第四十七話「こんなん にげ」
ジャンヌ。
思い当たるフレーズが一人ある。フランも、その用語を聞き取って顔を見上げた。
その瞬間にはもう、ロボは駆け出していた。
「あ、おい! ロボ!」
ロボはわき目も振らずに、町の入口へと走っていった。
俺の目にも、ちょっとだけだが町の外に行く誰かの人影が見えた。もしかしてロボは、あいつを追っているのか。
さほど大きくない町のせいか、門にはすぐにたどり着いた。
「いったいどこに……」
ロボはあたりをキョロキョロしながら、誰かを探している。門の外は更地のため、そこまで隠れるような場所はない。
「……まさか」
「おいロボ」
俺は慌てるロボを、強い声音で引きとめた。
そこでロボははっとなり、肩の力を抜いて息を吐いた。
「どうしたんだ」
「……いえ、気の迷いと思われます」
「いや、何があったのかと聞いているんだ」
俺が質問すると、ロボはなにやら神妙な顔で考え始める。言っていいものかどうか、迷っているみたいだ。
だから俺は、背中を押してやる。
「ロボ、言えよ」
「ロボ、わたしもきになる」
遅れてきたフランも、ロボを後押しした。
それで観念したのか、難しい顔をしながら、ロボはこちらに向き直って、笑う。
「やはり、敵いませぬな。ワタシには背負うものが大きすぎました」
「じゃあ、話してく――」
「奇遇なものだ。こんな僻地で、こうも早く君たちと会うなんて」
そのとき、重い声がひびいた。
何の意図も見えない、自然な言葉なのに、どうしてかこの場は凍りつく。
俺は、この声の主を知っている。
「あ、アルト……!」
「俺も君を覚えているよ、たしか、アオだったか」
鋭い眼光で俺を獲物のように睨みつけ、アルトは穏やかに呟いた。
*
「いや、いやぁああっ!」
隣にいたフランが、頭を抱えて地面にへたり込む。
無理もない。あの、博士を死に追いやった張本人がここにいるのだ。
アルトはそんなフランの様子を、ただただ見つめていた。
「嫌われたものだな……」
「当たり前だろ」
俺だって、こんなときに穏やかでいられるわけではない。
「そうだな、当たり前だ。博士を殺したのは、俺だ」
「わかってるじゃねぇか……」
逆に穏やかなアルトを見ているだけで、何か黒い感情が沸き起こってきた。
あいつはしっかりと、博士が自分のせいで死んだのだと受け入れている。暴走したフランのせいだとか、そんな責任転嫁はしない。しっかりと殺人を受け止めて、俺たちの前に悠然と立っている。
「アオ殿、この美丈夫は一体」
「俺たちの敵だよ」
俺は手に持ったままの、氷のナイフに意識をこめる。いつでも剣に変えられるように。
ただもう一方で、俺の冷淡な面が、この場をただ、嫌な気分だけで済ませられないか考えていた。
「おい、アルト。さっき奇遇って言ったよな」
「ああ」
「じゃあ、俺たちに用があるわけじゃないんだよな」
手が震えている。あのアルトの強さを思い出しているのだ。
今この状態は、それこそ殺し合いになってもなんら不思議のない状況だ。でも、そうなったら死ぬのはどっちなのか、頭の中で考えがめぐる。
「いや、俺は君たちを探していた」
「ふざけるなよ……まだ俺たちに構うつもりか!」
「博士の家からも、博士のカードケースからも、陽のカードは出てこなかった」
また、陽のカードかよ。
「だからどうした」
「あれを手放す事は不可能だ。だとすれば、何らかの形で、君かフランの元にわたっていると考えるのが普通だろう」
アルトは淡々と、まるで知り合いと会話するように、俺たちに接してくる。
「もっていたら、渡してほしい」
「知るかよ! 俺たちは持ってない。それにな、博士を殺したような奴に、そんなこと言う資格はない」
俺たちからすれば、こいつはどう見ても仇なのに、その穏やかさが許せない。
「君は、人殺しをしたことはないのか?」
「……!」
アルトの言葉に、どきりとする。
俺だって、こまでくるのに何人も殺した。罪のない善人だって、殺した。
「人は誰しも、何らかの形で他人を殺しながら生きている。残念だが、地獄に行く資格はあっても、俺の言葉は自由だ」
「なに臭いこと言ってんだよ……」
いつだったか、俺が自分で考えていたことを思い出させる。その思想が今、重く突き刺さっていた。
「そして残念だが、君の持っていないという言葉よりも、持っているという確信の方が、俺は強い」
アルトが、腰に提げた剣を抜いた。前にも見たことのある、魔法陣つきの剣だ。
「見たところ、大きな負傷もなく、病も見えない。力づくで奪わせてもらう。もちろん、君と仲間全員で歯向かってもらって構わない」
いきなりの攻撃はない。ただ、俺たちに宣言をし、答えを待っている。
俺は拳を堅く握り、食いしばる歯を開けて叫んだ。
「善人のつもりかよ! なんでそんなことを確かめる」
「覚悟の問題だ」
アルトの冷淡な目が、剣を構える姿勢が、俺に攻撃の気配を与えてくる。
「たとえ決定した悲劇であっても、知らずに死ぬのとでは訳が違う。死力を尽くせ、私は陽のカードを、君の遺体から探るつもりだ」
アルトのカードケースから、一枚のカードが取り出される。
この気配の位置取り、あのカードがなんなのかも、アルトが何をするのかもわかった。
「……火」
火の斬撃が、こちらに放たれた。瞬きをしている間に、俺たちの眼前に迫り、爆発をする。
ロボが前に立って両腕を組み、その爆発を一身に受ける。銀色の体毛は、爆発を完全に防いでいた。
そのことを想定済みだった俺も、氷のナイフを剣にし、戦闘態勢をとる。
「ロボ、すまないが前に出て――」
「アオ殿! 避けてください」
俺が指示を出そうとした瞬間に、胸元から横一線の気配が飛ぶ。バックステップで一歩下がると同時に、アルトが横一線を放つ。
「ったく、瞬間移動かよっ!」
アルトのそれは魔法じゃない。俺の死角を把握して、気付かれないように動いたのだ。
聡いロボの言葉と、気配への反応が生死を分ける。人間である以上一発でも喰らえば終わりだ。
「フラン! 俺とロボが前に出るっ! そのサポートを任せた!」
「あっ、あぁ……」
フランの反応は薄い。もちろん、表情を見ている余裕はない。
アルトはすり足で一歩前に出て、俺との距離をつめる。二度目の通常攻撃が、たたらを踏む俺に追撃を仕掛けた。
「ワタシを、無頼にさせるなぁああっ!」
だが、こっちは二人だ。ロボがアルトの後ろに回りこんで、拳を振りおろす。
アルトは難なく避け、剣で一撃を与えようとするが。刺さらない。
「サンドウィッチだ!」
その硬直を狙って、俺とロボが挟み撃ちで攻撃をする。
「不思議な体毛だ。この剣ですら切れないか」
が、俺の剣はアルトの剣にて阻まれ、ロボの拳は、なんと片手で受け止められる。
「ばっ、ロボの馬鹿力を素手で!」
「このガブリといい君といい、なんとも奇妙なものが揃っている」
アルトは、ロボの拳を受け止めた手を強く握り締めると。なんとそのまま、片腕に力をこめて、強引にロボを持ち上げた。
「だが、相手が悪い」
「ありえねぇ!」
アルトはロボを振り回して、鍔せっていた俺のもとに投げつける。
「のぉっ!」
「アオ殿、すみません!」
「前だ前!」
大きく振りかぶったアルトの剣が、夕陽の残光に照らされる。
咄嗟にロボは俺を抱えて飛び去り、距離をとって攻撃を避ける。数瞬前までいた場所には、剣で作ったとは思えないほどのクレーターが出来上がっていた。
「気遣うな、そんな暇ないんだよ!」
「……承知した!」
ロボが前に出る。剣をはじける今を使って、肉弾戦を挑むしかあるまい。
俺がその隙を狙ってやらなければいけない事は決まっている。
「フラン!」
視線を送ると、後方で震えたまま立ちすくんでいるフランがいた。
俺の声にびくりと肩をすくめて、こちらを見た。
「遠距離でいい! 隙を突いて攻撃でも補助でも何でもいいから魔法を放ってくれ。難しいならコウカサスだけでもいい!」
諭す暇はなかった。やれることをやってほしい。
俺はフランに構うこともできずに、アルトへと向かう。あのロボですら、勝てるとは思えない。
「いや、行かないで……!」
フランの、やっとの思いで出た言葉がそれだった。
わかっている。フランはこの状況を誰よりも恐れ、誰よりも行動したがらない。
なぜなら、博士に致命傷を負わせたのは、他でもない暴走したフラン自身だから。
フランは自分で言ったりはしないが、あの時の責任を誰よりも自分のものだと思いこんでいる。
もしここで戦って、また正気を失ったらどうなるのか、不安でたまらないのだろう。
だが、できるならば。
「フラン、戦ってくれ! そのままじゃ、全滅するだけだ!」
「いや、嫌! でも、アオが死ぬのは……もっと」
「フラン!」
「わたし、動いて! 動いてよ、うごけぇええぇええっ!」
俺はもうアルトの眼前にまで来ている。
そこでは、ロボとアルトの超近距離戦が、雌雄を決しようとしていた。
「たしかに、その銀色の毛はとても強い」
ロボが攻勢に出て、アルトはそれをいなす。
「ただ、君の戦い方は奇妙だ。格闘術ではあるが、倒すためのものではない。君こそが敵をいなし、距離をとるために戦っている」
アルトは、ロボの煮え切らない攻勢に痺れを切らした。ロボの振り回す右腕を絡め取り、力を受け止めるのでは流すように、体制を崩した。
「おそらくそれは、威力ある魔法を持つ人間の戦い方だ」
「土!」
ロボはあっけなく尻餅をつき、そこから動かない。
俺は咄嗟に、氷の剣を捨て、盾を使いアルトを阻もうとするが、
「ロボ、たて!」
「体が痺れ……」
アルトは俺自身を無視して、やっかいなロボを倒しにかかる。
「コンボ、シュウウ、火!」
斬撃ではない、収束された火の剣が、そのままロボの体に振り落とされた。
熱を持ったアルトの剣は銀色の体毛を焼き、そのままロボの皮膚を貫いた。
「ぐぁああっ!」
「ロボ!」
ロボの防御を貫通された!
鮮血が迸り、ロボが絶叫を上げる。
「ちくしょぉおおっ!」
俺は土の杭を地面に当てて、大量の触手を出現させる。
アルトも咄嗟にこの大量の触手は避けきれない。絡めとり、ロボから離れさせる。
数少ない初見殺しだ。これで倒れると思えないが隙を作れた。
「フラン! 回復魔法を……」
俺は盾を発動している以上、他に魔法は使えない。
だが、俺たちにはフランが――
「……フラン! どこに」
フランが、どこにもいなかった。
首を左右に振り回して、必死になってその姿を探すも、見つからない。
「フラン君なら、先程逃げていった」
アルトが触手を破りながら、俺に宣告する。
「仕方あるまい、彼女にはまだ早すぎた」
ロボは負傷し、俺の冷や汗は止まらない。
ただ漫然としたまま、アルトは俺たちに次の攻撃を仕掛けようと企む。
*
「畜生、二度打ちだぁ!」
視界を埋めるほどの大量の触手が、アルトの行く手を阻む。
樹で出来た強大な塊は、建造物のように上へ上へと伸びていき、暫くの間アルトを止めたが、
「火」
アルトの魔法は火だ。相性が悪い。
すべての触手を焼き払い。アルトは空中から俺達を捉える。
「残念だが、その盾では」
「うぉおおおっ!」
だが、空中で身動きが取れなくなったところに、回復したロボが飛び膝蹴りをかます。
触手による攻撃気配のカモフラージュだ。それに、負傷していたはずのロボの攻勢に、予想外のものはあったはずだ。
「よしっ!」
攻撃は通った。両腕を守りに固めていたが、不安定な体制でロボの膝蹴りを受ける。アルトは地面に大きな音を立てて墜落した。
初めて通った攻撃だ。相手も人であるならば、あれでかなりの大怪我を負うはず。
「その盾、回復能力か何かがついているな」
「やっぱ化け物かよ!」
煙が晴れると、少しだけ土で汚れたアルトがいるだけだ。五体満足のまま立っている。
「火」
「風!」
アルトの反撃に合わせて、盾を解除。そのまま風のハープに移行する。
火の斬撃は、空中で身動きを取れないロボを狙ったはずが、風の魔法にてあさっての方向へ飛んでいく。
アルトは驚くも、すぐに目を細めて俺のほうを見据える。
かかった。ロボと頷きあい、構える。
「もう一発!」
アルトの、瞬間移動じみた足の速さを利用して、空間を捻じ曲げる。
全力で振りかぶったロボの拳のもとに、アルトを移動させてやった。
「天誅!」
ロボの攻撃を、アルトは背後からもろに受ける。
「これでどうだ!」
「驚いたものだ。少し会わなかっただけで、君はずいぶんと強くなった」
しかし、どの攻撃もアルトへの致命傷とはならない。硬化もしてない癖になんて堅さだ。RPGなら一の数字が二回並んだくらいだろう。
「だが、精度はまだまだだ。その移動魔法は強いが、やるのならあの攻撃で俺の後ろ首を狙えなければ意味がない」
「台詞が堅いんだよお前! そんなの無理だっつ――」
アルトがまたこちらへの距離をつめる。移動だけなら、いくらでも歪められる。
「そして君は、魂胆が見え見えだ。出し抜くのなら、もっと回りくどくするべきだ」
「なっ!」
俺は目論見どおり、目の前でアルトに背中を向けさせる。直接殴って、あさっての方向へと飛ばすつもりだった。
だがアルトは、まるでコマのようにぐるりと反転、俺がその方向へ歪めるのを知っていたようだった。
「君は、敵の死角をただ狙うだけだ。わかりやすすぎる」
その回転力のまま、俺に一閃を喰らわせようとする。
咄嗟にロボが前に出て、俺を庇おうとした。