第四話「ういじん うさぎ」
俺は、子供は好きだけど、ガキは嫌いだ。
この意味がわかるだろうか。
あれは中学のころ、子供との交流を目的として、幼稚園で園児と遊ぶという授業があった。
子供たちのために一週間前から準備をし、遊び道具も作る。ちなみに自分は、パズルを作った。
そして当日、クラス全員で幼稚園にまでいって、挨拶もそこそこに、それではみたいな感じで交流が始まる。
園児たちがそれぞれ興味のある人物へと向かっていき、楽しそうにお話しする中。
俺の周りには、園児が一人も来なかった。
ここにきただけで、まだ何もしていないのにだ。
園児の先生なんか、気の毒に思って俺の周りに園児を連れて行こうとまでした。やめて、ほんとやめて。
子供は正直だ。そして、本能に聡い。
一番子供が集まっていたのはクラスでもスポーツのできる男だ。イケメンでもないが、力強い奴だった。
二番人気はイケメン。もうイケメンいややわ。
子供は本能的に、味方になったら心強い人間を選んでいたのだ。
現金でもなんでもない、素直にビビッと来た少年の元へ集まる。そういう意味では、たぶん気の弱そうな俺の元に集まる事は早々無いだろう。
結果として、俺はほとんどの子供と交流することすらなく、ただの幼稚園見学状態のまま終わってしまった。
何がいいたいのかといえば、子供は嫌いじゃない。
だが、本能に正直なまま行動するガキは嫌いだ。なんだか俺が悲しくなる。
とはいえ、理性を強く持った子供なんて、たぶんほとんどいないだろうけど。
*
つまりだ、第一印象から俺のことを見下す、このフランもあまり好きじゃない。
憎いと思えないのは、見た目が可愛いからだろう。
ガキ七、少女三という割合だ。
美人は本当に得だと思う。だって赤点が平均点近くになるんだよ。
そんなことを思いながら歩いていると、ふわりと足元から浮遊感を受け取る。
「な、何だこの感じ」
「結界から出たのよ」
「結界って?」
「……モンスターから身を守るためよ。家にはるのは当然でしょ」
当然なのか。それにしたって怒らないでほしい。
あまり質問攻めにすると無視されそうなので、後のことを考えてもう黙る。
にしても、モンスターか。やっぱいるんだな。動物とはどう違うんだろ。
「いた」
フランが、丁度いい感じに呟く。
その目線の先に、モンスターが……いた。
「チョトブ」
そのモンスターの姿は、カードの柄に書いてあった通り白いウサギだった。ただ中型犬くらいの大きさがある。そして可愛い。
「あれを殺して」
「ん、ああ。殺していいのか?」
「ええ、殺して」
フランはそんな心情もお構い無しに、物騒なこと言ってる。
殺すのか、あまり気が進まないが、やるしかあるまい。
「えっと、水! 水の剣」
とりあえず、今持っている中でまともに戦えそうなのは水だけだ。
カードはそれに応えて、すぐに剣になってくれる。最初に行った魔法よりも、発動が数倍早かった。
俺の叫び声に気づいて、チョトブがこちらを威嚇する。
逃げる気はないようだ。目を合わせた瞬間にガンを決めてきている。
「よしこい!」
俺が、じりじりと距離をつめる。
チョトブ、見た目の危険度はかなり低い。目に爪を入れられないように気をつけ――
「なっ! はえぇ」
突如、チョトブは動いた。
雷のようにジグザグに飛び回り、俺を翻弄する。右左と目で追ううちに、攻撃が来た。
チョトブの突進、腹に当たる。
「ぐぽぉ!」
思わず膝を突いて、腹を押さえる。腹パン三回されたくらいの痛みだ。
吐きそう。朝食べたの汁だけでよかった。
対するチョトブは、ヒットアンドアウェイなのか、またもとの場所まで距離をとっている。
「しっかりして。そんなのへでもないでしょ」
フランが、離れた場所から野次を飛ばしてくる。
「解ってらあ! うぉおおおっ!」
気合を入れて突撃、剣術も何も知らない俺は、棒の様に剣を振り回す。
チョトブは難なくそれを避けると、隙を見てまた腹パンならぬ腹頭突きがあたる。
「があっ!」
痛みにもだえ、尻餅をつく。弱い、俺が。
「ばっかみたい」
本当に悔しい。でも、喰らっちゃうんだよ。
馬鹿なこと考えないで真剣にやろう。死にたくない。
何度か腹にダメージを受けていると、
「ツバツケ!」
フランの声とともに、光が射しこまれた。
「な、俺!」
フランが魔法を放って、あまつさえ俺に当ててきたのだ。
思わず目を瞑り、衝撃に備える。とうとう本性表しやがったな。
「うぉおおおおおおっ!」
「なにやってんの?」
「あ、あえ」
「回復魔法よ、本当にちょっとだけ体力を回復させる」
言われてみれば、ちょっとだけ体が元気になった。腹の痛みも和らいでいる。
助けてくれたのか。
俺が不思議そうにフランを眺めていると、フランは鼻で笑ってこっちを見返す。
「ふん、肝チビね」
こやつは。
ただ、俺はちょっとだけこのフランの評価を改める必要があるな。
文句は言うけど、決めた事は嫌な奴相手だろうと実行する。
普通あれくらいの年齢だと、親の見ていないところで適当にサボるものだ。はぐれたとか言って俺から離れる事だってできるはずだ。
それなのに、律儀にここで見張って、回復までしてくれる。
「ガキ六少女四」
「は?」
「ありがとう! フランはいい奴だな!」
フランは俺の感謝に対して、ただ眉をひそめるだけだ。なぜ困惑するし。
まあいいや、気を取り直してチョトブを倒すことに専念すべし。
ちょっとだけ目が慣れてきた。チョトブの動きは早くても単調だ。タイミングさえ合わせられれば、当らなくもない。
三歩目だ、いち、に、さ――
「チョトブ!」
なんか、後ろからお声がかかった。フランが魔法を唱えたのだ。
チョトブに対して。
「おぶぉお!」
魔法の光はチョトブに命中し、チョトブの素早さを一段階上げてしまう。しかも断続的なものじゃなくて、永続的にだ。
もしかして、カードを同じモンスターにやるとレベルが上がるのか。
早くなったチョトブの行動はまた見えなくなって、狩は振り出しに戻る。
「ふ、フラン!」
「それじゃ意味無い」
意味無いってなんだよ。もうちょっと詳しく教えてくれよ!
やっぱクソアマだ。俺の中ではもう改める必要なし、甘えなどいらぬ。
いつか痛い目見させてや――
「ぶほぉ! ま、前より痛い」
「それはそうよ、前より速いんだもの」
このままではあかん、死んでしまう。死ななくても回復と苦痛のループは嫌や。
どうする、振り回す。こうなったらやけくそだ。
俺はチョトブに向かって走り出した。
「鉄砲玉じゃぁあああっ!」
叫びをあげて、チョトブに攻撃、いや、もう殺す。殺すしかない!
チョトブの避けようとする動きが、俺の中に入り込んでくる。もう見飽きたんだよ!
「オラァ! 汝のあるべき姿にもどれやぁ!」
物騒な声で、チョトブを切りつけた。当った!
敵が速すぎたのもあって、かすった程度だが、確実にあたった。
「どうだ! この一歩は偉大なる人類の一歩だ!」
「うそ」
フランが驚く。当てただけなのに、舐められたものだ。
あのかすり傷なら、まだ来るだろう、気合を入れなおして、チョトブを見る。
「ありゃ?」
するとそこには、氷付けになったチョトブの姿があった。
「なにこのオブジェ」
「……あなたがやったんでしょ」
フランが、凍ったチョトブの元へと歩き出した。
氷付けでわかりにくいが、よく見るとこのチョトブ、俺のつけたかすり傷がある。
「まさか、あんな一撃で凍るなんて」
「剣の力なのかこれ」
すごい、だってちょびっと切れただけで、氷付けまでできるのか。
フランがちょんと氷を突くと、それがきっかけになってチョトブの全身が割れていく。
破片は光の粉になって一度空を舞うと、地面に収束して一つのカードになる。
「なるほど、殺すとカードになるのか」
「モンスターは魔力の集合よ、だから魔法管を持った人間を襲うし、死んだら大人しくなる」
フランはカードを拾って、カードケースのようなものにしまう。
ようやく勝ったのか。感慨もクソもないけど。
「じゃあ、これで終わ――」
「もう一体、わたしが使った分」
「……あれはフランが勝手に使ったんだろ!」
「じゃあ、利子トイチ、十秒に一枚――」
「あーいやまって! やる、そういう契約は無しで。なに、そうやるように言われたの?」
「そうよ」
フランは正直だな!
あのじじいはなんとしても俺を実戦に駆り出すつもりだ。何のためだか知らないけど。
いや、たしかにこの世界で生きていくうえでは重要だ。俺の屑みたいなやる気じゃ成長なんていつ終わるかわからないし、これはいいことだ。
でも、どうしてあの博士はそこまでする。
「早くして」
そう考えている間にも、フランはさっさと先へ進んでしまう。
俺は氷の剣を肩に担ぎながら、それについていくことが精一杯だった。
「あっ! 冷たっ、肩、肩が!」
「あほらし」
そのフランの冷ややかな視線が、俺を急かすように睨み付けていた。
*
「も、もうむりぴょん」
体中、特に腹部をボロボロにして、俺はあの家に帰ってきた。
「帰ってこれたんだ……」
たった一晩、しかもクソ堅い床で眠ったあの家に、こうまで愛着がわくとは。
腹筋は回復魔法で痛みはそれなりにひいたが、それでもずきずきする。
「おお、帰ってきたのかの」
「ただいまパパ」
早速お出迎えじじいが玄関から現れる。
フランは挨拶だけしてさっさと家の中にはいってしまった。疲れたのだろうか。
博士はそれに構わず、俺の元へ来る。
「どうじゃった?」
「……」
俺は無言で、手に入れたチョトブのカードを取り出す。
一枚だけ。
「こりゃ見込みが薄いのう」
ホントはっきり言うのなこのじじいは!
残念そうに俺を見る博士の顔。俺が小学校のとき、体育の先生が跳び箱の授業で俺にしていた目と同じだ。
「とういうよりもの、フランから聞かなかったのか?」
「なにをですか」
「敵の捉えかた」
「そんなもんあるんですか」
何も言わなかったぞ。ただ見て回復して敵を強化するだけ。
「基本中の基本じゃよ、これがないと動いている敵に魔法は当らん」
「じゃあ、博士が教えてくださいよ」
「嫌じゃ、絶対教えん」
このじじい、はっきりと断りやがった。
「人に知識云々はどうしたんですか」
「効率的に考えれば、フランから教えてもらうのが一番ええ」
「何の効率ですか」
たぶんもう、博士から敵の捉え方は教えてくれないのだろう。
チョトブに攻撃された腹が、ずきずきと痛む。
このままでは確実に俺は倒れる。腹筋が痛い意味で割れて、再起不能になる可能性だってあるのだ。
敵の捉えかた。
チョトブ並の速さを持つ敵に対して、これは必須事項である。
そしてそれを教えてくれそうな存在が、あのフランだ。
どうすればいい。下手に出ても、教えてくれそうにない。
ならば利害を一致させるのだ。それしかない。
あのガキにとって、単純かつ明確にメリットを提示する必要がある。
「博士」
「なんじゃ?」
「フランの趣味ってなんですか?」
「わしの論文を読むことじゃな。あと部屋に童話のクマクマ物語がある」
なにそれ、なんか寝不足になりそうな物語だわ。
「……好きな食べ物は」
「知らん、わしらあの汁くらいだからの。歯のために歯ごたえを硬くしたりはするが、それ以外はめっきりじゃ」
食い物にも全然意地がないのか。
ここまでくると……いやまて、食い意地がないなんてありえるのか?
「ほんとうに何も食べないんですか?」
「そうじゃなぁ。あ、フランも本で興味を示したのか、はちみつはたまに隠れて舐めとる。汁のための食材は色々仕入れておるからな。角砂糖も食べてみたようじゃが、あんまり美味くなかったらしい」
「そりゃ、砂糖だけじゃな」
これは大きなアドバンテージだぞ。敵は料理を知らない。
物で釣る。古典的だが、だからこそ強い。
「ちょっと、保存されてる食材を見てもいいですか?」
「ああ、かまわんよ」
異世界に来て何をやってるんだと思う。
でも俺が活用できるのは、今まで生きてきた世界の知識だ。活用しない術はない。
意気揚々と、家の中へ入って行き、
「い、いたぁあっ!」
ちょっと踏ん張りすぎて、腹筋を痛める。
*