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第五十五話「なめる のろし」

「フラン殿!」


 わたしは魔法を容赦なく放った。ベリーは避けることもせずに、炎に包まれる。

 ロボは手遅れながらも、わたしを取り押さえた。周りの人間も唖然としている。


「ロボ! あの子が今なんていったかわかる!」

「存知です!」

「ならなんで! アオは勝手に戦争に巻き込まれて、こんな子達のために、死んだのかもしれないのよ!」

「彼女達は掴まったと!」

「保障はあるの! 連行されるところを見たの?!」


 誰も応えない。

 わたしは気が気じゃなかった。アオが敵陣の仲で一人取り残されたのだ。ベリーはアオを見捨てて、おめおめと帰ってきたのだ!


「なんでこんなやつらの協力をしないといけないの! それでもせめて、わたしがついていけばこんな事に――」

「あなた、いっても、なにもかわらない」


 火の中にまぎれて、ベリーの声が聞こえた。

 炎が治まると、その中心では傷一つないベリーが、何事も無かったかのようにわたしを睨んでいたのだ。

 まただ、この子に、魔法が効かない。


「あいては、荒蜘蛛」


 ベリーの言葉に、あたりが騒然とする。荒蜘蛛がどうしたというのだ。


「荒蜘蛛ですと……」


 ロボまで驚いていた。知っているのだろうか。


「あなた、あたしより弱い。絶対に何も変らない」


 でもそんなことを考えられなくなるくらいに、ベリーの言葉に怒りを覚える。


「ふざけないでっ!」


 どうすればいいのだ。あの子に通常の魔法は聞かないのかもしれない。ならば、ここで使うべきは、


「コンボ!」

「待って!」


 ラミィの大声に、思わずわたしの口が閉じてしまう。こんな自分がもどかしくて嫌だった。


「フランちゃん、とりあえずアオくんは無事だよっ」

「……どうしてそんなこといえるの?」

「私はアオくんの奴隷だよ、怪我を負えば奴隷紋章が反応するし、アオくんが死んじゃったら私も死んじゃうの」


 言われて、思い出す。

 そうだ、隷の魔法は主と魂の深いところまで繋がるのだ。


「だからねっ、アオくんは無事っ!」

「なら、今すぐ助けに行かないと!」


 ラミィの奴隷紋章は、主の居場所を大体だが把握できるはずだ。今すぐにでも救出に行くべきだ。


「無理よ」


 突然後ろから、わたしを止める声が響いた。

 確か彼女はバニラという人だ。このきらいなベリーの母親だ。


「敵は荒蜘蛛グリテって言ってね、それに徒党を組んだ軍相手に、あなたたち三人じゃ絶対に歯が立たないわ」

「そんなの、少数で秘密裏に動けば!」

「フラン殿、それが無理なのです」


 ロボまでわたしを止めに入った。皆アオが心配じゃないのだろうか。


「ワタシは、荒蜘蛛を知っています。文字通り蜘蛛のように見えない糸を張り巡らせ、敵の侵入から攻撃までを一つの魔法で補う才覚の持ち主でした」

「だから、ベリー達には早朝、しかも糸の射程距離まで把握させて挑んだんだけれどね。うちにいたサインレア持ちの二人を戦わせても、それくらいの情報を得られるだけだったのよ」

「ママ、射程、倍はあった」

「ま、まあなんにしてもだ。まだあたしらで戦おうって言うのはちょっと無理が――」

「バニラさん! ここにいたんですね!」


 わたしを蚊帳の外にして、彼等は別の話題を始める。

 彼女たちのいいたいことはわかった。でも、わたしは今すぐにでもここから駆け出したかった。


「……」


 ベリーが、わたしを見ていた。わたしも、ベリーを睨みつけていた。

 あの子にわたしの焦りが判るはずがない。パパもママもいて、大切な人を失ったことも無いような人に、この感情を共有してほしくない。

 たとえ敵が強くても、挑まなければいけないときがある。


「なめるな」

「……なによ」

「あたし、その気持ちわかる」


 ベリーの言葉に、わたしの顔は真っ赤になった。無駄だとわかっていても、また大砲を向けてしまう。が、ふいに耳にした言葉に、その手を止めた。


「大変だ、やつら森に火を放ちやがった!」

「……あんたら、その調査間違いないんだろうね」

「はい! イノレードが軍勢を率いて俺達をあぶりだそうとしています。やつらもう動き出しやがった!」


 わたしの小さな怒りよりも切迫した、血の匂いがあたりを包み込んでいる。

 あまり慌てていなかったラミィもロボも、口を閉じてやってきた男たちの言葉に目を見開く。



 わたしたちが寝ていた小屋にいろんな人が集まって、状況を報告しあう。ロボもラミィも、一緒になって会議している。


「戦況の把握をするよ、あんたら、ここをよく見て」


 様々な声を統合したバニラが、まとめに入る。

 出された地図は火の手の上がった場所を黒く塗りつぶされ、段々とだがこちらの街が囲まれていることがわかる。


「もうあたしたちは袋の鼠だ。逃げるような場所がどこにも無い。ここにまで火は広がるはずさ、撃退しか選択はなくなっちまった」

「もうこの森は終わりだ!」

「消火はどうする! それに敵は俺たちの倍はいるんだぞ!」

「数は問題じゃない。イノレードの軍隊はそれなりに疲弊しているはずだよ」

「こっちだって数が減ってる!」

「うっさいね! このまま黙って火だるまになる気かい!」


 怒鳴り声ばかりがこの部屋に響く、それでもバニラの声はひと段落大きくて、彼等の耳にちゃんと届いていた。


「とにかく! これからやらなきゃいけないのは総力戦よ。あちらさんがこの手できたって事は逆に人数が少ない証拠でもあるんだから」


 バニラは地図のあちこちを乱暴に指差して、彼等に印象を残そうとする。


「火の起きている場所を把握しな。敵の指揮官はアホか何かよ、火は逆にあたしたちの壁にもなってくれることをわかっていない。あたしたちからも火を放って、城壁を作って守りを固める」

「そんなことすれば森が!」

「はっ、今更。たぶん最終的にはモンスター頼みだろうさ、こういうときの調停はバケモノの仕事だ」


 これだけの自然破壊はモンスターを活性化させる。森の火はそこまで広がらないだろう。この戦争は勝っても負けても人が住めない土地ができる。


「こうなったら敵を追い出すことを最優先だ。棲家はまた別の場所にすればいい。ようはあの場所を守るのがあたしらの仕事だ。火の手を避けた限られた道を制圧する。やつらとの陣取り合戦だ」



 彼女たちの作戦が決まった。

 このネッタの人々は三つの部隊に分けられた。

 一つはこの町の人々を防衛しつつ、安全地帯へ避難をする部隊。ここはバニラの指揮によって遂行される。

 二つはネッタの人たちが守っている場所とやらに向かう精鋭部隊。ビーンズが全面的な指揮を取り、わたしたちの知らない場所へ行くそうだ。なんでも、ここに行けば火災を利用して防衛する手立てが出来るらしい。

 三つ目は、迂回路からこちらに攻め入るであろう敵との交戦部隊。この人数が一番多く、わたしもその中に入っている。


「じゃあ頼むよ、ベリー、防衛はあんたが要だ」


 ベリーなんて余計なものがるけど。

 わたしの周りには名前も知らない数人と、ロボとラミィが互いに挨拶している。

 作戦は簡単だ、戦況を定期的に報告しつつ、言われた場所を守るだけ。


「残念だけど、あんたらがグリテ相手に一週間持つ期待はできない。敵がここまでやってきた以上は、こっちも奥の手を使わないといけないのよ」

「あのっ、ちょっと聞いていいですか。奥の手って?


 ラミィがびっと手を上げて、バニラに聞く。

 バニラは一度難しい顔をしたが、観念したように溜息をつく。


「あんま言いたくないんだけど、近くにいる精霊の力を借りる。この事態なら、あいつも動くさ。ビーンズを向かわせたのは、それの気性がかなり荒くてね……ともかく! もう一週間待つまでも無くなったわけ、ぶっちゃければ二日もたたない。あんたらはただ死なないように!」


 特に未練を残すことなく、バニラは非戦闘員を誘導していく。もたもたしていられないのだろう。


「……フラン殿?」

「いく」


 もう彼女たちに構っている暇はない。


「アオを、助けに」

「……」


 ロボは呆れただろうか、でも、戦況を考えるよりもずっと、アオが心配なのだ。

 反対されるだろう、それでも、わたしは動く。


「仕方ありませんな」


 見ると、ロボの顔は呆れと一緒に、諦めのようなものが入っていた。それはわたしを止めるというよりも、わたしのわがままを聞いてくれるいつもの顔だった。


「ついてきてくれるの?」

「防衛戦とはいえ、この作戦は部隊ごとで各地に分散することになります。多少危険ですが、本陣に向かうこともかく乱と陽動になりましょう。なによりワタシは、アオ殿の忠犬です」

「私も行くよっ!」

「ひゃ!」


 ラミィがわたしの肩に両手を乗せて、にっと笑う。びっくりした。


「今ここの人とその話をしておいたんだっ! 許可はもらったよ! もちろん、ここの人たちも守りたいから、結構目立ちながら前進でお願いねっ」

「……疲れる」


 できることなら、ネッタの部隊を陽動に使いたかった。


「ワタシなら大丈夫です」

「わたしが疲れる」

「ネッタの協力したら、アオくんもちょっとは喜んでくれると思うな~」

「嘘」

「うっ、でも彼等に協力しないと手がかりがつかめないよっ。アオくんガッカリすると思うな~」

「……ちょっとだけ、頑張る」


 ラミィは結構黒い。初対面の時はそうでもなかったのに、どうしたのだろう。

 でも、彼女の言うことも一理ある。一番美しいものをアオは探しているのだから、できるだけ協力をしてあげたい。


 でも、無理は禁物だ。

 やれる範囲での防衛だ。


***


「火を放っただって!」


 ジルの怒号が尋問室に響いた。常に落ち着き払っていた彼も流石に拳を握り締めた。

 ただ相手が悪い。叫び終わったと思ったら、ジルが殴り飛ばされていた。


「うっせぇな、文句あんのか?」


 グリテはわびれもせずにふんぞり返る。


「使えねぇ兵のために、オレがやってやったんだろうが。森で動き回られるのが嫌なんだろ」

「……火は、逆に敵の防壁にもなる。火の手を逆に広げられて、僕達が進軍すらできなくなるぞ」

「なら問題ねぇな、オレは進軍できる」


 一人じゃ進軍とは言わないと思う。

 それにしてもどんな自信だよ、本当に一騎当千の無双でもする気なのか。


「んじゃ、あとは頼むわ。お前以外の部隊は全員出勤な」

「……」


 ジルが歯を食いしばっている間にも、グリテは会話を切り上げてどこかに行ってしまう。

 残ったのは気分でぼこぼこにされた数人の尋問官と俺だけだ。


「……いっちゃ悪いが、あいつ頭悪そうだな」

「いや、彼は考えれば僕らよりずっと頭がいい。彼なら一人でも制圧してみせるだろう。問題はそのやり方だったが」


 ジルが崩れた机を立て直しながら、眉を八の字に変える。


「まずいことになった」

「それは俺にもわかる」

「そういう意味じゃない。僕達はこれから、精霊のいる場所へ向かう」

「精霊?」


 なぜここで精霊の話が出てくるんだ。


「元より、僕達の目的はこの地にあるレアカード資源の確保だ。森が焼かれればモンスターの異常発生が起こる。その前にこの地の確保、および自然の保全をする必要がある。ようは、その辺りとイノレードに続く通路だけでも、火災を止める必要がある」

「……ああ」


 その場所が手の届きにくいところになると困るわけか。しかもちゃっかり、イノレードが踏み込んでそこを制圧すると。


「火事場泥棒じゃねぇか」

「言い訳はしない」


 いまのが言い訳じゃないのか。

 ジルは難しい顔をしながら、手にレイピアを持つ。早速作戦を遂行する気だ。いきあたりばったりのグリテに対応するのも疲れるだろうな。


「さて、僕達はこれから出かけることになるが、君はこの駐屯地で暫くの間軟禁させてもらう。安心してほしい。食料とその間の生活は――」


 ジルの言葉が言い終わるよりも先に、今いるテントが崩れた。


「うぼぉあ!」


 俺は天幕をかぶるが、払う手が拘束されている。何が起きているのか、全く理解できない。


「大丈夫かい」


 ジルが天幕を払ってくれる。払い方までイケメンっぽくばさぁっとやったなぁああ!


「モンスター!」


 嫌な汗が出た。いつの間にか、俺の目の前で大型のモンスターが唸っていたのだ。

 モンスターの姿は人の三倍はある大きな虎だ。体毛の色が赤と黒の縞模で、赤の部分から火の粉が飛んでいる。


「アンコモン、シャクトラだ、アオは下がっていて」

「さ、下がれないって」


 俺が動けないことをシャクトラは知っているのか、わざわざこちらに突進してくる。

 力任せの攻撃だ。対するジルはレイピアを構えるだけ。見たところ敵の攻撃を受け止めるタイプじゃない。


「カチコ」


 ジルは魔法を唱える。硬化の魔法だ。その魔力はレイピアにも伝わり、ほのかに光る。

 シャクトラの力任せの突進に対して、受け止めることもせず、ただレイピアを前へ。すんなりと首もとに一本、通してみせる。


 脳天を貫通されたシャクトラは、白目を剥いてカードに変った。


「僕から離れないように」

「は、はい」


 あいつってアンコモンだよな、弱くないか。

 辺りを見ると、駐屯地は大量のモンスターに襲撃を受けていた。さっきみたシャクトラと、知らない火だるまみたいなモンスターもいる。


「な、なんだこいつら」

「自然調停のモンスター……だと考えられる。が、出現が早すぎる」


 イノレードの軍隊は騒然としていた。モンスターの対応に追われ、なかには犠牲者まで出ている。

 特にアンコモンシャクトラは三人がかりでも苦戦していた。やっぱジルが強いのか。


「……」

「ジル?」


 ジルは歯噛みしながら、この惨状を見ている。当然だろう、今から攻めようという時に、駐屯地がモンスターに壊滅されそうなのだから。

 ただジルは、飛び出すことも無く、どうするべきか悩んでいた。


「ジル」

「すまない、少し考え事をしていた」

「まず俺の拘束をといてくれ」

「それはできない……が、緊急だ」


 レイピアを器用に振り回して、俺を縛っていた縄が解かれる。

 俺は手首をさすりながら、体をほぐす。


「モンスターを倒したほうがいいんじゃないのか」

「いや、奇襲に慌てもしたが彼等は兵だ。僕はそれよりも決めなければいけないことがある」

「グリテはどうしたんだよ、さっきまでここに居たじゃないか」

「おそらく、先に行った本隊と合流したのだろう。行く途中にこの状況に気づいてはいたが、無視をしたというところだ」

「無視って……」


 たしか朝の女もここにいただろ、守りもしないのか。


「彼は失敗も成功も関係なかったのだろう。この場所にいることに飽きていたんだ」

「天才でもやっていいことと悪いことがあるだろ」

「……ハウンド、全軍に告げる!」


 俺の言葉を無視して、ジルは拡声の魔法を唱える。近くにいたせいで、とてもやかましい声が耳を叩いた。


「これから、残った兵を集めてネッタの聖地に向かう! 食料、物資運搬を第三と第六部隊にも兼任させ、残りはその護衛にまわる!」


 突然告げられた作戦に、兵たちはすぐさま対応する。食糧と思われる場所へ一斉に集まって、戦闘を継続する。

 ジルは何を考えているのだ。


「おい! この状況でまだ進軍するのかよ」

「僕はまだ若い。だが隊長を任されている」

「兵を犠牲にする気かよ、隊長ってのは任務の遂行よりも兵力の保持が大切だろうが」

「兵力の保持を考えるのなら、なおさらだ。戦場には、一軍に匹敵するグリテがいる」


 ジルは無理矢理表情を消して、自らの喉にかかった魔法を静めていた。


「グリテは、今いる軍の三倍は戦力として数えられる。指揮権も、実質はグリテの方が上だ。彼がそうするのなら、付いて行くしかない」

「そういう問題かよ」


 他人事だが、狂ってる。

 グリテがどれだけ偉いかわからないが、ここまで好き勝手にやっていいのか。


 ふと、俺の胸に何かを投げられる。

 受け取るとそれは、俺のカードケースだった。ジルが背を向けたまま俺に投げてくれた。


「アオ、すまないが自分の身は自分で守ってくれ」

「俺に返していいのかよ……ぉお!」


 ずっと悠長にしていたつけが帰ってくる。攻撃の気配が俺たちに集まったのだ。

 軍が一箇所に固まったのを期に、極端に離れたモンスターのタゲがこちらに向いたのだ。

 ジルは早速レイピアをシャクトラに向けて、戦闘耐性をとる。


「よくないが、適材適所だ、シャクトラ!」


 ジルが拾った魔法を唱える。ジルの体がほのかに赤くなる。


「君もシャクトラを使うといい、これは熱耐性が付く」

「いらねぇ、水」


 俺も慌てて魔法を唱える。土の触手はたぶん火っぽいし効かないだろう。

 とにかく生き残らなくては。



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