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第六十六話「しょくどう しろ」

「さ、探し物をしている!」

「なにをよ」

「証の精霊」

「興味ねぇな」


 聞いといてそれかよ!

 グリテの糸が、さらに俺の回りを囲う。このパターンはやばい。

 俺は装着したままの風のハープを弾き、糸の秩序を一時的に乱す。そしてそのまま手を翻して、俺を踏んでいる足を掴もうとする。

 グリテはそれを避けるが、その隙を縫って俺は拘束から逃れた。


「あ、やんのか?」

「やらない! 俺は探し物のためにここに来たんだ!」


 下手に反抗して、グリテの苛立ちを買ってしまう。どうすりゃいいんだよ!

 ただ、やられるわけにはいかない。せめて逃げるために、俺は風のハープを構える。最悪、また盾を使うかもしれない。


「うぜぇ」

「お前に言われたくない! 俺はな、イノレードの国家のちゃんとした依頼を受けてここにいる」

「関係ねぇよ、オレがいらついたんだ。死ねよ」

「会話してくれ!」


 グリテはむかついたら殺すの精神しか持ち合わせていないようだ。

 俺にできる事はなんだ。合法だってのも必死だが伝えた。グリテに敵対するつもりはないといった。


 もうどうしようもねぇ!


「俺はちくわも持ってないんだぞっ!」

「は?」

「でもやるならやろうじゃねぇか! もうやけくそだ! くるならこい!」


 出会ってしまった間の悪さを嘆いても仕方ない。ここは対抗する。

 あのおばはんこういう忠告してくれればよかったのに。まあ戦争事情なんて何も話してなかったからしゃあないけど。


 俺は低姿勢で構えたまま、グリテの攻撃を待つ。


「……つまんね」


 だがグリテは気まぐれに、俺への敵意を取り払って、そっぽ向いた。

 いきなり攻撃してきて、いきなり飽きたらしい。


「……ひでぇ気まぐれだ」

「あ?」

「いや、なんでもないっす」


 なんにしても、戦闘は避けられたのか。

 またグリテが気まぐれを起こさないよう、この場を立ち去ろうとする。


「まてよ」

「……まだなんか?」

「お前さ、本当にそんなクソつまんねぇことしかしてないのかよ、なんかよ、もっとこう、学院をぶち壊すみたいなことしないわけか?」


 この男、俺に何を期待しているんだ。学校にテロリストなんてダイハード見て卒業すべき妄想だぞ。


「そんなんじゃない、俺はな、過去に起こった事件の真相を確かめに着たんだよ。あー」


 一応、グリテからも情報収集できるか? できないよなぁ。

 続きを言うべきか否か、ちょっとだけ迷った。


 ただ、グリテは攻撃することなく、俺が口に出す言葉を待っていた。

 たぶん、言い渋ったら殴られるな。


「グリテは、マリアって女の人がこの学校にいたのを知っているか?」

「……あ?」

「俺は、そのマリアが死んだ事件の真相を探るために、証の精霊に会うんだよ」


 情報を得ることなんて出来ないだろう。何せ相手はグリテだし、たぶんロボと学年が違う。

 グリテはサングラス越しに俺を睨み続ける。攻撃の気配はないが、何か怖い。


「まあ、つまらないけどそういうことだ。ちゃんと許可も取ってる」


 俺は今度こそ早足に、この場を去ろうと試みる。

 あまり会話を続けていると、たぶん殴られる。昔からそうだ。俺の口調は人によってかなりむかつくらしい。


「まてよ」


 二度目の静止だ。しかも、今回は俺の肩をつかんでいる。

 攻撃の気配はないが、何か鬼気迫るような、嫌な感じが絡みつく。

 俺は、ゆっくりと、グリテと目を合わせた。


「な、なんだ?」

「こっちこい」


 ぐいっと、乱暴に引っ張られる。どこかに俺を連れて行く気だ。


「なっ、校舎裏か!」

「黙って来い」


 グリテの表情は硬い。しかし、どこか静かだ。

 俺はたたらを踏みながら、逆らうことも出来ずに連れて行かれる。



 連れてこられたのは、食堂だった。

 食堂とは言っても、レストランのように豪勢な内装をしている。椅子も堅くないし、机だって客が来るたびに磨いていそうだ。日の光も満遍なく差し込まれている。

 普通、学校の食堂って汚いよな。


 グリテはその食堂でもさらに特等席っぽい、上座の空間に入っていく。

 辺りに人はいない。まだ朝だけど授業始まったし当たり前か。ただ、食堂のコックがこっちを見て苦笑いをしてた。


「座れ」


 グリテは乱暴に腰掛けたあとで、なんと俺に座れと促した。こういうやつって、大体たってろって言うんだけど。


「上にいられるとむかつくんだよ」

「ああ、なる」


 グリテはそんな俺の意志を読み取って、忌々しげに言い放つ。

 とりあえず遠慮はしない。どっちにしても機嫌を悪くするのだ。礼儀は必要ないだろう。


「で、なんで俺をここに連れてきたんだ」

「話せよ」

「話せ?」

「あの事件を追ってるんだろ、知ってること全部だ」


 もしかしてこいつ、そのためにここに連れ込んだのか。

 とりあえず、正直に話すか。


「何も知らない」

「あ! 舐めてんのか?」

「これから、全部調べるんだよ」

「……くだらねぇが、そりゃそうか」


 グリテは机に足を乗せて、窓の外を見る。珍しく、何か思案にふけっているのだ。


 なんだ、おかしい。

 どうして、俺のやることに興味を持ったんだ。さっきまで知るかよって言ってたのに。

 最初に言ったことと違うのは何だと考えて、マリアの名前が浮かんだ。


「グリテは、マリアを知ってるのか?」

「おまえさぁ、なめて――」

「違う違う! 俺はこの国の人間じゃない。この依頼だって、孤児院のテレサって人に頼まれたんだよ」

「あのクソババア」


 グリテが珍しく、苦虫を噛み潰したような表情をした。ただそれもしばらくすれば、なんとグリテの眉間から皺が消えた。

 どうなってるんだ、今まで抜き身の刀みたいだったグリテが、鳴りを潜めたのだ。


「……マリアってのはな、この学院にいた四人の天才の一人だよ」


 しかも、俺に説明までしてくれる。天才って……天才?


「マリアが天才って、あの天才か!」

「うっぜぇ。オレが一番だがな、同列に扱われるのが癪だ」


 この前ジルに聞いた、イノレード四人の天才児って、ロボが含まれていたのか。

 ロボって、そんなたいそうなものなのかよ。現在犬だぞ。


「あの女が死んだのは有名に決まってんだろクソが」

「おばはんそんなこと一言も言ってなかったぞ」

「あのクソババアに期待するのが間違ってんだよ」


 どうやらテレサのことをグリテは知っているようだ。しかもなんというか、一目置いている雰囲気がある。


「もしかして、グリテは孤児なのか?」

「は、舐めてんのか? オレをクソ貧乏人と一緒にすんな」

「す、すまん」


 にしても、さっきからグリテの様子がおかしい。というよりも落ち着いている。

 なんというかグリテは、いつも攻撃の気配を尖らせているような獣というイメージがある。


「おいそこの、飯もってこい」


 グリテは目に付いた店員を呼び寄せて、準備もしていない食堂に食事を要求する。

 なんというか、横暴だな。


「オレも、あの証の精霊なら探した事はある」

「まじか」

「見つからなかったけどな。考えてみれば、オレが見つけられもしないものを、他の奴が見つけるわけねぇか」


 自分で言って自分で納得してるし。

 あれか、共通の話題が出来たからそっちの興味が向いた感じなのかこれは。


「グリテは何をして調べたんだ? 俺はこれから図書室とかの資料調べをするつもりなんだが」

「なんでお前に教える必要があんだよ」

「えっと、もし真相が暴けたら教えるけど……」


 グリテは舌打ちをしたあと、窓の外を見る。

 俺はおそるおそる、グリテの表情を覗く。


「やっぱ、駄目か?」

「……オレは、学園中に糸を巻いた」


 グリテは中指と人差し指を立てる。その指先が光で反射し、目を凝らせば、なんと食堂を埋めるほどの糸が張り巡らされていると気づいた。


「オレの糸は、音の反射でその場所の輪郭がわかる。あとはその空間の音も糸を使って聞こえる。この学院の構造を調べたが、そんな精霊はいなかった」

「とんでもない能力だな。汎用性といい強さといい」


 正直に感嘆する。その糸の能力だけでほとんどのことがこなせるじゃないか。輪郭がわかるなら盗撮だって簡単だろう。

 グリテは俺の褒め言葉にちょっと気をよくしたのか、口元が上がる。


「へっ、でもそれでわかったのは、オレの悪口を言っている奴が学園に結構いるってことだ」

「ああ、音が聞こえるもんな」

「そいつらを片っ端にぶっころしてたら、飽きた」

「恐ろしいな」


 じゃあ結局のところ、俺はどこにいてもグリテに見つかったわけか。


「でも、だとすると証の精霊はどこにいるんだ」


 グリテはたぶん、見える部屋すべてに糸を張り巡らせたはずだ。音もなくて目にも見えないとなると、お手上げじゃないのか。


「グリテ、その糸は今もつけているのか?」

「無理に決まってんだろ、オレの糸は半径一キロが限度だ。だいたい、ずっと学校につけてれば面倒な意識がつくだろうが」

「今食堂にかけてるのは」

「癖だよ、逆を言えば、オレの糸は魔法を出してから一キロ離れない限り永続だ。張らなければ相手は触っても何も感じない。適当にふらつかせるだけで近くのもんは全部把握できる。便利だから使ってるだけだ」

「はいはい、お待たせしましたよ~」


 とそこで、食堂からやってきたおばさんがこちらに料理を持ってくる。やけに豪華な食事だ。食器も綺麗だな。


「あら、もう一人いたの!」

「うぜぇババア」

「いじめられっこに見えるけど、そうでもなさそうね」


 食堂おばさんは俺とグリテを見比べて、なにやらふんふんと頷いている。


「ちょっといいかしら」


 そして、なにやら俺に手招きをする。

 グリテは食事をするだけで、俺とおばさんには全く関心がないようだ。

 俺はおばさんにつられるまま、グリテから離れた場所にまで連れて行かれる。


「そんなことしても、グリテには聞こえますよ」

「気分よ気分。あんた、グリテとどんな関係なの?」

「どんな関係って言われても」


 敵というのが適切かもしれない。でも、今はいがみ合っているわけじゃないし。


「グリテがあんたみたいな年頃の男を連れているの、初めて見たから気になったのよ。女ならよく見るんだけどね」

「はあ」


 このおばちゃん何か勘違いしてないか。口元を押さえて笑っている。


「まああんな奴だけど、グリテとは仲良くして――」

「おい、クソババア」


 びくっと、肩に力が篭った。それは食堂おばさんも同じだ。


「なんだいグリテ」

「……食い終わった、片付けろ」


 グリテは座っていた席を親指で指して、食堂の入口に歩いていった。食うのはえぇ。

 食堂からグリテがいなくなり、あたりから溜息が漏れる。

 食堂おばさんは当たり前のようにグリテの座っていた席に近づいて、食器を片付け始めた。


「ほんとうは、カウンターにおいてほしいんだけどねぇ」

「はあ」


 俺はグリテを追うつもりもないので、消去法で食堂おばさんのもとに行く。

 グリテは背を向けたまま、食堂を去っていった。全部聞こえてるんだよなこれ。


「面倒くさがりなのよ、朝ごはんだって遅いし。あ、でも前は食べもしなかったし、今日は食べ終わったのを伝えてくれたから、いい方っちゃいいほうなのよ」


 食堂おばさんは一人でぺらぺらとグリテのことを話し始める。なんなんだろうこれ。


「グリテとは、仲良くしてやってね」


 何を言っているんだこのおばさんは。

 俺は建前を言うつもりはなかったからぶっちゃける。


「なんでだ」

「あの子、友達いないのよ」

「当然だ。俺も友達いないけど」


 あいつは人殺しだ。しかも最悪な部類に入る。

 好き勝手わがままに、自分の気分次第でたくさんの人間を不幸にしてしまったのだ。地獄に落ちても文句のいいようがない。


 そんな奴に、友達なんている必要があるのか。


「つか、グリテならこの学校に舎弟くらいいるんじゃないのか」

「グリテはね、虎の威を借る狐が嫌いなのよ。偽者なんて現れた日には、その男の顔がじゃがいもになるくらいにね」


 珍しいな。あういう人間って、そういうのを手下にして優越感に浸るタイプなのに。

 単に、弱い奴が嫌いなのかな。いや、何か別の理由があるのかも。


 ただ、俺はどういう理由だろうと、グリテとは仲良くなれない。


「俺は、いつ刃物をふりまわすかもしれない隣人を作る気はないです。機嫌一つで殺されるかもしれないし」

「あんたなら、大丈夫なんじゃないの? グリテが珍しく会話してたし」

「相手して、死なない自信はあります。でもそれって違うでしょ」


 食堂おばさんは食器を手早く片付けながら、カウンターにいるコックに何かジェスチャーしている。


「だいたい、あいつが普段何してるか知っていますか?」

「知ってるよ。この学院だって病院送りになっていまだ意識が戻らない生徒がいる。今だって知らないところでいろんな被害者が一杯だろうさ」

「ならなんで」

「被害者を詳しく知らないからだよ。あんたは知りもしない他人のために怒ったり泣いたりするのかい?」

「それは……」


 ない。しかも屑である俺の場合、知っていてもない。

 外国や遠くにいる人が何人死のうが、自分がなんともないのならそんな感情はわかない。人が死んだりするニュースを見て泣いたりするのは、曲がりなりにも無残に殺されたような様を知らされ、感情移入するからだ。


「残念だけどあたしはそんなに善良じゃないの。知らない善人よりも、知っている悪人の方が好きなのさ。薄情だと思うかい?」

「……」

「それにあいつは曲がりなりにも子供、だったら大人が何とかしないといけないでしょ。大人ってのは、子供の行いに責任を持たなきゃならない」


 なんとも同意しがたい内容だ。

 おばさんはまだあいつは子供だから、矯正して真っ当な人生を送ってもいいと思っている。

 対して俺は、そんな奴放っておけと思っている。


 いい奴は何もしなくてもいい奴なんだ。グリテの場合は天才である歪んだ環境があるが、それがどうした。

 気分一つで人殺しをした。その罪は絶対に消えないんだ。


「ははっ」


 難しい顔をしている俺を見て、食堂おばさんが笑った。


「あんた、案外餓鬼だね」

「なにがですか」

「国が白といえば白」


 食堂おばさんは、袖をまくって自分の腕を見せる。デンセンしたような傷跡が、何箇所にもかかっていた。


「これね、食堂で順番を守らないあいつを注意したらやられたんだよ」

「な」

「もちろん、国の力で、あたしの治療費以外はうやむやになったよ。あいつも忘れてると思うわ」

「ますますわからない。なんでそんな奴に肩入れするんですか」


 つか食堂の順番守らないってマジでヤンキーだな。

 食堂おばさんは袖を戻して、グリテのいなくなった食堂の入口を見つめる。

 訳を話す気はなさそうだ。


「まあ、あたしはあいつとは友人でも家族でもないけどね。まああんたが納得する理由って言えば……あれね、友達でもできれば、グリテもちょっとは丸くなるんじゃないの?」


 食堂おばさんはカウンターから何かを持ってくる。あれは、朝食か。


「ほら、いらない?」

「……もらえるなら」


 朝にちょっと食べたんだけど、もうちょっとくらいなら腹に入るだろう。特に何も考えずに、俺はその朝食に手を伸ばす。


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