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第五十八話「じこう しがらみ」

 準備を済ませて、一時間も歩くと、岩肌に遭遇する。てっぺんも見えないほど大きな崖の下で、俺たちは立ち止まっていた。


 行き止まりにあったわけじゃない。目的地に着いたのだ。

 その岩肌には、不自然な形で幾つかの穴が開いている。

 聞くところによるとこの山はいたるところに洞窟の入口があり、その最奥が炎の精霊に繋がっているらしい。


「道を知っているチョコが先行する。僕達は中央でそれについて行くだけでいい」


 ジルの言うとおりに隊列を組む。俺達を含めても数名の冒険隊は、どんどんと暗がりの中へと進んでいった。


 洞窟の中は意外に広く、天井の岩盤がほのかに赤く光っている。なんだろこれ。


「アオ殿、これはレアカードの原石です。岩の中を流れる魔力がにじみ出ているのでしょう」


 ロボが近くの岩肌に触れながら、俺に説明してくれる。聞かなくても応えてくれるのは楽だ。


「じゃあ、この洞窟の岩全部がか?」

「理論上はそうです。しかし加工できる。つまりカードとなるのはもう少し純度の高いものでないと不可能だといわれています」

「宝石みたいなもんか。岩から作られるのな」


 だからレアカードは貴重なのか。紙っぽいのにやけに頑丈だったりしたのも頷ける。


「いえ、厳密にはこの岩から魔力そのものを吸い出すので、岩は成分に含まれません」

「あれ、そうなんか」

「レアカードはどれだけ加工を重ねても六種類以上のものにならないのも、その魔力の元が六種類しか確認されていないからです」

「レアカードは混ざりものなしってことか」


 まあ、攻撃の魔法はぶつかれば相殺するし、六種類は相容れないものなのかな。

 兵たちは俺とロボとは違って無言のまま洞窟を進む。

 静かにしているというよりも、このあとに来る何かに警戒しているような感じだ。


 先頭は魔力か何かで道をだどっているのか、ほぼ迷うことなく進んでいく。

 岩肌の赤が濃くなり、熱を感じるまでになったころ、開けた場所に着いた。


「う、うぉお!」


 その洞窟に出来た天然の部屋の中は、マグマの赤い泥が充満していた。

 俺たちはそのはるか上空の、橋のように作られた岩の上を通っている。岩橋は広いが、手摺がないので真ん中から避けたくない。あと熱い。


「ま、マグマの部屋?」

「見聞をしておりましたが、この山は千年以上も噴火することがなかったというのも真のようですね」

「二人とも、たぶんそろそろ、精霊に会える。もしもの時は眷属、ロボさんに話をつけさせてくれ」


 ジルが、額に汗をかきながら火口を覗く。足元の石ころが橋から落ちて、マグマに当てられるよりも先に溶けていった。


「精霊との邂逅ですか。しかし、それにしてはネッタの方々が見えませんね」

「どういうことだ?」

「はい、ネッタは先日、ビーンズ殿率いる部隊がこの地で精霊の力を借りるとの算段を申しておりましたゆえ、遭遇する自体がおこりえるやもしれません」


 そういう事はもうちょっと早く言ってほしい。

 まあ突然の参加だったから聞くタイミングがなかったけど、かなりやばいんじゃないのか。

 ちょっとジルを見ると、難しそうな顔をしていた。


「彼等との戦闘を、考えておく必要がありますね」

「っ! ジ……あなた方は御身が侵略者であることを自覚しているのですか」

「僕達はそのためにきた」

「戒めの一つもなしに、その身を蛮族に落とすというのですね」

「まてまて」


 また穏やかじゃない雰囲気になってきたな。

 俺は二人を止めに入ろうとするが、口に戸は立てられない。ちょっとまずいことになりそうな気がする。


「心配ねぇって」


 が、そんな二人の口論を蹴散らすように、知らない声が吐き捨てた。

 ロボとジルは、二人してその声の主に振り向いた。


「あいつらは、もういないからさ」


 やけに声が高い。ボーイソプラノという奴だ。もちろん、声の主はそれに違わない。少年だった。

 顔はやんちゃそうな八重歯が目立つ。髪の毛は何故か火の粉が舞い、瞳は火を見てもないのに轟々と揺らめいている。


「炎の、精霊」


 ジルが呟く。やっぱそうだったか。

 でも、最近会う精霊はどこか人間っぽいよな、今まで岩だったり鎖だったりで。人型の精霊ってのは案外多いのかもしれない。


「いかにも、俺っちは炎の精霊カエンだ」


 カエンはにっと歯を見せて笑い。一度俺を見て顔をしかめた。


「うわっ、何だお前」

「ご大層だな」


 いつも思うが、俺って精霊に嫌われてるのか? 人間に嫌われてるのは知ってるけど。


「カエン! あなたに頼みがあってここにきた!」


 ジルはすかさず前に出て、ここぞとばかりに声を出す。


「ああなに? いってみ」

「我らイノレードとの同盟、いや、協力だけでもいいのです。いまやイノレードは三大国家の中でも弱小国とされ、この世界のパワーバランスが崩れようとしています。世界の意思を組み産まれたあなたならば、この意味がわかるでしょう」

「わっかんね」

「一つの国が崩壊するかもしれないのです! そうすれば多くの民がそのために犠牲となります。どうか、その事態を未然に防ぐため、お力を」

「ジル! 貴殿は今ここで、無辜の民であるネッタを殺した上で、その言葉を口にするのか!」

「三大国家のパワーバランスは世界全体の危機につながる! ロボさん、あなたの言っている事は前提ばかりだ」


 なんというか、またロボがしゃしゃり出てきて、無駄に話を混乱させる。

 ロボの言い分もわからなくないのが、面倒なんだろうな。


 んで、当の精霊は、あくびなんかして二人を見ながら。


「断るわ」


 気楽に、言い放った。

 ジルは一度カエンを見て、次に唇に力を入れて声をあげた。


「カエン様! あなたは自分の言っている意味が」

「わかってら、見た目餓鬼でも俺二百歳。そんな俺がイヤだって言ってるんだから、早々変んないぜ」


 カエンは両手を頭の後ろに回して、にししと笑う。

 ジルは震える拳を押さえながら、まだ粘る。


「何故です、理由を聞かせてください」

「簡単だよ、精霊は人のためにあるわけじゃない。人の意思を汲み取って生まれはするが、それが必ずしも人に利益を及ぼすとは限らないっしょ。あの魔王、冥の精霊がいい例だ。あいつは人の持つ破滅願望を汲み取って産まれたんだ」

「でも、あなたは違うでしょう!」

「そうだな、俺は破滅願望じゃなく、停滞の破壊を望まれて産まれた」


 精霊は使命を持って顕現するとか言っていたが、その元は人の意思だったわけか。なるほど、それなら精霊が必ず味方であるとは限らない。

 しかも、停滞の破壊なんて、ますます最悪じゃないか。それに加えて、嫌な予感が頭を掠めた。


「俺っちはあの三大国家ってのにどうも飽きちまったのよ。それによ、精霊二百年やってると、顕現の時に約束したことも時効だと思ってね」

「……時効?」

「ネッタ、あの村にある、この世界で一番美しいものを守る。そのための尽力をしろってな。昔、陽の精霊と約束したんだが……まあ、飽きた」


 どんどんと、自分の中の不安が広がっていく。一番美しいものって用語が出てきたにもかかわらず、そればかりが思考に疼く。

 俺は耐え切れなくなって、口を開いた。


「炎の精霊」

「ん、ああなんよ? ぐちょぐちょ」

「俺はアオだ……ここにきた、ネッタの人たちはどうした?」

「殺した」


 あたりの空気が騒然とする。守るべき人間だったはずのネッタの人々を、こいつは殺してみせたのだ。しかも、その事実に何も感じていない。

 案の定、ロボが前に出る。


「どの所存からその行為にいきつくのです!」

「さっきも言ったろ、俺は飽きたんよ。だから試したわけ。俺の変革について来れるか。結果は惨敗、最終的に俺を頼りやがって」

「……試した、な」

「そう、試した。グリテに頼んでみたけど、案外つまらなかったわ」

「お前が、戦争を起こしたのか」


 ジルを含むイノレードの兵たちが、ざわめき立つ。

 こいつは、炎の精霊はグリテを利用してこの戦争を起こしたのだ。

 いわれて見れば、この事態になったのも、今を豹変させたのもグリテ一人だったんだよな。


「う、嘘だ! なら僕達は」

「都合のいい感じに遠征してきたんだよな、俺助かったわぁ」


 考えてみればおかしいことだ。あのわがまま天才のグリテが、どうしてこんな辺鄙な地までちゃんと遠征するのか。


「まあ、この辺はあの御方からのお告げだったんだけどね」

「ふざけるな!」


 ジルと、その周りにいた兵たちが武器を構える。


「じゃあ僕達の仲間は、君の酔狂で被害をこうむったのか!」

「あれだろ、イノレードの意思なら後悔しないんだろ、そいつらが崇めてる精霊様の掲示だぜ、そう慌てんなって」

「うわぁああああっ! コンボ、水、ガブリ!」


 兵の一人がカエンへ魔法を放つ、氷の狼が顎を開いて噛み砕こうと試みた。

 対するカエンは……微動だにすることなく。その攻撃を受けた。

 カエンは何もしていないのに、氷は溶けて蒸発してしまう。


「あんたらも、そっちでくる?」


 カエンは一言そう告げると、指先から小さな攻撃の気配を出した。

 何かがチカチカと光った数秒後、魔法を放った兵の一人が、燃えた。


「う、うわぁああっ!」

「カシス!」


 カシスと呼ばれた兵は大声で叫びながら、のた打ち回って橋から転げ落ちた。死体は、溶岩の中へ落ちていく。


「あんたらも、どうするよ? 帰るなら追わないよ?」


 俺なら、あの攻撃を避ける事はできただろう。だが、それがなんになる。

 カエンは、戦ってすらいない。まるで、肩をたたくように気楽なまま、人を殺して見せたのだ。

 レベルが違う。いつだったか、精霊の平均レベルは百と言っていた。その基準はつまり、人では対抗できないという話なのだ。


 兵の一人が、剣を取り出そうと構える。やめろって、どうみても、


「……帰ろう」


 ジルが、その男の手を押さえる。


「し、しかしっ!」

「感情的になっても勝てない。そして、僕達はネッタの人間とも協力関係になれなかった。つまり、この遠征は失敗だ」


 彼等の当初の目的は、レアカードの採集だ。精霊殺しじゃない。

 俺としては、たぶん喜ぶべき事態だろう。生き残ったネッタの人々は守られたのだ。これで、バニラから世界で一番美しいものの情報を得られるわけだ。

 あとは、都合を見てこの兵たちから立ち去ればいい。


「っ、おおおおおおっ!」


 そのときだ、地鳴が響くほどの大声が、火山の中から噴出した。

 最初、激昂した兵がまた早まったのかと思ったが、違うようだ。この声は覚えがある。


「ビーンズ殿!」

「おおおおおおおっ!」


 なんと、あのマグマの中を泳ぎ、叫んでいるのはあのビーンズだった。

 そういえば、カエンは最初にあいつらも来ていたと言っていたな。全滅したと言っていたが。

 というかなんでビーンズは火山の中でも生きてるんだよ!


「魔法抗体か、そういえぁ、この溶岩は原石だもんね」


 カエンが、感心したようにビーンズを見下す。


「コンボ、チョトブ、チョトブ、チョトブ!」


 ビーンズは、先程落ちていった兵のカードを拾っていた。チョトブを唱えて、溶岩の一つをここにまで吹き飛ばした。


「カェエエエエン!」


 ビーンズは岩に乗って、そのままカエンへと突進する。足場全体が衝突にゆれた。

 カエンはその攻撃を避けることなく、涼しい顔でその岩を受け付けない。まるで、石像に豆腐がぶつかったみたいだ。


「おまえは! 自分がしたことをわかっているのか!」

「どっちに応えても怒るくせに」

「なんだとぉおおっ!」


 ビーンズの声はでかいが、それでも疲労は見て取れる。肩を揺らし、眼が血走っている。


「アオ殿!」

「駄目だ」


 案の定ロボが叫んだので、俺は止める。


「俺たちが行ってなんになる。あの精霊を倒せるのか? 無理だろ」


 ここで俺がどう動くかは、はっきりさせるべきだ。ロボには無断で動いてもらいたくない。必要なのは命だ。

 ロボは今にも飛び出しそうだった。

 当然だろう、俺が止めたところで、ロボの善意をどうこうできるわけじゃない。こいつは俺の命令を無視する。

 そう、わかっているのだ。


「だから、あのおっさんを止めろ。一緒に逃げるんだ。俺も全力でカエンとの戦闘を避ける」

「……っ、御意に!」


 俺は残念だが、ロボを無視して逃げることが出来ない。本当に厄介なしがらみになってしまった。


「土!」


 必要なのはおっさんを止めることと守る力だ。それに火に対してなら土の方がいいだろう。

 ロボが飛び出して、俺もそれに続こうとした時、肩をつかまれた。


「アオ」


 ジルだ。難しい顔をして、苦渋の決断を迫られている。


「僕も、協力させてもらう」


 ただジルが選んだのは、剣を抜くことだった。


「この戦争が不毛なものになったのは認める。だが、まだ希望はあった。総員に告げる! ネッタの長、ビーンズの命を守れ! これはイノレードの存亡に関わる事態である!」


 兵たちは躊躇いもなく剣を抜いた。もとより、カエンに対する憤りもあったのだろう。

 ここでビーンズを助けることには意味がある。ここで恩を売れれば、同盟とは行かないが、交渉の材料になる。悪く言えば、人質にだって出来るのだ。


「ビーンズ殿! ここは引くべきです。傍らを思う気持ちはわかります。しかし、まだ存命な家族があなたにはいるはずです」

「それが、どうしたぁ!」


 ロボがビーンズに駆け寄るが、ビーンズはまるで聞く耳を持たない。冷静な判断を失い、ただ怒りをそのままカエンやロボに当り散らす。


「そういうのをな、やけっぱちって言うんだよ!」


 俺は土の杭を地面に打つ。あのカエンが言っていた通り、このマグマが魔法で出来ているのなら操れるはずだ。


「よし!」


 思ったとおり、マグマはヒュドラのように多頭の蛇となって意思を持つ。


「おまえらさぁ、喧嘩売ってんの?」


 ぞくりと、この空間全体を覆うような、攻撃の気配が飛んできた。カエンからだ。


「ま、待ってくれカエン! 俺たちはあんたを襲っているビーンズを止めるだけだ!」

「わっかんねぇかな、俺はな、喧嘩はきらいじゃないんだよ」


 カエンの背後から、俺の火の蛇に似た、火の鞭を作り出す。

 俺のヒュドラの、ゆうに三倍はある大きさの、倍の数はある鞭でこちらを睨み付ける。


「無視されんのが、いっちばんきらいなんだよ。邪魔してやらあ」


 火の鞭が大きくしなり、俺たちのいる場所を蒸発しにかかってきた。



脇役列伝その7


 アオの父親 藤木道心


 普通の会社に勤める、怒りっぽい会社員。一応顔はアオに似ている。ただ性格は間逆で、感情的ですぐに怒鳴りつける。たとえアオが正論を言おうが正しかろうが、うだうだと口ばかり達者なのが気に入らないせいか、よくアオのことを殴ったりしていた。

 男なら強く正しく元気であるべきという言葉を疑わず、その間逆であるアオに厳しくあたる。ただ、育て自体も感情的なため、ほぼ放任主義で気に入らないことがあったときだけ怒る。

 別にアオのことが嫌いではなく、小遣いこそ与えなかったが不自由なく育ててはいる。性格が合わないから衝突が多いだけ、先に生まれた姉が可愛いこともあって、どっちかといえばアオには無関心なことのほうが多い。


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