカは目を見開いて、驚いている。あれか、レイカがつれてきたんじゃないのか。
「な、なんで!」
「なんでじゃないでしょっ! 私には私の事情があるって言ったのにっ、勝手にっ、勝手にやることじゃありませんっ!」
「しかーし! ラミィのために」
「私のため、うんっ、それはとっても嬉しいよっ! でもやり方がいけないと思うなっ」
ぐいぐいとラミィがレイカを壁に押し付ける。あ、こっちを見て笑った。
「人の恋慕にあだなす心は人の業っ! お許しくださいお母様! 疾風怒濤シルフィードラミィ! 私の事はいいから先に進みなさいっ!」
「先に進んでって」
「このお店の弁償も済ませるし、レイカちゃんを説得するから、ごめんねっ! あとで一緒に謝りに行くから、デートの邪魔してごめんなさい!」
「いやまってくれ、デュエルの最中なんだぞ」
俺が勝てたかもしれないのに。
「アオくんっ、彼女が邪魔をしなきゃいいんでしょ!」
「まあ、そりゃそうだと言ったが」
「アオ」
フランが席から立ち上がって、服の袖を引っ張る。
「もう、いこ」
「……食べ終わったのか」
フランって面倒ごとに関心ないからな。早くいけるならそれに越したことがないと思っているのか。
でも、勝てたかもしれないのにな。
「まあいいか」
「あ、あなた!」
壁に頬を押し付けられながらも、レイカが俺を呼び止める。
俺はちょっとだけ振り返って、レイカの言葉を待つ。
「ラミィ、そしてその子フラン! 二人をいつまで縛り付けるつもりですか!」
縛ってるつもりはないんだけど。やっぱそうなるのかな。
結局のところ、ラミィは予言のせいだし、フランだって俺しかいなかったら選んでくれただけだ。
そう考えれば、俺じゃないいろんな要素のおかげで、俺が縛る形になったのは頷ける。でも、それがなんだ。
「悪いのか?」
「二人には未来がありますわ! それを縛っていることをあなたは理解していますの!」
「レイカ、それは私達の事情で――」
「ラミィはお黙って! その責任を、もてますの?」
レイカは真剣だった。たった一日の親友によくやると思う。
でも、それだけ真剣なら、それ相応に応えるべきだろう。
「そのつもりだよ」
「一生続けるとなっても、それいえますか?」
「一生って、何を言うかと思えば」
「レイカ! 何を馬鹿なことを――」
「そんなの、当たり前だろ」
何を言い出すのかと思えば、レイカは何を考えているのだ。
奴隷なんだぞ、聞こえは悪いが、言ってしまえば身内、家族みたいなもんだ。
卑怯者は群れを組めないが、だからこそ、家族は絶対に裏切らない。
「……ふん」
ただ、あまりこういうことを口で言いたくない。
よく、愛が重いとか言ってドンビキされるからだ。犬でもない限り受け入れてくれない感情なんだよな。
案の定、周りの人間が黙りこくっている。
だいたい、軽い覚悟で犬を飼ったりする奴とかも俺はきらいだ。あれだって家族なんだぞ。一度線の内輪にいれたのなら、俺はその区間だけは絶対に守るべきだと思ってる。
「ほら、フラン行くぞ」
変なツッコミを入れられる前に、ここを出よう。
フランの手首を引っ張って、俺は歩き出す。
「……うん、うん!」
フランが何度も頷いてくれる。まあなんとも、俺の手を解いて、ちゃんと手と手で繋いでくれるじゃありませんか。