第六十五話「がくいん ばっくれ」
あかしの精霊。聞いたことの無い精霊の呼称だ。つかイノレード学院って、東京大学みたいな名前のノリなのかな。
「フラン、知ってるか?」
「うん、パパから聞いたことある。何でも知ってる物知りだって」
「百年もの間人と関わらず、消失したかと思われましたが、二十年前の戦争で一度姿を現し、私たちに助言を与えたことから、学院に存在している事は確定しています」
「確定してるって言われてもな……」
二十年前の戦争だからでたって事は、よっぽどじゃないと人の前に現れないんじゃないのかそいつ。
俺はちょっと頭が痒くなってきた。
「なあテレサさん、目的はわかったが、なんで俺に任せるんだ?」
「仰々しくおばさんが行っても、彼は姿を現さないでしょう。丁度あなたくらいの年齢なら、違和感なく学院に潜入できるわ」
「確かに俺は高坊だが」
「攻防?」
学院という事は、一年以上通っている生徒が大勢いるはずだ。その中にまぎれたところで、証の精霊なんて見つかるのか不安だ。
「あまり期待できないのはわかります。現に私も、数人の学生に捜索を頼んでいますが、成果はほぼありません」
「数うちゃあたるですか?」
「いいえ、あなたがロボと親しい事実がある以上は、その学生たちよりは希望が持てますよ。精霊は、人の想いに強いしがらみをもっていますから」
「ロボへの想いが鍵になると、ますます無理じゃないのか」
俺そこまでロボ好きじゃないんだけど。もし危険が訪れれば、火の中水の中へ命を駆けて助けに行ってもいいが、愛しちゃいない。
「もちろん、無理な事はお願いしないと約束した手前、期限を決めます。どうでしょう、とりあえず、その体が完治するまでと」
「いいのか? 適当にやるかもしれないぞ」
「大丈夫よ、私、これでもあなたがやる気を出す方法、知っているのよ」
テレサはいたずらっぽく笑う。おかんみたいだな。
「もし、証の精霊に出会って、真相を暴いたのなら、あなたの身体に潜む者の正体を教えてあげます」
「正体?」
「正体ってなに?」
俺もフランも、その台詞の意図がわからない。正体正体……あ。
そこで咄嗟に、ベッドの横にあったカードケースを見つけた。視線を感じてもいないのに、カードケースに焦点を合わせた。
正確には、そのケースの中にある、火のカードにだ。
「あ!」
フランも口を丸くして、気が付いたようだ。
「わかるのか? ロボの呪いも解明できないのに」
「解明する必要はありません。覚えがあるといえばいいでしょうか」
「覚え?」
「これ以上は、秘密よ」
テレサは口元に人差し指を当てて、口に皺を寄せる。
「さて、やってもらう事は確定していますが、いつから始めますか?」
「今からやろう」
「いい答えです」
このおばはんがどこまで知っているかはわからないが、俺にもうま味のある交渉だ。
もし仮に、この能力の謎が解明できれば、パワーアップに繋がる。あのデタラメから始まった魔法を、さらにデタラメにできる。
あのアルトから逃げる力を、確立できるかもしれない。
「アオ」
フランが、隣で俺のことをのぞき見る。今度は何を始めるのかと、不安なのだろう。
「大丈夫だよ、死なないため俺のため。上手くいけば、今回は後味よくいける」
「……わたしも!」
びっと手を上げて、フランがテレサに叫んだ。なんとも積極的だ。
しかし、テレサは首を振る。
「あなたは、別のことをしてもらいます」
「でも! アオが心配」
「フラン、今回ばっかりはお留守番だよ」
少し前に死にかけた俺を見たこともあって、フランは不安が募っているみたいだ。
ただ今回ばっかりは手伝えない。学校の潜入にフランは目立つ。
「……わたしは、いらない?」
「そうじゃない」
フランは捨てられた子犬のような目をする。いつそんな表情を学んだのか、あざとい。
何にしても、駄目なものは駄目だ。
「フランさんには、別のことをしてもらおうかしら」
「別のこと?」
テレサが助け舟を出してくれる。話題をそらして、フランの注意を引いているのだろう。
「ええ、アオさんの助けにもなることよ」
説得は難しいが、その辺はロボにも協力してもらおう。
「何にしても、学校か」
まさかこの異世界にきてまで学校に行くことになるとは。
勉強をするわけじゃないのに、なんともいえない気分になる。
個人的なことを言えば、学校はきらいだ。
*
翌朝、テレサのよくわからない編入手続きが済まされて、孤児院の中で準備をしている。
イノレード学院はなんと制服が存在している。しかも地球の、日本っぽい学制服着用だ。何故こんな悪しき風習が異世界にもあるのか。
「じゃじゃーんっ!」
いや、悪しき風習じゃないかもしれない。
ロボとラミィ、そしてフランも含めた全員が今、この部屋に集まっていた。
調子よく叫んだのは、もちろんラミィだ。
「なにしてんの」
「私もっ、編入するんだよっ! 探す人数は多いほうがいいでしょ」
ラミィはくるんとわかりやすく一回転して、着こなした制服を見せ付ける。
白を基調として、残りは青色で固めたブレザー付きの制服だ。個人的には黒がよかった。
なんだかんだで黒はいい。見る分にも、着る分にも。
「アオ、あんまり似合ってない」
「黙れや」
「そうでもありません、アオ殿を見ているとどこかいい香りが……失礼」
ロボが咳払いをして目をそらす。なぜ照れるんだ。
「すみません。学生だった頃に思いを馳せまして」
「思いを馳せるような歳じゃあるまいに」
「アオ殿が御学友でありましたら、さぞかし彩があったでしょう」
たぶん黒だぞ俺は。黒は彩りを曇らせると思う。
ただやはり、ラミィは眼の保養になるな、美人に制服は似合う。適性年齢と来ればなおさらだ。
ラミィは俺の視線にはっとなって、両手で構えた。
「アオくんっ! これは汚しちゃ駄目だからね」
「人のものは汚さないよ」
「信じられません。聞いてよロボさん、この前なんて裸足の親指しゃぶらされたんだよっ!」
「言いつけるなって」
ラミィは冗談の範疇で反撃してくるから困る。
「しゃぶる?」
「あ、なんでもないのフランちゃんっ! この前舐めた飴おいしかったよねっ」
自爆してるし。
何も知らない純真な目が、ラミィに襲い掛かる。
「それにしてもよろしいのでしょうか、ワタシとフラン殿は待機のままなどと」
「いいんだよ、潜入なんだから」
もちろん、ロボにだけは本当の意図を伝えていない。学校に美しいものがあるかもしれないとか適当な理由でごまかした。
フランが学校に行かないのは、このロボを怪しませないためという理由も一つある。ちゃんとフランには役割があるのだ。
ただフランはそれがまだ納得いっていないのか、時々むすっとした表情で、こちらを見ることがある。
*
イノレード学院は、どうやら単位取得制の学校らしい。授業の選択とかそんな項目があった。
もちろん、完全空白だ。進級するつもりもない。
「アオくん、何も書いてないけど」
「いいんだよこれで」
登校時間よりも早めに学校に到着して、教師やらに挨拶を済ませる。
今いるのは待合室か何かだろう。書類に目を通しながら、案内の教師が来るのを俺たちは待っている。
「ラミィ、一つ命令があるからよく聞け」
「ここで? なにかな」
「学校では、必要な時以外は俺に話しかけるな」
俺は、ラミィは嫌いじゃないが、学校がきらいだ。
そのわけの一つに、人間関係がある。
何が面白くて、自分と相性の悪いやつ、何故か隣にいるだけで殴ってくるようなやつと一日の半分を共にしなきゃいけないのだ。
俺は、基本的に嫌われやすい人間だ。別に何も悪いことをしていないのに、笑いがうそ臭いとか、何か話しててイライラするとか、上から目線だとかよく言われる。
ここが学校である以上、そのしがらみは必ずやってくる。
「アオくん、話しかけるなって、どうしてかな?」
「ラミィがちゃんと輪の中に入れるようにだ」
「別にアオくんがいたって、全然平気だよっ、皆で仲良くしようよ」
「皆で仲良く出来ないから言ってるんだろうが」
俺は座席を立ち上がって、教師が来るよりも先に部屋を出ることにする。
「アオくん、待ってないと」
「俺はいいや、ラミィは待っててくれ」
学園生活を営むつもりは毛頭ないのだ。
目的は最初から最後まで、証の精霊を探すこと。
「ここの生徒とかの情報収集はラミィがやっといてくれ。俺はそういうの苦手だからさ」
「え、本当に行かないつもりなの?」
「本当」
結局学校に来れる手続きが済めばいいのだ。
へんな時期にやってきた転校生は、とてつもない能力の持ち主でした、そんなのはラミィのやることだ。学院中の有名人になって慕われたりするのも、ラミィの仕事だ。
そういうのは、輝ける才能を持った人間にしかできない。
大体俺の顔じゃ、強くても有名にはなれない。調子に乗ってると悪目立ちするだけだ。
「だいたい、俺がいたら情報収集が手間だろうが」
「そんなことないと思うけど」
「思うべきなんだよ。お前がどれだけ人と仲良くなりやすい性格だとしても、見下されたら終わりなんだ。綺麗なお嬢様の隣に小汚い男でもいてみろ、それだけで女性の間での品格は駄々下がりだ」
女性はよく、見た目と、隣にいる男子で相手を評価する節がある。
その程度の男しかつかめなかったなどと、まるで物のように品定めするのだ。だから、俺とラミィは近くにいないほうがいい。
ラミィもその辺はわかっているだろう。これでも女子だ。
「じゃあ、お互いに、自分のやることを適所で果たすのが、一番だ」
「あっ、アオく……」
ラミィの声を最後まで聞かずに、教室のドアを閉めた。たぶん、命令のせいで喉が拒否反応を起こしたのだろう。
廊下を眺めながら、教師と鉢合わせしないよう適当に歩いた。
「さて、広い廊下だな」
俺が一生に見た中で一番きれいな廊下だ。天井も高く、太陽の光が眩しい。イメージで言うと、教会を学校にしたような感じである。
朝のHRがあるのか、廊下に生徒はいない。
もちろん生徒と関わる気はない。
俺のやるべき事は、資料と歴史を漁りながらの情報収集だ。あまり有用じゃないだろうけど、人相手は辛い。
まああれだ、いろんな推理をする必要だってあるし、資料を漁るのも悪くないだろ、うん。
俺は手に持った校内マップを眺める。図書室はもうちょっと先にあるな。
「……歩くか」
でも、ラミィがいてくれてよかった。
今回ばかりはその点に感謝したい。探し物を見つける上で必要なのは人づての情報だ。ラミィはその辺を上手くやってくれるだろう。
何より嬉しいのは、俺がそれをしなくていいということだ。
孤高に、孤独に、恥をかかず。
「いい身分になれたなぁ……っとと」
上を向いて廊下を歩くと、突き当たりに差し掛かった。俺は何気なくそこを曲がって、人とすれ違う。
俺はちょっと横目にその相手を流し見る。もちろん、相手もそれをやったのだが。
「……あ」
「……あぁ?」
俺の、知っている奴がそこにいた。
「ぐ、ぐぐ」
「おめぇ、なんでここに」
「風!」
俺は咄嗟に、風のカードを取り出す。
完治していない身体だが、土の盾以外ならほぼ問題なく使える。俺は咄嗟の判断で、ここから逃げることを選択した。
「なんで、なんでグリテが!」
なんと、すれ違った男はあのグリテだったのだ。
ネッタでの戦争を煽り、遊び半分で人殺しをし続けたあのグリテだ。
俺は逃げる。グリテは俺の顔を覚えていた。
いつの間に国に帰ったのだとか、どうしてイノレード学院にいるんだとか、そんな疑問が浮かぶが、それどころじゃない。
「逃げんなよ」
案の定、グリテはこちらを追って来た。
特徴的なサングラスに、明らかに着崩した制服。
「お、お前、ここの学生だったのかよ!」
「ハァ?」
「ぐえっ!」
足に何かが引っかかって、俺はその場で転んだ。見ると、グリテの糸が辺りを埋め尽くしている。
廊下なんて狭い空間だと、グリテの糸はさらに拘束力を増す。俺が万全じゃないのもあるが、逃げられない。
「オレが、どこにいようと勝手だろ? 舐めてんのか?」
背中を足で踏まれる。グリテは容赦なく二度踏みしてきた。
「ぐぇお!」
「おめぇがここにいる方がおかしいだろ」
「なにをしているそこ! いまは朝の……グリテか……」
あ、教師がきてくれた。おっさん、助けてくれ!
グリテは教師を見たあとに鼻で笑って、肩をすくめる。
「なにもしてませーん」
「そ、そうか、すまなかった」
教師のおっさんは一目散に逃げていく。俺と目が会ったけど、逸らされた。
おいまて、どうなってる。教師が逃げたぞ。
「オレと話をしてるんだろ? こっち見ろよ」
「いたぃ! し……」
知るかといおうとして、やめた。言ってもさらに踏まれるだけだ。
ここはどう応えるべきか、慎重に考えねば。
下手な行動に出れば、大義名分のもとに殺される!