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第六十九話「しっと けがらわ」

「あ、アオ殿! 何をおっしゃるのかわかっておりますか! まさに兄妹分とも言えるフラン殿を、その、破廉恥な!」

「ま、待てって! デートってのは必ずしも破廉恥とは限らん!」

「知っております! 必ずしもという事は、疑わしくも存在するということ!」


 ロボが大口を開けて叫び続ける。たぶんご近所に聞こえている。

 何を勘違いしているのだこいつは。デートの意味をちゃんと理解していない気がする


「やらしいものはない!」

「な、ならば、わわ、ワタシと逢引しても何の遜色もありませぬな!」

「なぜだ!」


 犬の散歩か!

 ロボがここまで狼狽するとは、もしかしたら異世界においてデートの意味がちょっと違うのかもしれない。

 だいたい、ロボが一緒じゃ意味がない。フランと二人で行かないと成果がないのだ。


 ロボは何を勘違いしているのか、ちょっとだけ目を潤ませている。


「うぉおおっ断られましたぁあっ!」


 ばりんと、窓を突き破ってロボが夜の町へと飛び出してしまう。最後のガラスがぶち破れたな。

 慌てて割れた窓に向かって俺は叫んでやる。


「別に断ってないぞぉおおお!」


 夜の街で銀色に光る影が、ぴたりと止まる。耳を傾けているな。


「また今度、デート……嫌なら散歩でいい!」

「あ、ありがたき幸せです、うおぉおおおおっ!」


 ロボはそれを捨て台詞に、また夜のイノレードに繰り出してしまう。

 割れた窓どうするんだよ。

 俺は部屋に視線を戻して、ビックリしたままのフランと目を合わせる。


「フラン、デートの意味を言ってみてくれ」

「……男女が二人っきりでどこかに出かける」

「あってる!」


 なんだよ、地球と一緒じゃないか。一息ついて、


「うぉお!」


 ぎょっとなって、俺は背後からの気配に構えてしまう。

 その気配の先には、ラミィがいた。表情が……死んでる!


「アオくんってさ、ぶっちゃけると私の好みとは完全にかけ離れてるんだよっ、でもやっぱり私は奴隷になる決意もしちゃって、全部奪われちゃったわけで、なし崩し的かもしれないけど段々と納得できてるんだよ」


 ラミィは瞬きすることなく、口だけがパクパクと動いている。怖い。


「アオくんの顔もあんまり好きじゃないし、何か臭いし、身長だってもっと高い方がよかったかな、あと声はもうちょっと透き通った方が……でもね、ちょっとたまにだけ優しかったりするのはきらいじゃないんだよ」

「ラミィ! お前さり気無く俺を傷つけている。奴隷陣が反応してる!」


 ラミィの口からつっと血が流れている。

 あと代弁したい。俺はきれい好きだぞ、体を洗える時は徹底的に洗う。なのに臭いってなんだよ! もちろんワキガとかじゃないぞ、潔癖症だって母から言われるくらいだ。


「ラミィお前、なんでそんなに黒くなっちまったんだ!」

「アオくんが汚したんでしょう」

「いやまあそうだけどさ」


 どんな人間にも裏の顔が存在するが、ラミィはその辺りを隠さなくなってきたな。でも命は大切にしてほしい。


「ラミィ、頼むから命は大切にしてくれ、何がお悩みなんだ」

「……浮気」

「いや、勘違いだ」


 俺たちは、セフレみたいな関係だ。といったら絶対に怒られる。俺でもわかる屑発言だ。

 何かを期待しているのか、ラミィの瞳にちょっとずつハイライトが帰ってくる。


「と、とりあえず事の顛末を見ていてくれ」

「……信じていいの?」

「それはラミィが決めることだ」


 とりあえず肩をたたいて、本題に戻る。

 にしても驚いた。ラミィが奴隷の境遇に対してここまで深刻に悩んでいたとは。まあ貞操を奪われたのだからそういう考えに行き着くのはラミィらしいけど。

 もちろんバッチこいだが、デート発言でここまで悩ましくなるほど考え込まなくても。


「フラン」


 二回くらいの遠回りで、やっとフランの返事を待つことになる。さすがにもう答えは決めたはずだ。

 たぶん、すぐには応えない。


「……なんで?」

「俺がフランと二人だけで出かけたいと思ったからだ。理由は色々あるが、付いてきてくれたら教える」

「わたしが必要?」

「必要だから頼んでいる」


 意外とフランは粘る。九分九厘成功すると思ったが、断る可能性もでてきたな。

 何か用事があれば仕方ないし、日を変える。でも、俺と出かけたくないとかだったら、まずそこから何とかしないといけない。


「わかった、いく」


 フランは表情をそのままに、頷いた。嬉しそうでも嫌そうでもない。


「……よかった」


 最悪の状況にまで至っていないということだ。どうにか明日で、フランの調子を取り戻す。

 成果さえ出れば、ラミィもロボもその真意に気づいてくれるはずだ。今はまだ、そっとしておこう。

 割れた窓から、肌寒い風が吹きぬける。これ弁償しないといけないんだろうなぁ。



「おまたせしました」

「おばさんなにしてんの」


 翌日の朝はちょっと曇りだ。実質俺の人生初デートがこうなる辺り、俺らしい。

 ロボがどこかに情報を流してしまったようで、いつの間にかテレサにまでこのデートが伝わっていたのだ。孤児院の門の前で、俺とフランにちょっかいをだされる。


「でも、行くならお洒落をしないと」

「お節介ですよ」

「あら、そういうのは結果を見てから言ってちょうだい」


 テレサは鈴を鳴らすように微笑んで、手招きをする。

 孤児院の入口で隠れていたフランが、顔を見せる。


「……動きにくい」

「でも、こういうときくらい、しっかりしなきゃね」


 テレサはいつの間にかフランの人見知りを切り抜けている。たぶん俺が学校にいる間になんとかしたのだろう。


「にしても」


 現れたフランの姿を見る。

 なんといえばいいか、お人形さんだ。普段なら非効率で絶対に穿きそうにない、ロングスカートを着用している。いつも着ていた白衣を脱ぎさって、ひらひらの服装で固めてきたようだ。

 これデートの服じゃないよね、おばさん勘違いしてるよ。地球で言ったらゴシックというやつだ。


 いやまてよ、この世界って結構奇抜な服装多いから、そうでもないのか。もっと変な服多いもんな。


「はは」


 地球だったらどうなってたろう。

 と、そんな俺の表情が伝わってしまったのか、フランがいたたまれない顔をして、


「着替えてくる」

「待ちなさい」


 逃げようとしたところを、テレサが引き止める。

 テレサがすごい勢いで睨んでいる。いやわかってますよ、ごめんなさい。


「おかしいわね、あなたの好みに合わせたのだけれど」

「……なんで知ってるんですか」


 いや、うん、好きだよ。

 ゴスってのは基本的に退廃の象徴なんだ。鬱屈した心持を見た目で表現するために産まれたものが本懐である。その落ち着きから来る危うい美しさには焦がれてしまう。


「ちゃんと口で言いなさい。普通のお洒落をしてもあなたは絶対に気づかないと思って、たんすの中から引き出してきたのに」

「……フラン」

「なに?」


 テレサなんで持っているんだろう。気になるけど、それは後だ。

 俺は決意を固めて、息を吸った。


「俺は、ゴシックが好きだ。なんと言えばいいのか、その女の子が持つ本来の可愛らしさが際立つといえばいいか、ごまかしがきかないんだ。本当に可愛い子が着ないと映えない、そんな修羅を通り越して上手に着飾るその選ばれし美女たちだけを、俺はゴスロリと呼んでいる」


 息を吐いて、にっと笑う。


「似合っている」

「まわりくどいこと」


 テレサに茶々を入れられる。いや、褒める言葉がこれくらいしか思い浮かばなかったんだよ。

 普通にこんなこといったらドンビキだろうな。たとえゴスロリの女の子でも。普通に可愛いって言える根性がないのだ。


 フランはどう思ったのだろうか、逃げたりはしなくなった。ゆっくりと俺に近づいて、


「いこ」


 手を……手の袖を掴んでくれた。

 成功?

 テレサは何も言わず、手を振って俺達を見送ってくれる。

 フランも、テレサを見てちょっとだけ手を振り返す。



 昨日、学校を早めに出て行って、下見をしておいた。

 どこかにいこうと言って、どこも当てがないのも、彼女まかせなのも馬鹿すぎる。一応は目星をつけておいたのだ。

 このイノレードは芸術と歴史の国と言ってもいい。三大国家の中で発祥が最も古く、その過去そのものを大切にする。開国当時の建造物がそのまま残っていて、旅人が見学できるようになっている。


 イノレードは中央に国会議事堂のような政府機関があって、それも国家設立当時からあるものを何度も改装して使っているらしい。そこを中心にして、渦巻きのように広がっているのがイノレードの全体像だ。

 つまり、中央に行くほど古い建物になっていく。


「フラン、一応候補がいくつかあるんだ、聞いてくれ」

「行きたいところはないの?」

「じゅ、順番をフランに決めてほしいんだ」


 フランはまだデートの意味がよくわかっていない。

 恋がらみじゃないからデートとは違うかもしれないが、親睦を深めるという意味では合っているのだ。


「まずは、イノレードの中央図書館。歴史ある資料やら、国家の人間ですら把握しきれないほどの情報がそこに眠っているそうだ。持ち出し不可だが、資料を見る分には全然大丈夫らしい」

「なにそれ、盗まれそう」

「なんでも、その図書館に寄贈される時に魔法でコーティングをするらしい。館を出ると反応するんだと」


 フランの気になるところがまた斜め上だ。でも首をかしげてこちらに耳を傾けるその姿はグット。


「場所はイノレードの中央近く。孤児院はほぼ外周に位置するから、一番遠いかも」

「じゃあ別の、アオ、こういうのは効率よく行くものよ」

「いや、行きたいならそこからでもいいんだぞ」


 俺が説明している間、フランがすごい興味を向けていることがわかる。なんというか、段々と近づいてくるのだ。やはり知識暴食獣である。


「まあいいや、他の所も説明する。中央近く、右に位置する場所にはクロウズっていう建造物がある。なんでも大昔からいろんな芸術家が携わっていて、建造物のイメージが自然主義やらいろんな主張を混在させて線密に合わせた代物らしい。二十年前の戦争の調停式にはここが選ばれたり、歴史的出来事の象徴とも言われている」

「じゃあ、パパもそこに行ったのかな」

「一回くらい行ってみるのもいいかもな」


 フランの反応は薄い。見に行くなら全然大丈夫って感じだな。


「あとは、イノレードのちょい西側になるんだが、ミコ湖があるんだ。管理が行き届き透き通っていて、魔力が僅かに流れているのにモンスターが現れない場所だそうだ。カップルのデートスポット定番の場所らしく、夜は泉の上に広がる魔法の光が神秘的らしい」

「ふーん」


 どうでもよさそう。

 やはりフランは普通のデートプランじゃ楽しめはしないだろうな。その辺は俺に似ている。

 俺も変にいい雰囲気の場所に行くよりも、家で一緒に遊ぶような……それって男友達と変わらないよな。でもそのほうが楽しいと思うんだ。


「今回はとりあえず気分転換が目的だ。いやでも出かけるぞ。やっぱ消化試合じゃなくて楽しめそうな場所からだな」

「アオ、希望を言っていい?」

「お、いいぞ、いってみろ」


 そういえば順番を決めろと言っておいて、聞いていなかったな。顔で大体判断できるから失念してしまった。

 でも、フランから言い出すなんていい傾向じゃないか。幸先いいぞ。


「冒険者ギルドいこ」

「え、まじで?」


 俺が言ったどの場所でもなく、冒険者ギルドを選ぶとは。

 わかるぞ、修学旅行で北海道にまで行ってカードショップ回った俺にはその気持ちわかる。



「あなたがアオですか、汚らわしい」


 イノレードの冒険者ギルドは、結構広い。なんでも、巡礼者がギルドに所属して駄賃を稼ぐからだそうだ。

 でも、受付の態度はどの国も一緒だ。今回はメガネをかけた委員長タイプの受付が待っていた。受付委員長とでも言えばいいか。


「汚らわしいっておまえ」

「なにか?」


 メガネのフレームをくいっと上げて、俺の目に反射光を当ててくる。地味な攻撃やめろ。

 今回はギャル黒ギャル姉ちゃんと違って、見た目が真面目そうだから安心したんだが。そのとたんにこれだよ。ギルドは俺をいじめなきゃいけない決まりでもあんのか。


「知っていますよ、冒険者アオ、ギルド登録はハジルドで行い、稀有なレアカードコレクションなどの酔狂な人。現在レベル十三、取るに足らない一般冒険者ですが、何故かエイダ様に気に入られているそうで、どんな汚らわしいことをしたのでしょう」

「アオって有名なの?」

「はい、エイダ様が有名ですので、それに便乗する形でギルド間ではかなり有名です。そういうあなたはフランですね。何でもその歳でレベル二十九に到達しているとか。レベリングをさせてもらってもよろしいですか?」


 受付委員長はまずフランのペンダントを受け取ととろうとする。


「何故フランから受け取ろうとする」

「小さい小さい、あなた様はそんな細かいことに順番をおきめになるのですか? エイダ様は何を勘違いしてこのような矮小な方を認めなさったのか。ああエイダ様おいたわしや。あなたが左辺さえしなければ、ギルドであなたを頂点にまで持ち上げましたのに」


 受付委員長は俺を汚いもののようににらむが、その裏返しにエイダを想う。もしかしてこいつ、嫉妬してるのか。

 俺がじっと見ていると、不快そうに顔をしかめやがった。


「なに見てるんですか、先がいいのでしょう。早くそのペンダントを渡してください」

「……わかったよ」

「ああ、これは少し前までエイダ様のもとにあったのですね、この男によって穢れていますが残り香を感じます……ああ」


 何か一番扱いにくい受付の人だな。早いところ終わらせてくれ。


「セイブーン……これが名高い四枚レアカードですか。ふっ、何しにきたのかと思えるくらいにカードに代わり映えがありませんね」

「シャクトラを取得したが、イノレードの軍に預けちまったんだよ」

「わかっております、その辺りは報告を……けっ、汚らわしい!」


 おいこの受付委員長、いきなり離れたと思ったら俺に触った手を拭き始めやがった。


「ずいぶんだな」

「ふん、あなたのケースに聞いてみるといいですよ。コーナシにサカル……ああ汚らわしい! レベルは九上げて二十二です。ほら、拾って」


 落ちたペンダントを拾うと、俺のレベルが二十を越えていることを確認した。いきなりあがったな。


「これはどうしてだ?」

「イノレードのネッタ進軍はしっかりと記録に残っています。カードを持ちえなくとも、記録に残る戦果を上げるとギルドの判断でレベルを上げる義務が生じます。どうやら紛争で大怪我をみまわったそうですね、活躍も聞いていますが、生存能力の低さを考慮して、二十二にいたしました」


 メガネを何度もくいくいと上げている。慌てているな。


「あなた、わかりますわ、汚らわしいオーラを」

「……」

「その、隣にいるフランさん、そんな御姿にまでされて」

「おいまて、勘違いだ。俺は別にこのフランの服はな……あー」

「アオ……この服、やっぱり嫌いなの」

「違う、俺の好みだ!」

「汚らわしい!」


 受付委員長はメガネをくいっと上げて、咳払いをする。仕切りなおしたのだろう。


「次こそ、フランさん、ペンダントを……ああっ! こちらの方がエイダ様のにおいがします!」

「……」

「セイブーン、おや、アンコモンにシャクトラを持っていますね、アンコモン取得履歴が五種類になりましたので……」


 カード内部を確かめているのか、受付委員長は目を瞑って数秒考え込む。次に目を開いた時には、ペンダントも光り輝いていた。

 フランの首に提げられたペンダントのレベルは、三十一だ。


「レベリングはこれで終わりです。あぁ、そういえばエイダ様からの伝言です、うらやましいですね。ダンテがあなたの褒章を元手に事業を始めたそうです。資金はこちらで工面するから心配ないが、一応報告をしておくと言っていました」

「……ダンテって誰だ?」

「商人のおじさん」


 ああ、商人おっさんか。そんなのいたな。人の金で事業始めるとか借金の前触れだろ。

 にしてもレベル二十二と三十一か。


「アオ?」

「……レベルがすべてじゃないよな」


 フランは首をかしげて俺を見ているが、なんともいえない気持ちになる。


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