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第三十九話「ことば おことわり」

「水流!」

「うわっ!」


 フランが、アバレに対して魔法を放った。

 避けることもできずに、アバレは水流で吹っ飛ばされる。壁にぶつかる嫌な音がした。目が怖いけど本気じゃないだろうな。


「アバレ殿!」


 流石のロボも慌てて駆け寄る。一度俺を見て申しわけなさそうな顔をしたが、構わないと手を降ってやる。

 ラミィも、心配からか、アバレの元へ歩いていく。途中、必要もないのに俺のもとにもやってきた。


「……ごめんなさい」

「いいよ」

「ごめんなさい。結局、あなた一人に全部背負わせたのは、私の責任だから」

「だからやめろ」


 俺の声は、少し怒っていたかもしれない。ラミィがちょっとだけ、怖がっていた。


「俺は、口だけの人間が一番嫌いだ。なにもしなかったくせに」

「……っ!」


 俺は突き飛ばすように言い捨てた。

 ラミィはその言葉がショックだったのか。返事もせずにアバレの元へ行ってしまう。

 そして最後にこちらに残ったのは、フランだった。


 フランは攻めることもせず、ただ俺を見ていた。


「アオ」

「なんだ」

「こんどは、わたしにも言って」


 フランの両手が俺の右手を持ち上げて、しっかりと強く握り締めた。


「わたしは、いつだって何をすれば正しいのか、決められない。今だって、何をすればいいのか、わからない。アオが何をするのかも、わからなかった」

「正解なんてないよ」

「でも、アオは答えを決めた」


 フランの目はどこか、迷子の子供のように寂しそうで、何かを決意するように強かった。


「アオを一人にしたくない。アオの苦しいことも、わたしが半分背負ってみせる。だから、次は、わたしにもやらせて」

「……ありがとう」


 小さいフランの手は、両手でも俺の右手の震えを止めることはできなかった。

 でも、ちょっとだけ、震えが治まったような気がした。



 あれからしばらく、残った王国の兵たちが、王様を連れて上層に帰っていった。

 同行を勧められたが、怪我を治すという名目で一度離れた。俺たちは今、元奴隷の集まる小屋に集まっていた。


 もちろん、空気は最悪だ。

 アバレが言いふらしたというか、あいつは見るからに口が堅いほうじゃない。小屋中の子供たちに伝わったのだろう。あと、水流で吹っ飛ばされた怨念も含まれているかもしれない。


「アオ殿、大丈夫ですか」

「俺は殴られただけだからな」

「申し訳ありません。忠犬としての役目も満足に果たせず」

「かまわないよ、ロボにそういうのは期待してない」


 たぶんあの時、ロボは何が起きたのか理解しきれていなかっただろう。今になってやっと理解して、俺に駆け寄った感じだ。


「ワタシは汚名を晒してばかりで、あなたのサポートにも回れませんでした。アオ殿が傷つく必要は何もないのに。どうか次は、ワタシにその役目を」

「面倒くさいな、なら料理くらい学んでくれ。飯がまずい」

「……かしこまりました」


 本当に料理始めたりしないだろうな。一応犬だから衛生面が心配なんだが。


「ただ、アオ殿はこのままでよろしいのですか?」

「なにが」

「あの行動には正当な義理があります。誤解を模したままでは後味が悪くなりましょう」

「いいんだよ、ここは俺の居場所じゃない」


 俺は冒険者だ。都合が悪くなれば離れるだけで人間関係はリセットできる。

 ラミィはこの国にずっといるのだ。彼等との気まずい関係を残して、離れになるのはよくない。一番の懸念はそれだった。


 あれだ、曲がりなりにもちょっとハートを打ち抜かれてしまった弱みという奴だ。餓鬼の頃から惚れっぽくていつも痛い目を見てきた。

 小学生のとき、可愛い子のおならをかばったこともあったな、あの後可愛い子も一緒になってへっぴりって呼ぶようになったけど。

 恋愛とかけまして、ホモ摘発とときます、その心は、ほれた方が負け。


「おい、おまえら!」

「アバレ!」


 アバレをはじめにして、ゴーグルとラミィ、その他の子供たちが部屋に押しかけてきた。

 どいつもこいつも、けんか腰でこっちを見ている。ゴーグルとラミィは複雑な表情をしている。


「おいあんた、アオ!」


 ここで唐突だが、この異世界での言語の話をしよう。


「おい、きいてんのか!」


 日本語が基本で、英語も常用句に入っているのは、昔に言語を統一したときの名残らしい。

 なんでも、元は種族や地方で無数の言語があったらしく。龍がそれを一つの言語に混合したのが今の形なのだそうだ。


「なんだよ」

「何か俺たちにいうことあるんじゃねぇのか!」


 日本語っぽいのがどうして主流になったのかはわからない。龍にアニオタでもいたのかも。

 あと、言語の元は誰にもわかっていない。カードに書かれている文字も出元は不明だ。どうして日本語っぽくなったのか、ちょっと疑問。


「ないよ」

「ふざけてんのか!」

「アバレ、いいかげんにして!」


 ラミィが見かねたのか、アバレを止めた。


「あれは私のせいなの! それをアオくんは」

「なんでこんな奴庇うんですか!」


 ああ、言語とは理不尽だ。

 たとえ理にかなっていても、それが正解であっても。優先されるのはそのものの視点だ。


 一番都合よく、わかりやすい結果こそが、真実なのだ。


「まあ、俺が悪かったよ。王様助けたことの報酬があれば、お前らが全部もらっても構わないよ」

「そういう問題じゃねぇ!」


 アバレが涙を溜めて、こちらを睨みつける。なんだかんだで、サンバルが死んで悲しんでいるのだ。

 たとえ蔑んでいたとしても、彼等にとっては仲間だったのだろう。そういう意味では、ちょっとは好感が持てる。本当に今更過ぎて、ちょっとだけど。

 劇場版ジャイアンだな。


「おいゴーグル」

「むしす……うっ」

「はい、なんでしょうか」


 アバレの叫びが、止まる。フランが大砲を構えたからだ。わかりやすい脅威に対して、餓鬼は敏感だ。

 視線だけでフランに感謝しつつ、ゴーグルに話しかける。


「この小屋への資金援助は、今どうなってる」

「……アオさんの言ったとおりです」

「なんのはなしだ?」


 イェーガーは最後に、自分がこの小屋の資金援助をしていると言っていた。

 それが本当なのか、確かめさせたのだ。足長おじさんとはいえ、ここに金を持ってくる以上は足がつく。貴族であるゴセイの名前をだして調べれば、すぐに知れたのだろう。

 つまり、今後支援金は望めない。


「ならなおさら、王様助けの報酬は必要だろうが。そういう問題だろ」

「は、はぁ! なにいって」

「帰る」


 もう居心地もクソもないので、席を立ち上がった。ロボもフランも静かなままそれに従う。


「待ってアオくん、帰るって」


 ラミィが、俺たちを呼び止める。


「どっか、手ごろな宿でも借りるよ。この街にあんまり長居したくないんだが、奴隷と、探しているものの情報を集めないとな」

「探しているものって、あれだよね、この世界で一番美しいもの」


 ラミィの聞き返す言葉に、ちょっと嫌な予感がした。もしかして、手伝う気じゃないだろうな。


「私も、せめて探し者に協力――」

「いらない、余計なお世話だ」

「でも探し物をするのなら、人が多い方が」


 面倒なことになりそうだった。俺はラミィがついてこないよう、振り返って……ゴーグルと目が合った。

 そしてゴーグルの口から、思わぬ言葉が飛び出てきた。


「青空より広大で、緑より穢れ無く、赤く燃えあがる気高さを持ち合わせた、現存する全ての心よりも美しいもの」

「……え」

「おい、なんでそれを知ってる?」


 その台詞は、あの地の精霊、ガイアスの言っていたものだ。

 なぜ、ゴーグルが知っているんだ。


「えっと、すいません。一番美しいものって聞いて、つい思い出したんです。僕の故郷で、それを守り通す一族がいて、よく自慢されまし――」

「おいゴーグル。お前の故郷ってどこだ?」

「い、いたっ」

「あ、すまん」


 俺はいつの間にか、ゴーグルの肩に手を乗せて、無理矢理にでも聞きだそうとしていた。

 アバレが激昂しそうだったが、フランの威嚇には勝てない。


「たしか、ゴーグルの故郷って、カザンドだよね」

「はい、イノレードのやや東にある、山奥の村です。もう家族もいないので、誘拐されてからは戻った事はありませんが」

「カザンド……」


 イノレードは知ってる。あの三大国家のひとつだ。確かドーナッツ状の大陸で言う一番北の方にあった。ちょっと遠いな。

 ただ、はじめて有力な情報を得られた。あのクソケチ岩精霊は本当に曖昧だったし。

 目的地が、意外なところで決まった。


「……ゴーグル、さんきゅな。カザンドか」

「アオ、そこに行くの?」

「ああ、今日一日回って、何もなければ、そこに向かおうと思う」

「好機逸すべからずですね、旅の準備、ワタシも尽力いたしましょう」


 一応、奴隷を買いに行くから、今日中に終わるかどうか怪しいが、善は急げだ。早めにやることやって、この街を出よう。

 ちょっとだけ、こいつらに関わった見返りもあった。痛い目を見た意味もあったんだな。


「アオくん」


 そんななか、水を差すようにラミィが口を開いた。

 こいつとももう最後の会話だろう。二度と会うこともない。月とすっぽんでは、恋どころか視線すらおこがましい。


「なんだ」

「私も、その旅に連れて行って」

「……は?」


 今なんといった。


「どいうことだよラミィさん!」


 流石のアバレも、堰を切った。ラミィに駆け寄って、服をつかむ。

 ラミィはその手を優しく包んで、自分の身から離す。


「ごめんねアバレ、でも、もう決めたことだから」

「……ふざけてるのか?」

「ううん、全部本気。アオくん、私をその旅に連れて行って、私は、あなたの力が必要だから」


 俺は困惑する。それは周りの人間も一緒だった。

 ただ、フランとロボだけは、何かを察したのか、はっとなってラミィを見る。


「ラミィ殿、もしかして、あの予言ですか」

「うん、そう。ごめんねみんな、私、ちょっとだけ前に、導の精霊から予言を受けたの」

「……今より先に進みたくば、力を伝う奏者に会い、道を請え。彼方の姿にこそ、あなたの信じる道に最も近いものを持っている。夢に、手を伸ばす光となる」

「あ……ああ!」


 思い出した! 確かにそんなこといってた。

 フランは一字一句まで覚えていたようで、とんでもない記憶力だ。


「そ、そんな! 精霊の予言とはいえ、まさかこんな奴が!」

「あのルツボを倒したとき、私はアオくんのことを見ながら、ずっとこの予言が頭に響いてきたの。たぶん、アオくんが力の奏者なんだと思う」


 ラミィのいいたいことは、わからなくもない。あの風の魔法は、力の奏者だろう。

 だからといって、こいつはそんな言葉を信じて……いや、この世界の予言は、絶対に外れないものなんだっけ。


「つまり、俺についていけば、夢に手を伸ばせると、そのために、利用すると」

「り、利用じゃないよっ! 私から得られるものなら、なんでも協力するよ! 戦力にもなるからっ!」


 戦力はこれ以上要らないのだが。


「ら、ラミィさん」


 いきなりのことだったのだろう、あのゴーグルもちょっと慌てている。


「ごめんね、でも、自分の夢だけは、諦めたくない」

「……ラミィさん、それは、予言じゃないと手に入らないものなのか?」


 アバレが震える声で、ラミィに尋ねる。


「うん、私のやりたい事は、技術とかそういうものだけじゃないと思うから。ここで逃げて、諦めたら、遠くなっちゃうと思う」

「嘘だろ……その予言は、嘘じゃないんだよな」

「本当だよ。内緒だったけど、導の精霊とは、知り合いだったの」

「こんな、やつらに……そんなの!」


 アバレが、どうにもならないといわんばかりに机を殴る。

 ゴーグルまで、諦めムードで達観したようにラミィを見ていた。

 どういうことだ、それほどまでに導きの精霊の予言って強いのかよ。


「……ラミィさん、導の精霊には、確実に苦難と試練が待ち受けていますよ」

「うん、わかってる」

「わかりました……この小屋の事は、まかせてください」

「ありがとうっ!」

「ラミィさん!」

「ラミィざぁあああん!」

「だみぃxくがげあろいgjkfdjgsl!」


 餓鬼どもがわらわらと、ラミィのもとに集まっていく。まるで今生の別れみたいに、泣いていたり悲しみをこらえたりするものがいる。

 おいまて、まてまてまて。


 ラミィは涙を拭いながら、俺に向かって笑いかけた。ああ、次に何を言うのか予想できた。


「アオくん、これから――」

「断る」


 でも、そんな笑いを凍りつかせるように、俺は口を開いた。

 ラミィは瞬きもせずにこちらを見て、子供たちも、一瞬言葉をなくしてしまう。


「ぜっっったいに、お断りだ。ラミィ、お前を旅には連れて行かない!」


 そんな空気も知ったことじゃなく、俺は断言した。



 しんと、俺の言葉によって辺りの空気が静まり返った。なんとも見知った空気だ。


「えっと、アオくん」

「駄目だ」

「どうして? アオくんの旅にはなんでも協力してみせるよ。どんな危険があっても見捨てたりしない」

「そういう意味じゃない。役に立つとかたたないとか、そういう領域の話じゃないんだ」


 ラミィは怪訝な表情で、こちらの言葉を待っている。

 どうしても言わなければいけないのだろうか、嫌なんだよ、俺の小物っぷりが周りに知れ渡るのが。

 できるだけ、本音を後回しにして、言ってみるか。


「まずは、ラミィ、お前の出生が関わってる」

「私の出生……えっと、それは」


 ラミィが周りを気にしながら、言葉を濁す。

 その想像であっていると、俺は頷いた。


 そう、ラミィは王族の、しかも直系の姫なのだ。


「ラミィの出生は、周りの人間たちに影響が強いんだよ。俺たちがどれだけ気にしないでいても、それだけは変えられられない」

「アオくんがいうなら、私はずっとこのまま顔を隠してもいいよ」

「そういう問題じゃないんだよ。そんなことしても、完全にばれないという保障はない。現に、俺はラミィの出生を知っている。断言するぞ、その地位と名はいつか、俺達に絶対何かの不祥事を起こす」


 仮にも王族なのだ。狙われるのも、歓迎されるのも一般人とはケタが違う。


「それに、俺たちだって気にしないようにするって時点で間違ってる。ラミィが気にしなくてもいいって言っても、絶対に俺たちはその事実を完全には取り払えない。何故そんな不安定要素を好き好んで連れて行く必要がある」


 俺はどうにもならない要素、ラミィが王族であるということを徹底的に叩いた。


「ラミィは自分と人とを対等に見ているだろうけどな、他の人はそうじゃないんだよ。あんたか確実に上なんだ。俺は遠慮しながら旅が出来るほど、ベテランじゃない」

「……」


 ラミィが、うつむいて考え込んでいる。俺達に強引についていく事は不可能だと思っているのだろう。ついていくのなら、俺を論破しなければならない。


 俺は、ラミィを連れて行く気はない。

 本音を言えば、こっちになびくはずもない好きな女性を、近くにおいておきたくないのだ。希望もクソもないのに、期待だけ残すなんて、残酷すぎる。


「アオ殿」

「駄目だ。そうやって同情なんかで連れて行けば、それこそ後で後悔するんだよ」

「おっさんのケチ!」

「ケチ!」


 餓鬼共がわめきだした。いや、俺はケチであってるけど。

 いいじゃないか、ラミィが残ってくれるんだぞ。


 ロボとの時とは違う。ラミィには居場所がある。俺たちといなくても、こいつには十分な居場所があるのだ。そんな世界を捨てて、こいつは俺たちについていこうとする。それも、許せなかった。


「それに、四人目の仲間はもう決まってるんだよ」

「えっ! アオくん他にも友達がいたの!」

「俺に友達いないみたいに言うのやめろ。いたというか、これから見つけるんだよ、四人目は奴隷にしようって、この街に来る前から決めていたんだ。そして、四人越えでの旅はありえない」

「最低!」

「さいてー!」


 野次馬がなんとも姦しい。いいだろ、五人いたらコントローラー一回休みがでちゃうんだから。

 四人以内というのは完全に俺の好みだが、奴隷にするというのは事前に決めたこと。俺たちパーティには必要なものなのだ。


 フランはそれを承知している。このことに口を挟む気はなさそうだ。

 ロボも一度、奴隷を買うことを承諾してしまった以上、真面目なことに口を出せなくなっている。


 まあさすがに、諦めただろう。そう思ってラミィの顔を見ると、


「……」


 何か思案している。嫌な予感がした。

 こんな予感は、中学のときに、いたずらによって女子更衣室の看板が男と入れ替わったあの時以来だ。ホント入らなくてよかったと思える。ただ変態呼ばわりはされたけど。

 とにかく、やばい。やばいやばい。今回は防げる気がしない。


「ねぇ、アオくん」

「な、なんだ?」

「私が、アオくんの奴隷になるって言うのはありかな?」


 …………

 ………………

 ……………………


「ハァア!?」


 一瞬、思考が停止してしまった。

 俺だけじゃない、同じような叫びを、周りにいる餓鬼共全員が放った。


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