第四十四話「おじさん びっち」
「そういえばフランちゃんって、レアカード同士でコンボが出来るんだよねっ、あれってどうやるの?」
「ささっ」
フランは話しかけられるとすぐ逃げる。
ラミィはそれでもめげずに、笑顔でぬっとフランに近づく。不屈の精神だな。
「レアカードのコンボって、そんなに珍しくもないだろ」
「ん~レアカードとコモンカードとかだったら別に普通なんだけど、レアカード同士って聞いたことないんだよっ」
「おそばせながら、ワタシも初見です」
「あれ、そうなん」
レアカード同士のコンボって、結構アレな技術だったのか。フランが普通に使ってるからあんまり気にしてなかったけど。
たしか、博士は普通に使ってたよな。
一度フランと目を合わせる。首を傾げるだけだ。ちょっと可愛い。
「わたしも、よくわからない。パパも普通に使ってから」
「フランちゃんはレアカード三枚だよねっ、他の組み合わせは出来るの?」
「ま、まだできない、もうちょっと離れて」
「うん、いいよっ!」
「一度離れてすぐ近づくなよ……まだできないってことは、いずれできるのか?」
フランがちょっと困ったような顔をする。たぶんわからないのだろう。
もしできるとしたら、火と水、光と水の組み合わせもあるわけか。
「なんにしても、フランはその技術が何なのか――」
「それは、フランク博士の生成陣ですよ、体内に直接刻み込むため、作った本人と彼女にしかない特別な機能です」
「へぇ……うぉあ!」
いつの間にか、隣で知らない男が腰を下ろしていた。
俺は突然のことで驚き、その場から立ち上がる。食べ切れなかったホットケーキを放してしまうが、その男がキャッチして自分のものにしてしまう。
「驚かせてすみません。驚かせるつもりでした」
いたずらをするように笑って、男はホットケーキを口に含む。
その男、年齢は俺より少し年上くらいだろうか、ニコニコした顔はなんとも穏やかな雰囲気を持っていて、まさに優男といえる人間だろう。眼鏡をしているが、この男にはぴったりだ。
いつの間にか俺の隣に座っていたこいつはなんだ。つか俺の分食べるな。
「あんたは何様――」
「師匠!」
ラミィが、突然俺の前に飛び出して、男の手を握り、力強くぶんぶんふりまわした。
男は、そんなラミィを見て微笑む。
いま、師匠って言ったよな。
「お久しぶりですっ! ゴオウ師匠!」
「うん、御久しぶりだね、元気そうでよかった」
ゴオウと呼ばれた男は、柔らかい笑顔で俺たちを迎える。
「この人が、ゴオウか?」
「うんっ、世界の英雄にして人類最強のゴオウ師匠だよっ!」
なんか、予想していたのと違う。もうちょっとおじ様な方だと思ったんだが。いや、背も高いし案外筋肉はあるのかもしれないけど、どう見ても俺と一回りくらいしか年齢差を感じないぞ。
ゴオウだぞゴオウ、ふぬぅとか言ったりしないのか。ニコニコ笑顔でみんなの楽園みたいなこと言いそう。
というか、二十年前が全盛期だとしたら、年齢的にはもっと老けてておかしくないはずだ。何だこの童顔。
「師匠、いきなり現れるものだから驚いちゃいましたっ! 散歩ですか? どうしてここに――」
ラミィが若おっさんに質問をしようとした矢先、言葉が止まった。
ゴオウが、意外と大きい手でラミィの手を取り、胸の前に持っていく。なんだあれは。
「……表情に、影を指すようになりましたね」
「……」
あれだけやかましかったラミィが、途端に静かになった。
「でも、ラミィはそれを望んでいないわけじゃない。うん、私は応援することしか出来ないけれど、ラミィはラミィに出来る無理をしてみるといい。大人である私の手が必要なら、いつでも頼ってください」
「し、師匠……」
ラミィが途端にしおらしくなった。なんと言えばいいのか、ラミィらしくないけど、とっても自然で穏やかな雰囲気といえばいいのか。
ああ、なんとなく、こいつがラミィの師匠だと言うのには納得がいった。
「お初にお目にかかります。ワタシの名はロボ、アオ殿の忠犬に殉じております」
「不思議な人ですねぇ……人でいいのですか?」
「どちらでも、畜生でも構いませぬ。その御心の計り知れぬゆとり、あなたがかの有名な英雄なのだと、遅ればせながら確信させていただきました」
「おやおや、これは驚きました。こちらこそ挨拶を遅ればせながら」
ロボが膝をつくと、ゴオウも膝を突いて、日本の営業マン同士みたいな感じの挨拶になっている。いつも思うけど、犬の一礼って芸みたいでシュールだよな。
傍目からその二人を見ていると、とうとうゴオウが俺と目が会う。
「名前をうかがっても、よろしいですか?」
「アオだ……初めまして」
俺がぼそりというと、まるで楽しいことでもあったかのようにゴオウはにかっと笑う。この辺はラミィに似ているな。
「アオくんだね、君はとっても不思議な人だ。その先にはとても混沌としたものが見えるのに、中身は真っ直ぐしている」
「はぁ」
こいつ、何を言ってるんだ。
つか結局突然現れたのはどうしてだよ。聞きそびれたけど、驚いたし、いきなりすぎる。
そんな俺の疑問も解消できないまま、ゴオウは残ったもう一人に目を向ける。
フランに挨拶は無理だぞ、口を開ければすぐどこかに逃げるし、近くにいても物陰に隠れるだろうし。
でも、フランは俺が予想していたどの行動にも移らなかった。ただ視線をそらさずに、ゴオウをずっと見ている。
「……久しぶりだね、フランさん」
「ゴおじさん……」
「え!」
ゴウおじさん? ラミィは今そういった。
二人には悪いが、会話に加わらせてもらう。
「フラン、もしかしてこい……ゴオウさんのこと知ってるのか?」
「うん、知ってる」
「私も、よく覚えていますよ」
ゴオウがフランに近づく。フランは逃げる気配も見せずに、平然を向き合っていた。
「フランク博士の秘蔵っ子、フランさんの事は、小さいときからよく覚えています。なにせフランク博士は、私の大切な友人ですから」
ゴオウの告げた意外な人間関係に、俺の口はちょっとの間塞がらなかった。
*
「師匠って、フランちゃんと知り合いなんですかっ!」
「大切な友人の子ですよ、知り合いよりも仲がいいです」
と、ゴオウは喋りながら立ち上がる。
「さて、ここではなんですし、街に戻りながら一緒に御話しましょう」
「ん、ああ、別に構わないが、ちょっと待ってくれ。今片づけを……あれ?」
「片づけなら、君たちと話している間に私がしましたよ」
「え!」
慌てて振り返ると、出しっぱなしだった道具一式がリュックの中にしまわれていた。
「あ、アオ殿、洗浄済みです」
ロボがリュックからフライパンを取り出しながら、驚愕の視線を向ける。
言い分からしてゴオウがやったのだろうが、いつの間に。というかずっと俺たちと会話しかしてなかったよな。
「どうやったんだよ、これ」
「流石は英雄殿、ワタシたちでは計り知れない何かを秘めていらっしゃる」
「計り知れないけどこれはちょっとちがくないか?」
「師匠のよくわからない技術!」
ラミィは自分のことのように得意顔で自慢する。なんかむかつくぞ。
「師匠、私にもその技術を教えてくださいっ!」
「残念ですねぇ、見れなかった子には教えてあげません」
ゴオウは人差し指で内緒のポーズをとって、教えてはくれない。俺も地味に気になる。
「ま、まあいいや、とりあえず歩くんだろ」
「はい、そうしましょう」
ここは開き直った方がいい。とりあえずゴオウについていくことにした。
「フランク博士とは知り合いというよりも、戦友といった方がいいですね」
「戦友……えっと、もしかして」
「はい、フランク博士は、二十年前、戦争を止めたとされる四人の英雄の一人、博識魔道のフランクです」
ゴオウが、あっさりとした口調で言うものだから、実感がわかない。
うすうす博士が普通じゃないのはわかってたけど、まさか本物の英雄やってたなんてな。
「フランちゃんのパパって、そんなにすっごいひとだったんだねっ!」
「うん、すごい」
フランはたぶんあまりわかってない。というよりも、フランにとって博士はずっと偉大な人なのだろう。
「レアカード同士のコンボは彼独自の技術です。人体実験に近いことを自らに施し、生まれましたね。でも、フランさんにも付けれていたなんて」
ゴオウは礼儀の正しい男だ。
ただ、だからこそ違和感があった。
なぜ、フランク博士の事を聞かない。御元気でしたかとか、その辺は聞くはずだろ。
俺がちょっと疑いの眼差しで見ていると、ゴオウがこちらを見て笑ってから、
「それについては、後ほどあなたが個人的に、ね」
内緒ごとのように、囁いた。不思議と、俺以外には聞こえていない。
何だこいつは、俺が考えていることを完全に見透かしたぞ。
「フランさんが他のレアカードのコンボができないのは、精神的な問題でしょう。元々使い方が邪法ですから」
ゴオウは何事もなかったように話を続ける。
まあ、後でって言ってるから、考えるのも野暮か。
「聞いていいか?」
「はい、どうぞアオくん」
「なんでトーネルの国の人間なのに、トーネルにいないんだ?」
英雄だって言うくらいだから、名誉国民として国に居るもんだろ。歳を取ったにしても史上最強なら戦力にもなるし。
「アオくん、それはね――」
「私が病気だからですよ」
ラミィは言いづらいと気を使ったのか、彼女から言おうとしたところを、ゴオウが口を挟んだ。
本当にどうなってる、こいつ、さっきから何でも見透かしたように動いている気がしてならない。
「病気?」
「はい、もう不治の病って感じですよ」
にこやかに、ゴオウは自分の病状を告げる。いや不治って。
そこでふと、最近のことを思い出す。
「まてよ、病気って、パアットなら治せるんだろ。俺はパアットがどんなモンスターかは知らないけど、史上最強のあんたなら手に入るんじゃないのか」
というか手に入らなくても、一国最強の騎士なら、国が使うことを考えもするだろう。
「ああ、パアットですね。あれは確かに、数年に一度出現するくらい数も少なく貴重ですが、たしかに手に入りますね」
「じゃあ、使えば治るんじゃないのか」
「いえ、病気とは言いましたが、またちょっと違うんですよ、パアットじゃ治せません。どう説明すればいいでしょうか……」
「ごーーーーーおーーーーうーーーーー!」
遠くから、誰かの掛声が聞こえた。なんだ、女性っぽいな。
目を凝らすと、いた。何か金髪っぽいおねえちゃんが、おっきい胸を揺らしてこちらに走ってくる。
「どーーーーこーーーーー!」
「ここだよー」
ゴオウは手を振って、その女を呼んだ。
女はパッと笑顔に変って、ゴオウの元へ急接近する。丁度俺たちの前まで着てから、息を切らしながらへたり込む。
「どうしたのですか、ミライ」
「も、もー! なんで勝手に街を出ていくの!」
ぷんぷんと煙が出そうな女だ。ミライとかいったな、なんだよこいつ。ちょっとビッチっぽい。
「心配したんだよ! 本当なら歩くことだってできないのに、あなたっていつも勝手にどっかいって――」
「ごめんね」
突然、ゴオウはミライを抱きしめた。
「きゃ、きゃー」
ラミィがちょっと顔を真っ赤にしながら両手で頬を覆っている。わかる。
「ミライ、君が心配してくれるのはとっても嬉しいです。ちょっと困らせてしまったね、ごめんよ」
「わわわ、わかればいいですよ」
このクソカップルが。
こんなもん見せられてちょっと胸焼けする。目をそらすと、ロボがいた。
「……どうした、ロボ」
「いいい、いえ、なんでも」
両手で目を覆いながらも、ロボは隙間から二人のラブラブを覗き込んでいる。犬の癖に乙女みたいな仕草しやがって。
フランをみろ、まるで動揺していない。
一通り満足したのだろうか、ゴオウはミライから離れて、恥ずかしそうに頬を書く。
「ああみんな、知らない人もいるから紹介するね、彼女はミライ」
「はい、みらいでーす」
見れば見るほど美人だな、パツキンで、たぶんラミィよりも胸がある。
「私のガールフレンドであり」
まあ、なんにしても、ゴオウみたいな男が女を持っていても不思議じゃないよな。
「精霊です」
「……はい?」
「はーい、ゴオウの女で導の精霊でーす」
ミライが、機嫌よく手を上げる。
しかも導って、あの導か?
「じゃあ、街にもどりま」
「まて、精霊ってどういうことだ」
「精霊は、精霊ですよ」
「ぶいぶい」
ぶいぶいじゃねぇよ。
マジか、俺が今まで見てきた精霊とはまるで違う。
地の精霊とか隷の精霊なんかはこう、会っているだけでなんか威圧感みたいなものがあった。
つか、なんでこんな人間そっくりのナリをしているんだよ。
「アオくんの疑問はなんとなくわかりますが、彼女は精霊ですよ、とっても魅力的な見た目ですが」
「ミライはまだ顕現してから百三十年だからね~」
「意味がわからない」
このゴオウという男自体わけがわからないのに、彼女が精霊って何だ、しかもこのどうみても美人姉ちゃんが精霊って。
「アオ」
「ん、なんだ」
「ん」
唐突に、フランが両手を広げて何かを待つような仕草をする。
いや、なんだこれ。もう今の状況だってろくに把握できてないのに。
しばらくすると、機嫌悪くむすっとして、
「もういい」
もういってなんだよ。
「アオくん、君はまだ甘いなぁ」
「おっさんは口を挟まないでくれ」
すべてを見透かしたゴオウににやにやされる。なんかやだ。