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第五十三話「あらぐも こうさん」

 朝靄の途切れない中で、俺は仲間じゃない三人の人間と歩いていた。


 一人は女性、見ると褐色で、これまた露出も多い。ただ筋肉がすごくてアマゾネス。美人なんだけど。

 もう一人は男性、やけに俺を睨んでいるから、ビーンズの刺客かもしれない。

 そして最後は、なんとベリーだ。


「なあ、あとどれくらいでつくんだ、結構歩いてるぞ」

「……」


 このベリーって子、会話してくれない。

 みたところ、脱がしたことを怒っているわけじゃない。普通に俺と話したくないのかもしれない。


「もう数分もあればつく」


 アマゾネスさんが親切にフォローしてくれる。

目的地はイノレードの兵が駐屯している補給地だ。戦力がどれくらい整っているのか確認したいのだろう。

 もうだいぶ歩いた。たぶんはぐれたら迷子になりそうだが、その心配はなさそうだ。


「……風」

「あなたっ、魔法はまだ」

「俺のこれは、こういうときに便利なんだよ」


 俺は風の弦を弾き、一回だけ音をひびかせる。


「――! ……!」


 アマゾネスがそれに抗議しようとして、声が出なかった。

 これは風のハープの能力の一つだ。俺から近いすべての物の音を消し去ることができる。空間制御だけど、それはもちろん空気だって干渉できる。

 一度宿屋でラミィ関連の騒ぎがあったときに見つけた力だ。つまらなくてすぐに使わなくなったけど、こういうときはかなりの戦力になる。


 元々相手はそんなに喋らないし、肩を叩いたりすれば意思疎通は出来る。


「……」


 ベリーはこの現状にかなり驚いているようだ。足元の草を踏んでは、音のないことに目を見開いている。

 一応、アマゾネスをみるが、頷くので解除しなくてもいいだろう。


 と、そこでベリーがいきなり走り出した。

 何が起きたのか俺にはよくわからなかったが、消音のため一応ついていく。するとそこには知らない男性が森をうろついていた。


 ベリーは躊躇いもなく、その男の首を撥ねる。悲鳴も、倒れる音も殺されて、ただ目の前で倒れるだけだった。


「……」


 ベリーはそのあと何も気にせず、先に進む。たぶんあいつはイノレードの兵だったのだろう。

 なにしても、恐ろしい。フランだって人殺しはしたことあるが、こんな風にはできないだろう。フランにはフランの特技がある。


 それに、気配も感じずに敵を感知したな。どうなってる。


 そのまま進むと、アマゾネスが行く先を手で制して、こっそりと前を指差す。

 敵の本拠地を見つけたのだ。早朝でもそれなりの兵が活動し、見回りというよりも談話をしている雰囲気だ。

 

 無音なのも手伝ってかなり近づいているが、これ以上は危ない。

 それでもベリーは気になるのか、さらに前へ進んで敵の盗聴を始めようとする。そこで俺が止める。

 ぴんと、弦を小さく弾いた。


「ったくよぉ、とっとと攻め込んじまえばいいのに、何をもたもたしてるんかねぇ」

「いつ終わるんかねぇ」


 兵たちのささやき声が、こちらにまで届いた。風のハープはこの辺でも便利だ。

 ベリーは前ほど驚かず、男の方に周囲の警戒を指示する。このまま盗聴を続けるつもりだ。


「うちらの隊長さんが慎重すぎるんよ、あの人身なりはいいんだが、なんっていうかこう」

「わかるよ、でもさぁ、もう片方のよりはずっといいだろ。うちの隊長はそう、こうなんていうか」


 とりとめもない会話だ。共通の話題である仲間の話だろう。こりゃ場所を変えて別の奴にしたほうがよさそうだ。

 そう思った時、その雑談をしていた兵の一人が、殴られた。


「もう片方の、ねぇ」


 突然のことだった。兵の後ろから現れた人影が、有無を言わさず兵の顔面を殴り飛ばしたのだ。


「ま、うちらの隊長さんがプッシーだわな」


 その男、他の兵よりも一回り身長が高く、兵らしくないヤンキーな感じに髪の毛も長い。きているものも軍服ではないし、虫の複眼のようなサングラスを着用までしていた。

 締めには、なんとまあ女の子を二人もはべらせて、嫌な手つきでさわさわしている。地球でよく見たイケメン不良という感じだ。手つきだけなら俺も真似できる。


「グリテもう、ずっと触ってばっかり」

「血! 血が!」

「あぁ、朝からうっせ」


 耳をほじるそのイケメン不良は、グリテと呼ばれていた。

 その場にいた兵たちはいきなり緊張を高めて、グリテに敬礼をする。血を流している兵士はその場でうごめいていたが、グリテに蹴飛ばされて大人しくなった。


 なんんだあいつは、見るからに俺の嫌いな男だ。


「グリテ隊長、おはようございます!」

「……へへっ」

「いやぁ」


 グリテは兵たちの挨拶も完全無視して、女とじゃれあっている。しかも二人の着衣状態から見るに、朝チュンという奴だろう。


「ご、ご用件はなんでしょうか」

「どけよ」


 グリテは女の服をまさぐりながら兵たちの前を堂々と通り過ぎる。つかここ軍隊だよな、慰安婦はまあありだとして、あの態度で隊長なのか。

 そのままどんどんと勝手に歩き出し、駐屯地から離れた場所に向かおうとしていた。野外プレイでもするのだろうか。

 ただ、兵士が流石に止めに入った。


「ぐ、グリテ隊長……これ以上先に進まれるのは」

「あぁ? いいじゃねぇか」


 勇気を出した兵の頭をわしづかみにする。有無を言わさずに地面にたたきつけて、もう一人被害者が出てしまった。仲間割れじゃないのかこれ。

 ただ、その行動を咎めるモノは誰一人としていなかった。


 完全に殿様状態だ。イノレードの部隊というからそれなりに統制を取れていると思っていたが、あれはならず者って言うんじゃないのか。


「だいだいよぉ、こんな場所に数日篭ってろってのがありえねぇのよ、オレが一人、前に出ればそれで終わりなんだぜ」


 なんにしても、あれだけナマ言ってるんだからかなりの実力者だろう。

 取り巻きの女も、グリテの威厳を借りて周りをニヤニヤと見下している。はたからみると兵以下なんだけどな。


「ま、でもキミに免じて今回はやめてやろうじゃないか」


 グリテは女に触れていた手を放して、倒れた兵を撫でてやる。あの眼つきは、絶対に何かいやなことを考えている目つきだ。


「なにせ、お前らカスが、ろくに周りをみちゃいねぇんだからな」


 その眼つきが、突然俺達を吹き抜けた。

 あきらかに、グリテはこちらを睨んで不適に笑ったのだ。


 グリテは撫でていた手で兵士の頭をわしづかみにし、大きく振りかぶった。


「コンボ、光、ブットブ」


 そして投げられた兵士は、俺たちの元へと飛んできたのだ。

 完全に気付かれてる!

 ベリーはすかさず踵を返して走り出した。二人もそれに続き、しんがりに俺も走り出す。


 音を消していた状態でも、気付かれる可能性はあった。だがあの男は、現れてすぐに俺たちの存在を見抜いた。

 たぶん、生意気なだけじゃない。


 消音しても見つかったのだからこれは意味を成さない。せめてグリテとか言うやつを撒いてからだ。


「パンプ! バター! 魔法を!」

「「ササット!」」


 ベリー以外の二人が叫ぶ。ササットの魔法は、移動スピードを伸ばす役割があるらしい。ベリーはその二人に引っ張られて速度を上げる。

 俺はそれを追って、風のハープを弾き空間移動を繰り返す。感覚が狭く、移動するだけならラミィたちの方が速いが、ササットとかいうやつ程度なら追いつける。連続回避移動みたいなもんだからな。


 にしても、ベリーはどうして自分に魔法を使わないんだろうか。

 なんにせよ助かった。ベリーは判断が早い。あの状況ですぐに逃げられ――


「あぁ、誰だおめぇ」


 逃げられなかった。

 いつの間にか、俺たちの隣にまでグリテが迫っていたのだ。どうなっている。

 背後を見ると、ぼとぼとと、先程投げられた兵までも引き摺られている。なんだあれは。


「ま、全員お陀仏だわ、光の巣」


 グリテが右手でカードを持ち、左手を開くと、そこから無数の光がほとばしった。レーザーのように見えるが、違う。攻撃じゃない。

 ベリーとアマゾネスさんは反応よく立ち止まった。気付いたのだろう。


「うぉおっ!」


 しかし仲間の一人、おっさんは体格のせいで自分以外の力によって突如動きを止められる。何かに掴まったのだ。

 グリテはそこでナイフを取り出して、すかさず動けないおっさんの前にかざす。


「パンプ!」

「おおっと、手が滑りそうだ」


 グリテはまだ息のあるおっさんをナイフで撫でながら、こちらを挑発している。

 早いところおっさんを解放して逃げないと、グリテ以外の兵がこちらに来てしまう。囲まれたらアウトだ。


「ッチ! クソがおせぇんだよ」


 グリテは後ろをみながら舌打ちをして、


「ま、オレ以外いらねぇか」


 ナイフを大きく下に引いた。おっさんの身体には全く触れていなかったナイフの動きだが、その動きに連動するようにして、おっさんの体が何分割もされてバラバラになった。


「なっ!」

「男は殺して女は犯す、基本っしょ」


 ベリーたちの一瞬の動揺をついて、グリテが駆け出してきた。

 次の狙いは俺だ。まず男共を殺そうという算段だろう。


「わかりやすいやつ!」


 風のハープを弾き、辺りの空間を歪ませる。これは、グリテの移動経路を狂わせるだけじゃない。

 周囲をめぐっていた光の糸を、解いたのだ。


 グリテの魔法は、糸を飛ばす能力だ。たぶんスパイダーマンみたいに糸を飛ばしてそこら中に罠を仕掛ける。

 兵士を投げ飛ばしたのも、俺たちに糸をつけるためだ。倒れた兵士が近くにいたり、俺たちの移動に魔法も使わずについてきたことに説明がつく。


「あぁ?」


 グリテは眉をひそめてガンを飛ばした。俺が何をしたのかわかっているのだろう。

 ベリーたちも一度、その結果糸が解けたと踏んで駆け出そうとするが。


「おい、逃げんなよ」


 グリテが左手を持ち上げる。すると解けた糸たちがまくれ上がり、罠の網みたく俺達を囲おうとのしかかる。


「逃げるんだよ!」


 俺はまた弦を弾いて、一度解く。が、今度は地面に落ちるよりも先に結びなおされた。


「ザコが、無理なんだよ」


 敵の能力は糸だ。遠距離攻撃みたくそらしたり無効化しても、壊さなければいくらでも襲ってくる。


「火柱!」


 アマゾネスが円柱の火を放つも、糸は燃えない。

 ベリーは、魔法を使う気配もなかった。

 糸は俺達を縛ろうと、蛇のようにうねり、迫る。


「ちっくしょぉ、水!」


 俺は水の剣を取り出して、糸に切りつける。切断は出来なかったが、氷付けにしてバラバラに砕いた。

 でもこれじゃあ、切ってもきりがない。糸が細すぎて、全体を凍結する前に砕けてしまうのだ。


「ッチ! おめぇ、何してんだよ」

「またとんでもないやつだな!」


 この男、まだ遊び半分で俺達を相手している。

 実際、俺たちが糸に悪戦苦闘している間、何もしてこなかったのだ。自ら有利を作るイェーガーとはまた違う、圧倒的に上だからこそ来る余裕だ。


 ベリーはそんなグリテに腹が立ったのか、射殺すように睨み始めた。


「あんた……」

「ホントおめぇら運わがるいわ、死ねよ」

「関係ない、逃げる!」

「逃げる? どうやってよ」


 グリテが両手を広げて、周りを仰ぐ。すると、今まで見えなかった糸が、朝日に照らされて全容を現す。


 俺たちのいる一帯すべてに、糸が張り巡らされていた。逃げる場所のない鳥篭のように、俺達を囲んでいる。

 最初に出した一回目の魔法は、すでに俺達を包囲していたのだ。俺たちに向かってきたのは、ほんの一部だった。


「荒蜘蛛」


 アマゾネスの姉ちゃんが、ぼそりと呟いた。


「へぇ、お嬢さん知ってんのか。どうだい? どうなってもいいのなら、生かしてもいいんだぜ」


 グリテの笑いはとても下品だ。俺が気持ち悪い笑いだとすれば、ひたすらに下品だ。

 どうする。


 こいつから逃げるにはあのクソ堅い糸を取り払わないといけない。一応、風のハープの直接攻撃なら取り払えはするはずだ。だがそれも、一度だけ、グリテがまた同じことをすれば二度目はないだろう。一回で確実に逃げる必要がある。

 ただ、一人で逃げるのはアウトだ。帰って仲間が誰もいなければ、俺は真っ先にバニラに疑われ、恨まれる。


「……風」


 どうする、たとえ逃げても、あいつはまた糸を伝って俺達を追ってくる。なら、見えない糸も切らなければならない、もしくは――


「ま、とりあえず男はしねや」


 グリテが糸を飛ばしてくる。ただ風のハープがあれば当たらない。

 だがグリテは別の手を用意していた。ナイフを二本、三本と、その糸の中に投げ入れる。ナイフはまるで透明人間が操っているかのように、俺が避けてもまた攻撃を仕向けてくる。


「ファンネルじゃねえんだよ!」


 最大で五本まで投げられたナイフが、俺の歪めた空間を綱渡りでもするように通り抜けてくる。適当じゃない、正確に投げられたナイフが、俺の意識外から皮膚を削りに来る。

 ベリーは見かねて、俺に援護しようとするが、


「お前らは、逃げろ!」


 俺は、彼女たちに逃げることを進めた。走り出して、囲っていた糸に直接触れ、吹き飛ばす。


「ここは俺が持たせる!」


 苦肉の策だ。全員で逃げる考えは思い浮かばない。俺一人が残るだけなら、他の条件は満たせる。

 ベリーは一度俺を見たが、決断は早かった。


「バター! 高速魔法」

「ササット!」


 ベリーはアマゾネスに引っ張られながら、解けた糸の間をすり抜けて、一目散に駆けていく。


「逃がすと――」

「思ってないだろ」


 グリテが追いかけようとしたところを、風のハープで妨害。

 一目散に駆けて行った二人はもう見えなくなって、グリテは忌々しそうに自分の腕を見る。糸の効果範囲を出たのかもしれない。


「クソがぁ!」


 そして残った俺に標的を移す。当たり前だ。

 どうすればこいつに勝てる。無理だ。まだ魔法一つだから立ち向かえるものの、相手がコンボでもしてくれば敵わない。


 見ると、いつの間にか一般兵もこちらに集まってきている。何かを待つようにきょろきょろしているが。

 よし、ここは、最善の策で行こう。

 俺は両手を広げて、


「降参だ!」


 白旗を揚げる。

 グリテは構わず、俺にナイフを突きつけた。


「降参だ! 降参だって!」


 俺は必死になってナイフを避けながら、戦意がないことを示し続ける。

 たのむ、本当に頼む。

 グリテはたぶん俺の言葉が聞こえているだろう。無視しているだけだ。


 やばい、避けることに集中していても、体はナイフによって少しづつ削られていく。

 俺はたまらず転んでしまった。

 グリテはすかさず俺の体を完全に縛り上げる。


「クソが、死ぬ前に眼だな」


 完全に動けなくなった俺の目に、糸でつったナイフを突き付けた。ナイフのひんやりとした感触が、瞳に当たっていた。

 ナイフは俺の目を擦るように振り子を描き、歩いてきたグリテがそのままナイフの柄を踏もうとしたところで、


「やめろ」


 その手を止めて、ナイフを持ち上げる男が現れた。



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