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第六話「くず ころす」

「おかえりじゃな」

「ただいま」

「……ども」


 家の結界に入って一安心。ふらつく体から更に力が抜けていく。


「今日はどうじゃった」

「……三枚」

「まあ、そんなんじゃろな」


 このじじい。俺の苦労をわかっていない。まず敵を捉える能力を教えてもらうのにどれだけの時間をかけたと思っているんだ。


「四枚使用可能なのに、つかえるのは辛うじて水の一枚。技術的にはほんと素質ないのう」

「ソウデスネ」


 なんか博士の言葉がきつい。どうしたんだ。

 そう思っていると、おもむろに博士がポケットからカードを三枚取り出した。

 火風土……あれ。


「アオ、ポケットに入れたままじゃったぞ。洗濯してしまった」

「マジですか」


 あぁ、なんと情けない。これは怒られてもしょうがない。

 でも、カード自体は無傷だ。洗濯機で洗うわけじゃないから、大丈夫だったのだろう。

 たぶん洗ったのって魔法だよな。昨日だってランボーみたいに放水されて体洗ったし。


「ふぅ……カードは本来水や並の火じゃ壊れたりはせんが、無用心なのは困るのじゃよ」

「すいません」

「まあ、これはわしがカードケースを渡していなかったのも悪いんじゃろうが」


 博士が、今度は四角い箱を取り出して、俺に差し出した。


「これは?」

「カードケースじゃよ。名前つきカードが持ち主から一定距離はなれた場合、勝手に戻るよう設定できるのじゃ。コモンもあわせて最大七十枚まで収容可能じゃ」

「そんな便利なものが」

「本当は街に行ったときに買ってこようと思ったが、この分じゃから手ごろな箱でわしが作っておいた。ケースに名前を書くといい、携帯できるのは名前の干渉があるから一つだけじゃからな」


 ありがたく受け取って、名前を書く。なんだかボロッちいが、いい感じだ。


「ねぇ、二人とも、なんでそこ……っ!」


 フランが、俺たちがついてこないから戻ってきたようだ。

 最初は仕方ないという風に、こちらに近づいてきたが、


「……なんで」


 何かに気づいて、フランは目を見開いて驚愕している。

 ん? どうしたんだ。

 フランの顔は段々と怒気を帯びて、黙って家の中へ帰ってしまった。


「なにしたんじゃ」

「俺に聞くんですか」


 なにもしてませんよ。何かあったら俺を疑う風潮はやめていただけるか。

 とはいえ、せっかく険悪な雰囲気をとりかけたと思ったのだが、完全に振り出した。


***


 わたし、フランはあの男が嫌いだ。

 現れるきっかけは、パパがもう一人作るべきだと言い出して、魔法陣を書いたことから。

 最初こそ反対したが、仲間が増えるというのはどんな気持ちなのか興味があった。パパはよく、昔一緒に旅をした仲間の話をしてくれる。

 そしてなにより、大好きなパパと作業できるということが嬉しくてしょうがなかった。

 

 そして現れたのは、ろくでもない目をした男だった。

 あんな目は見たことがある。利益だけを目的に、この家に訪れた汚い大人たちを連想させる。


 わたしはこの家と森が世界のすべてだ。パパの仲間か、汚い大人くらいしか他の人間を見たことがない。

 あの男は後者だ。本能がずっとそう言っていた。


 しかも被害者面をして、適当な知識でパパを誑かしている。

 わたしが読んだことのある本でも、あそこまで突拍子のない話は聞いたことない。月の龍を知らないなんてありえない。


 そして何より、パパの興味が完全にあの男に向けられるのも嫌だった。

 パパは口を開ければ、わたしにあの男の話をする。

 

 何の意味があるのだ。あの男のことなど考えて。

 レアカードの枚数が多いだけで、あの男はろくに使いこなせもしないのだ。


 そして今日、どうしても許せないことが怒った。

 わたしの作った手作りのカードケースを、あの男が持っていた。名前まで書いた。

 パパはわたしがプレゼントしたものだと忘れたのかもしれない。けれど、あの男がいなければ、わたしが一生懸命作ったカードケースを誰かに譲ったりはしなかったはずだ。


 このままだと、わたしとパパの世界が、あの男に壊されてしまう。


 わたしはすぐさま、対策を打つべきだと考えた。

 どうするか。捨ててしまう。

 でも、チョトブ程度じゃあの男は死なない。やけに頑丈だ。

 もしかしたら、レアカードを常時解放しているために、体に障壁を纏っているのかもしれない。


 ただ知らない場所へ置いていけば、パパにばれる。怒られるのはいやだ。

 育てる約束をした。その約束を破るのも嫌だ。


 だったら、育てている最中に死んじゃっても仕方ない方法をとるしかない。

 ぎりぎりで、わたしだけかろうじて逃げられる場所を探そう。

 そうだ、それがいい。


 ちょっとホットケーキはおいしかったけれど、パパのためだ。


***


「フランはな、わしの作った人造人間なんじゃ」

「は?」


 ふいに博士が、とんでもないことを言い出した。

 リビングで行われる、翌日の朝ごはん。フランは珍しくこの場所にいない。昨日からずっとだ。ホットケーキだけは取りに来てくれた。


「もう十年以上も前になるかの。わし、王国の研究者だったんじゃよ」

「王国の基準がわからないけど、偉かったってことですか?」

「世界に三つしかない王国のひとつで英雄とまで呼ばれた。どうじゃ?」


 自慢気だが、英雄は自分で言うことじゃないと思う。


「そこでな、一度王国でこんな研究がなされたんじゃ。最強の魔法使いを作りたいとな」

「えっと、もしかして人造人間って」

「わしは魔法使いの根底は生まれついての伸びしろと考えておった。最強を作る必要があるのなら、まず産まれから操作するべきじゃとな」


 なんというか、マッドだ。マッドサイエンティストの発想だ。


「ただ王国はな、若者の育成方針と後天的な才能の開花程度しか考えとらんかった。しかも生命をいじくるなどという禁忌を犯したとかぬかしおった」

「そりゃそうでしょ」

「言うのう。だからわしは国を追われ、この有様なんじゃよ」


 博士は肩をすくめて見せる。まあもう結構前らしいし、笑い話なんだろう。


「つか、人造人間ってフランのことですよね」

「そうじゃよ」


 どおりで歳が離れすぎているわけだ。パパって感じじゃないもん。


「彼女自体もまだ問題点が多くてな、魔法管を広げすぎたとか、情緒にまだ不安定もある。そしてわしがこの中でだけ育てたせいか、常識も甘い」

「ああ、料理の味知りませんもんね」

「ただ仕方なかったんじゃ。フランの人格は、かなり不安定じゃからな。外に出すわけにはいかんかった」


 そうだろうか。けっこう理にかなっていると思うし、冷静だ。常識がないのは認めるが。


「精神の不安定さは、そのまま魔法に現れるからの」


 それとも、なにか別の訳でもあるのだろうか。


「最初こそ、わしをこんなにしたフランを恨んだこともある。試験管から出せるくらいまで成長したあとは、ノイローゼになるほど育児が大変じゃった」


 どこか遠くを見て、思い出に浸る。じじ臭い。


「ただの、こう十年も育てていると、愛着がわくというものなんじゃよ。不思議なものじゃ」

「……どうして育てたんですか?」

「自らの実験の成果を見たいと思わんのかね?」


 理由がマッドだ。でも、愛情はあるんだな。


「愛着がわくと、今後が心配になる。もし、わしが動けなくなったときに、フランは一人でやっていけるのかとな」

「ああ、なるほど。常識がないですもんね」


 たしかに、今まで何もさせなかった分のツケが来たというわけだ。

 街に行ったところで、ちゃんと立ち回れるのかとか、心配だろう。


「いや、それは構わないんじゃよ」

「え?」

「人間、やれば一人でも生きていけるからの」


 そりゃ、そうかもしれないけど。


「ただそれだと、人は生きていくことしかできん」

「……」

「だから、もう一人造ろうと思って出来上がったのが、アオじゃ」

「いやいやいや」


 俺は人造人間どころか、普通の家庭に生まれた劣等児です。


「どうしてアオが出てきたのかは知らん。ただ、あの魔法陣は人間そのものを作り出すために作られたものじゃ」

「そんなのを親子そろって」


 マッドどもめ。


「だからまああれじゃ、あの子の二人目になれとはいわん。だがちょっとくらいは、フランに人付き合いを教えてやってはくれないかね」

「……構いませんよ、俺でよければ。役に立つとは限りませんけど」


 それこそ、家政婦さんでも何でも雇えばい……そうだった、人造人間か。

 この世界の常識すら持ってない俺でさえ、人造人間は背徳の領域だ。

 そんなフランのために、もう一体作るのは確かに必要なことだろう。


 昔話で、フランケンシュタイン博士と人造人間のお話がある。

 彼に作られた怪物は醜すぎる容貌ゆえ、誰にも好かれることなかった。だから、シュタインにつがいのもう一体を作らせようとするも、シュタインが化け物を増やすことを嫌って、怪物は孤独のまま死んでしまうお話だった。


 そう考えると、最初こそ歪んでいても、もう一体の人造人間を作る事は、フランのことを考えた、実直な愛なのだ。


「一人はつらいですもんね」

「アオのと一緒にされるのは困るのう」


 俺も結構辛いときあったんですよ。悩みは壮大かどうかより、その人の心をどれだけ傷つけたかが大きいんです。


「ま、アオが駄目ならそん時はもう一回作ればええ、深く考えることな……おっと、もうこんな時間かの」


 博士は目ざとく、フランの接近に気づいたようだ。彼女に聞かれないよう、しれっと話題を変えた。

 俺も、もうちょっと優しくしてやろう。あんな身の上を聞かれるとさすがに来るものがある。効率主義らしい感情への訴えだった。


「いく」


 ただ、サイコショッカーフランは俺に優しくない。目とか態度とか、全体的に。



「おい、あそこチョトブいなかったか?」

「あれは駄目」


 フランは、なにやら黙々と森の奥にまで進んでいく。いや、実際は奥なのかどうか解らない。とにかくいつも以上に家から離れている。

 時折出てくるチョトブも、無視しているようだ。


 あれか、今回もまたグレードアップするのか。

 一昨日はチョトブ、昨日はチョトブを魔法で三倍マシ。なら今日も何か増えるのだろう。

 技術は何も進歩していないが、試練はどんどん先に進むな。


「そういえばさ、気配が読めるなら矢が当たるかなって思って、昨日風のやつためしたんだよ」

「……」

「そしたら、風の矢は発射もされるし何の異常もないのに、気配すらなかったんだ。なんていうんだろ、普通魔法が関わらなくても見えるのに、なんというか全体に散ったというか……」

「……」


 適当に話題を振ってみたが、無視である。

 ちょっと居心地が悪い。なんと言えばいいか、自分の呼ばれなかった食事会を、偶然家族と出かけたときに見つけてしまったような、なんともいえない居心地の悪さ。


「……いた」


 やっと、フランが口を開いた。何かを見つけたのだろうか。

 見ると、そこにでかいモンスターがいた。体長二メートルはある。外見を簡単にいうと、巨大デブチョトブだ。しかも、なんかのカードをバリバリ食べてる。


「ブットブ、今日はあれをやって」

「あ、ああ」


 なんとも冷淡な目で、俺に指示をするものだ。斑であぶれた俺を見るクラス委員の女子を思い出す。


「目標は何匹だ?」

「一匹でいい。あれ、半年に一回倒すかくらいだから」


 半年に一回って、それってつまり危険なんじゃないのかな。

 まあ、フランがいるから大丈夫なんだろうけど。


 あ、ブットブがこっちに気付いた。

 すごい、今までとは全然違う、迫力とか依然に、体の本能がやばいって言ってる。

 つか、後ろでフランも構えてるよ。油断できないってことじゃないのか。


「ブッチャァアアアアッ!」


 うわ、叫んだ! 森全体が震え上がる。辺りに隠れていたチョトブが逃げ出し、鳥がどこかへ飛んでいく。

 ……やばい、やばいやばい!


 ブットブは一度体を屈めて、弾けるように接近してきた。


「飛んでくる程度じゃなぁ!」


 全力で右に飛んだ。ブットブの速さはチョトブの比じゃない。下手をすれば、コンボで強化したチョトブより早いかもしれない。

 死ぬ、あんなのにあったら死ぬ。

 そう思っていると、遠くでブットブの足を踏みしめる音がした。


「やばっ、ターンか!」


 今までのチョトブとは違う。こちらが体制を崩したところへ、すかさず追い討ちをかけるつもりだ。足をバネのようにしねらせて、ターンしてくる。

 すがる思いで、フランを見る。フランの目は、冷淡なまま変らない。助けに来てくれない!


「嘘だろ」


 おい、俺があのブットブが潰した大量の木々より堅いと思っているのか、無理だぞ、なんかしてくれないと。

 思考が混乱する。走馬灯のように、時間がゆっくり流れる。ブットブの全身が、こちらの目の前まで迫って、


 突如、横槍が入った。


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