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第六十七話「のぞき ふぉろー」

「予想通りだ」

「なんだ……っ! いってえな、せめえんだよ!」

「俺を殴るなって、あとすぐ来るなよ。たぶんここは一人用通路だ」


 俺とグリテは、通気口よりちょっと広いくらいの空間に来てしまう。

 しゃがんだまま、爽やか教師からパクった地図を取り出して、現在位置を確認する。


「おいお前、ここダクトか何かか?」

「知らん。前だな」


 狭い通路をヨチヨチ歩きで這いずる。たぶんグリテも、真後ろから付いてきている。すっごい怖い。


「……右……かあ?」

「あぁ? どこ行く気なんだよ」

「……」


 くどいようだが、グリテにはつまらないと思う。


「この地図な、いろんな部屋の名前がしっかり書いてあって。やっぱり人間、最初はあれを見るわけよ」


 たどり着いた。

 この通路はグリテの言う通りダクトかもしれない。網から届く光を覗けば、今いる場所が天井裏だと確認できる。でもこの学校ってそういうの必要なほどキツキツでもないんだが。


「あぁ、なに見てんだよ」


 俺が無言でその室内を覗いていると、グリテが横から身を乗り出す。狭い。


「こりゃあ……あ――」


 風のハープを使って、大声だけを消す。気づかれたらまずい。

 グリテが指差して覗く場所、そこには何故か女性しかいない。しかも全員が制服を脱ぎ捨てて、柔肌を晒している。みんな体操着に着替えている最中だ。

 このイノレード学院は曲がりなりにもエリート学校だ。もちろん学校にいる女性のレベルも高い。


「女子更衣室だよ、大声だけを消したから、普通の声なら出せる」


 ダクトを抜けるとそこは雪国だった。パンツ的な

 まず学校の地図で眼に止まったのがここだった。あれだ、図書館で保健体育の本を見つけちゃったてきな。

 グリテがなんというか疑惑と困惑の混じった眼でこちらを見ている。

 しゃあない、解説するか。


「俺はなんとなくあの地図にあった女子更衣室を見てたんだ、人が集まってるなって。そしたらさ、不思議と壁をすり抜けて移動する点を見つけたんだよ。証の精霊がいるって事はここは由緒正しき学校なんだろ、なのに壁に穴があるのはおかしい。そこで考えたわけだ」


 茶番劇でよく見るような、じゃれつきは更衣室にない。無言のまま服を脱ぎ、何の疑問もなく下着を晒す。その無防備な姿を余すことなく覗く。人が透明人間に憧れるわけを身体で理解する。

 地球だと更衣室ですら女性は肌を隠すんだよな、異世界でよかった。


「だからさ、その点をずっと追ってみたんだよ、そしたらあの倉庫辺りから普通に移動を始めた。つまりあそこに何か抜け道があるとふんだんだ」

「……それで?」

「男のロマンだろうが、勝手についてきやがって」


 だいたい、グリテはそんな覗きみたいなまどろっこしい美学はわからんだろうがな。

 グリテは無表情だ。怒っているようではない。ただ何かおかしい、女子更衣室じゃなくて俺を見ている。動物園のサルを見るかのごとく。


 まあ暴れださないだけましか。


「……グリテ、あの子見てみろ」

「……」


 グリテは冷めた目で、俺の指差す女性を見つめる。

 周りと比べると身長がちょっと低い。胸もそんなに無いが、顔立ちもよく活発そうな女の子だ。


「なんていうかこう、触ると柔らかそうに見えない?」

「…………」


 俺の、正直な感想でも言っておく。あの小さい胸だからこそ柔らかそうなのだ。産まれたばかりのお肉って柔らかいだろ。

 グリテは無言のまま、いちどずり落ちたサングラスをくいっと持ち上げて、肩を震わせる。


「……ぷ」

「ぷ?」

「ははっ、あ――――!!!!」


 グリテが大きく口を開けて、大笑いをした。風のハープで声は出ないが、げらげらと笑っている。


「ひっ、ひっ――――!!」


 腹を抱えて、抱くとの壁をがむしゃらにたたく。


「なんか、面白かったのか?」

「お、おめぇ、――――!」


 声が通らないため、会話にならない。笑い声に会話もクソもないけれど。

 とりあえず俺はもと来た道を指差して、帰るよう指示する。下の女の子たちも大体着替え終わってるし、もういいだろ。

 グリテは肩をプルプルとふるわせたまま、引き攣るようにもと来た道へバックしていく。


 倉庫のもとにまで戻ると、転がるようにしてダクトからグリテは飛び出す。

 俺も遅れて降り、ハープを解除した。


「ぶっはははははっはあ!」


 グリテの珍妙な笑い声が、倉庫を埋め尽くした。あと笑いながら俺を指差してる。


「おま、おまえっ! クソ……ぶははは!」

「意味がわからん」


 どのへんがグリテの笑いのつぼだったのだろう。

 必死になってグリテが腹を押さえ、やっと笑いが収まってくる。


「だってよぉ、お前、オレに殺されるかもって思ってんだろ?」

「ああ、そうだが」

「それなのに普通、オレ連れてって一緒に覗きなんてするか? ありえないっしょ!」

「……わっからん」


 やっぱりこの男とは合わんな、ついていけん。


「はっ、はぁ~」

「付いていっても、いいものじゃなかったろ」

「ああ、その通りだな、オレにはクソつまらねぇ」


 グリテは頭をかきながら、先ほど入っていった天井の照明を見つめる。


「ただ、今回は許してやるよ、ぶっ殺しはあとだ」

「そりゃどうも」


 助かったといえば助かったのか。昨日といい今日といい、物騒な事は続くものだ。

 なんにしても、この学校、変な通路があるんだな。しかも陣で作られた入口と言う事は、元からあった機能なのだろう。この分だと他にも秘密がありそうだ。


「おい」


 グリテのカツアゲするような声が、俺を呼んでいる。ジャンプはしないぞ。


「昼だ」

「昼?」


 まだ昼には早い。十一時くらいだろう、もうちょっとしないと。

 グリテは吐き捨ててから、倉庫のドアを開ける。ああ、グリテは腹が減ったのか。


「おまえもこい」


 俺から立ち去ると思ったら、グリテはわざわざ振り返って俺を待っていた。


「いや、腹減ってないっす」

「関係ねぇよ」


 強制かよ。

 もちろん断るような度胸もないので、反論せずに付いていく。怪我をするよりはいいだろう。


「おまえさぁ、いややめた、名前教えろ」

「……アオです」


 不良に名前を教えるのってすごい嫌なんだが。

 グリテはそんな俺の嫌そうな顔をまるで気にすることなく、堂々と道の真ん中を歩く。


「おらアオ、置いてくぞ」


 グリテは他人のペースも考えず、自分の好きなように動き行動する。

 ちょっとだけうらやましい生き方だ。才能のある奴の特権だろう。


 もちろん俺は、その特権に逆らえない。



「あの学校の食堂はねっ、とってもおいしいんだよ! アオくんも一度食べにいってみるといいよ。というか一緒にいこ!」

「そうなんだ~」


 夜、キランの魔法を灯しながら、宿舎で会議が始まる。


「ほほう、アオ殿はあの食堂をまだ知らないとみます」


 さすがに二日連続でロボをハブる事はできなかった。本題を適当にそらしながらの話になる。仕方あるまい。


「あの伝統、限定三十食は健在ですか?」」

「うんっ! 私は食べられなかったけど、なんだかすっごい豪華な食事が一日限定三十食だけ作られるんだって」

「そうなんだ」


 たぶん今日は三十二食だったと思う。

 あのあと、グリテと食堂に行ったのだ。あの食堂おばさんは体よく二食分用意してくれていた。食堂おばさんによれば、二日に一度は女を連れてくるので、その名残だという。男は初めてといわれて、なんともいえない気分になった。

 もちろん味など覚えていない。グリテとも会話しなかったし。


「……さて、報告だ。まず俺から、あの学校に隠し通路があった」

「え! もうそんなところにまで来たのっ! もしかしたらもしかするかもだねっ!」

「偶然だけどな」

「アオ殿の索敵能力には恐れ入ります。二年以上いたワタシとてそのような珍妙なものを眼にする事はありませんでした」

「俺だって驚いたよ、魔法で作られた通路だなんて」

「あの由緒正しき学び舎での陣です、おそらく過去の偉人殿がいつか来る日の為に残しておいた物なのでしょう」


 今は覗きのためだけに使われているけどな。

 ロボとラミィの、驚きの眼差しにちょっとだけ優越感を覚える。


「……」


 フランは一人、あまり面白くなさそうにこちらを見ていた。


 まずいな、非常にまずい展開だ。

 こういうのって、後々にすればするほど取り返しが付かなくなるのだ。本格的に何かフォローをしておかないと絶対に大事になる。

 ただ、今回の問題はどうすればいいのか、見当が付かない。元々俺はああやって面白くなさそうにする側だからなぁ。


「アオくんはこれからどうするの?」

「とりあえずその通路の探索はする。ただ闇雲に探すのだと手間だが」

「そういう時は、ワタシをいつでもお頼りください。この畜生の鼻めが役に立ちましょう」

「…………」


 フランがすっごくこちらを見ている。

 でも、ロボを頼るというのはありっちゃありなんだ。別に目的地に着いたからと言って、すぐに用件を話すわけではないし。

 だが、やらないほうが無難だろう。


「一応これが本命とは限らないし、まだ俺一人で十分だ」

「左様でございますか」


 ロボの耳がちょっとだけしょんぼりする。


「次は私だねっ、ただ私のほうはあんまり成果がなくて……」


 ラミィは掛声だけ元気よく、あとは気まずそうに自分の人差し指同士をつんつんしている。


「いいから言えって、なにもないわけじゃないだろ。ラミィが頑張ってるのは知ってる」

「ありがとっ、でも、あんまり関係ないかなって感じの話なんだ。なんでも、最近学院には幽霊が出るって噂が流れてるの」

「オカルト系?」


 学校に定番の怪談か。

 俺はあまり親しい友達がいなかったせいか、こういう内輪の噂なんて完全に無縁だったな、クラスの中だけでよくわからないスラングが流行っていた時も、俺だけ意味がわからなかった。さわさわってなんだったんだろうなぁ。


「うんっ、なんでも、部屋の隅とか、暗い場所とかに潜んでいる黒い幽霊がいるんだって、友達になったメシアちゃんの友達からの又聞きだけど、この噂は学院中に広まっているらしいよ」

「で?」

「でって?」

「その幽霊は何か悪さをするのか?」


 幽霊の話題といえば、大体が話しかけると死ぬようなお話だ。何か特殊な裏技で回避しない限り殺されるみたいな。

 ラミィは俺の質問が意外だったのか、首を捻る。


「う~ん、それ以外には聞いたことないかなっ」

「なんだよそれ、噂なのに何のエピソードもないのか?」

「そんなこといわれてもっ。あそうだ、何か見える人にはずっと見えるらしいよ、目が合うと逃げ出すけど、突然消えたりはしないんだって」

「見える人って、やっぱそういう系列はこの世界にもあるのか」


 魔法とかが当たり前の世界でもオカルトは別物なんだな。まあ死んだあとどうなるかだって明確じゃない以上はそんなのも出てくるか。


「アオくんごめんね、これくらいの話しかなくて、しかもあんまり精霊とつながりがあるわけじゃないし……」

「いや、助かる。こういう噂は何でも収穫してほしい。俺たちの探しているもの自体が眉唾物だからな、ひょんなことで繋がったりするかもしれない」

「精霊?」

「あっあ~ありがとうねアオくんっ! そういえば~あれ、昨日話した決闘の話なんだけど!」

「決闘? フラン殿それは如何様な事例ですか? ワタシは昨夜、テレサ殿と話をしておりまして」

「あぁそうだったねっ!」


 フランって口が軽いよな、あと迂闊なところも結構ある。よくシルフィードの正体がばれなかったもんだよ。

 にしても、二日程度じゃ手に入る程度はこれくらいか。俺が見つけた隠し通路だって捜索時間は馬鹿にならないだろうし、下手をすれば無駄足の可能性もある。

 でも今のところ手詰まり感はないな。ラミィだって噂をどんどん仕入れてくれるだろうし。

 やっぱ問題は、内輪的なものだな。特にフラン。


「とそこで私のシルフィードランスが唸る! 観客たちが瞬きを忘れた中、宙を舞うのはレイカの兜。そう、見事レイカちゃんの兜を取り払い、大逆転勝利を収めたのですっ!」

「おぉ、流石はラミィ殿」


 ただ、どうすればいいんだろう。口でのフォローも意味を成さないだろうし。

 考えるんだ。フランと似た経験なら俺だって何度かしてきた。あの状況を立ち直らせてくれた人は何をしてくれ……誰もそんな人いなかったな。


「でもね、みんなと仲良くなれたのはいいのだけど、その代わりレイカちゃんががみんなと話さなくなっちゃったんだ。今までいた取り巻きも彼女から離れちゃって」

「そりゃそうだろ、ラミィに対抗する気概のある奴ってのは、負けず嫌い以上にプライドが高いんだよ」

「アオくんもプライド高いよね」

「ラミィ、命令だ。今日の間は服をもう三枚脱いで過ごせ」

「え!」


 ラミィが悩む。上下と下着二つと靴下の五枚中三枚だから、どうやっても下着が見えるのにな。どうせ部屋を出るときなんてトイレくらいだろうに。


「……下着二枚と靴下を脱ぐね。とにかくっ、間接的にも私のせいでレイカちゃんがクラスから浮いちゃったりしたら、なんだか決闘で勝ってもうれしくないかなって」

「そのレイカは同情されても嬉しくないと思うぞ」

「じゃあアオくんは、どうすればいいと思う? たぶんレイカちゃんと仲良くなれれば、学校の噂とか情報はもっと手に入るよ」

「ラミィ、なんだか考え方が狡くなってるな」


 でもまあ、そういう事例は結構何とかなる。一人ぼっちの人間なんてのは簡単におちることが多いのだ。


「まあ、考えがないわけじゃない。いちおういい方法があるぞ」


 俺だってガードが固いように見えるが、ひとたび線の内側に入れてしまえば依存してしまうタイプだ。結局は、最初の壁を飛び越えれば何とかなる。


脇役列伝その9


 イノレード学院高等部二年 カンシ


 イノレード学院の二年生で、成績は中の下。ぱっと見さしたる特徴もなく、友達もいない地味な男。

 そんな彼の趣味は覗き。実を言うとこのカンシは、覗きの才能だけならイノレード四人の天才を遥かに上回っている。もし彼がこのまま成熟すれば、世界のすべての謎を覗き見るだけの力を持つことが可能。学院の隠し通路を見つけたのもその類稀なる才能を発揮した成果だった。

 カードの能力は光の霧、その霧には視覚が備わっており、霧に触れた女子学生の毛穴の数まで把握できるほどの精密さがある。なのにわざわざ隠し通路で覗きするのは、直視こそが心理であり勝利だという持論があるから。

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