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第四十九話「まもる ばいばい」

「光の鉄槌!」


 アルトが剣を振りかぶるよりも先に、雷が放たれた。アルトは難なく避けるが、発動が妨げられる。

 光の鉄槌。この技を使う生きた人間を、俺は一人しか知らない。


「フラ……ンッ!」


 せきこむ口で思わず叫んでしまう。

 フランはこちらに駆けて来て、俺とロボを守るように、アルトへと立ちふさがる。


「ごめん、なさい」


 フランは息を切らしながら、俺に話しかける。視線は前を、敵を見据えたままだ。


「……いいって」


 まだ大声は上手く出せない。かすれた声で、ただ呟いた。


「頼りにしてた」

「ありがと」


 フランのやわらかそうな口元が綻ぶ。

 状況は好転していない。むしろ犠牲者が増えたと考えるのが普通だ。もしかしたら、俺は自分が少しでも長生きできることが嬉しかったのかもしれない。


 でも、そんなことどうでもいい、俺は屑だ。だからどうした。

 フランは勇敢にも、恐怖との戦いを選んだ。そのことの方が、ずっと眩しくて嬉しい。


「君はまだ、逃げたほうかよかったな」


 冷酷に、アルトは告げた。


「まだ、わからないでしょ」

「……火」


 アルトは再度、火の斬撃を放とうと剣を振りかぶる。


「コンボ、デブラッカ、コウカサス!」


 フランはそれに対して、鋼鉄に変った大岩をぶつける。が、そのコンボでさえ火の斬撃を相殺しきれずに、フランの体にその余波を与える。


「フラ……ごほっ!」


 フランは煙にまみれながら、その一撃を耐え切った。ダメージは大きいけど、まだ無事だった。


「火」


 アルトはそんな中で、無慈悲に復唱する。

 たった一撃であのざまだ。このままでは、勝てるはずもない。

 もちろん、フランはアルトが勇敢なだけじゃ倒せないこともわかっている。だがどうしてだろう、その予想を、裏切ってしまいそうな空気がある。


「みんなを守る!」

「フラン!」


 やっと口にしたことばは、フランに届いたのかどうかわからない。ただそのとき、フランの攻撃の気配に、変化が生じる。心の成長に、カードが応えた。

 フランはその意図に気付いたのか、カードを二枚。リロードして、


「コンボ! 火、水!」


 今まで使ったことのないコンボを、使用した。

 火の斬撃はまっすぐに向かい、フランのコンボと衝突するが、突如吸い込まれる。


 渦潮に飲み込まれるように、火そのものが吸い込まれたのだ。


「間に合った」


 火が消え、俺の視界に入ってきたフランの姿に、驚かされる。

 厳密には、フランの持った武器に驚かされた。あの、いつも馬鹿でかいはずの大砲がなくなっている。


 かわりに、フランの手には、二丁のダブルバレルが装着されていた。


「……火!」

「射出!」


 アルトは、すかさず火の斬撃をくりかえす。

 フランは右手の銃から、なにやら熱のようなものを発射した。いつも使っている火と光のコンボに似ているが、あれよりもずっと弱い熱線だ。


 両者がぶつかり、なんと相殺しきった。

 いままでロボでもない限り防げなかった火の斬撃を、カードの消費無しに押さえ込んだのだ。


「射出!」


 フランはそのまま、左手の銃から冷たい風を飛ばした。冷気だ。


「火!」


 アルトの火はそれを軽く吹き飛ばして、フランの元へ向かうが。

 フランの銃に触れた瞬間、吸い込まれるように消えてしまった。


 熱だ。フランの二丁拳銃は熱をあやつる装備型の魔法だ。


 フランは次に、カードケースを叩いて、二枚のカードを空いたシリンダーの中に入れた。空中でリロードとか、ミスタみたい。


「チョトブ!」


 フランの放ったチョトブはアルトのはるか後方へ、


「射出!」


 もう片方の銃で、吸収した熱量をアルトへ向かって、放出する。

 アルトは先程のチョトブを気にしながらも、正面の熱線の対処に追われて、


「ちっ!」


 前と後ろの両方から、熱の篭められた攻撃を放たれる。

 イェーガーがやっていた、一直線上に二つの攻撃を重ねる技だ。気配が読みにくく、負傷状態のアルトには避けがたい攻撃だった。

 フランはチョトブによって、背後にあった物質に熱を篭めて飛ばしたのだ。威力は低いが、火の斬撃の半分がそっちの物体に篭められている。


 いい感じだ。

 フランは元々魔法管を六回分持っている。今のコンボで常時二回分消えてしまったが、まだ四回、発動したまま魔法の連射が可能なのだ。


「なら、単純な話だ」


 アルトはカードをポケットに入れて、剣を両手持ちに変える。肉弾戦を挑むつもりだ。


「そうもいかない」


 フランはそれを見てから、自分に銃口を向けて、


「ムッキー!」


 筋力強化の魔法を自身に使う。

 アルトは剣を振りかぶるが、遅い。ゴオウに受けたダメージからか、前よりスピードが下がっている。

 フランならば、気配で対応できる状況だ。左のダブルバレルが、アルトの剣を受け止める。


「……なんだこの」

「冷たいよ」


 拳銃の冷気が、徐々にアルトの体力を奪っていく。攻めれば攻めるほど、消耗するのはアルトのほうだ。

 だがそれでも、アルトは化け物のように食い下がっていく。搦め手を駆使して、フランの裏をかこうとしている。


「やっぱり肉弾は……っ!」

「君は、接近が向いていない。所詮は付け焼刃だ!」


 あれだけのお膳立てをしても、フランはまだ勝てない。


「そんなの、わかってる」


 でもフランは、そんなこと最初からわかっていた。

 だから、


「だから、他人任せ」

「……なに?」

「シルフィード、ブロォオオオオオオっ!」


 フランにばかり気を取られ、接近するラミィの姿を失念させていた。

 攻撃の気配が充満する、あの二丁のダブルバレルを持ったフランの近くでは、気配も察しにくい。


「なめるなぁ!」


 だが、それでもアルトは対応する。すかさず剣を振りかざし、後ろへジャンプして直接の衝撃を和らげる。

 これでも、決定打にはならない。


「かかった」


 もちろんそのことも、フランは知っていた。

 手に持っていた二丁拳銃は、いつの間にかもとの大砲に戻っている。あの状況で、コンボを外す意味は一つだ。


「コンボ! 火、光!」


 フランの最強魔法が、空中で身動きの取れないアルトに向かう。今のアルトには、回避の魔法はない。

 レーザーは放たれた。


「なっ!」


 俺は思わず声をあげてしまう。レーザーの威力が、今までとは段違いに強くなっていた。

 もともと人一人包むほどあった熱線の太さが、ゆうに三倍は膨れ上がっている。距離を置いた俺でさえ、熱を感じるほどだ。もうこれは荷電粒子砲じゃないか。


 アルト、さすがに死んだだろ。死体も残らないんじゃないのか。

 そう思っていると、魔法の光が弱まって、空には一人、アルトが残っていた。


「……」


 あの野郎生きている! ありえない。

 アルトは肩を上下させながら、剣を前に掲げた体性で固まっていた。そのまま受け身もせずに地上で倒れるも、まだ立ち上がり、剣を構えた。


「ま、まだ戦えるのか」

「ご安心を、戦えるのは、あやつだけではございません」


 ふと、隣から声がかかる。ロボがいつの間にか意識を取り戻して、立ち上がったのだ。


「ロボ!」

「ご迷惑をおかけいたしました。この拾った命、しかと役に立てましょう」

「隣街から帰った正義の味方。なびく布地に意識を集め、それでも戦いやめません! 蹴りは控えめ、シルフィード、ラミィ! 風の便りにてただいま参上!」


 そして、深刻な空気を振り払う風のように、包帯かぶったラミィが飛んでくる。


「アオくん大丈夫!」

「おまえな、いままで」

「アオ!」


 フランも、こちらと合流する。

 俺も、自分の体を確認する。さっきよりはずっといい。まだ戦闘までとはいかないが、立って歩くことくらいはできる。なら、風の魔法とかで戦えるじゃないか。


 アルトは回復魔法どころか、火のレアカード以外には何も持っていない。ダメージはまだ継続している。

 勝てる。あれだけ絶望的だった状況が逆転している。

 俺は息を切らしたアルトを睨みつけて、笑ってやる。


「アルトとかいったよなおっさん。残念だが、俺たちの全滅でカードコンプは、ちょっと条件がきついんじゃないのか」

「……」

「聞きたいほどは山ほどあるが、とりあえず私怨から晴らされてもらう」


 俺、フラン、ロボ、ラミィ。全員が健在のまま、戦闘態勢に入る。

 アルトはそんな俺達を順番に眺めながら、呼吸を整えている。


「あんた、まだやるつもりかよ」

「……君の言うとおり、今の俺は傷も大きく、回復も得がたい。だがこれは、俺自身が不甲斐なかったからだ」


 アルトは歯を食いしばり、剣を握りなおす。こんな状況下でも、アルトは落ち着いていた。

 むしろ、なにかふっきれたような、冷たい表情まで見て取れた。


「すまないフランク博士、君の娘は、死体も残りそうにない」

「なっ!」


 こいつ、やっぱりまだ勝つ気でいる。

 攻撃の気配はまだ見えない。だがアルトは手に持った剣の柄に手を掛けて、柄に付いていたベルトを外した。

 ばちんと、何かがはじけるような音が鳴る。


「アオ殿、この気配はっ!」


 一番本能に聡いロボが、銀色の毛を逆立てて、後ずさった。

 なんだあれは、今までアルトの剣を注視したことがなかったが、あのベルトみたいな形は装飾じゃなかったのか。なら外して、何の意味が出てくるのか。


 ――わたしの大砲と、同じ感じがする


 いつだったか、フランがそんなことを言ってなかっただろうか。

 もし、あの剣がフランと同じものだったら。カードケースに一枚も入っていなかった、アルトが持っているはずのサインレアの行方が俺の予想通りだったとしたら。


「残念だ、こんな形で、君たちを殺したくはなかった。せめて、あの場所に弔っててやるのが、俺の責任でもあった。これはすべて、俺が招いた怠惰だ」


 アルトの剣が縦に開き、刀身が一回り拡張される。そして開いた剣の隙間には、知らないカードが眠っている。


「でも俺は止まらない。これが俺の王道だ」


 剣を振りかぶり、アルトの攻撃の気配が見える。

 動くべきだ。アルトの攻撃はすでに始まっていて、気配も読める。ロボやフランですら察せるほどに、気配は大きい。


 気配が大きすぎて、後ろにあるチリョウすら飲み込むほどの、攻撃の気配だ。


 立ち竦んでいた。動けなかった。恐怖というよりも、諦めが前に出ていた。

 俺の歯がかみ合わずに、がちがちと音を立てる。それでも必死になって、一秒でも生き延びようと、口を開いた。


「し、しに――」

「死ね、キ――」


 アルトの剣は、無常にも振り下ろされて、


「宵闇さん宵闇さん、彼を止めてくださいな」


 一瞬、その動きが不自然に止まる。

 そして蜘蛛の子を散らすように、今まで充満し続けた攻撃の気配が止んだ。


「……ジャンヌ」

「っはぁ!」


 俺は全身から汗を噴出して、地面に跪く。解けた緊張に体が付いていけず、痙攣が止まらなかった。

 この攻撃を止めたのは、他ならぬジャンヌだった。やっぱり、アルトとジャンヌは通じていたんだ。


「駄目だよアルト、あなたの前にはたくさんの星が一杯。それにね、あの一番星さんを巻き込んじゃったら、ワタシが止めなくても、失敗しちゃってたよ」


 ジャンヌは、前にも見たニコニコ笑顔でアルトの周りをうろうろしている。一番星さんといいながら、ゴオウを指差して、子供のいたずらを笑うように、囁く。


「……ジャンヌ、訳を聞かせてくれ」

「それで攻撃しちゃったら、せっかく見つけた陽のカードも砕けちゃうよ」


 ジャンヌはいいながら、視線をフランに向ける。なんだ。


「太陽は、雲の中。でも、雲を払う前に空が消えてしまいます。あなたなら、太陽まで焦がしてしまうでしょう」

「……なら、どうする」

「簡単、あの御方に頼むの」


 アルトとジャンヌは自然と会話を続けている。攻撃を止めたのは敵だからじゃなく、何か他の目的があってのことだ。


「ジャンヌ!」


 そんな時、ロボが横から叫び声を上げる。

 そういえば、ロボはジャンヌを探してここまで走ってきたのだ。もしかしてとはお持ったが、知り合いだったのか。


「あはっ、久しぶり」

「ジャンヌ、一体何を目論む! 貴公のやっている事は、人として、いや! 世界の理にすら離れているのだぞ!」

「う~ん、世界の理って何かな? 正しいことも理由も、全部人が決めたことよ。残念だけど、本当に離れているのかなぁ」


 ジャンヌは言葉遊びをするように、ロボをからかう。

 ロボはそのことを承知だったのか、激昂もせず、ただ拳を握り締める。


「その、ジャンヌの問題にならぬ情事が! また悲劇を生み出すとわからないのですか!」

「悲劇じゃないわ、あれは喜劇よ、生誕と、解放の」


 俺にはわからない内容を、ロボが話している。

 ただそれで会話は終わったといわんばかりに、ジャンヌは笑顔でロボに手を振る。


「ごめんね、今日はちょっと忙しいの。御話はまた今度ね」

「戯言をっ……なっ、モンスター!」

「カーテンコールは君たちに任せておくね」


 ロボが駆け寄ろうと足を踏み出すが、立ちふさがるように、大量のモンスターが現れた。

 やむなく戦闘を開始する。フランとラミィもそこで気が付き、ロボに加勢、俺はまだ、去りゆくジャンヌとアルトを睨み続ける。


 そのジャンヌとアルトに、最後の邪魔が入った。


「ゴオウか」

「アルト! あなたはなにを……っ!」


 ゴオウが、モンスターよりも先にジャンヌとアルトに近づき、行く手を遮ろうとする。

 だがゴオウが動くたび、光は彼を溶かそうとする。結局はもがき、ジャンヌたちはただその横を通り過ぎる。

 アルトは、そんなゴオウの姿を見ながら、少しだけ口を開いた。


「皮肉なものだな、フランク博士は国を追われ、君は病に伏せった。これが二十年前、世界の崩壊を止めるまでしてみせた英雄たちへの、仕打ちだ」

「……アルト、あなたは富や名声がほしくて、世界を救ったのですか?」

「それでもせめて、普通の幸せを望むことの何が悪い」


 アルトの眼と、ゴオウの眼が合わさる。少しの間見つめあい、アルトのほうから目をそらした。

 そしてまた、アルトとジャンヌは去っていく。


「アルト、君は!」

「ばいばい」


 ジャンヌが最後に小さく手を振って、彼等はふっと視界から消えていなくなった。



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