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第四十七話「こんなん にげ」

 ジャンヌ。

 思い当たるフレーズが一人ある。フランも、その用語を聞き取って顔を見上げた。


 その瞬間にはもう、ロボは駆け出していた。


「あ、おい! ロボ!」


 ロボはわき目も振らずに、町の入口へと走っていった。

 俺の目にも、ちょっとだけだが町の外に行く誰かの人影が見えた。もしかしてロボは、あいつを追っているのか。


 さほど大きくない町のせいか、門にはすぐにたどり着いた。


「いったいどこに……」


 ロボはあたりをキョロキョロしながら、誰かを探している。門の外は更地のため、そこまで隠れるような場所はない。


「……まさか」

「おいロボ」


 俺は慌てるロボを、強い声音で引きとめた。

 そこでロボははっとなり、肩の力を抜いて息を吐いた。


「どうしたんだ」

「……いえ、気の迷いと思われます」

「いや、何があったのかと聞いているんだ」


 俺が質問すると、ロボはなにやら神妙な顔で考え始める。言っていいものかどうか、迷っているみたいだ。

 だから俺は、背中を押してやる。


「ロボ、言えよ」

「ロボ、わたしもきになる」


 遅れてきたフランも、ロボを後押しした。

 それで観念したのか、難しい顔をしながら、ロボはこちらに向き直って、笑う。


「やはり、敵いませぬな。ワタシには背負うものが大きすぎました」

「じゃあ、話してく――」

「奇遇なものだ。こんな僻地で、こうも早く君たちと会うなんて」


 そのとき、重い声がひびいた。

 何の意図も見えない、自然な言葉なのに、どうしてかこの場は凍りつく。


 俺は、この声の主を知っている。


「あ、アルト……!」

「俺も君を覚えているよ、たしか、アオだったか」


 鋭い眼光で俺を獲物のように睨みつけ、アルトは穏やかに呟いた。



「いや、いやぁああっ!」


 隣にいたフランが、頭を抱えて地面にへたり込む。

 無理もない。あの、博士を死に追いやった張本人がここにいるのだ。

 アルトはそんなフランの様子を、ただただ見つめていた。


「嫌われたものだな……」

「当たり前だろ」


 俺だって、こんなときに穏やかでいられるわけではない。


「そうだな、当たり前だ。博士を殺したのは、俺だ」

「わかってるじゃねぇか……」


 逆に穏やかなアルトを見ているだけで、何か黒い感情が沸き起こってきた。

 あいつはしっかりと、博士が自分のせいで死んだのだと受け入れている。暴走したフランのせいだとか、そんな責任転嫁はしない。しっかりと殺人を受け止めて、俺たちの前に悠然と立っている。


「アオ殿、この美丈夫は一体」

「俺たちの敵だよ」


 俺は手に持ったままの、氷のナイフに意識をこめる。いつでも剣に変えられるように。

 ただもう一方で、俺の冷淡な面が、この場をただ、嫌な気分だけで済ませられないか考えていた。


「おい、アルト。さっき奇遇って言ったよな」

「ああ」

「じゃあ、俺たちに用があるわけじゃないんだよな」


 手が震えている。あのアルトの強さを思い出しているのだ。

 今この状態は、それこそ殺し合いになってもなんら不思議のない状況だ。でも、そうなったら死ぬのはどっちなのか、頭の中で考えがめぐる。


「いや、俺は君たちを探していた」

「ふざけるなよ……まだ俺たちに構うつもりか!」

「博士の家からも、博士のカードケースからも、陽のカードは出てこなかった」


 また、陽のカードかよ。


「だからどうした」

「あれを手放す事は不可能だ。だとすれば、何らかの形で、君かフランの元にわたっていると考えるのが普通だろう」


 アルトは淡々と、まるで知り合いと会話するように、俺たちに接してくる。


「もっていたら、渡してほしい」

「知るかよ! 俺たちは持ってない。それにな、博士を殺したような奴に、そんなこと言う資格はない」


 俺たちからすれば、こいつはどう見ても仇なのに、その穏やかさが許せない。


「君は、人殺しをしたことはないのか?」

「……!」


 アルトの言葉に、どきりとする。

 俺だって、こまでくるのに何人も殺した。罪のない善人だって、殺した。


「人は誰しも、何らかの形で他人を殺しながら生きている。残念だが、地獄に行く資格はあっても、俺の言葉は自由だ」

「なに臭いこと言ってんだよ……」


 いつだったか、俺が自分で考えていたことを思い出させる。その思想が今、重く突き刺さっていた。


「そして残念だが、君の持っていないという言葉よりも、持っているという確信の方が、俺は強い」


 アルトが、腰に提げた剣を抜いた。前にも見たことのある、魔法陣つきの剣だ。


「見たところ、大きな負傷もなく、病も見えない。力づくで奪わせてもらう。もちろん、君と仲間全員で歯向かってもらって構わない」


 いきなりの攻撃はない。ただ、俺たちに宣言をし、答えを待っている。

 俺は拳を堅く握り、食いしばる歯を開けて叫んだ。


「善人のつもりかよ! なんでそんなことを確かめる」

「覚悟の問題だ」


 アルトの冷淡な目が、剣を構える姿勢が、俺に攻撃の気配を与えてくる。


「たとえ決定した悲劇であっても、知らずに死ぬのとでは訳が違う。死力を尽くせ、私は陽のカードを、君の遺体から探るつもりだ」


 アルトのカードケースから、一枚のカードが取り出される。

 この気配の位置取り、あのカードがなんなのかも、アルトが何をするのかもわかった。


「……火」


 火の斬撃が、こちらに放たれた。瞬きをしている間に、俺たちの眼前に迫り、爆発をする。

 ロボが前に立って両腕を組み、その爆発を一身に受ける。銀色の体毛は、爆発を完全に防いでいた。

 そのことを想定済みだった俺も、氷のナイフを剣にし、戦闘態勢をとる。


「ロボ、すまないが前に出て――」

「アオ殿! 避けてください」


 俺が指示を出そうとした瞬間に、胸元から横一線の気配が飛ぶ。バックステップで一歩下がると同時に、アルトが横一線を放つ。


「ったく、瞬間移動かよっ!」


 アルトのそれは魔法じゃない。俺の死角を把握して、気付かれないように動いたのだ。

 聡いロボの言葉と、気配への反応が生死を分ける。人間である以上一発でも喰らえば終わりだ。


「フラン! 俺とロボが前に出るっ! そのサポートを任せた!」

「あっ、あぁ……」


 フランの反応は薄い。もちろん、表情を見ている余裕はない。

 アルトはすり足で一歩前に出て、俺との距離をつめる。二度目の通常攻撃が、たたらを踏む俺に追撃を仕掛けた。


「ワタシを、無頼にさせるなぁああっ!」


 だが、こっちは二人だ。ロボがアルトの後ろに回りこんで、拳を振りおろす。

 アルトは難なく避け、剣で一撃を与えようとするが。刺さらない。


「サンドウィッチだ!」


 その硬直を狙って、俺とロボが挟み撃ちで攻撃をする。


「不思議な体毛だ。この剣ですら切れないか」


 が、俺の剣はアルトの剣にて阻まれ、ロボの拳は、なんと片手で受け止められる。


「ばっ、ロボの馬鹿力を素手で!」

「このガブリといい君といい、なんとも奇妙なものが揃っている」


 アルトは、ロボの拳を受け止めた手を強く握り締めると。なんとそのまま、片腕に力をこめて、強引にロボを持ち上げた。


「だが、相手が悪い」

「ありえねぇ!」


 アルトはロボを振り回して、鍔せっていた俺のもとに投げつける。


「のぉっ!」

「アオ殿、すみません!」

「前だ前!」


 大きく振りかぶったアルトの剣が、夕陽の残光に照らされる。

 咄嗟にロボは俺を抱えて飛び去り、距離をとって攻撃を避ける。数瞬前までいた場所には、剣で作ったとは思えないほどのクレーターが出来上がっていた。


「気遣うな、そんな暇ないんだよ!」

「……承知した!」


 ロボが前に出る。剣をはじける今を使って、肉弾戦を挑むしかあるまい。

 俺がその隙を狙ってやらなければいけない事は決まっている。


「フラン!」


 視線を送ると、後方で震えたまま立ちすくんでいるフランがいた。

 俺の声にびくりと肩をすくめて、こちらを見た。


「遠距離でいい! 隙を突いて攻撃でも補助でも何でもいいから魔法を放ってくれ。難しいならコウカサスだけでもいい!」


 諭す暇はなかった。やれることをやってほしい。

 俺はフランに構うこともできずに、アルトへと向かう。あのロボですら、勝てるとは思えない。


「いや、行かないで……!」


 フランの、やっとの思いで出た言葉がそれだった。

 わかっている。フランはこの状況を誰よりも恐れ、誰よりも行動したがらない。


 なぜなら、博士に致命傷を負わせたのは、他でもない暴走したフラン自身だから。


 フランは自分で言ったりはしないが、あの時の責任を誰よりも自分のものだと思いこんでいる。

 もしここで戦って、また正気を失ったらどうなるのか、不安でたまらないのだろう。


 だが、できるならば。


「フラン、戦ってくれ! そのままじゃ、全滅するだけだ!」

「いや、嫌! でも、アオが死ぬのは……もっと」

「フラン!」

「わたし、動いて! 動いてよ、うごけぇええぇええっ!」


 俺はもうアルトの眼前にまで来ている。

 そこでは、ロボとアルトの超近距離戦が、雌雄を決しようとしていた。


「たしかに、その銀色の毛はとても強い」


 ロボが攻勢に出て、アルトはそれをいなす。


「ただ、君の戦い方は奇妙だ。格闘術ではあるが、倒すためのものではない。君こそが敵をいなし、距離をとるために戦っている」


 アルトは、ロボの煮え切らない攻勢に痺れを切らした。ロボの振り回す右腕を絡め取り、力を受け止めるのでは流すように、体制を崩した。


「おそらくそれは、威力ある魔法を持つ人間の戦い方だ」

「土!」


 ロボはあっけなく尻餅をつき、そこから動かない。

 俺は咄嗟に、氷の剣を捨て、盾を使いアルトを阻もうとするが、


「ロボ、たて!」

「体が痺れ……」


 アルトは俺自身を無視して、やっかいなロボを倒しにかかる。


「コンボ、シュウウ、火!」


 斬撃ではない、収束された火の剣が、そのままロボの体に振り落とされた。

 熱を持ったアルトの剣は銀色の体毛を焼き、そのままロボの皮膚を貫いた。


「ぐぁああっ!」

「ロボ!」


 ロボの防御を貫通された!

 鮮血が迸り、ロボが絶叫を上げる。


「ちくしょぉおおっ!」


 俺は土の杭を地面に当てて、大量の触手を出現させる。

 アルトも咄嗟にこの大量の触手は避けきれない。絡めとり、ロボから離れさせる。

 数少ない初見殺しだ。これで倒れると思えないが隙を作れた。


「フラン! 回復魔法を……」


 俺は盾を発動している以上、他に魔法は使えない。

 だが、俺たちにはフランが――


「……フラン! どこに」


 フランが、どこにもいなかった。

 首を左右に振り回して、必死になってその姿を探すも、見つからない。


「フラン君なら、先程逃げていった」


 アルトが触手を破りながら、俺に宣告する。


「仕方あるまい、彼女にはまだ早すぎた」


 ロボは負傷し、俺の冷や汗は止まらない。

 ただ漫然としたまま、アルトは俺たちに次の攻撃を仕掛けようと企む。



「畜生、二度打ちだぁ!」


 視界を埋めるほどの大量の触手が、アルトの行く手を阻む。

 樹で出来た強大な塊は、建造物のように上へ上へと伸びていき、暫くの間アルトを止めたが、


「火」


 アルトの魔法は火だ。相性が悪い。

 すべての触手を焼き払い。アルトは空中から俺達を捉える。


「残念だが、その盾では」

「うぉおおおっ!」


 だが、空中で身動きが取れなくなったところに、回復したロボが飛び膝蹴りをかます。

 触手による攻撃気配のカモフラージュだ。それに、負傷していたはずのロボの攻勢に、予想外のものはあったはずだ。


「よしっ!」


 攻撃は通った。両腕を守りに固めていたが、不安定な体制でロボの膝蹴りを受ける。アルトは地面に大きな音を立てて墜落した。

 初めて通った攻撃だ。相手も人であるならば、あれでかなりの大怪我を負うはず。


「その盾、回復能力か何かがついているな」

「やっぱ化け物かよ!」


 煙が晴れると、少しだけ土で汚れたアルトがいるだけだ。五体満足のまま立っている。


「火」

「風!」


 アルトの反撃に合わせて、盾を解除。そのまま風のハープに移行する。

 火の斬撃は、空中で身動きを取れないロボを狙ったはずが、風の魔法にてあさっての方向へ飛んでいく。


 アルトは驚くも、すぐに目を細めて俺のほうを見据える。

 かかった。ロボと頷きあい、構える。


「もう一発!」


 アルトの、瞬間移動じみた足の速さを利用して、空間を捻じ曲げる。

 全力で振りかぶったロボの拳のもとに、アルトを移動させてやった。


「天誅!」


 ロボの攻撃を、アルトは背後からもろに受ける。


「これでどうだ!」

「驚いたものだ。少し会わなかっただけで、君はずいぶんと強くなった」


 しかし、どの攻撃もアルトへの致命傷とはならない。硬化もしてない癖になんて堅さだ。RPGなら一の数字が二回並んだくらいだろう。


「だが、精度はまだまだだ。その移動魔法は強いが、やるのならあの攻撃で俺の後ろ首を狙えなければ意味がない」

「台詞が堅いんだよお前! そんなの無理だっつ――」


 アルトがまたこちらへの距離をつめる。移動だけなら、いくらでも歪められる。


「そして君は、魂胆が見え見えだ。出し抜くのなら、もっと回りくどくするべきだ」

「なっ!」


 俺は目論見どおり、目の前でアルトに背中を向けさせる。直接殴って、あさっての方向へと飛ばすつもりだった。

 だがアルトは、まるでコマのようにぐるりと反転、俺がその方向へ歪めるのを知っていたようだった。


「君は、敵の死角をただ狙うだけだ。わかりやすすぎる」


 その回転力のまま、俺に一閃を喰らわせようとする。

 咄嗟にロボが前に出て、俺を庇おうとした。


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