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第五十一話「れんこう やっかい」

 分け隔てなく続く森の中、俺たちは走っていた。いや、逃げていた。

 通りすがるガブリやチョトブが、こちらの気配を察しては離れていく。木々がざわめき、敵の気配が俺たちに向かう。


「栗臭い!」


 悪態をつきながらも、森を掻き分けて敵を撒こうとする。もう身体中が汗だくだ。


「ほらアオくんっ、頑張っ!」

「アオ殿、ここが踏ん張りどころです!」


 ラミィは俺に肩を貸しながら、自らの魔法で軽快に逃げる。

 ロボも、フランを肩に担ぎながら俊敏に動き回る。


「アオ! 前にっ――」


 だが、フランの言葉にその足は止まり、気配に囲まれた。


 無数の、人間の気配にだ。

 もう観念だ、戦うしかない。


「駄目だよアオくん! あっちは――」

「悠長なこと言ってられるか! もう使う! つ…………つちゃあ!」


 俺がカードケースからカードを取り出す。

 しかしそれと同時に、攻撃の気配が俺に集中する。一歩下がれば、元いた場所はガブリの魔法で噛み砕かれていた。


「土!」


 それでも、俺は意地になって魔法を発動。

 が、盾が現れるよりも先に、人影が一つ降りてきた。

 長い得物を持った人影はそのまま俺に攻めより、ナイフを首もとにつけようとする。そこまで速くない、気配を察知して避ける。

 避けた先に、人影はもう片方の手から小さな得物を取り出して、体制の崩れた俺を狙う。


「俺はっ、初見、殺し!」


 だがその直前には土の盾を地面に突きたてて、植物の蔓で人影を縛り付けた。

 あぶねぇ。なんといえばいいか、タイミングが遅かったら死に掛けたって思うと、鳥肌が立つ。


「アオ!」


 フランは真っ先に俺の元へ駆け寄ってくれる。青ざめたり安心したり、なんともわかりやすい。


「アオ、ごめんなさい、わたしの魔法じゃあそこまで接近されると」

「かまわねぇよ、ラミィ! 希望通り生け捕りだ」

「うんっ、周りにいるみなさん、聞いてくださいっ!」


 ラミィの大声が、森の中に響き渡った。敵を驚かせることにも、無理矢理の交渉にも仕える力技の話術だ。


「今、この縛り上げた人はまだ生きていますっ! 武装を解除し、いきなり襲ってきたわけを教えてくださいっ! 私たちはただ、この森を通りたかっただけですっ!」


 俺たちは、カザンドを目指して旅を続けていた。

 あとちょっとで目的地につく。カザンドはとある山の小さな村で、この森を抜けていかないとたどり着けないくらいの田舎だ。非公式の奴隷商人がそこを狙ったわけもなんとなくわかる。


 たぶん俺たちは、人攫いだと思われたのかもしれない。やけに殺伐とした集団が突如現れて、問答無用に攻撃してきたのだ。


「アオ殿、相手方が少しずつ姿を現してきました」


 眼のいいロボが真っ先に気付き、指差す。

 出てきたのは意外にも、数人の若い女性たちだった。もっと屈強なターザン集団かと思ったが、アマゾネスだったか。

 もちろん男も何人か混じっていたが、この男女比はなんなのだろうか。


 からんと、地面に二つの剣が落ちた。刀に似た細剣と、脇差くらいの小刀だ。たぶん、さっきの触手に絡まった敵が落としたのだろう。


「……あ」


 ちょっと気になって上を見ると、そこにいたのも少女だった。

 歳はフランと同じくらいだろうか、健康的な褐色の肌に、燃えるような赤い瞳がこちらを睨んでいる。薄布は最低限の肌を隠す程度だ。身体の動きを阻害しないように作られた服なのだろう。


「アオ殿! 何をしているのですか!」


 そう思ってしまうと、触手は勝手に服を脱がし始めた。仕方ないよ。

 この辺は性欲を解消しても治らない。にしても、全く動じていない。真っ直ぐに俺を見据えて、全裸になっている。


「アオくんっ!」

「ん、ああ悪い!」


 とりあえず、土の盾を地面から離す。するとみるみる力を失い、触手は緩んでいく。


 その途端に、触手に絡まれた少女は動いた。

 柔らかい身体で縄抜けのように触手を潜り抜けて、迷いなく俺を元へ向かい。


「ぐぼぉ!」


 俺を殴った。一度避けるが、さっきと同じ要領で二連撃されて、まともに喰らう。

 そこまではよかった、そっからが悪かった。


 少女は俺からマウントポディションを取って、黙々と殴り始めたのだ。


「まてっ、とめって!」


 突然のことにロボが唖然としている。ラミィも一緒だ。

 フランも、今の状況に理屈が追いついていない。

 つまり、まだ誰も助けに来ない。


「たぅずげ!」


 殴る殴るの暴行が、無慈悲なまま俺に襲い掛かる。

 ああ、この状況はなんとも。中学時代、姉に病院送りにされた思い出がフラッシュバックする。



「アオくん大丈夫だった? でもあんなことしたら当然だよっ」

「アオ殿も節制を持つべきです」


 数秒たって、はっとなった三人が止めに入るまで、俺は殴られ続けた。ツバツケは回復が遅すぎるよな。

 まあ仕方あるまい。それより重要なのは今の状況だ。


 まるで連行されるように、囲まれたまま俺たちはこの集団に付いて行っている。

 こいつらが誰なのか未だにわからない。ただ集団にいた数少ないおっさんの一人が付いて来いと言ったので、そのまま歩いている。


 たぶん、逃げてもまた追われるだけだろう。いたちごっこよりは付いていった方がいい。


「フラン、道……はないけど警戒……してるか」

「うん」


 フランは目をギラつかせて、先程消えていった少女の方を見やる。この状況なのに、敵意を隠そうともしていなかった。


「アオ、今度はやらせないから。あれはアオが悪かったけど、やりすぎ」

「下手したら死んでたわな」


 少女が全裸で武器も魔法も持っていなかったことが幸いしたが、あのままだと撲殺だってありえた。

 フランは動けなかった自分のもどかしさを混ぜて、あの少女に向かって威嚇しているのだ。


「わたし、あの子きらい」

「そうか」


 警戒するのに越したことはない。相手は、俺達を知らないところへ連れて行こうとしているのだから。

 最悪を想定すれば、こいつらが俺たちでも反撃できないような状況に追い込む可能性だってある。逃げるための準備は万全にしておく。

 ただ、うちのメンツならよほどのことがない限りは逃げられると思うけど。


 そんな心配も杞憂だったのか、歩いていくとやがて木々が薄くなり、民家の集落が見えた。当たり前だが、普通の村の普通の家だ。木製で、決して藁とかじゃない。


「こちらへ」


 前を歩いていたおっさんが、一言だけ口を開いてまた無言になる。今まで会った異世界おっさんの中で一番愛想が悪いな。


「紳士殿、ここはどこなのですか。居場所を知れれば不都合な事がおありか?」

「……」


 ロボが尋ねるも、無視される。そりゃ、不都合だから襲ってきたんだろう。

 でも、ならなぜ俺達をこの村にまで連れてきたのか。その点が疑問になる。

 家の窓はどこも閉まっているが、人がいないわけじゃない。ボールやらが地面に転がっているところを見ると、俺たちが来たから急いで隠れたのだろう。


「ここだ、入れ」


 無愛想おっさんがそういって立ち止まったのは、この村でもひときは大きな家の前だった。


「……二人だけ残るとかはありか?」

「出来れば全員をお願いしたい」

「アオ殿、ここは誠意を見せておくべきでは。我々は彼等の敵ではない」

「分かれたほうが逆に危険か」


 ただ旅をしているだけなのに、どうしてこうも危険を思わせることばかり迫ってくるのか。


 とりあえず大きな家の中へ入れさせてもらう。木製のドアには罠もなく、ぱっと見大部屋が一つあるだけの簡易的な家だ。間取りがトイレと浴槽くらいしか用意されていない。

 部屋の中心には談話に使いそうな丸型の机が取り付けられている。もしかしたら、家というよりも公民館か何かかもしれない。


「先に連絡したとおりの、不審者をお届けしました」

「下がれ」


 その中心で、有無を言わさぬ威圧的な声が、俺たちの耳に届いた。

 無愛想おっさんは慌てて下がり、部屋にはその主のような男が残った。


「貴様等か」


 その男、とんでもなくでかい。バスケット選手くらいの身長に、黒々とした肌がムッキムキの筋肉で彩られている。ガチムチがそこにいた。

 なんだこいつ、すっげぇ怖い。つかこういうのをゴオウって言うんじゃないのか。


 ふんぞり返っていた椅子からぬっと立ち上がり、俺達を見下ろすように睨み付ける。

 そして次の瞬間には、攻撃の気配が立ち込めた。


「なあっ!」

「水流!」


 フランは男に容赦なく水の魔法を浴びせるが、まるで怯まない。その水を避けることなく勇猛果敢に突進してきた。なんで怯みもしないんだあいつら。


「なにこれ!」

「ゴォオオッ!」

「アオ殿!」


 俺にぶつかる直前で、ロボが間に入り、両腕で受け止める。爆発するような波紋が広がって、男は歩みを止めた。

 つか、なんで俺を最初に狙った。


「ふん! 女に守られるか」


 男は鼻息を荒く、ロボを見てすこし微笑む。だから何で俺を狙ったんだよ。

 いつもそうだよ、近所の犬だって、五人同時に逃げても俺のほうを追ってくる。なんだ、一番捕まえやすいとでも思われてるのか。


「なにをしにここにきた!」

「それはこっちがききたい。なんでここにつれてきた」


 この男、主観が強すぎる。自分の思ったことしか話してないな。


「大体、俺たちはただの冒険者だ。森を歩いていたら偶然あんたらの集団に会って、ここまでつれてかれた」

「男の癖にうだうだと! 女か貴様は!」

「どうしろっていうんだよ!」


 ああ、思い出す。よく父と口げんかをするとき、俺がちゃんと理屈でせめても、屁理屈理屈言って殴ってくるときのあれだ。どこの辻褄が崩れているのか指摘しろって。口で勝負しろよ。


 本来なら理不尽極まりない、体育会系の男だ。

 でも、現在の俺はこんな奴でも対処が出来る。カードケースから土のカードを取り出そうと、手を腰に当てた。

 が、ラミィがその手に触れて、俺を止めた。


「アオくん! まだこの人たちは敵だと――」

「攻撃しといてその理屈はないだろ。だいたい、この男話にならない」

「ぬぅううっ!」


 力はロボのほうが勝っている。だが、相手は逆にその力を利用してロボを投げ飛ばした。柔道のような感じだ。技術がある。

 そして睨み付けるは俺、やっぱり俺が標的かよ。


「人を見た目で判断すると、碌なことがないからな!」


 俺は構える。男は真っ直ぐと俺へ向かい……突然地面に倒れた。


「やめなあんた! さもないと殴るよ!」


 男を殴ってから現れたのは、ちょっと年上な感じの女だ。短髪で、こいつも褐色だ。あの少女に似て動きやすそうな薄着をしている。

 すぐに男は立ち上がって、次は年上の女に突っかかる。


「勝負に口を出すな!」

「勝負? あんたが勝手に暴れただけでしょ!」


 女も怒鳴り返す。なんというか、騒がしい。

 取り残された俺は唖然としたままその光景を見つめる。すると女の方が気づいて、溜息をつく。


「あんたら、何しに来たの?」

「いや、連れてこられたんだよ」


 とりあえず、この女からは攻撃の気配がしない。ここぞとばかりに口を開く。


「俺たちは冒険者だ。カザンドを目指して森を探索していたら、いきなりここまでつれてこられた」

「……ああ、そう。なんも知らないでここにきたの? あんたら運が悪いわねぇ」


 女は厄介ごとを抱え込んだような顔をして、頭を抱える。


「えーっとあれよ! とりあえずね! あんたら厄介すぎ!」

「あ、あのっ、私ラミィですっ! あなたたちは誰ですか! ここはどこですか!」


 ラミィが上手い事俺たちの聞きたいことを代弁してくれる。こういうとき会話に入り込むタイミングは上手いな。

 ここはラミィに任せて、俺は投げられたロボに手を貸す。やられ損だな。


「あぁ~そうね、面倒だけど紹介しとくわ、あたしはバニラ、このでっかいのがあたしの夫で、ビーンズ。そしてここはネッタって言う村、カザンドはもうちょっと奥地になるわ」

「俺はアオだ」

「ロボとお呼びください」

「……フラン」

「わかったわ、ラミィとロボとフランね。残念だけどこの街でしばらく暮してもらうわよ」

「えっと、どういうことなんでしょう?」

「ここはね、今戦争してるの」


 戦争? 戦争ってあの戦争か?

 ラミィは一度意味をわかりかねて、理解するとみるみるうちに顔が強張った。


「どういうことですか! 戦争って一体!」

「どうもこうもないわよ! あっちが勝手に攻めてきたんだから。騒ぐんじゃないわよ」


 バニラは若干逆ギレしながら、俺達を睨み付ける。ちょっと静かになってから、口を開いた。


「三ヶ月前、イノレードがね、うちらの場所を同盟という名目で、ぶっちゃけ植民地にするって言い出したのがきっかけよ。何の目的かは知らないけど、いきなり地上げされたらうちらだって穏やかじゃないんだよ」


 植民地って、この世界って平和じゃなかったのかよ。


「植民地だなんてそんなっ! しかも二十年前に戦争すらしなかったイノレードがですか!」

「だから、知るかって言ってんだよ!」


 ビリビリとラミィとバニラの間で嫌な雰囲気が漂う。というか後ろでじっとしているビーンズとかいう男が今にも飛び出しそうだ。


「ここら一帯の、戦えるやつらが集まって必死の抵抗をしてるってわけ。ちょっと前に男をけっこう殺られてね。今じゃ男女比が逆転するくらいに泥沼さ」

「あの軟弱もの共の話をするなぁ!」

「うっさいんだよ!」


 ビーンズまで逆ギレして騒ぎ出す。ほんとうっさいな。

 ただラミィは、騒がしさよりイノレードが戦争しているという事実にショックが隠せないみたいだ。


「そんなっ」

「信じろとか言わないわよ別に、どうだっていいし。あんたらの行きたがってるカザンドはもう真っ先に焼き払われて住居もほぼなし。ま、何にしてもあんたらをこの街から出したりはしないけど」

「な、何故ですかっ!」

「たとえば人質、こんなかにイノレード出身のもんは?」

「いませんっ!」

「あら、つかえないこと。でもこの居場所を知られたんだ。返すわけにはいかないよ」

「あんたが勝手に連れてきたんだろ」

「この近くを歩いたあんたが悪い」


 この女、受付姉ちゃん以上に刺々しいな。

 ただ、事情は大体わかった。


 イノレードが何らかの理由でこのあたりに攻め込み、交戦状態の中、偶然ネッタの本拠地であるこの村の近くを通ってしまったわけだ。密偵だったら返すわけにもいかないし、無関係でもここの情報を売ってしまう可能性がある。


「わかった。でも、ここに捕らえておくとして俺たちの食いものは?」

「んなもんねぇ、飢え死にしない程度の餌ならあげるわ」

「じゃあ、出て行く」

「させるかぁ!」


 ビーンズがここぞとばかりに突進してきた。またすぐにロボが受け止める。

 今度はしっかりと相手を固め、ギリギリと筋肉のしなる音がする。


「もう二番煎じです、あなたの技、ここで見納めとさせていただきます!」

「ぐっ……貴様ぁ! 女に守らせる気か!」


 ロボが女だとわかるのか。

 なんにしても、言われっぱなしは癪だ。


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