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第四十三話「よりみち えいゆう」

 昼過ぎ、トーネルから少し離れた町で、旅の準備も整ったころ。

 俺たちは宿のテーブル席を囲み、今後の方針について話していた。


「とりあえず、目的地はカザンド、この地図を見るとかなり遠い」


 地図を広げ、カザンドのある場所を指差す。ドーナツ状大陸の北側、イノレード近くにある小さな村だ。

 フランとロボはじっと地図を見つめ、ラミィは何か考え事をしている。


「ここまでは流石に、歩いて向かうと時間も掛かる。馬車とか、その辺の移動手段も考えるから、道中は出来るだけモンスターを狩ることにするぞ」


 この世界にも、一応空路はある。

 ただ、それがあるのは首都三大国くらいで、魔法もサインレアの類らしい。値段も馬鹿にならないらしいし、今更トーネルには引き返せない。


 それでも、この世界の魔法は多種多様だ。予定では、一ヶ月もあればカザンドにつけると踏んでいる。

 特に反対意見もでず、会議が終了かと思ったところで、


「ねぇアオくん、ちょっといいかな?」


 ラミィが、遠慮がちに口を開く。

 さっきから考え事をしている辺り、たぶん何か提案があるのだろう。


「なんだ」

「カザンドに行く途中にある、チリョウって街に、寄ってほしいの」

「チリョウ?」


 言われて、地図を眺める。丁度今いる場所とカザンドの間に、そんな名前の街を見つける。ちょっと回り道になるが、ここから歩いてそう遠くはないし、道中の範囲内だろう。

 ラミィはこちらの反応をうかがっている。どうするか。


「目的を、聞いてもいいか?」

「うん。ここに、私の師匠がいるの」

「師匠?」

「そう、私に戦い方を教えてくれた人。一応会っておきたいの。あと、兄さんにも黙ってでていっちゃったから、せめて師匠にフォローを頼もうかなって」

「フォロー?」

「兄さんも、師匠に拳法を教えてもらったの。そことなく、私の失踪を心配しないように言ってくれると思う」


 ああ、なるほど。もたもたしたくないとはいえ、一応黙って出てきた負い目があったのか。

 ラミィ兄へのフォローは、結構重要だろう。下手をすれば俺が誘拐犯として手配される恐れもあるし。あの慎重な男に限って、姫誘拐なんてニュースを流すとは思えないけど。


「それに、アオくんも一度会ってみるといいと思う」

「俺が、なんで?」

「会ってみればわかるよっ」


 会ってみればわかるって、どういうことだ。

 ラミィは奴隷である手前強く出たりはしないが、ちょっと期待をこめたキラキラ眼でこっちを見ている。眩しい。

 

 一度、ロボとフランを見て、


「ワタシは、仰せのままに」

「アオが決めていい」


 適当だなぁ。まあ、この旅の目的自体が俺主導だし仕方ないけど。


「じゃあ、いくか」

「やったっ! ありがとねっ!」


 ラミィがパっと笑顔になって、俺に近づく。近い近い。

 奴隷にした手前、耐性はあるが、やっぱりこぱっずかしいものがある。


 奴隷になった分、ラミィもなりふり構うことも少なくなってきた気がする。好感度は変らないのに馴れ馴れしさが倍増した。


「一応これだけは教えろ、その師匠って誰なんだ?」

「ふふん、二十年前、トーネルとマジェスに戦争があったのを知ってるよね?」


 俺は首を縦に振る。なんだよ、早く教えろ。


「その大戦には、戦争を止めることに大きく貢献した英雄がいたの。その英雄の一人が、私の師匠っ! 至上最強の男、ゴオウだよっ!」


 まるで自分のことのように自慢げに、ラミィは得意気にその名を叫んだ。

 ふーん。


「……誰?」

「えぇ、知らないのっ!」


 机を思いっきり叩いて、ラミィが驚愕の視線を向ける。


「え、なんだよ、知らないといけないのか?」

「そういうわけじゃないけど……」

「つんつん」


 フランが唐突に、俺のわき腹をつつく。なんだ、何かいいたいことがあるのか。


「アオは、異世界人」

「あぁ、言ってなかったな」


 気を取り直して、俺は今までの境遇の説明に入る。

 二回目の、机ドンが食堂に響いた。出禁にされそう。



「えっと、うん。アオくんが良くわからないところからきたのはわかったよ」


 落ち着きを取り戻すまでの数分、質問攻めにあっていた。

 ラミィはこういうところでの積極性は膨大だ。あの悪趣味ミイラ仮面やっている女はその辺の造詣が深いのだろう。


「ふーん、でも異世界人かぁ、あっ、じゃあ私たちは今異文化交流って言うやつだねっ!」

「どうでもいい、それよりもさっきの話の続きだ」


 自分の身の上を話していたせいで脱線した。思うと、かなりややこしいことになってるんだよな。


「とりあえず、そのゴオウとかってのはどういう奴なんだ?」

「えっと、それにはまずここの歴史を知ったほうがいいかも」

「じゃあ命令だ、とりあえず教えろ」


 ラミィに反対の意思はなく、自分の顎に指を乗せて、思い出すように口を開いた。


「アオくんは、二十年前にトーネルとマジェスが戦争したことを知ってるよね?」

「ああ」

「発端は、マジェスから宣戦布告された戦争だったのだけれど、実はこの戦争を利用して、裏で暗躍している悪人がいたの。それが、冥の精霊の眷属、ダマスって人。冥の精霊こと、大昔に人類を家畜としてきた魔王の封印を解こうとしていたんだよ」


 ラミィは話すたびに、口調が上がりヒートアップする。もしかして、こういう話が好きなのかもしれない。

 つか魔王って精霊だったのかよ。


「封印って何だ?」

「精霊は基本的に死なないの。イノレードには冥の精霊が封印されていて、百年位前から封印が弱まっていたんだって、その隙を突いて、まだ赤ん坊だったダマスを洗脳し、自分の眷属に仕立て上げたんだよっ!」


 魔王の復活とか、やっていることが真っ当な悪人だな。


「実はね、冥の精霊の封印を解くための鍵は三大国家のそれぞれに安置されていて、ダマスはマジェスに取り入ることで、鍵を全部手に入れるつもりだったの」

「あのさ、英雄はいつ出てくるんだ?」

「これからっ! 元々マジェスとトーネルは国力に大きな差があった。ダマスは早急にマジェスが戦争に勝ち、封印の鍵をすべて揃えられるとふんでいたの。でもっ! 我がトーネルには大きなイレギュラーがあったっ!」


 椅子から立ち上がり、ラミィが両手を広げる。

 やめろって、フランが隣ですごく冷めた目をしているぞ。


「それが、英雄ゴオウさん! たった一人で圧倒的な戦力差を埋め、この戦争を和解へと導いた張本人! さらにゴオウさん率いる英雄たちはダマスの暗躍を突き止め、魔王の復活とすんでのところで阻止したのよっ!」

「最後はしょったろ。まあ、ゴオウってのがどういう人間かはわかったけど」

「わかってない! そのゴオウさんの仲間の英雄はねっ! マジェスや他の国々の人たちなのよっ! 戦争の最中、互いに違う、敵同士でもある立場にありながら、世界も守り悪を討つ! そう、これがヒーローっ!」


 言い切った爽快感からか、ラミィが悦に浸っている。昨夜見たぞその顔。

 反動で心と静まった食堂の中で、ロボのカップを置く音がことんとひびいた。


「ワタシも、聞き覚えがある。世界を救った四人の生きた英雄。かの精霊や龍ですら彼等には一目置くそうだ」

「そんな奴が、ラミィの師匠か」


 さすが王族である。師匠も格が違う。

 にしても、国家間の戦力差を一人で埋めるって、どんだけの男なんだよ。

 でも二十年前だろ、けっこうなおっさんだろうな。


「そいつに会っておきたいと」

「うんっ! もう話してたら久しぶり会って見たくなって、あとお腹すいたねっ!」


 ラミィは机に座って、茶菓子を食べる。それはフランの分だぞ。

 案の定、残ったおかしを食べられなかったフランむくれる。ラミィはすぐに気付いて、謝罪しながら、抱きついたりしてきゃぴきゃぴしている。


 にしても、英雄か。

 まあ、行ってもいい。ちょっと前にラミィにした負い目を考えると、それくらいのわがままは聞いてやるべきだろう。没落奴隷姫は幸福な主人を持ったものだ。


「師匠か」

「アオ殿、何か心詰まりでも?」

「いや、戦いを教えてもらう師匠って行ったら、俺はフランになるのかなって」


 フランが目ざとく俺に視線を送る。結構人の声を聞く子である。


「感謝してるよ」

「うん、わかってるならいい」

「ごめんねっ! フランちゃん!」


 がばっとラミィに抱きつかれる。こういうときに節操ないのな。俺がやったら絶対嫌われるのに。

 フランがすっごい嫌がってる。でもラミィはめげない。


 しつこい男は嫌われるというが、あれは基本的に男を退ける方便だ。

 本来、人と人とが仲良くなるのはベストな交友回数に比例する。俺はバットを重ねすぎて、誰からも相手にされなくなったことがあるけど、あの感じだと、結構早くフランと仲良くなれるのかもな。


「ワタシにも、師匠はいました」

「え、マジで?」

「はい、魔術の教鞭ばかりで、今のワタシでは扱える事はほとんどありませんでしたが、師匠とはいいものです。心の支え、家族とはまた違った絆を感じます」


 どうでもいいところで、ロボの過去が垣間見えた。人間だった頃はどういう人間だったんだろうな。


「ワタシも、チリョウに行くことを進言いたします」

「ああ、そのことか。安心しろよ、気が変わったりはしないから」

「やったねっ!」


 ラミィはこっちに向かってブイサインを向けてくる。命令でブイサイン禁止してやろうか。


 なんにしても、英雄というのは気になる。

 英雄というくらいだから、この世界に関して知己だったりするのだろう。世界のうらとか真実とかも知っているかもしれない。

 なら、この世界で一番美しいものがなんなのかも、知っているかもしれない。一応の目的地があるとはいえ、知識は得るべきだろう。


「わ、わたしにも師匠、パパがいたよ!」

「知ってるよ、いい師匠だったよな」


 フランはたまに人と張り合うクセがあるが、何を張り合っているのだろう。

 とりあえず、行くべき場所は決まった。あとはこの朝をゆっくり味わおう。体は相当疲れているのだから。



「アオ殿、好機でございます!」

「よっしゃ!」


 街を出て、馬車を乗り継ぎ、残り一街分を徒歩であることに決定した。

 この当り周辺のモンスターを狩りつつ、生活費を稼ぐためだ。


「保存食ぅ……」


 チリョウの周辺は自然環境と魔力資源が豊富だが、その分モンスターのしぶとさが著しいという。

 まさに、自分たちに御誂えのモンスターばかりなのだ。RPGで言うと稼ぎ場というやつだ。


 目の前にいるモンスターは、ツバツケ。見た目は粘々した蛇なのだが、切っても切っても、活動を続けるというしぶとい生き物だ。切れた蛇は二体とも独自に活動をし、くっ付くと元の状態に戻る。

 粘粘のせいで打撃にも強く、有効なのは火であぶって殺すことらしい。ただ氷の剣なら、一撃で倒せた。


「コンボ、火、光!」


 今回の主戦力はフランだ。俺の氷の剣では一匹一匹しか倒せない。フランのビームがツバツケを片っ端から焼き払う。

 だから、今回はサポートだ。


「蛇笛みたいにー」


 俺は右手に装着された風のハープを打ち鳴らして、周辺から集まってくるツバツケを片っ端から引き寄せていく。

 フランの魔法に飛び込むようにしてツバツケがどんどん集まっていく。そのまま焼け死んでカード化だ。


「こぉおおった! シルフィード、ノア!」


 後方ではラミィとロボが他のモンスターを相手取る。

 ズキュンと呼ばれるモンスターで、腕のついたコウモリみたいなモンスターだ。あの腕に体を触れられると体力を奪われるとか。触らずに対処するのが一番いいらしいが、大体大量に出てくるため、闘うのは困難だという。


 ラミィの両腕が風圧の壁を作り出して、俺とフランに近寄らないよう吹き飛ばしてくれる。

 俺はもう一度風のハープを鳴らして、吹き飛んだズキュンたちを一箇所に集める。


「勝機!」


 ロボはそんな俺の魔法を避けもせずに、ズキュンたちと一箇所に集合する。銀色の体毛はズキュンの吸収能力すら防ぎ、つかんでは千切ってカードに変えていく。


「勝機もクソもないよな」


 知らずのうちに、大量に集まったモンスターたちを一掃して、戦闘は終了する。

 やはり、このメンバーは強い。

 別に誰かと戦うためのパーティでもないのに、やたらと強い面子ばかり集まった。


「フランちゃーん、まだツバツケもてる?」

「……」

「あ、やっぱりいっぱい?」


 ラミィがツバツケの束をフランに渡そうとするが、受け取らない。たぶん、ケースの中はツバツケだらけなのだろう。

 フランが駆け足で、俺の元へと逃げてくる。


「ワタシが補完しましょう」

「ありがとっ」


 ロボとラミィの二人も、俺のもとに帰ってくる。

 戦闘をしていた三人とは違い、俺はずっと座りっぱなしだ。だって、風のハープは視界に入れば指一本で発動できるし。


「アオ殿、どうですか?」

「……ん、上出来だ、俺が」


 だからと、俺は座ってフライパンを転がしていた。

 料理をしていたのだ。


「アオくんっておやつ作れるんだね、ホットケーキだけど」

「うるさいわっ! なんでお前はなんも作れないんだよっ!」


 そう、奴隷を手に入れたのに、結局料理事情は変っていないのだ。

 ラミィは姫だ。没落したとはいえ料理もしたことのないようなボンボンという、なんともがっかりな結末だ。


「ラミィさ、趣味はお茶なんだろ?」

「おいしいお茶が出来るからってお菓子が作れるとは思わないでねっ!」

「畜生! 何が思わないでねだ! 命令だ、その場で三分ブリッヂ!」

「お、お茶っ葉を買ったからおいしいお茶を作れ……ふん!」


 ラミィは命令どおり、美しく体を仰け反ってブリッジを作り出す。たわわな胸が山になった。


「ホットケーキ」


 フランは膝を抱えて、じっとフライパンを見つめる。

 俺は料理なんて好きじゃない。食べるのが好きだ。

 ただ今回は、乗っていた馬車に卵やらを持ち合わせた商人がいたため、フランが思い立ったかのように提案したのだ。それをラミィが持ち上げ、ロボまで興味を持つ。


 あれだ、女三人集まると姦しいというが、この不ぞろい集団でもありえたのか。


 フライパンを焼きながら、昔のことを思い出す。

 あれはそう、まだ小学生にもなっていない頃だ。母がよく従姉妹のおばさんのところに遊びに行くと、そこには二人の娘さんがいた。丁度五歳くらい年上の二人は、女だったこともあり、俺の姉とばかり遊び、男の俺をのけ者のようにしていた。

 ああ、あの頃は従姉妹の家に行くことが苦痛だった。姉ばかりチヤホヤされ、泣いたところで俺の遊び相手なんていない。


 終いには、三人揃って俺を邪魔者扱いして、いないものとして扱い始めた。


 女三人が仲良くするのを見るのは、若干のトラウマを呼び起こす。だからもう一人は奴隷にしたかったのだが。


「アオくん、なんかホットケーキなのに焦げ臭いよ、大丈夫かなぁ」

「俺のはバニラエッセンスつけないからな」


 あまり、対策の意味はなかったよう。


「でもでもっ、おいしそうだよっ!」

「……ホットケーキできるな。ブリッヂもういいぞ」

「やったっ! ありがとアオくん! お茶急いで入れるねっ!」


 ただ、このラミィはあの従姉妹ほど鬼畜ではない。ちゃんと俺をいる物として扱ってくれる。


「アオ殿はこれ以外に料理はなさらないので」

「それよりもこの仲の誰かは料理をなされや」

「アオアオ、わたしはいつも作ってるよ」

「アオアオは感謝してます」


 栄養汁は一応料理なのだろうか。一応頷いて感謝の意をこめておく。

 ラミィはちょっと前に食べた栄養汁のことを思い出して、苦笑いをする。わかる。


「う~んっ! アオくんのホットケーキいい感じっ!」

「アオのだから当たり前」


 ホットケーキが焼きあがったと同時に、ラミィの風がホットケーキを四つに切り裂く。一つを引き寄せ、フランも颯爽と一切れに手を伸ばす。いやしんぼどもめ。

 ロボは行儀よく、俺に一例を交し、俺が一口食べるのを確認してから口に含む。これはいやしくなさすぎないか。


 脇役列伝その3


 人攫いにあい、人質にとられた少年A ジーク


 ギンイロガブリの被害にあって村を全滅させられ、人攫いにあったところをフランにギリギリ助けられた少年。盗賊に人質として使われたりと、生まれつき貧乏くじが多い。

 今はエイダの元で地獄の特訓を受けている。貧乏くじも相まって危機が多く、それを乗り越え着々と実力を伸ばし、成績は上から二番目、レベル二十四もある。実を言うと、成績一番の女の子アンビに惚れていて、彼女より強くなったら告白する気でいる。ただアンビはエイダが驚愕するほどの才能があるため、望みは薄かったり。

 最近はアンビに個人特訓を頼み、罵られることに快感を覚えつつある。



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