第四十五話「びょういん ごきょうじゅ」
チリョウの町は、予想よりも大きかったが、大きさに反して静かなところだった。町を囲う壁も、ツバツケが周辺の主なモンスターのせいか、そこまで大きくない。
「この街は魔力そのものが豊富です。そのせいか空気なども良く、三大国家が共同で医学を専攻している場でもあります」
「病院の街みたいなもんか」
「ええ、アオくん。病気は魔法で治せるものがほとんどありません。元よりモンスターが人間を倒すために生まれていますから。体力などを増強する事はできますが、治すのは魔法の範囲外となります。パアットは例外ですね」
やけに詳しく説明してくれる。俺が回復魔法について知識がないのもどうしてか把握してやがる。
ゴオウは丁寧に施設の一つ一つを説明して、最後に大きな建物へとたどり着いた。
「ここがこの町、いえこの大陸上で最も大きな病院と呼ばれる、チリョウ医学総合施設です。習い場もかね、有名な医師のほとんどはここから輩出されます」
「パパも、ここにいたって聞いたことある」
「彼は、留学みたいなものですから、ここが母校というわけではありませんよ」
フランはゴオウに対しては人見知りをしないようだ。後ろでラミィがその隙を突こうとしている。
ロボといえば、なんだ。
「どうしたんだロボ」
「あ、いえ、ワタシに何か?」
「いや、そうじゃないが」
なんだか、ロボの様子が変だ。悪いわけじゃないけど、なんと言えばいいのか、結構慣れているような。
「おおゴオウさん、今日も散歩ですか?」
「はい、こんにちは、クスリさん」
ゴオウは道ゆく人々に声を掛けられ、丁寧に挨拶をこなす。英雄視されているというよりも、何かご当地ヒーローみたいな。
とりあえず総合病院みたいな建物の中に入っていく。
大きな扉を開けて、入口のナースと目があう。つかナースはこの世界でも健在か。
「ゴオウさん! また外に出たんですね!」
ナースのおばちゃんがすごい剣幕でこちらに迫ってきた。
「いっつもいっていますが、あなたの病気は自らが動けば動くほど悪化することを……あら! ラミィちゃんじゃないの!」
「はい、こんにちは! おばさんっ!」
「ラミィちゃんだって!」
「ラミィちゃん! 久しぶりじゃない!」
わらわらと、病院患者とナースがラミィのもとに集まっていく、なんだこれ。
「ラミィはお見舞いに、お忍びで良くここにきたことがあるんですよ」
「おいおい」
これじゃあ、トーネルで活動してたときに顔バレする確立とんでもなかったろ。病人がトーネルに来たらどうしたんだよ。
それでも、俺に会うまでばれなかったのは本当に上手く流れていたんだろうな。運のいい奴だ。
「とはいえ、今までは王様にちゃんと連絡をしておいての話です」
「だろうな」
「紹介するねっ! 彼女はロボさんっ! おっきい犬みたいな感じだけど、実は精霊の眷属です!」
ラミィが調子に乗って、俺たちを紹介にかかる。やめてくれよ、俺そういう挨拶とか苦手なんだ。
だってさ、俺が壇上で挨拶しても、皆無言なんだぜ。いっこ前の奴なんかつまんないシャレで笑いを取ってたのに。俺は挨拶にすら無反応とか酷いよな。
「こっちはフランちゃん! ちょっと人見知りだから、優しくねっ! でもとっっても可愛いんだから!」
「アオくん、ちょっといいですか。一人でこちらに」
「ん、ああ。ロボ、フランを頼む」
「承知した」
「あ、わたしもびゃあ!」
ラミィに肩を触れられて、フランがビックリしている。
その隙を突くようで悪いが、俺はゴオウと二人っきりで病院の中へと入っていった。
しばらく病院の廊下を歩きながら、無言で進み続ける。
すれ違う医療器具を見ると、なんだか地球を思い出す。ファンタジーの世界なのに、どうしてかここだけ地球と遜色ないのだ。
「君は、不思議とこの世界の常識をあまり知らないようだね」
「えあ、さっきからよくわかりますね」
「ごめんよ、不快だったかい? そういう体質なんだ」
どういう体質だよ。
顔に出ていたのだろうか、ゴオウは俺を見てくすりと笑う。
「ははっ、それはまた後で詳しくです。とにかく、医療は魔法に頼りきれない以上、科学にて対応するしかないのですよ」
「そうよー」
「うぼぉ!」
うしろからぬるっと、ミライが声を掛けてきた。ついてきてたのか。
「あ、安心してねーわたし基本空気だからさ、精霊は人を救わないし」
「は、はぁ」
そういわれても、周りをうろちょろされると気になる。本当にうろちょろしてるし。
階段上ったり廊下歩いたりで暫くすると、一つの入院室にたどり着いた。名札には、ご丁寧にゴオウの名前が入っている。
「入ってください、私の病室です」
洋風の引き戸を開き、個室の入院室に入る。大きなベッドに、清潔そうな白いカーテンが風に流れている。
ゴオウは窓枠に手を突いて、街並を眺める。ここは確か、三階だっけか。
「君一人を呼んだのは、他でもない、フランク博士の話だ。フラン君を除くと、アオくんが一番知己にあるみたいだからね」
ゴオウが、ここに俺を呼んだ本題を述べる。やっぱ博士についてか。
「博士は、死んだんだね」
「はい、そうです……なんでわかるんですか」
「私の力だよ。フランさんを見たときになんとなく想像がついた。彼女は、フランク博士無しでは生きていけないくらいに、幼かった」
ゴオウは淡々と喋りながら、じっと空を見る。博士の死を確信して、どこか思うところがあるんだろう。
でも、そんなゴオウには悪いが、博士のことで聞きたいことが山ほどあった。
「あの、ゴオウさん。陽のカードって、知っていますか?」
「知っているよ。懐かしいカードだ」
「教えてください。陽の精霊や、カードの効力、そして、どうして陽のカードを博士が持っていたのか」
俺の言葉に、ゴオウは一度小さく頷いてから、口を開いた。
「陽の精霊は、陽、空、海、地、月、冥の最古の精霊の一人だ。あまり世間一般では知られていないけどね」
「最古の精霊」
「私たちは旅のときに、その六体の精霊すべてと邂逅したんだよ。元々、ダマスは冥の精霊を復活させることが目的だったから、彼等から秘密を聞きだす必要があったんだ」
ゴオウはケースから一枚のカードを取り出して、俺に見せる。
「これは月のカード。僕たち四人は、それぞれ精霊たちからのサポートを受け、ギリギリのところで冥の精霊を食い止めたんだ。彼等は、協力者だった」
「じゃあ、陽のカードは」
「博士が持っていた。あの精霊はすごいやんちゃでしたね。今はどこにいるのか知りません。彼女は一箇所に留まることをよしとせず、人と関わりたがらない精霊でしたから」
「私とは大違いねー」
博士は確かに、陽のカードを持っていたようだ。
なら、質問をもう一歩踏み込む。
「陽のカードは、どういう能力を持っていますか?」
「強い熱源と、永久的なエネルギー回路みたいな機能がついている。魔法として放てば、その力をそのままに、千の大群ですら焼き払える」
「じゃあ、その力を奪いに来る人間もいるってことですね」
「……? どういうことでしょうか」
ゴオウが、首をかしげる。いや、もしかしたら何かを察しているのに、事実を認めたっくないのかもしれない。
「陽のカードを狙って、アルトという博士の仲間だった人間が、襲ってきたんです」
「……アルトが」
「そのせいで、博士は死にました」
博士は、アルトを旅の仲間と言っていた。つまり、この世界を救った英雄の一人と考えて間違いない。
ゴオウは頭を抱えて、その事実をどう受け止めていいのか考えている。たぶん、あの様子じゃ俺が嘘ついているとか思っていない。
「ごめんよ、にわかに信じがたいんだ」
「サインレアって、元々選ばれた人間にしか使えませんよね、なのにどうしてアルトは陽のカードを求めたんですか」
質問をしてみるが、ゴオウの反応が薄い。よほど悩んでいるのか。
「サインレアはねー普通のレアカードと違って死んでも所有権は移らないよー」
変わりに、ミライが俺の質問に答えてくれた。
「本人が死んでもカードは残るけどーそのカードを本人以外は使えませーん」
「じゃあ、陽のカードは奪っても意味がないのか」
「そうでもないのよー、たとえばー本人が死んだあとに、残ったカードを他人が唱えると、サインレアの種類にあった精霊に一度だけあうことが出来まーす」
じゃあ、アルトが求めたのは陽の精霊に会うことか。いや、陽の精霊に出会えれば、交渉次第で自分が陽のカードを持つことも可能だ。
やはり、まだ全容が把握できない。どうしてアルトは陽のカードを求めたのか。
そして、イェーガーはどうやって陽のカードの情報を仕入れたのか。
「やっぱりあの時、イェーガーと繋がりを」
「……それは違うと思う」
そこで、ゴオウが口を挟む。本当に、人の思考を読み取ったかのような正確さだ。イェーガーが何なのかわかってるのかこの人は。
「どういうことですか」
「彼、アルトは元々ラミィのように正義感の強い真っ直ぐな人だった。曲がりなりにも、人を利用するだけということはありえない」
「……信用できません」
生死をともに切り抜けた友人を、目的のために殺した奴だぞ。
「結局は、本人に聞くしかないということでしょう」
「それを言われたら、そうかもしれませんけど」
「なんにせよ、その辺りは憶測の域を出ませんね」
ゴオウは困ったように笑って肩をすくめる。たしかに、実際のところは当人にしかわからないか。
「じゃあ、ジャンヌって女を、知っていますか?」
「……ジャンヌ? 誰ですかね」
ジャンヌは知らないか。てっきり共通の知り合いだと思ってたけど。
元より、アルトとジャンヌが同じ組織だっていうのも予想でしかないわけだが。
「なら、最後に」
「はい、なんでしょう」
「この世界で一番美しいものって、なんだかわかりますか?」
「世界で一番……う~ん、たぶん、私はあなたを満足させる答えは持ってないと思いますよ」
それで話は終わりといわんばかりに、ゴオウは俺から視線をそらして、病室のドアに目を向ける。
「あ、アオ!」
「あり、フラン?」
どうやってここに来たんだ。現れたフランは、ちょっと狼狽した様子のまま、俺の前まで近づいて息を整える。
続いて、ラミィとロボもひょっこりやってくる。
「フランちゃんなんで先に行っちゃうのっ!」
「も、もう人怖い」
「皆優しい人たちだよっ! ほら、今度はアカネちゃんに会ってみようよ、あの子歌がすっごい上手なんだよっ!」
ああ、なんとなくわかった。道ゆく人に挨拶しては、フランとも触れ合わせたのか。
フランは小動物と一緒だぞ、あんま触れると禿げる。
「ったく、みんながみんな優しいわけないだろうが。半分は屑だよ」
「え、アオくんっ! ここにきてたんだねっ!」
「アオ殿、すっかり失念していました」
「このクソ犬」
あ、いたの。レベルの台詞だぞそれ。
先程までの雰囲気を吹っ飛ばされてしまった。頭が痒い。
「まあいいや、ラミィ、結局の目的はなんだよ、ご近所挨拶か?」
博士の情報を手に入れたのは朗報だが、元より提案したのはラミィだ。
ラミィは俺の言葉にはっとなって、口元に手を当てる。やっと気付いたか。
「そうだったっ! 師匠!」
「そうですね、いつものをやりましょう!」
「は?」
なんか、違う。俺の意図と違う!
ラミィはポケットに入れた包帯を素早く顔にくるみ、ゴオウは仮想ダンスにでも出そうなマスクを取り出した。
「風の吹くところに私ありっ!」
「生き血流れる悪夢を切り裂くため!」
「疾風怒涛に駆け抜けてっ!」
「流れる血に口付けを!」
「悪を跳ね飛ばし!」
「その血涙に終止符を!」
「「正義の流れ、我にあり!」」
ラミィとゴオウは二人そろってポーズを決める。あれだ、R団みたいだな。
ロボとミライはなんだか拍手しているけど、フランは無表情だ。
「ふぅ、これをやっておかないと締まらぬ!」
「師匠!」
「なんだ! シルフィードラミィィイイ!」
「私たち、あなたにお頼みしたいことがございます!」
ラミィは跪き、ゴオウは腕を組む。この流れが良くわからない。
「我が主、アオくんへのご教授をお願いいたしますっ! 彼はかなりの力を有しながら、まだ未完成な部分も多く、これからのたびに――」
「おいまて」
俺はそこで、ラミィに口を挟む。
「俺は別に、これ以上強くなる必要はな――」
「黙れぇい!」
ゴオウの叫びが、俺の鼓膜に芯から響いた。
びくっと、肩に力が入り、身動きが取れなくなる。
「これ以上強くなる必要はない? アオ、貴様の目はそれだから腐っているのだ!」
「腐ってるのは関係ないだろ」
「馬鹿者!」
くわっと、ゴオウの威嚇が室内に蔓延する。
俺はそのゴオウの声音だけで腰を抜かしそうになる。声で人を殺せそうな勢いだ。
「なるほど、ラミィ、君のいいたいことはわかった。この男、軟弱すぎる! 表にでぇい!」
力強く翻って、ゴオウが窓から飛び降りた。
あれ、ついて行かないといけないのかな。
「アオくんは丁度いい機会だから、師匠に教授願ってみたほうがいいよっ。魔法はフランちゃんに習えても、武術なんかは習ってなかったみたいだし」
「おい、おい」
「だって、四つも適性があるのに、使えないのがあるなんてもったいないよ。師匠は魔法に対する適性判断も上手いんだよ。あと少しだけね、アオくんも変革を求めた方がいいかな~って」
こいつ、遠まわしに俺を矯正しようと狙ってやがる。
俺は自分がひねくれているのも知っているし、腐っているのもわかっているが、表立って言われるとむかつくものである。
「……ラミィ」
「ん、なにかな」
「命令だ、今日から三日は、ミニスカート着用でパンツ履くな」
「え……え!」
まあいいたいことはわかる。
所詮俺は一ヶ月くらい気配に対しての修行を積んだだけだ。まだまだ窮地などに弱いところが多い。
ここいらでいいと思っているときほど、人間足りないことが多いのだ。
「アオ、修行するの?」
「ん、まあむかつくが、習っておいて損はなさそうだし。それに、火の魔法だってまだわかってないから、知れるならもうけもんだよ」
たぶん数日もここにはいないだろうが、修行するのもありっちゃありだ。
「す、スカートを買いに行ってきます!」
言いだしっぺのラミィは、勝手にどこぞへ飛んで行ってしまう。
「習うのはいいけど、痛いのは嫌だな」
俺は順路どおりドアを開いて、ゆっくり歩きながら外へ向かった。
脇役列伝その4
チリョウ病院の患者 アカネ
生まれつき全身の肌が弱く、幼い頃からチリョウの病院に入院し続けている少女。見た目美人だが、夜以外に外に出ることが出来ず、激しい運動も出来ない。生きることに希望がなくその影響でわがままに育った。唯一の趣味はベッドの上でもやることの出来る歌。ただいつも暗い場所でしか歌えない自分を嫌っている。
ほぼ今後の人生に絶望しているが、ミライがそれを見て一度だけ予言をしたことがある。『星の見える空で死に掛けた亀が歌につられてやってくる。それを放さなければあなたにも太陽が手に入る』アカネはその予言をちょっとだけ信じていて、今も夜な夜な、面会禁止時間に部屋を飛び出しては、亀を待って屋上で歌い続ける。