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第三十七話「なかわるく いんちき」

「……あ?」


 イェーガーのほうけた声だけが、下水道の中で響いた。

 そこはまた別の、入り組んだ大部屋だった。あちこちに悪そうな大人がひしめき、たぶん、あの中のどこかにサンバルも隠れているだろう。

 ただ、今の状態ならば、全体の把握はあんがいちょろい。


「どうした、初めて狙いを外しましたって顔してるぜ、顔見えないけど」

「……アオだっけか」


 俺はその集団の一角、一番ロボたちから遠い場所に潜んでいた男に話しかける。手についた風の魔法を見せびらかしてやった。

 その男、イェーガーは鼻で笑い返す。


「へっ、正直、死にはしないと思ったよ。でもさ、もうちょっと待ってくれれば、手遅れになったんだぜ」

「いいじゃねぇか、間に合った!」

「ほわちゃぁああああああっ!」


 俺の横から、両腕を全快させたラミィが飛び上がる。回復に土の杭を使ったのは俺なのに、感謝一つなかったんだよ。

 当然の如く広場の中央まで飛び去り、たくさんの衆目が集まる中一回転する。吹きぬける風が、ラミィを歓迎していた。


「肌身晒す恥を思えど、今なびくは表返った心! 激怒疾風! シルフィードラミィ! 風の便りにてただいま参上!」


 風が敵陣の只中を駆け抜ける。呆けていた大人たちは一瞬にして中央を吹き飛ばされて、かく乱させられる。

 やっと我に返った大人たちが、ラミィに向かうころ、俺はその隙を狙ってフランとロボのいる場所にまで駆けていく。今のうちに状況の確認をしないと。


「ロボ、王様の容態は」

「あまり芳しくありません。腹部を貫通する攻撃を受け、今フラン殿にツバツケを頼みましたが、回復のためには絶対安静でしょう」

「そうか」


 俺は次に、近くでへたり込んでいるフランを見やる。

 どうしたのだろうか、やけに元気がない。戦闘中だから、もうちょっと気を張ってほしいのだが。まあいいか。


「フラン」

「……ごめんなさい。わたし、何も――」

「助かった」


 ぽんと、頭に手を乗せてやる。あ、これって女性に嫌われる仕草だったか。

 フランはそんな俺の仕草に、ちょっとぽかんとする。


「なんで」

「フランが王様を助けたんだろ」

「でも、怪我をして、動いたのだってロボ――」

「フランがいなきゃ、王様はまだ人質のままだった。ロボに大声を出すよう指示したのも、フランだろ。あれのおかげで、迷わず俺たちはここに向かえた」


 フランはわかっているのだろうか。この綱渡りみたいな状況を乗り越えたのは、ロボであり、フランでもあるのだ。


「ありがとうな、お前がいるから、皆無事なんだ」

「……うん」


 ちょっとだけ、フランが元気を取り戻した。よかった、頭を撫でたこと、怒ってない。


「あとは任せろ、俺もそろそろ、働く」

「ありがとう、アオ」


 涙ぐんじゃって、かなり怖かったのかもしれない。さっき元気がなかったのもそのせいか。

 と、そこに俺に向かう気配を感じた。

 風の弦を引き、一度音を鳴らしてその気配をそらす。俺から二メートルほど離れた場所で、爆発が起こった。


「ロボ、お前は王様を放すなよ。フランはロボを護衛だ。気絶した一人を守るには二人必要だからな」

「アオ殿、それでは戦力が」

「十分だよ」


 中央にいるラミィが、暴れている最中に、増援が来た。


「新たなもののふかっ!」

「ちげえって」

「全体、王をお守りしろぉおおおおっ! 風の護衛陣!」


 近くにまで来ていた王国の兵が、こちらにまでやってきたのだ。少数だが、あの奴隷商人たちよりかはずっと強い。

 かぜんこの場は、戦場と呼ぶに相応しいまでの乱闘騒ぎだ。


「あ、アオ殿これは」

「貴族兵だろうよ。機密だから少数だけど、これで十分だ」

「なぜ、こちらに来るとお分かり……っ!」


 また、俺たちに向かって水のレーザーが照射される。見るまでもないが、当たらない。


「そんな気にするなよ、人が働いてやるって言ってるんだ」

「あ、アオ殿!」


 俺は立ち上がり、一直線に走り出す。

 傍から見れば、一人だけ逃げているようにも見えただろう。兵隊にはそう見えたかもしれない。


 でも俺は逃げるよりむしろ、向かっていた。

 風となって隠れる、イェーガーのいる場所に。


「よう」

「……」


 戦いの喧騒から少し遠く、静かな物影に潜み、見つけた。

 つむじ風のように吹き荒れる見えない何かに向かって、挨拶をしてみる。


「あんた、水の能力じゃないだろ。ごまかしはもう無理だからな」

「……最悪だな」


 たぶん今までの攻撃は、彼がポチャンか何かで生み出した水を射出しただけで、水の能力じゃない。

 簡単な話だ、水を噴き出すには風でも出来る。


「水と叫んでたのも、カモフラージュか。そうだよな、水で隠れるって言ったら、水場をまず疑ったりする」

「……そういう細かい配慮が、オレの生き方なんよ」


 風が一度巻き返った。そこには、何度か見たことのあるフード姿をした男が現れる。


「フェイクってのは、多く、細かいほどいいとおもわぇか、あんちゃんよ」

「同意だ」


 俺は風の弦をもう一度引き、風を起こす。

 男のフードを無理矢理取り払い。そいつの容貌を露にする。


 見覚えのある男だ。たしか、貴族階級にいた、ゴセイって奴だ。


「ほんと、しまんねぇな」

「同意だ」


 この場には誰もいないせいか、ゴセイことイェーガーはそこまで動揺しない。


「なんにしても、あんたには聞きたいことが結構ある」


 陽のカードについて、俺たちが何故持っていると思ったのか。誰に聞いたのか。そして何より、フランを手にかけようとした男は、善人だろうと容赦しない。

 俺は、手に装着された風の弦楽器を前に掲げて、戦闘態勢をとった。


「日陰者同士、仲悪く行こうじゃねぇか。イェーガー」



「こりゃ、うちらが寡勢(風い)ってやつかな」

「そういうのは、おやじギャグっていうんだよ」


 発動まで口先で隠していたんだなこいつは。

 イェーガーが右手のひらの上に小さな竜巻を作る。それが段々と術者の全身を取り込み、イェーガーそのものを風に変えた。バイオライダーの風バージョンか。


「風はいい、空気さえあれば、攻撃できる。元々、オレの味方は空気だ」


 分散したイェーガーの気配が、ユニットのように駆け巡る。風のため、肉眼で捕らえる事は不可能だ。

 俺はただ、風の弦を一回だけ、はじく。


「それは、音も一緒だろ」


 ぴんと、張り詰めたような音がこの場所にひびいた。どの母音にも属さない波紋が、空気を割った。

 風に消えたはずのイェーガーの姿が、目の前に現れた。音響が、風の意図を狂わせたのだ。


「んなもん、わかってんだよ!」


 イェーガーもそれは承知だったようだ。一度消えたのはおそらく、眼くらまし。出現の瞬間に、一斉攻撃を開始した。


「コンボ! 風、ミズモグ、ガチャル!」


 下水道の湿気が、壁中を湿らせたこの部屋で、いくつもの攻撃の気配が分散する。避ける場所の見当たらない、風の雨が俺に向かう。


「ったく、忍者屋敷じゃあるまいしな!」


 俺は、さっき引いた弦の隣にある、また別の弦を引く。すると、まるで音に引き攣ったように風の軌跡が歪み、俺のいる場所だけ、風の雨を逃れる。

 それどころか、そのうちの一つ二つはイェーガーへと向かい、彼の足を少しだけ抉り取った。


「ふっ、ざけてるじゃねぇか、兄ちゃんよ」

「あんたのおかげだよ、ピンチはチャンスだなんて、どっかのゼミじゃあるまいし」


 俺は左手を掲げ、その風の魔法をイェーガーに見せ付けた。

 腕輪に引っ付くようにして、一つの弓と、たくさんの弦が紡がれている。


「俺はさ、ずっとこの魔法を、弓の武器だと思いこんでた。でもさ、元々の発想からおかしかったんだよ」


 イェーガーは肩を抑えて、反撃の隙をうかがっている。射殺さんほどに俺を睨みつけて、額に汗をかいている。

 これはお返しだ。あの時余裕ぶって、上から会話を始めたイェーガーに対する嫌がらせだ。


「魔法は武器じゃない。絵を描いたり、なんにでも応用できる。兵器利用ってのが真っ先に浮かぶあたり、俺は頭が固かったよ。こいつはハープって言う楽器だったんだ」


 あの時、ラミィとともに閉じ込められた俺に対して生まれた発想は、すぐに魔法へと伝わった。形を変えて、今まで知ることのできなかった使用方法がどんどん頭に浮かんでくる。


「こいつは音を使って、音の届く空間を自在にゆがめるんだ」

「兄ちゃんさぁ、そいつぁ……インチキってもんだぜぇ!」


 イェーガーが、こちらに接近する。肉弾なら俺に攻撃できると踏んだのだろう。片手だけを風に変えて、俺にぶつけるつもりだ。

 フェイントに注意しながら、俺は少しずつ後ろに後退する。イェーガーは肉弾でも相当強いようだ。


「音が出ている間の変化なら、オレはその一瞬でまた風になればいい。つうかさぁ! 兄ちゃん、それで攻撃できんの!」

「前と同じで、遠距離は当らない。元々、こいつには物を破壊する能力はないんだよ」


 これは武器じゃない。

 俺は一度大きく後退する。背中が、壁にぶつかった。


「だから、俺も肉弾」


 俺は腰を低く構えて、左拳を引く。格闘技も何もない、ただのパンチだ。気配もバレバレ。

 イェーガーは用心深く、体を俊敏に動かしながら近づいてくる。たぶん、今の俺じゃ身体的に避けられる攻撃じゃないのだろう。


 俺はその攻撃を待たずに、右手で弦を弾いた。

 次の瞬間には、イェーガーが背後にいた。


「拳だぁ!」

「なっ!」


 イェーガーも驚いただろう。今まで目の前にいた男が、突然背後にまで移動したのだ。実際は、イェーガーが俺に背中を向けるよう、歪めただけだ。

 移動する物体なら、なんでも方向を歪められる。それで本体を壊すことは不可能だが、攻撃は別にすればいい。

 すでに振りぬいた左拳は、そのままイェーガーに当たる。衝撃は、たぶんほとんどない。

 だから、もう一度、右手で弦を弾く。


「おめぇさ、インチキすぎるだろ」

「同意だ。気が、合うなっ!」


 ハープのついた左手から、直接音を響かせた。

 つまり、風の弓として使っていた衝撃そのものを、相手の体に打ち込むのだ。

 拳を台風の目にして、イェーガーの腹が竜巻を起こす。パァンと子気味のいい音を立てて、吹っ飛んだ。


 あの、ラミィと閉じ込められたときに使った技だ。質量に関係なく、触れたものを吹き飛ばす力がある。

 風の魔法は物を破壊できない。だからこうやって飛ばして、何かへたたきつければいい。十二分に戦力だ。


 一応は、壁との衝突で爆散されるのも嫌なので、威力を弱め、距離が開くよう通路へ吹っ飛ばした。まっすぐいけば、先程のフランたちのいる場所に転がっているだろう。


 圧倒した。たった一つの武器を理解しただけで、あのイェーガーをほぼ無傷で倒すことが出来た。相性もあるだろうが、これは異常だろう。

 やっぱり、この武器は異世界から来たことと関係があるのだろうか。



「あっ、アオくん!」


 俺が大部屋に戻ると、ほぼ雌雄は決していた。

 数人の悪そうな奴隷商人は倒れ、すでに兵たちが包囲を始めている。中には、あのサンバルも混じっていた。


 ラミィがこちらに向かってくる。俺を心配するように全身をぺたぺた触り、怪我の確認をする。


「うん、やっぱり無傷」

「そりゃ、あれがあれば――」

「アオ!」

「アオ殿!」


 フランとロボもこちらにまで来てくれる。もう終わったも同然か。


「ツバツケ! 大丈夫アオ! 怪我してない!」

「おいフラン、無駄に回復を使うなよ……」


 それ高いんだぞ。俺に使ってくれるのはありがたいが、回復するのは走って疲れた体力と、擦り傷くらいだ。つばつけときゃ治る。

 残った懸念は、あと一つだ。


「へへっ、ままならないねぇ」


 イェーガーは頭から血を流し、フラフラな状態でもなお意識を保っている。壁に肩をぶつけたのだろう、右肩が変形している。

 兵は包囲しつつも、イェーガーの体から溢れる攻撃の気配に、攻めあぐねていた。近づきがたい、まさに手負いの虎だ。


 ラミィはそんな中ひとり、前へ進み出た。


「イェーガー……いえ、ゴセイ、何故あなたはこんな事を」

「しちゃ、悪いかい?」

「その行いで、今ある国の平和が崩れることをわかっていますか!」

「平和、それがいけねぇんだよ」


 震える指でラミィを指差して、イェーガーは笑う。


「オレが餓鬼だったころは、まだ戦争があった。オレはいつも親父たちの武勇伝を聞かされて育ってきたよ。命を懸けた決闘で窮地を乗り越え、敵を踏みにじる快感を教えてくれた。生への執着が、自らの命を高めることを、誇りに思えた」


 イェーガーはまるで神でも崇めるように、自分の言葉に酔いしれる。

 ラミィはただ、口を紡いでその言葉を聞き続けた。


「だが今はどうだ? 平和なんてお題目で戦争はなくなっちまった。がっかりだよ失望したよ。オレはその誇りのラインにすら立てられないと思い絶望した。だがある日、ふと窓の外を見ると、あいつらがいたんだ」


 イェーガーは、眼でサンバルを捉える。


「非公式の奴隷と称され、蹂躙され虐げられるもの。この平和な世界の中でも、あったんだよ、踏みにじるための土台だけな」

「そんな、そんなもののために!」

「オレにとってはそんなものが全てだ。人生ってのは残すものじゃなく、どう生きるかが重要だって、知らないのか?」


 ラミィを含め、この周りにいる兵士たちは、イェーガーの台詞を理解できなかった。

 ラミィは平和を愛と、イェーガーは平和を腐ると読んだ。全く持って違う価値観を、彼女は受け入れられない。

 イェーガーもそれを承知で話したのだろう。肩をすくめて、苦笑いをする。


「まあ、でもここいらで潮時か、どうやら、限界だ」

「では、あなたを拘束します」

「拘束? ふざけるんじゃねぇ、オレの生き方に茶々なんて、死んでもごめんなんだよ!」


 その台詞を機に、イェーガーが動いた。攻撃の気配を膨れ上がらせて、ここに居た多くのものが姿勢を低く構える。

 今更、どんな攻撃をしたところで、不意打ちを得意とするイェーガーではほとんど意味がないのだろう。

 そして何より、その攻撃よりも先に、ラミィの烈風が吹き荒れる。速さでいったら、ラミィの方が断然上だ。


「終わりです、シルフィード、ス――」

「うわぁあああっ!」


 そのとき、異変が起きた。

 あのサンバルが、大人たちを潜り抜けて、ラミィとイェーガーの間に割って入ったのだ。戦いの出来ない子供だからと、兵たちも油断していたのだろう。


 両手を広げ、ラミィの攻撃を止めようとする。だが関係ない、あの攻撃を通せば、おそらくイェーガーごと攻撃できる。殺傷のための魔法じゃないだろうから、二人とも気絶して、それで終わりのはずだ。


「か、彼がいないと、僕は、僕達は生きられないんだ!」

「サンバル! そこをどいて!」


 ただ、ラミィはその一瞬、戸惑った。サンバルに暴力を振るうことを、躊躇ったのだ。

 イェーガーが、カードを取り出す。今更何のカードを使って――


「ルツボ」


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