第六十二話「いっしょ ひつよう」
俺は先程まで寝ていたベッドで横になって、イノレードの衛生兵に具合を見てもらっていた。何かすごい深刻そうな顔をしている。
もしかしてあれか、脳の病気とかじゃないだろうな、それだけはやめてくれよ。
付き添いでロボラミィフランもいるので、結構狭い。
「衛生兵さ……たしか、ダッツさんでしたよね、アオくんの容態はどうなんですか?」
「かなり、危険な状態です」
「何が起きてるんだよ」
「難しいことではないんです。極度の疲労が、アオさんの体に残っている」
疲労って、深刻そうに言うからなんだと思えば。
ラミィも同じ感想なのだろう、衛生兵の次の言葉を待っている。
「本来なら栄養をしっかり取り、自然回復で治すことが出来ます。しかし、アオさんの場合は、その点が難しい」
「どういうことですか?」
「体が、回復しないのです。ちゃんと体中の細胞は正常に動いているのですが、その自然治癒が逆に、彼の体を蝕んでいる」
「意味がわからないぞ」
「土の盾の、あの力がまだ継続しているといえばいいでしょうか」
土の盾のちから、あの過剰回復のことだろう。
「……盾はしまったぞ」
「はい、異常回復そのものは終わりましたが、あなたの体はその後遺症が残っている。実は、あの精霊との戦闘を行った兵のほとんどは、いまだ疲労から死んだように眠っております。彼等は数日間休めば体は回復するでしょう」
衛生兵は俺と目を合わせる。瞼の重くならない、パッチリと開く俺の目をだ。
「あなたが、盾の一番近くにいたからでしょう。人は眠るのにも最低限の体力を使います。それすら行えないほどに身体に疲労が蓄積し、なおかつ異常回復の残滓があなたの体を未だに蝕み続けている。おそらく、このままだと命に関わります」
「おい、まて」
「今は残った僅かな体力だけが、あなたの体を動かしています。今動けるのはその疲労すら感じ取れないからです。回復魔法も受け付けないあなたの状態は、かなり危険だと断定します」
命に関わる。こうも断定されると、驚きを通り越して静かになってしまう。
フランなんて、我が事のように震え上がっている。俺以上に顔色を悪くして、膝をついた。
「フラン殿、お気を確かに!」
ロボが駆け寄ってくれる。フランって、やっぱこういうところはまだ弱いのかな。
というか、医者はそんな事実を俺に言っていいのか。俺は知りたがるほうだけど、こういうのって本人に言うべきじゃないみたいな風潮があるだろ。
「あのっ、ダッツさん。アオくんはどうすれば治るんですか!」
「……なにか、魔法からの干渉を防ぐ力などで彼を隔離する必要があります。スピーの魔法である程度は進行を遅らせることはできるでしょうが、根本的な解決にはなりません」
「もし、それができなかったら」
「死にます。なんとかして、身体機能を回復させない限り」
俺はこの言葉に、ショックを受けるべきだろうか。自然と落ち着いていた。
考えれば当然だ。あのサインレア相手にやっていけるあの武器はおかしいのだ。今まで我が物顔で使ってはいたが、代償はあると念頭に置くべきだった。
それに、あのマグマの中でちょっとだけ反応した火のカード。
俺が使うはずの魔法なのに、俺に攻撃する気配が見えた。この魔法たちは、もしかしたら俺のものですらないんじゃないのか。
ただ、今考えてもあとの祭りだ。俺は着実に、命を削っている。
ふと、俺か顔を見上げると、神妙な顔のロボが、口を開けては閉じる。何かを言おうとしているが、躊躇っているみたいだ。
「ア……」
「なんだ」
「アオ殿、ワタシの――」
「イノレードに来る気はありませんか、アオ」
ロボの言葉を遮って、テントの中にジルが入ってきた。
俺たちはジルに向き直って、彼が頭を下げる。
「すまない、破廉恥ながら外から君たちの会話を盗み聞きしてしまった。ただ、その病気を治すあてが僕にはある」
「ほんとか?」
「ああ、僕の養母であるテレサのレアカードはレジスト、改良魔法だ。病気や呪いなどの、その影響で受けた体の異常を取り払い、元の状態に戻す性質がある」
状態異常の解除。たしかにそれなら俺の体はもとに戻れるかもしれない。
「行こうよアオくんっ、このまま待っていたらアオくんの体が危ないよっ!」
「わかってる。ジル、すまないがそこに案内してくれるか」
「もちろんだ、君には恩もある。僕からも彼女に頼むから、君の体は治るさ」
「ありがたい」
捨てる神あればなんとやらだ。なんとか死なない算段をつけることが出来た。
「なら早速で悪いが、準備を始めてくれ。俺の身体も、何か辛くなってきた」
「ああ、すぐに向かわせてもらう。ネッタの人たちも、君のためならと協力してくれるはずだ」
ジルはそう言いテントを出ようとして、一度止まった。なんだろう、ロボを見ている。
ロボはジルの視線を受けて少しだけ固まるが、すぐに落ち着いて見つめ返した。
「何か?」
「いや……」
ジルは今度こそ外に出ようとして、もう一度振り返った。
「マリアという人を、ロボさんは知りませんか?」
「知りません」
ロボは即答する。
それでジルは諦めがついたのか、ロボから目をそらして、ゆっくりとテントの入口を開ける。
「……そうですか、すみません。少し、あなたを見て思い出したんです」
「人違いでしょう」
ロボは両腕を組んで、目を瞑る。何かを拒絶するように、言い放った。
なんというか、やっぱロボは阿呆だ。
マリアという人間に全く興味をもたず、知りませんと即答し、犬の分際で人違いなんて跳ね除ければ、俺だってわかる。
ジルは気づいたかどうかわからない。たぶん気づいたかもしれない。
にしても、マリアか。
ラミィは感づいたみたいで、なんともばつの悪い顔をしている。
フランはずっと、青ざめたまま下を向いて黙り込んでいた。
*
その夜、イノレードへの出立を始めはしたが、たいした距離も進めずに野宿することとなった。
イノレード軍は衛生兵を含んだ兵が三名ほど付いてきただけで、ジルはこの移動メンバーにはいない。あちらでやることがたくさんあるのだろう。紹介状だけ書いてくれた。
一方、ネッタの方はベリーほか数名が付いてきてくれる。俺抜きでも俺たちに護衛は必要ないが、森での移動効率が違う。
「一人か」
時刻はもう深夜零時を回っている。スピーのカードで眠りはしたものの、すぐに眼が覚めてしまった。体がだるい。
ちょっとテントから顔を出して、夜空を眺めながら一人でたそがれる。
「ああ、懐かしい」
思い出す。修学旅行でのひと時だ。
修学旅行の二日目で風邪をひいてしまい、先生に嫌な顔をされながらその日の宿泊先まで送ってもらったんだよな。
別に一人孤立するだけの、楽しくない旅だったからそれでよかった。ただ、昼間に寝たせいで夜に眠れなかったことを思い出した。
「星が一杯だな」
あの時はこんな星空じゃなかった。この世界はこういう自然そのものが強く出ているよな。ただ、星座はわからない。もしかしたら、地球がこの星のどれかだったりするのだろうか。ないか。
「……あなた」
ふと、上から声がかかる。星空を遮って、揺れる薄布と太股が見えた。
ベリーだ。
「よう」
「寝て」
「もう無理だ、眠れない」
「寝る」
ベリーって、なんというか口下手ってレベルを超えてるよな。意思疎通がちょっと難しい。
でも、こんな一人の夜だと、少しだが寂しさを紛らわせた。
「ベリーはなんでおきてるんだよ」
「警戒」
「ああ……」
会話が続かない。
ベリーは俺のことをじっと見ている。話しかけることもなく、目の前にずっといる。
俺の相手をする商人おっさんもこんな気分だったのだろうか。
そんなことを考えていると、不思議とベリーから唇を動かした。
「……どうして? フラン、一緒」
「んあ?」
「家族? 恋人?」
「そういうのじゃないな」
そういえば俺とフランって、実際はどういうものなのだろうか。仲間みたいなのが俺のイメージとしては強いけど。師弟関係とも取れる。たぶん兄妹じゃない。
「じゃあ、なんで」
「守るのかって? そりゃ、最初に会ったのがフランだからだよ」
どういう人間だからとか、そういうのじゃない。その状況でどれだけ俺の助けになったのか、それだけだ。
「なら、フラン、あたしの、ところに」
「ところ?」
「フランといっしょに、暮らす」
「ああ、そりゃ駄目だ」
ベリーはどうしてか知らないが、フランにご執心のようだ。
「でも、苦しんでる」
「関係ない」
わかってる。フランは何か俺に対して悩みを持っている。でも相談してくれない以上、俺は何も協力することはできない。
フランにとって言わないという事は、言っても意味がないことなのだ。それでも話してほしいが、意味もないのに聞き出すことは出来ない。
「あなたのせい」
「そうだろうな」
「……誰でも、よかった?」
「その場にいたんだったらな」
たとえフランの性格がすこぶる悪くても、あの博士の家にいたら俺は仲良くするための努力を惜しまなかっただろう。そういう意味では、誰でもよかった。
「でもな、そういうもんだろ」
「……」
「もしかして、この世界には俺にとって最高の仲間がどこかにいるかもしれない。運命の人だって、世界の裏側にいるかもしれない。でも、必要な時にその場にいてくれたやつこそが、一番大事なんだよ」
それに、必要な人を譲るとか譲らないとか、フランは物じゃないぞ。
まあ、俺に聞いた理由は大体わかる。フランに説得してもあっちにはいかなそうだからな。
フランはまだ子供だ。誰かに対する依存性が強い。
「最初に会ったときの印象とか、どういうやつとかなんていらないんだ。俺にとって大切だから、フランには付いてきてほしいんだ」
「そう」
「何でこんな話してるんだろ」
深夜のテンションは怖いよな。
「……っ!」
突然、ベリーがあさっての方向を向いて、剣に手を掛ける。
「どうした」
「敵、かも」
敵って、もしかしてモンスターか。
俺には全くそういう類のモノは読み取れない。攻撃してこない以上は気配も何もないし。
「人!」
ベリーはそれでも警戒する。
森のざわめきが大きくなり、俺でもわかるほどの物音を出して、人影は現れた。
夜空の真ん中を陣取る、その人影は女性だった。月に照らされて、かなり目立っていた。
セミロングの黒髪に、魔術師みたいな赤マントを羽織ったその女性は、横目でちょっとこっちを見て、
「きゅぴーん!」
「……は?」
ウインクして、ブイサインをしてから、夜空に消えていった。
「なんだあいつ」
何がしたかったんだ、スマブラの対戦中にアピール連打された気分だ。
「……ママの、方向」
ベリーの言葉で気づく。そういえば、俺たちが向かった方をそのままを通っていったな。つまりは、俺たちと一緒で駐屯地から最短コースのイノレード行きってことだろう。
「誰」
「イノレード兵の誰かじゃないのか?」
「見てない」
「じゃあ、知らない兵とか」
「いたの、全部、調べた」
本当だろうか。
だとすると、この戦争中に出会わなかった隠しキャラみたいなものだろうか。
そういえば、辺り一体で異常発動したモンスター達が消えたりしたんだっけ。焼けた森も、被害が予想の半分もなかったそうだ。
実際、ラミィたちがいち早くあの洞窟に来れたのも、モンスターの遭遇率が低かったという幸運からきている。
もしかしたら、その辺りの辻褄合わせに、あいつが関わっている可能性はあるかもしれないが、どうでもいいや。
何のためにやったのかわからないからな。ネッタ民のいる場所から来たってのは気になるけど。
「……知り合い?」
「なんでだよ」
「似てた」
「似てたって、どこがだよ」
俺あんなきゅぴんとか言わないよ、そんなにふざけた見た目なのか。
それにあっちは一目見ただけだけど、かなり美人さんだったぞ。黒目黒髪でちょっと見えにくかったけど。
「危険」
ベリーの言う事は断片的すぎてわからない。危険って、別に通り過ぎただけなのにどうしてわかるんだ。あの変なウインクに寒気でもしたのか。
と、ベリーが目を丸くしたあとに耳を片手で塞いだ。あれだ、通信魔法とやらの動作だ。トゥルルは、声を目的の相手に届けるだけなので抗体に影響はないらしい。鼓膜を破るくらいになると反応するらしいが。
「……」
「どうしたよ」
「赤のカード、盗られた」
「へ?」
盗られたって、なんでだ。確かに貴重なものだろうけど、価値なんて全然わからないようなカードだぞ。
「追う!」
「おい!」
俺の静止も聞かずに、ベリーは走り出した。目標はおそらくあの黒髪だ。
いきなりきた通信とあの黒髪を繋げるのはわかる。でも突然走り出すのはよくない。
俺はこの体である以上ついていくことはできない。ただ考える。
もし仮に、赤のカードを盗むやからがいたとして、それはどんな目的か。
十中八九、俺と同じだ。
見ると、周りのテントからもわらわらとネッタの人々が起き上がる。深夜なのにとんでもない騒ぎになってきた。
***
わたしのせいだ。
アオをあんな状態にしてしまった。わたしが、弱いばっかりに。
わたしはテントのなかでずっと震えていた。倒れたアオの姿が頭から離れない。
どうしよう、もしかしたらわたしは、いつかアオまで殺してしまうかもしれない。アルトのときに克服したはずの感情が、また湧き出してきた。
胸が痛くて、寒い。
「パパ……」
わたしの口から漏れた声は、どこにも届かない。
現在の所持カード
アオ レベル十三
R 火 風 水 土
C チョトブ*8 ガブリ*5 ポチャン*5 コーナシ*2 ツバツケ*11 イクウ*4
フラン レベル二十九
R 火 水 光
AC ブットブ ミズモグ モスキィー シャクトラ*2
C チョトブ*2 ムッキー*3 ボボン*6 ポチャン*1 ガブリ*10 デブラッカ*1 ガチャル*2 ジュドロ*5 ツバツケ*1 ビュン*5
ロボ レベル四十三
SR 地
C ツバツケ*20 サッパリ*20 ポチャン*15 ボボン*11
ラミィ レベル三十四
R 風
AC シャクトラ
C ビュン*15 カチコ*3 キラン*4 ポチャン*2 サッパリ*1 ツバツケ*20