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第五十七話「しっと おちこぼれ」

 たぶんもう、日付が変ったころ。

 まだ夜が明けない暗闇の中、わたしは森を歩いていた。

 あのままラミィと一緒にいれば、あの団体の護衛に巻き込まれて到着が遅くなる。そう思い、わたしはいつも以上に早寝をした。

 予定ではもっと早くに起きて出かけるはずだったけど、わたしはそういうのは苦手だ。でも、うっかりしてそのまま朝まで寝る事はなかったからよしとしよう。


「……」


 一人で夜の森を歩くのは、いつ以来だろう。

 鳥の鳴き声が静かに鳴り響き、見ず知らずの何かが草むらをざわつかせる。冷たい風がわたしをたたいて、正体不明の光源がたまにぼんやり光る。

 わたしはずっと大砲を構えている。夜行性の動物たちがモンスターのように襲い掛かる危険があるからだ。わたしは辺りを警戒しながら森の奥へと進む。森を歩くのは慣れているから、方向はたぶん大丈夫。


 近くの木々から、攻撃の気配がした。


「火の弾!」


 わたしはとっさに魔法を唱える。火の魔法なら、当たらなくても動物程度なら逃げていく。

 ただ相手は、その火をものともせずにこちらに向かってきた。


「……っ! コウカサス!」


 わたしはとっさに、自分に向かって硬貨の呪文を唱えた。

 ガチンと、ちょっと響くような痛みを肩に受けて、相手の持っている得物が光る。刃物を持っているという事は、人間――


「ベリー!」

「……」


 わたしに襲い掛かってきた奴の正体は、ベリーだった。

 ベリーは相手がわたしだと気づくと、わびもいれずに剣を閉まって、踵を返して歩いていった。


 何故ベリーがここにいるのかは見当が付く。

 忌々しいが、わたしと一緒で先走ったのだ。

 本来なら無視しても構わないだろうけど、今回はそうはいかない。


「まって」

「……」


 相手は待たない。わたしは早足で彼女に追いつく。


「あなたのせいで、コウカサスが壊れたんだけど」

「……」


 長い間使っていたから、いつかは壊れただろう。でも、こんな不毛な戦い、しかもベリーによって壊されたのだ。一言文句を言いたかった。


「……弱い、魔法なんて、使ってるから」


 そんな返しは予想済みだ。


「そんなことだから、サインレア一つもらえないのよ」

「……あなた!」


 いきなり殴りかかってくる。これもわかった。わたしはタイミングを合わせて、拳を受け止めてやる。受け止められたことがショックだったのか、追撃は来ない。

 ちゃんと傾向と対策を練れれば、この女だって敵じゃないのだ。


 一ヶ月以上も前にわたしが通った嫉妬の道を、ベリーは未だに彷徨っている。


「落ちこぼれ」


 わたしは得意気な微笑で、一番傷つくであろう言葉を放ってやった。

 ベリーはどう動くか、やはり、激怒して襲い掛かるかもしれない。


「うっ……っ! ううっ!」

「……え」


 泣いた。泣いてしまった。

 必死に涙をこらえているが、もうぽろぽろこぼれている。そんな光景を目の当たりにして、わたしのなかで罪悪感が広がっていった。


「えっと、えっ!」


 どうすればいいのだ。わからない。


 突然、ベリーがわたしに向かって飛び掛る。思わず、大砲を落としてしまった。


「な、なにするぐっほへろ!」


 わたしの唇を引っ張って、ぐいぐいと伸ばし始める。もう頭にきた!


「ほぇえあああっ!」

「うぇええがあああぁ!」


 わたしがほっぺを手加減無しにつねる。

 ベリーはその痛みに堰を切られたのか、号泣した。それでも、わたしへの攻撃をやめない。


 取っ組み合いが、始まった。



 結局あのあと、大喧嘩になった。どっちが勝ったのかは、わからない。二人疲れて倒れたからだ。


「えぐっ」


 ベリーはずっと涙を我慢していたせいか、しゃっくりみたいなのが止まらない。


「えぐっ」


 わたしは泣いてないけど、泣いてないけどしゃくりみたいなのが止まらない。

 思えば、あの格闘馬鹿のベリー相手に肉弾戦なんて不利に決まっている。まあ、わたしには気配をさっせる能力もあって、ラミィからちょっと武道を習ったけど、それでも不利だ!


 そんな相手にここまで善戦したのだ。勝ちでもいいだろう。


「あたし、勝ち」

「違う……わたしの、勝ち」


 どちらも認めない。当たり前だ。これからまたひと勝負して勝敗を、


「でもあなた、つよい、フラン」

「……そう」


 つけなくてもいいと思った。わたしが強いことを、曲がりなりにもベリーが認めたのだ。


「あたなも」

「当たり前」


 でもやっぱり嫌いだ。謙虚さがない。

 互いに無言のまま、ちょっとだけ時間がすぎる。急いでいるのに、こんなことをしている場合じゃないのに、どうしてこうなったのだろう。


「わたし……」


 そう考えると、少しだけ口が軽くなった。疲れもあったかもしれない。


「あなた、ベリーがずるいと思った。格闘でしか人のことを見ないのもそうだけど、わたしにとってはすっごい小さいこと。実はね、あなたに両親がいることが、わたしにとってとってもむかついた」


 言ってしまった。思ってしまった。

 わたしにはパパはいたけど、ママはいない。その両方を今も継続できているベリーが、心のどこかでずるいと思い続けていた。

 だから、むかつくのだ。アオが言っていたライバル心なんかじゃない。


「……いい、ものじゃない」


 ベリーも、わたしにつられて、口を開いた。


「みんな、うるさい」

「そういえば、パパもうるさかったな」


 パパはよくわたしにいろんなことを言っていた。最後にはわたしの意思が通るが、それでもたくさんのことを躾けられた。

 わずらわしいのはわかる。同意する。


「でも、わたしはうらやましいな」

「……ん」


 ベリーはふと、わたしの目を見る。馬鹿にしているわけじゃない、ただたんに、わたしの何かを見定めていた。

 そのまま暫く待っていると、勝手に立ち上がる。


「……たしか、アオ」


 そして、わたしの方を向かずに、ぼそぼそと喋る。


「一緒に、探す?」


 わたしは目を丸くする。その意外な提案に対して、どう対応すべきか迷った。


 わたしには、人付き合いなんてものはわからない。アオもパパも、いつの間にかわたしと仲良くしてくれた。パパはよく女の友達は難しいと言っていたけど、その違いなんてわからない。


 ベリーはどうなのだろう。あの口下手な彼女は、どんな難しさがあるのだろう。


「どうする?」

「……一緒に!」


 そんなこと、どうでもよくなった。わたしはベリーの横に並んで、一緒に歩き出す。

 戦場へ歩き出すはずなのに、どこかうれしくて、アオへの心配をちょっとだけ忘れてしまう。


***


 朝、俺はテントから顔を出して、まだ眠い体に朝日を浴びせる。

 あのあと、なし崩し的にジル率いるイノレードの部隊についていって、用意してもらったテントにも泊めてもらった。

 なにもせずに塒だけ確保する俺に対しての兵たちの視線は、どうも厳しかったことを思い出す。


 でも仕方ないじゃないか、テントの作り方なんてわからないし。

 いつだってそうだ、林間学校だって何も知らない俺を非難するばかりだった。俺は手持ち無沙汰で楽しくも無い待ち時間を過ごすのが常だ。


「やあ、おはようアオ」

「ジルか、おはよう」


 隊長だから早起きなのか、すでに支度済みのジルがこちらにまで挨拶に来てくれた。


「昨日は助かった。あの風の魔法がなければここまでの進撃はなかっただろう」

「あまり協力したくなかったけどな」


 モンスター退治に使ったのは風の魔法だ。うしろにずっといたので、その点でも兵たちの印象は悪い。

 でもさ、敵のモンスター。火の塊でこちらに突進してくるボシュの攻撃を退けられる最適な選択だったはずだ。味方兵の被害を抑えて、攻撃しやすい位置に誘導できるんだよ。


「ただもうすぐだ。精霊のいる場所はここから近い」

「どんな精霊がいるんだ?」

「炎の精霊と呼ばれ、精霊の中でも気性がとても荒いと聞く。昔、この精霊は戦火の中に現れては戦場をめちゃくちゃにしていたらしい」

「はた迷惑な精霊だな」


 気性が荒いってのは今までにないタイプだな、どれもやばそうな雰囲気はあったが、落ち着きみたいなのもあったし。

 と、そこでなにやら兵の一人がこちらに駆けて来る。


「隊長! ご報告があります。先程見回りにいた兵が正体不明モンスターと遭遇。これと交戦していますが、とてつもない強さを持ったモンスターで我々でも歯が立ちません! 今もこちらに向かって進軍しつつあり、状況は切迫しています!」

「わかった。向かおう」


 いきなり大事だな。ただのモンスターがここまで進軍してくるのか。


「来たぞ!」


 周りの兵たちも、まだ状況を把握し切れていない。戦闘が開始して間もないのに、もうここまでこられたのだ。それは慌てる。


「土」


 一応盾を準備しておく。

 弁解しておくと、イノレードの兵たちは決して弱くない。連携と統率も取れており、ジルらしい堅実な集団だ。

 それが一瞬にして壊滅するほどのモンスターか、一体――


「アオ、下がって!」


 ジルが叫ぶ。

 上空から、とんでもない跳躍力でこちらにまで切迫する影が現れた。


「あー」

「アオ殿ぉ!」


 この一言で、そのモンスターの正体を知る。

 俺の前で大仰に着地して、顔を上げる。ロボの見知った犬面がそこにあった。


「ここに居ては危険です、幸い怪我もなく、今こそ三十六計にしかるとき!」


 この世界の兵法ってどこが原産なんだろ。

 やっぱり、こういうときにロボは強い、軍団を難なく退ける。一騎当千の実力だけなら、ロボだって持っているのだ。活用手段の幅が狭いだけで。

 ロボは有無を言わさず俺を抱えて、飛び立とうとするが、


「まて!」


 ジルがそれを止めようと剣を向ける。


「そこのモンスター、意思があるな。アオを攫ってどうするつもりだ」


 とりあえず戦闘は避けるべきだ。このまま逃げるのもありだが、ジルは言いくるめておいた方がいい気がする。


「あれだ、慌てなくていい、こいつは俺の」

「ジル」


 そのときだ。突如ロボが、ジルの名前を呟いて、固まった。

 あの呟きは、見知った人間を呼ぶ時のそれだ。心なしか、ロボの眼もどこか懐かしむような、驚きのような、いろんな感情の混ざった雰囲気が出ている。


 そのせいもあってか、ロボの引き締まった足が緩み、立ち止まる。

 ジルはもちろん、剣を降ろすことなどせず、切っ先をロボに突きたてた。


「アオから離れるんだ、モンスター」

「……モンスター」


 ロボは抵抗することもなく、ジルの言葉に頭を垂らす。


「よし、そのまま動くな」

「ま、まってくれ! こいつは、ロボは俺の味方だ!」


 俺はそこでやっと口を開く。


「味方?」

「そう、味方。前にも話しただろ、俺の仲間が捕らえられているって」

「それは聞いたことがあるが、まさかモンスター……なのか?」

「まあ似たようなものだ、兵たちに怪我はほとんどないだろ、俺が捕まったと勘違いしているんだ」

「……確認する。ただ、周りの兵から勝手に逃げないでくれ」


 ジルはそういいながら、戻ってきた兵たちと話を始めた。不毛な戦いは避けられたようだ。

 俺は一息ついてから、ちらりとロボを見る。

 ロボは先程から動きがない。耳をへたらせて、尻尾を丸めている。何か、すごくへこんでいる様子だ。

 たしか、ジルの名前を知っていたよな。もしかしたら、人間だった頃の知人なのかもしれない。だとすれば、傷つくのもうなずける。


 わかるぞ、クラスの先生に、お前誰って言われるようなものだ。クラスで一番、名前をおぼえにくいとまで言われた俺にはよくわかる。

 ただロボはそのレベルをとうに超している。何せ犬だ。


「元気出せよ」

「……アオ殿、申し訳ございません。精神的劣所から、たたらを踏んでしまいました」

「かまわないって。今回ばかりは、動けなくても死にはしないし」


 ロボはイノレードの人間だったのだろうか。この状態でも地味に気になる。

 俺はロボのカードケースに手を出して、サインレアを取り出す。まあこれ見せるのが一番速いだろ。


「あ、アオ殿、どこを撫でておるのですか」

「撫でてない、叩いてる」

「お、お戯れを!」


 犬って太股の辺りをぱんぱんたたくと喜ぶんだけど、ロボはどうなんだろうな。元気出せとちょっとだけ撫でてやる。


「アオ、君は何をしているのだ」

「おお、丁度よかった。これを見てくれ」


 丁度ジルが現れたので、サインレアを見せてやる。

 俺が一歩前に出ると、ジルは一歩後退する。

 それでもジルは、俺の持っていたカードを見て目を丸くする。


「これは……サインレア! 彼は眷属なのか! しかも地の眷属」

「彼じゃなくて彼女だけどな。なんにしても、これで信用してもらえないだろうか」

「滅相もない。あの地の眷族となれば無礼な扱いは出来ない。ロボと言いましたか、このたびは我が兵が失礼を」

「……いえ、懸念なさらず」


 ロボの反応はやはりおとなしい。


「眷族ともなれば、精霊との交渉にも役立ててもらいたい。今までの失礼を詫びます。アオ、君から彼女が僕達に味方をしてくれるよう頼んではくれないか」

「もともと、ロボは俺についていくだけだ。協力はする」

「ありがとう。そうとなればすぐにでも出発しよう。結局は、時間との勝負になる」


 ジルは景気よくきびすを返して、兵たちに指示を出す。ロボの加入で、精霊との仲介役が出来てご機嫌なのだろう。


「アオ殿」

「あとで話す」


 ただ、このまま協力するか否かといわれれば、後者だ。元々イノレードに協力する利点はない。


 俺たちが今やらなければならない事はイノレードの軍を追い出すことだ。上手いとこ交渉を決裂させて、こいつらを追い払ってもらう。

 ジルには悪いが、それが最善だ。



脇役列伝その6


 アオの母親 藤木静香


 生前は専業主婦をやっていた、アオの母親。アオの幼少時代みたく気が弱く、純粋な性格をしている。ただこちらは、容姿が美人なことが幸いし、アオみたいに痛い目を見ることなく、ひねくれることなく成長した。気の弱さもあり家族では自己主張もなく、何かまずいことがあっても何も行動できずに終わることが多い。そのときの被害者は大体アオだったりする。

 アオの事はなんだかんだで気に入っていたが、夫が甘やかすなとよく怒っていたので、あまり構ってやれなかった。

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