第六十八話「やる でーと」
「やっぱりそういうときは、プレゼントが一番だろ」
「アオ殿、人は物では釣れませんよ」
「だまっとれ。お前俺が言ったからそう思ったろ。違うんだよ、プレゼントの本質はそんなものじゃない」
一度咳払いして、緊張をほぐす。これって自分で言うの恥ずかしいんだよな。
「プレゼントってのはな、本来その人の気持ちを物に篭めて渡すもんなんだよ。思いを篭めるって言えばいいか。媚を売るもんじゃない。ある意味じゃ、全力の告白と一緒なんだよ」
「……なんと、そのような想いが」
ロボが目を丸くする。
「アオ殿にも」
「クソが」
「でもでもっ、アオくんの言うこともわかるよっ!」
ラミィまで苦笑いする。なんだよ、こういうこと言っちゃあかんのか。
「プレゼントかぁ……あの小屋の子達にもお茶っ葉以外にプレゼントなんてあんまりしたことないなぁ」
「なんでもいいんだよ、買ってきたものでも何でも、重要なのは渡す時にちゃんと受け取ってもらえる技術だな」
俺にはそれが無かったから、この想いに何の意味もなかった。
その点で言えば、ラミィなら大丈夫だろう。
「それなら大丈夫っ!」
「じゃあ、安心だな」
「でもっ、それでちょっとご相談が」
「俺に?」
ラミィが両手をもじもじさせてこちらに擦り寄ってくる。じつにあざとい。
「手作りのお菓子なんて、いいよねっ」
「……なんでもいいんだぞ」
「でもっ、手作りの方が誠意は伝わりそうだよっ」
「わかってるじゃないか、なら頑張れ」
「アオくん、手伝って、ホットケーキにします」
「やだ。なんで他人のために俺が頑張らないといけない」
「でもっ、噂のことに関して……あ! じゃああれ使うよっ!」
ラミィが何かを思いつく。頭の上に電球が見えた。
「一回だけなんでも協力する券っ!」
「あ、あー」
「なにそれ」
フランがちょっとだけ興味を持つ。
「わ、ワタシもそのような貴重品は、是非とも」
ロボもなんだか、喉を鳴らしてこちらを見つめた。
「……ちょっと前、そうだな、チリョウを出て三日くらいあとか。フランは覚えてないか、その辺りの日に、ラミィの機嫌がすっごく悪かったこと」
「覚えてる。あのラミィが昼までアオと口を利かなかった」
「そう、俺はその前の夜にちょっと酷いことをしてだな」
あれはやりすぎた。
あの、誰にだって仲良くするラミィが本当にキレかけたのだ。実際には奴隷契約のせいで怒るなんて事はできなかったけれど、ラミィの機嫌はすこぶる悪くなった。
「あの出来事で、私もかなり強くなったと思うっ」
「もう謝らないぞ。あの券を渡したんだからな」
「でも反省してほしいなっ!」
「もうやらんて、あんましつこいと脱がすぞ」
ささっと、ラミィが両胸をガードする。いや、冗談だって。
「まあそんなこともあってだ。奴隷相手だろうとちょっとは譲歩してやると思ってな、一回だけなら何でも言うこときくことにしたんだ」
「わたしもほしい」
「いや、やらんて」
これは苦肉の策だからな。
「わ、ワタシも」
「ほら、頭撫でてやる、ほらほらほら」
ロボって犬化が着実に進んでるよな、最初こそ戸惑うけど、ちょっとずつ気持ち良さそうな顔をする。頬を赤らめやがっていやしんぼが。
「わかったラミィ、その券はもうそれで御終いだからな」
「うんっ、よろしくお願いしますっ、ホットケーキ先生!」
何かそういわれると顔が丸そうでいやだ。
あんまり人に教えるような実力でもないんだけどな、調理師とかに見せたら鼻で笑われるぞ。まあこの事例は、出来の問題じゃないんだけど。
「あの~、もう一枚この券くれないかなっ?」
「あれをもう一回やるのか?」
「…………どうしよう」
ラミィが結構真剣に、顎に手を当てて悩んでいる。
あれをもう一回やる根性があるなんて、ラミィも度胸だけはこの旅でかなり付いたんだろうな。
*
翌日、余ったホットケーキだけを持って図書室で調べ物をする。
俺の活動範囲は本当に狭いな。ここか食堂を行き来する生活だ。地球と代わり映えしない、一人ぼっちでの学院生活だ。
異世界で学園にきたのに、結構灰色な気がする。そんなもんだよな、異世界に行ったって俺は俺だ。放課後なら可愛い子も女も犬もいるから、悲壮感はないし。
「よぉ」
「やっぱこの世界はグレーよりも黒だな」
グリテが女を連れてやってきた。
図書室なのに厳かにする気はないらしい、グリテの手が、女の方に回っている。
というか、その女、昨日更衣室で俺がグットって言った女じゃないか!
「あぁ? そりゃ、お前の服のことか?」
「グリテ、なにこれ、外に遊びに行こうよ」
異世界にきてまで若干のNTR気分を味わうとは。しかも女は俺のことを物みたいに見てる。やめろ。
俺が女の子を見ていると、まるで勝ち誇ったようにグリテが笑う。もう構うもんか。
「どうだったんだよ、俺の言うとおりだったろ」
「あ……あ~まぁそうだな」
グリテは、女の子の体から手を離して、俺の右手をつかむ。
「ん? んん!」
「柔らかいな」
攻撃の気配もなかったので、俺がぼおっとされるがままグリテに引っ張られて、触れた先はなんと、あの女の子の胸だった。
この感覚は、なんといえばいいか、なんといえばいいのか、やわらけぇ! そうこれは、朝に出来たばかりの新芽のたけのこのような、大きいものとは違う甘い味わいをその小さな突起に凝縮したからこそ出てくるものだ。
「い、いやあああああっ!」
ちょっと握ったら、とんでもない悲鳴を叫ばれて逃げられた。
グリテはそんな様子をへらへらと笑ってみている。
「な、そうだろ?」
「グリテ、お前ってやつぁ……」
嬉しかったけど、俺の人生がそのせいで死にそう。
そして当たり前のように俺の正面の椅子に座る。帰ってほしい。
「……あの子を追わないのか?」
「一回でいいだろ、オレは趣味じゃねぇ」
まるで関心なさそうに、グリテは髪をいじりながら言う。
こやつ。一期一会みたいなことを。
でもやっぱイケメンなのはいいよな、女の子をここまで手玉に取れる。
ふと、女の子でフランを思い出した。
「……グリテ、ちょっと聞いていい?」
「あ?」
「もしさ、落ち込んだ女の子とヤリたいとか思ったら、どうする?」
ヤリたいわけじゃないぞ、励ますなんて聞いても応える気がしないから言ったんだ。決して、フランとやりたいわけじゃない。
ずっと悩んでいたのだ。プレゼント戦法は一度フランに使ってしまったし、他に方法が思い浮かばない。
グリテはその質問を、鼻で笑う。殴られなくてよかった、応えてくれるかどうかは五分五分だったよ。
「お前さ、そういう奴が一番簡単なんだよ、他のなんかで気分を変えたいだけだろ、その理由にやればいい」
「落ち込んでいるのが、俺のせいだったら?」
「面倒くせぇなぁ、知るかよ。どっちだって一緒だろうが、ようは今までと違うことすればいいんだよ」
ぶっきらぼうにしながらも、案外質問に答えてくれる。
なるほど、別のことをするか。
たしかに、俺はフランを励ましたりフォローするばかりで、その発想には至らなかった。
こうなったら殴られるまで質問してみるか。
「じゃあ、別のことって」
「お前さ、馬鹿か? そんなのいつもと違う場所に遊びに行けばいいだろ、お前そいつと普段どこでデートしてんだよ」
グリテは言葉の頭に必ずののしるが、そのあとにしっかり意見を述べてくれた。
デートか、恋人じゃないけど、そういう手があったか。
そういえば、二人っきりの買い物なんてハジルドとイノレードでほんの少しやっただけだ。しかも目的が別のものだったし。
「なるほど、デートか」
「そいつがお嬢様なら遠くはやめとけ、気の合ったやつでもヒール履いているような奴は足をもってねぇと失敗する」
「足って言うと、馬車か」
「馬鹿か、あんなケツ痛くなるの乗せるんじゃねぇよ、浮遊陣だろうが」
何かズバズバ指摘される。でも浮遊陣って高いんだよな、この世界で言う飛行機だし。
「手っ取り早く寝たいなら海にいけ、砂で汚くなればなし崩しで宿を選ぶ」
「……なんかこう、意外だったわ」
「は?」
「あいや、ありがとうな。グリテはそういうのあんまりしないほうだと思ってた」
普通に力ずくで犯すみたいなイメージをしていたから、この台詞はカルチャーショックを受けた。
「だって黙認されるのなら、普通に路地裏へGOだろ」
「ま、無理矢理が一番簡単だわな、手に入らないのなら壊せばいい、金も女も」
グリテはそんな畜生発言を、すごく自然に言い放つから困る。
つかこんなY談して司書さんに怒られたりしないだろうか。怒ってもグリテには言えないだろうけど。
「だからオレは、基本的にチャンスをやる。オレがそいつとの付き合いに飽きたら無理矢理犯す。飽きる前に脱いだら犯す」
「行き着く先が一緒じゃないか……」
なんにしても、まさかグリテの話が参考になるとは。
よくよく考えると、うちのメンツは全員が女だから、男としての役割が滞りがちなのかもしれない。男として不足な俺がその中に入るから、パンクしかけているのだろう。
「まあ、助かっうぉわ!」
「お前と話すの飽きたわ、今日も探すんだろ、どこにいくよ」
話をきられるというよりも、話している途中で殴られる。
つかこいつ、俺の捜索についていく気か。証の精霊探しはまだ長いんだぞ。
「おっ、何か美味そうなの持ってんじゃん」
「……図書室だよここ」
「関係ねぇよ、味は普通だな」
グリテが断りもいれず、俺の持ってきたホットケーキにパクつく。それ俺とラミィが作ったんだからな、没落したけど王妃様手作りなんだぞ。
「一応、まだあの通路が証の精霊と関係があるって保障はないから、調べ物もやめたりはしない」
俺は机にあった資料に目を戻す。前と同じで、卒業アルバムだ。ただ年号は昨日よりも古い。
「へっ」
「だから、あの通路探索はもうちょっと」
「これ食い終わったら行くぞ」
グリテは有無を言わせない。逆らえないのはわかっているけど、何か尺だ。
ただ、グリテはなんだかんだでホットケーキを美味そうに食べているところを見ると、まあいいとも思えた。
だからこそ、俺は表情を引き締める。
こいつは大量殺人犯で、自分の都合でいくらでも人を陥れる悪だろう。ただ純粋に、欲望に真っ直ぐな悪だ。
油断してはいけない。いつグリテの都合で俺の首が吹っ飛んでもおかしくないのだ。
とりあえず、死なないよう風のカードだけは手に携えておく。
今日の学園生活も、疲れそうだ。
*
「それでねっ! レイカが今生の友とか言ってくれてっ、もう過程をすっ飛ばして親友になっちゃたんだ!」
「ほほう、ラミィ殿はやはり人をひきつける力がおありで」
「レイカだって、実際は気さくでいい子なんだよっ! ただ、もともとの家系がイノレードの政治に深く関わってて、それに恥じぬよう生きてきたって言えばいいのかなっ。絶対に誰にも負けちゃいけないっ! って肩の力を張ってたみたいなんだっ」
放課後、いつもの夜会議。
つかれた。本当に疲れた。結局グリテは攻撃などしてこなかったが、何度か気配を感じて冷や汗をかかされる。つかおふざけで糸を飛ばしたりするから怖いよ。
俺は若干ベッドにもたれながら、ラミィの報告に耳を傾ける。
「大丈夫?」
「うん、大ジョブ」
フランが心配してくれるのか、頭を撫でてくれる。ああ、駄目な男になりそう。
「あっ、ごめんねアオくん。私が勝手にずっと喋ってて」
「構わないよ、で、そのお嬢様はどうしたんだ?」
「午後にね、負けたことを知ったのかレイカのお父さんがきちゃったんだ。どうやら私に何か言うつもりだったらしいけど、レイカが前に出て『お父様、わたーしは遊びたいのです!』って感じで説得を始めたんだ。それを聞いたレイカのお父さんはそっぽを向いて好きにしろって、目に涙を溜めながら帰っていったんだよっ、あの学校の人はみんないい人だよっ!」
「そうかそうか、青春だな」
「本当に大丈夫っ?」
ラミィが心配して、こちらに顔を近づけてくれる。眼福だ。
フランはその間に割り込んでまた頭を撫でてくれる。もう駄目男でいいや。
「アオ殿の狼狽は懸念ですが、明日が祝日であることは好機といえましょう」
ロボだけは冷静にこちらを遠目に見ている。耳がぴくぴくしているから、相手してほしいのだろう。
「あっ、みんないい人で思い出したけどっ、アオくん。あの学校にはグリテがいるんだって!」
「……へー」
「なんでそんなに気が無いのっ! 危ないんだよっ、この学校でも病院送りにされた人がたくさんいるんだって、校内で彼の悪口を言っただけで、どこからともなく攻撃してくるっていう恐ろしい噂まであるんだよっ!」
ラミィが眉をひそめて必死に危険性を説明してくれる。うん、わかってる。あれは危険だ。
「ただ変に目を合わせたり、彼の近くで変な声を上げなきゃ大丈夫らしいよっ、出来るだけ近づかないようにってのが暗黙の了解だって。あと朝食後と御昼前の時間には食堂に近寄らないことと、図書室は午前中注意だって」
「そんな情報よく知ってるな」
「危険人物でも、グリテは女の子にすごい人気なの。いろんな女の子がつけまわしては、噂を統合して情報をまとめたんだって」
「ほー」
遅すぎるわ。
もう出会ったを通り越して知り合いの域だぞ。
にしてもあれか、あの学校が騒がしくないのはこういう恐怖政治みたいなものがあるのかもな。傍目から見ると上品だから、いい効果なんだろうけど。
「これくらいかなっ、学校は面白いんだから、アオくんも授業に出ればいいのに、講師の先生だって聞いたこともない歴史事情とか色々教えてもらえるからさっ」
「遠慮しとくよ、それに明日は休みだ」
そこまで進展はなし。二日目だしこのくらいだろう。
あとは俺の用事を済ませる。今日の一代目標だ。
「俺の報告は、前に話したダクトを捜索してみた。どれだけ進んでも入口以外に出口は見つからない。内部構造は一つの入口で輪になってるっぽい。目立った成果は特になし。でだフランデートをしよう」
ちょっと慌てたせいか、どもって早口になる。話題の出し方も、唐突性もひどいものだ。
ロボもラミィも、キョトンとする。聞き取れなかったのだろう。
フランは、その沈黙があって、やっと顔を上げた。
「……なに?」
「でで、デートをしよう、明日、二人っきりでどこか遊びに行こうってことだ」
緊張する。初めてこんな台詞を口に出したと思う。餓鬼のころに、男すら遊びの誘いを断られ続けた俺には、口に出しにくい言葉だった。
フランまできょとんとして、つぶらな瞳でぱちぱちと瞬きをする。
みんな予想外なのはわかるけどさ、黙らないでくれよ。
「ふ、ふら――」
「逢引ですとおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ロボが突然、横から咆哮をあげる。なぜかわなわなと震えていた。