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第四話「ういじん うさぎ」

 俺は、子供は好きだけど、ガキは嫌いだ。

 この意味がわかるだろうか。


 あれは中学のころ、子供との交流を目的として、幼稚園で園児と遊ぶという授業があった。

 子供たちのために一週間前から準備をし、遊び道具も作る。ちなみに自分は、パズルを作った。

 そして当日、クラス全員で幼稚園にまでいって、挨拶もそこそこに、それではみたいな感じで交流が始まる。

 園児たちがそれぞれ興味のある人物へと向かっていき、楽しそうにお話しする中。


 俺の周りには、園児が一人も来なかった。


 ここにきただけで、まだ何もしていないのにだ。

 園児の先生なんか、気の毒に思って俺の周りに園児を連れて行こうとまでした。やめて、ほんとやめて。

 

 子供は正直だ。そして、本能に聡い。

 一番子供が集まっていたのはクラスでもスポーツのできる男だ。イケメンでもないが、力強い奴だった。

 二番人気はイケメン。もうイケメンいややわ。

 子供は本能的に、味方になったら心強い人間を選んでいたのだ。

 現金でもなんでもない、素直にビビッと来た少年の元へ集まる。そういう意味では、たぶん気の弱そうな俺の元に集まる事は早々無いだろう。


 結果として、俺はほとんどの子供と交流することすらなく、ただの幼稚園見学状態のまま終わってしまった。

 何がいいたいのかといえば、子供は嫌いじゃない。

 だが、本能に正直なまま行動するガキは嫌いだ。なんだか俺が悲しくなる。

 とはいえ、理性を強く持った子供なんて、たぶんほとんどいないだろうけど。



 つまりだ、第一印象から俺のことを見下す、このフランもあまり好きじゃない。

 憎いと思えないのは、見た目が可愛いからだろう。

 ガキ七、少女三という割合だ。

 美人は本当に得だと思う。だって赤点が平均点近くになるんだよ。


 そんなことを思いながら歩いていると、ふわりと足元から浮遊感を受け取る。


「な、何だこの感じ」

「結界から出たのよ」

「結界って?」

「……モンスターから身を守るためよ。家にはるのは当然でしょ」


 当然なのか。それにしたって怒らないでほしい。

 あまり質問攻めにすると無視されそうなので、後のことを考えてもう黙る。

 にしても、モンスターか。やっぱいるんだな。動物とはどう違うんだろ。


「いた」


 フランが、丁度いい感じに呟く。

 その目線の先に、モンスターが……いた。


「チョトブ」


 そのモンスターの姿は、カードの柄に書いてあった通り白いウサギだった。ただ中型犬くらいの大きさがある。そして可愛い。


「あれを殺して」

「ん、ああ。殺していいのか?」

「ええ、殺して」


 フランはそんな心情もお構い無しに、物騒なこと言ってる。

 殺すのか、あまり気が進まないが、やるしかあるまい。


「えっと、水! 水の剣」


 とりあえず、今持っている中でまともに戦えそうなのは水だけだ。

 カードはそれに応えて、すぐに剣になってくれる。最初に行った魔法よりも、発動が数倍早かった。


 俺の叫び声に気づいて、チョトブがこちらを威嚇する。

 逃げる気はないようだ。目を合わせた瞬間にガンを決めてきている。


「よしこい!」


 俺が、じりじりと距離をつめる。

 チョトブ、見た目の危険度はかなり低い。目に爪を入れられないように気をつけ――


「なっ! はえぇ」


 突如、チョトブは動いた。

 雷のようにジグザグに飛び回り、俺を翻弄する。右左と目で追ううちに、攻撃が来た。


 チョトブの突進、腹に当たる。


「ぐぽぉ!」


 思わず膝を突いて、腹を押さえる。腹パン三回されたくらいの痛みだ。

 吐きそう。朝食べたの汁だけでよかった。

 

 対するチョトブは、ヒットアンドアウェイなのか、またもとの場所まで距離をとっている。


「しっかりして。そんなのへでもないでしょ」


 フランが、離れた場所から野次を飛ばしてくる。


「解ってらあ! うぉおおおっ!」


 気合を入れて突撃、剣術も何も知らない俺は、棒の様に剣を振り回す。

 チョトブは難なくそれを避けると、隙を見てまた腹パンならぬ腹頭突きがあたる。


「があっ!」


 痛みにもだえ、尻餅をつく。弱い、俺が。


「ばっかみたい」


 本当に悔しい。でも、喰らっちゃうんだよ。

 馬鹿なこと考えないで真剣にやろう。死にたくない。


 何度か腹にダメージを受けていると、


「ツバツケ!」


フランの声とともに、光が射しこまれた。


「な、俺!」


 フランが魔法を放って、あまつさえ俺に当ててきたのだ。

 思わず目を瞑り、衝撃に備える。とうとう本性表しやがったな。


「うぉおおおおおおっ!」

「なにやってんの?」

「あ、あえ」

「回復魔法よ、本当にちょっとだけ体力を回復させる」


 言われてみれば、ちょっとだけ体が元気になった。腹の痛みも和らいでいる。

 助けてくれたのか。

 俺が不思議そうにフランを眺めていると、フランは鼻で笑ってこっちを見返す。


「ふん、肝チビね」


 こやつは。

 ただ、俺はちょっとだけこのフランの評価を改める必要があるな。


 文句は言うけど、決めた事は嫌な奴相手だろうと実行する。


 普通あれくらいの年齢だと、親の見ていないところで適当にサボるものだ。はぐれたとか言って俺から離れる事だってできるはずだ。

 それなのに、律儀にここで見張って、回復までしてくれる。


「ガキ六少女四」

「は?」

「ありがとう! フランはいい奴だな!」


 フランは俺の感謝に対して、ただ眉をひそめるだけだ。なぜ困惑するし。

 まあいいや、気を取り直してチョトブを倒すことに専念すべし。


 ちょっとだけ目が慣れてきた。チョトブの動きは早くても単調だ。タイミングさえ合わせられれば、当らなくもない。

 三歩目だ、いち、に、さ――


「チョトブ!」


 なんか、後ろからお声がかかった。フランが魔法を唱えたのだ。

 チョトブに対して。


「おぶぉお!」


 魔法の光はチョトブに命中し、チョトブの素早さを一段階上げてしまう。しかも断続的なものじゃなくて、永続的にだ。

 もしかして、カードを同じモンスターにやるとレベルが上がるのか。

 早くなったチョトブの行動はまた見えなくなって、狩は振り出しに戻る。


「ふ、フラン!」

「それじゃ意味無い」


 意味無いってなんだよ。もうちょっと詳しく教えてくれよ!

 やっぱクソアマだ。俺の中ではもう改める必要なし、甘えなどいらぬ。

 いつか痛い目見させてや――


「ぶほぉ! ま、前より痛い」

「それはそうよ、前より速いんだもの」


 このままではあかん、死んでしまう。死ななくても回復と苦痛のループは嫌や。

 どうする、振り回す。こうなったらやけくそだ。


 俺はチョトブに向かって走り出した。


「鉄砲玉じゃぁあああっ!」


 叫びをあげて、チョトブに攻撃、いや、もう殺す。殺すしかない!

 チョトブの避けようとする動きが、俺の中に入り込んでくる。もう見飽きたんだよ!


「オラァ! 汝のあるべき姿にもどれやぁ!」


 物騒な声で、チョトブを切りつけた。当った!

 敵が速すぎたのもあって、かすった程度だが、確実にあたった。


「どうだ! この一歩は偉大なる人類の一歩だ!」

「うそ」


 フランが驚く。当てただけなのに、舐められたものだ。

 あのかすり傷なら、まだ来るだろう、気合を入れなおして、チョトブを見る。


「ありゃ?」


 するとそこには、氷付けになったチョトブの姿があった。


「なにこのオブジェ」

「……あなたがやったんでしょ」


 フランが、凍ったチョトブの元へと歩き出した。

 氷付けでわかりにくいが、よく見るとこのチョトブ、俺のつけたかすり傷がある。


「まさか、あんな一撃で凍るなんて」

「剣の力なのかこれ」


 すごい、だってちょびっと切れただけで、氷付けまでできるのか。

 フランがちょんと氷を突くと、それがきっかけになってチョトブの全身が割れていく。

 破片は光の粉になって一度空を舞うと、地面に収束して一つのカードになる。


「なるほど、殺すとカードになるのか」

「モンスターは魔力の集合よ、だから魔法管を持った人間を襲うし、死んだら大人しくなる」


 フランはカードを拾って、カードケースのようなものにしまう。

 ようやく勝ったのか。感慨もクソもないけど。


「じゃあ、これで終わ――」

「もう一体、わたしが使った分」

「……あれはフランが勝手に使ったんだろ!」

「じゃあ、利子トイチ、十秒に一枚――」

「あーいやまって! やる、そういう契約は無しで。なに、そうやるように言われたの?」

「そうよ」


 フランは正直だな!

 あのじじいはなんとしても俺を実戦に駆り出すつもりだ。何のためだか知らないけど。

 いや、たしかにこの世界で生きていくうえでは重要だ。俺の屑みたいなやる気じゃ成長なんていつ終わるかわからないし、これはいいことだ。

 でも、どうしてあの博士はそこまでする。


「早くして」


 そう考えている間にも、フランはさっさと先へ進んでしまう。

 俺は氷の剣を肩に担ぎながら、それについていくことが精一杯だった。


「あっ! 冷たっ、肩、肩が!」

「あほらし」


 そのフランの冷ややかな視線が、俺を急かすように睨み付けていた。



「も、もうむりぴょん」


 体中、特に腹部をボロボロにして、俺はあの家に帰ってきた。


「帰ってこれたんだ……」


 たった一晩、しかもクソ堅い床で眠ったあの家に、こうまで愛着がわくとは。

 腹筋は回復魔法で痛みはそれなりにひいたが、それでもずきずきする。


「おお、帰ってきたのかの」

「ただいまパパ」


 早速お出迎えじじいが玄関から現れる。

 フランは挨拶だけしてさっさと家の中にはいってしまった。疲れたのだろうか。

 博士はそれに構わず、俺の元へ来る。


「どうじゃった?」

「……」


 俺は無言で、手に入れたチョトブのカードを取り出す。

 一枚だけ。


「こりゃ見込みが薄いのう」


 ホントはっきり言うのなこのじじいは!

 残念そうに俺を見る博士の顔。俺が小学校のとき、体育の先生が跳び箱の授業で俺にしていた目と同じだ。


「とういうよりもの、フランから聞かなかったのか?」

「なにをですか」

「敵の捉えかた」

「そんなもんあるんですか」


 何も言わなかったぞ。ただ見て回復して敵を強化するだけ。


「基本中の基本じゃよ、これがないと動いている敵に魔法は当らん」

「じゃあ、博士が教えてくださいよ」

「嫌じゃ、絶対教えん」


 このじじい、はっきりと断りやがった。


「人に知識云々はどうしたんですか」

「効率的に考えれば、フランから教えてもらうのが一番ええ」

「何の効率ですか」


 たぶんもう、博士から敵の捉え方は教えてくれないのだろう。

 チョトブに攻撃された腹が、ずきずきと痛む。

 このままでは確実に俺は倒れる。腹筋が痛い意味で割れて、再起不能になる可能性だってあるのだ。


 敵の捉えかた。

 チョトブ並の速さを持つ敵に対して、これは必須事項である。

 そしてそれを教えてくれそうな存在が、あのフランだ。


 どうすればいい。下手に出ても、教えてくれそうにない。

 ならば利害を一致させるのだ。それしかない。

 あのガキにとって、単純かつ明確にメリットを提示する必要がある。


「博士」

「なんじゃ?」

「フランの趣味ってなんですか?」

「わしの論文を読むことじゃな。あと部屋に童話のクマクマ物語がある」


 なにそれ、なんか寝不足になりそうな物語だわ。


「……好きな食べ物は」

「知らん、わしらあの汁くらいだからの。歯のために歯ごたえを硬くしたりはするが、それ以外はめっきりじゃ」


 食い物にも全然意地がないのか。

 ここまでくると……いやまて、食い意地がないなんてありえるのか?


「ほんとうに何も食べないんですか?」

「そうじゃなぁ。あ、フランも本で興味を示したのか、はちみつはたまに隠れて舐めとる。汁のための食材は色々仕入れておるからな。角砂糖も食べてみたようじゃが、あんまり美味くなかったらしい」

「そりゃ、砂糖だけじゃな」


 これは大きなアドバンテージだぞ。敵は料理を知らない。

 物で釣る。古典的だが、だからこそ強い。


「ちょっと、保存されてる食材を見てもいいですか?」

「ああ、かまわんよ」


 異世界に来て何をやってるんだと思う。

 でも俺が活用できるのは、今まで生きてきた世界の知識だ。活用しない術はない。


 意気揚々と、家の中へ入って行き、


「い、いたぁあっ!」


 ちょっと踏ん張りすぎて、腹筋を痛める。


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