第四十八話「たたかう かんじょう」
「アオ殿!」
「コンボ、火、シュウウ」
しかしあの攻撃は、貫通す――
「貫通だけじゃない」
回転力の加わった一閃は、後ろにいた俺ごとロボを吹っ飛ばす。
数メートルとばされ、町の壁に当って止まった。身体中が痛み、骨のきしむ音がする。
だがそれ以上に、ロボがぐったりして動かない。俺に寄りかかったまま、立ち上がらない。
「おい、ロボ!」
「もとより一撃を喰らっている。たとえ回復したとしても、その鎧には皹が入っていたも同じだ」
ロボの傷口は開き、更に新たな裂傷が加わっている。回復しなければ、ロボでも命の保証はない。
「つ、土」
「それでいいのか? おそらくその盾、二回目はおすすめできない」
アルトが、俺の行動に茶々を入れる。
たしかに、盾の回復を短期間に二回も重複したことはない。だがそれがどうした。いたちごっこを嫌がる奴のハッタリじゃないのか。
「……」
「くそっ!」
いや、ハッタリじゃない。土の盾を握り締める手が、震えている。効果を把握してしまったことにより、その情報が頭の中へ流れ込んでくる。
すぐの二回目は、効果が薄い。すでにかかった盾の回復魔法は、重複しない。
「正解だ。先程の盾の触手、二度目は最初に動いた触手とは別の植物を動かしていた。位置をほとんど変えず、しかも無事な植物も無反応だった。観察すればすぐにわかる」
「うっせぇ!」
「残念だが、厄介な方。その狼から始末させてもらう」
「させるかよ!」
「正直だ、だが、命取りだ」
俺はロボを守ろうと前に出て、アルトの剣を受け止めようとする。
しかし、アルトはなんとそのまま剣を上に投げ、弧を描いてロボの真上にもっていく。あのまま自然落下で剣が落ちれば、丁度ロボに刺さる。
「ロボ――」
「余所見だな」
俺が気を取られた瞬間に、アルトが動く。
アルトは俺の盾を払い、素手での応酬が繰り出した。
「――っ!」
俺の腹から骨を折るような音を何度もだして、アルトは殴り続ける。内臓を破裂させ、バラバラになりそうな苦痛から、体が重くなっていく。
剣は、その瞬間にもロボに迫り続ける。もう、俺では間に合わない。
「いけませんよ、レディーファーストの意味を吐き違えています」
しかし、片腕でアルトの剣を受け止めた影に救われる。
アルトの拳が止まり、俺は地面に倒れた。
「……ゴオウ」
「御久しぶりです。ずいぶんとお変わりですね」
ゴオウが、笑顔のままアルトへ、持った剣を投げ返した。
アルトはその影響で俺から距離をとる。
動けない俺の元へ、ゴオウはロボを担いで隣に寝かせ、手をかざす。
「ツバツケ、その盾を解除しないように、近くに置いておきますから」
ゴオウはロボの容態を診ながら、冷静に俺へ指示を出す。
「……ぁんた、どうしごごっ!」
「ツバツケ。わかるんですよ、そういう能力です。あと肺にきてますね、無理をしないように」
本当に内蔵かアバラをやられたんじゃないだろうか。倒れた体が起き上がらない。息をするのにも、苦痛が伴った。
ゴオウは優しい目で、倒れる俺達を見てから、眼鏡越しにアルトを見据える。
「ロボさんをお願いいたします」
「ぁ……だっ!」
「私なら、大丈夫です」
ゴオウとアルトは互いに視線を交し、構えを取る。
「アルト、あなたは何をしているのですか? 彼は善人とは言えませんが、悪人ではありませんよ」
「……教えられない」
アルトが最初に剣を構え、ゴオウもそれに続く。
「そうですか、残念です。彼等、私の可愛い弟子の友達なんですよ」
「……」
「ちょっと、御灸をすえた方がいいのかもしれませんね」
アルトが姿勢を低く、弾くように動いた。
「光、閃導!」
ゴオウは即座にカードを唱え体に淡い光を纏う。
アルトの一閃。ゴオウはしなるように体をそらし、最低限の動きで避け続け、
「ちっ!」
アルトは、勝手に後退する。なにやら腰に手を当てているが。
「これで回復はできませんね、やっかいですから」
ゴオウの右手に、いつの間にかカードケースが握られている。アルトの動きから察するにあれは、アルトのカードケースだ。そのまま片手で握りつぶし、中にあるカードごとぐちゃぐちゃに折り曲げた。
魔法のカードって確か、よほどの力がないと折れないんだよな。
アルトは難しい顔をしながら、手に持った一枚のカードを使用する。
「火!」
おそらく、アルトが手に持っていた最後のカードだろう。ゴオウは敵の戦力をたった一枚のカードにまで減らしたのだ。
アルトの火の斬撃を、避けることもせずゴオウは受け入れる。ゴオウとの衝突で爆発が起きるが、
「握りつぶせたという事は、サインレアは別の場所ですね」
「……」
俺が瞬きをしている間に、アルトが吹っ飛んだ。
わけがわからない。ゴオウが一歩動くたびに、アルトが一撃を辛うじてガードしている。目の前で何が起こっているのかすら、よく把握できていなかった。
「違いますよアオくん、よく見てください。私は特別速いとか、そういうものじゃないんです」
ゴオウの、諭すような言葉が耳に入る。
よく見てもわからんわこんなん!
「閃導……君はやはり健在なのか」
「今はめっきりさぼり気味ですよ」
ばつの悪い笑顔で、息一つ乱さずにアルトを押していく。あのアルトが、防戦一方になっている。
勝てるんじゃないのか。あの化け物アルトを遥かに上回る超化け物が、俺達を助けてくれる。
でも、それなのになぜか、嫌な予感ばかり起きる。
何故アルトは防戦一方なのか。ゴオウは化け物だと、二十年前に親友をしていたアルトならわかるはずだ。ならそれに見合った戦い方か、撤退を考えるはず。
アルトは押されていても、慌てている様子はない。なら、今の状態こそが、彼の得とする戦い方なのだろうか。
「たしかに、閃導はすばらしい。自らを光に、世界との意識融合を果たし、今ある最善の手を体に導く。たとえ実力に差が出ていても、相手が油断し、偶然でも必ず勝てる手を教えてくれる」
アルトが淡々と、ゴオウの閃導に追い詰められる。なのに、のんきに説明までし始めた。
つか、なんだよそれ、ラッキーマンみたいな能力じゃないか。
「思考と世界との完全融合に到達した君は、もはや負け無しだろう」
「……」
「だからこそ、俺は負け、目的を果たす」
アルトが剣を引き、ゴオウの拳を真っ向から受けた。尋常じゃない衝撃が円形に広がり、あたりの地面を砕く。
「俺がこの攻撃を避けられないと、ゴオウ、君はわかっていたな」
「……」
アルトが血を吐きながら、地面に膝を付いた。確実に大ダメージだ。
勝った、ゴオウは傷一つなく、このまま押せば勝てるはずだ。
「……ぁぐ!」
だが、予想もしない出来事に、俺は思わず、口を開いた。
ゴオウが、額に汗をかいて同じように膝を突いたのだ。なにやら全身が光り輝き、ゴオウを蒸発させようとしていた。
「君の病気は、ここまで進行していたのか」
「やめなさい、あなたは彼に手を出すべきじゃない」
「そんなこと、最初からわかっているよ」
アルトが、ゆっくりと立ち上がる。一度バランスを崩すが、倒れる気配はなかった。
倒れる俺とロボを見据え、こっちに狙いを定めている。盾の回復は、まだ俺達を動けるまでに回復してくれない。
「君は彼の病気を知らないようだな。彼は閃導を極めてしまったばかりに、宇宙の概念そのものに引っ張られている。体という概念を消し、宇宙との一体化を求められてしまった」
ゴオウは必死になって今の自分に喰らいついていた。蒸発してしまいそうな体を、必死に繋ぎとめる。
「閃導はゴオウに絶対的な勝利を約束する。今の状態でもゴオウに挑めば勝てないが、目的はそこじゃない。彼に関わらず、目的を果たせばいい」
「な……っで!」
「覚悟だ。ゴオウは君を見捨てたわけじゃない。宇宙が、君を救うよりもゴオウを取り込むことを優先しただけだ。その事実を受け止めてほしい」
アルトの足取りは重く、ゆっくりとしている。だが確実に、俺とロボに近づいていた。
どうすればいい。まだ俺は動けない。ロボだって気絶したままだ。
「……火」
避けることも、守ることも出来ない。ただ、あれに当たれば死ぬかもしれない。いや、たとえ生きていても、一生五体満足でいられるわけがない。
アルトの剣が火を纏い。大きく振りかぶって、
***
逃げた。
逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた。
最低だ。
「いや、いや!」
気がついたときには、わたしは走っていた。どこに向かうことなく、ただあの場所から遠ざかるために。
足元がふらつき、何かに躓いて転ぶ。
「痛い、痛いよ……パパ」
自分が情けなくて、悔しかった。
今、自分が何をしているのかも、理解していた。誰よりも最低で最悪な裏切り者だ。今までわたしが見下してきた誰よりも、自分が醜く思えてくる。
あの時だってそうだ。
パパがアルトに殺されていくところを見て、逆に取り乱し、わたしがパパを殺してしまった。
トーネルの王様を守る時も、最終的に油断ばかりして、結局は仲間を危険に晒すことばかりしていた。
すりむいた足はわたしの体にずきずきと痛みを広げ、立ち上がることすらできない。この程度の怪我で、わたしは立ち上がることも出来ない弱虫だった。
「もーねー」
そんなときだ、やけに気だるげな、間の伸びた声がした。
その声はわたしのまえでしゃがみ、本当に気軽に、わたしにはなしかけた。
「やっほー、ミライでーす」
ミライ。たしかゴおじさんの彼女とかいう、導の精霊。
どうして精霊なのにゴおじさんの彼女なのだとか、精霊なのになんで人間そっくりなのか、いろんな疑問を持つ人だ。
わたしは喋るのが怖くて、アオの後ろで見ていただけだったけど。
「なに」
ただ今は、わたしが動けない。無視をすることも出来ずに、つい返事をしてしまう。
「暇だから話したいだけー」
「……暇?」
「そう、だってゴオウ、あなたの友達助けに行くって言うんだもん。おいていかれちゃったんだー」
わたしの友達、アオのことだ。ゴおじさんは、アオを助けてくれる。
「でも無理よねーゴオウ病気だからたぶん守れないと思う」
そんな希望を打ち砕くように、ミライが告げる。病気だから守れない。
わたしはそんな軽い口調に疑問を抱いて、また話しかけてしまう。
「なんで」
「んー?」
「あなたは、助けないの」
仮にも精霊ならば、強いはずだ。アオを助けてほしい。
それに、なんでゴおじさんが助けに行ったのに、この女は気楽に暇つぶしをしているか。
「いやよ、面倒くさい」
「そんなっ!」
「そんなってさーあなたわかってるの? ほんといっつもそう」
ミライは溜息を吐いて、わたしの隣に座る。
「あたしもさ、産まれて数年くらいは人の味方したよ。もう予言聞きに来る人全員に予言してあげて、その試練を乗り越えれば夢が叶いますよーってね。でもさ、その予言してあげた人の半分も、予言どおりに続けることすら出来なかったのよ」
ミライはつまらなそうに両手を開いて、肩をすくめた。
「挙句の果てにはさ、こんなに辛いなんて聞いてなかったーとか、あのままじゃ絶対に叶うはずないーとか。約束された成功でさえ、人間は努力を怠るんだから。そんな人間の手伝いなんて、馬鹿らしくて面倒なだけよ」
お手上げといわんばかりに、ミライは両手を広げて、地面に転がった。
「精霊はね、産まれてから時が経てば経つほど、人間から遠ざかるのねー。大昔の精霊なんて、ほぼ世界そのものって感じで、仕事は全部眷属まかせ」
「でもあなたは、ゴおじさんは……」
「あの人は別、絶対に死んだりはしないし、あたしが精霊だとちゃんと理解して御付き合いしてるから。あーゴオウまだかなー」
ミライは頬を赤らめて、はしゃぐように言う。ゴオウが待ち遠しいのだろうか。
ただわたしは、そんなミライを見て無性に腹が立った。
この女は、ただ面倒くさいというだけで、アオを見殺しにするのだ。
でも、この精霊の助けを借りれれば、アオたちは助かるかもしれない。
「アオを……助けて!」
「いやーアオくんだっけ、ゴオウのいる手前、黙ってたけどさ。なにあれ、精霊のあたしからしてみれば、ゲテモノなんてレベルじゃないでしょ。持ってる絵の具を全部バケツに突っ込んで唱えましたーみたいな」
何を言っているのだ。地の精霊も言っていた。アオは醜いと。
どこが醜いのだ。ちょっとずるくて、へんな笑いをするけど、それでも、ちゃんと人並みに秩序があって、良心だってちゃんと持っている。
「あなたに、アオの何がわかるの」
「わからないわよ、だから精霊並の、初対面の印象しかないのよー」
ミライの言い分は、理にかなっている。初対面の人間のために、命をかける事はできない。そんなの当たり前だ。
でも、それをわたしの感情は許せなかった。
「アオが……ロボも死んじゃうのよ、それなのに――」
「それなのに、フランちゃんはこんなところで暇つぶし?」
ミライは的確にわたしのことばを先取りして、そのままわたしに返してきた。
わかっている。わたしがここにいるという事は、ミライと同じことをしているのと変らないのだ。
「で、でも、わたしじゃまた、失敗して結局皆に迷惑を」
「そうやってまた、理屈で言い訳するんだねー」
ミライはわたしの心を逆撫でるように、責め始める。
「あ、あなたにそんなことを言う資格は」
「ないわねー、でもそれはあなたも同じでしょ」
わかっている、わかっている!
いくら言ったって、今のわたしはこのミライ以下なのだ。仲間を見捨てて、逃げて、挙句の果てに他人任せ。
でもどうしろというのだ。わたしが頑張ったところで、アルトに叶うはずがないのだ。
「あたしはね、理屈じゃ絶対に動かないわよ」
そんな思考を断ち切るように、ミライは真剣な顔で呟いた。
「理屈は重要よ、上手く事を運んだり、自分のやりやすいように動くためには絶対に必要。でもね、人を本当に動かしてくれるのは、感情なの」
ミライの目が、わたしを捉える。夜空のように仄暗く広大で、吸い込まれそうな瞳だった。
「あなたが今一番に願う事はなに? あたしの手助け? そうじゃないでしょ、あなたはその影に隠れた、本当の感情を思い出して」
「本当の……感情」
わたしが理屈抜きで、今考えていること。
アオやロボを、助けたい。
でも――
「生まれたままの言葉を、吐き出してみなさいよ!」
ミライがとつぜん、目を覚ますような大声を上げた。
「後悔したくないでしょ! あなたはそうやって、ずっと自分の箱に閉じこもっているつもりなの?」
「自分の……箱」
心を守ろうと箱に入れるよりも、心を強くするために戦わせるべきだった。
パパの言葉が、脳裏をよぎった。
「人はね、怖くたって立ち向かう力があるのよ。勝てる勝てないじゃない。一生に結果だけを求めたら、人は死ぬしかないのよ。やるなら、一生懸命生きなさい」
ミライはまるで、わたしをうらやましそうに、無いものを求めるように、見つめる。
「……わかった、もういい」
わたしは、地面に手を置き、痛む膝を押さえながら、少しずつ立ち上がった。
そうだ、精霊なんかに教えられてしまった。
人なら誰だって持っている感情を、その懸命さを、わたしはどこに忘れてしまったのか。
まだ、わたしは戦える。勝てる勝てないじゃない。
大切な人を、守るんだ。
「ミライ、あなたには、頼らない」
「わかってるじゃない」
ミライは立ち上がるわたしを確認すると、眩しいものでも見るようにそっぽを向いた。
「なら、精霊は暇を潰すだけですわ」
「そう」
「あー精霊になるんじゃなかった!」
ああ、この人は、本当に導の精霊なんだ。
「ありがとう」
わたしは今日あったばかりの彼女に、礼をしてから走り出した。
***