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第三十六話「きれいごと あほ」

「正直、今回は駄目かと思ったぞ」


 あれからちょっとたって、連続した爆発が収まったあと。

 俺とラミィは、生き埋めになっていた。


「アオくんっ、動かせる?」

「無理だな」


 爆発からは、何とか身を守ることに成功した。

 というのも、ラミィが持っていたコモンカード、ドッカベのおかげだ。爆発の衝撃を防げるだけの壁を作り出し、助けてもらった。


「昨日の対策を打っておいて、正解だったね。ドッカベは一枚しか持ち出せなかったけど」


 ラミィは先日のモスキィーでの失態を学び、このカードを準備していたのだ。


「とはいえ、あっちもすでに対策済みだったようだな」


 対するイェーガーも、そのさらに裏をかいてきた。コンボで、デブラッカの大岩を降らせたのだ。

 そのせいで生き埋め状態となり、今の俺たちは狭い隙間の中でまともに手足を動かすこともできない。

 しかも大岩たちは、いつ崩れて俺たちを押しつぶしてもおかしくない。無理に動けばこの空間を刺激してしまう。


「ひゃ! アオくん、あんまり動かないで」

「ごめんなさい」


 俺たちが今いる隙間は本当に狭かったが、ドッカベのおかげで俺たち二人分だけ綺麗に空いたらしい。ラミィを庇って抱きついたのが二人の総合面積を減らしたのかもしれない。その狭い隙間でほとんど身動きは取れないが、目立った外傷はない。あといい匂いがする。


「本当にどこもけがはないのか?」

「うん、身動きは取れないしなにも見えないけど、五体の感覚はちゃんとあるよ」

「カードデッキは」

「ごめん、アオくんのはお尻で踏んづけちゃってて、カードを取り出せない。私のは辛うじてケースに触れられるけど」

「覚えているカードの種類は?」

「ツバツケ、ジュドロ、カチコ、キラン、ビュン、ポチャン、あとはないと思う」


 流して聞く限りだと、どれもこの状況を打開できそうにない。

 せめて、土の盾だけでも試してみたかったが、カードが取り出せないんじゃどうにもならない。


「私、攻撃はほとんど風のカードばっかりで」

「……」


 どうすればいい。

 不幸中の幸いか、風の弓はまだ装着されている。弓を引くことも出来る。ただ、この生き埋め状態のままあの力を使って、下手に大岩たちを崩さないか心配ではある。

 それに、丁度正面にあるのはラミィの出したドッカベだ。あの風の力ですら吹っ飛ばせる保障はない。


 早くしなければ、フランたちが危ない。そればかりが先行する。


「ラミィ、とりあえず両腕の治療はしたよな」

「うん、さっきツバツケを使ったよ、でも、いつもとに戻るか全然……」

「すまん、まだ調整が上手くいってないんだ」


 ラミィの両腕は、俺が凍らせた状態がまだ続いている。壊死はしないだろうが、治るのには時間が掛かりそうだ。

 考えろ、とにかく、頼れる選択肢は少ないんだ。

 一番の活路は、俺がこの風の弓を扱えることに掛かっている。


「ごめんね、アオくん」

「知るか」

「でもごめん。やっぱり私って、いつもどこか足りなくて……」


 ラミィがなんだか気弱になっている。打開策も見つからない現状が、精神を衰弱させているのかもしれない。

 俺だって、欝まっしぐらだ。


「こんなんじゃ、アオくんに嫌われるのも仕方ないよね」

「……こんな時だが、肥溜めの話をしよう」

「…………はい?」


 だからか、俺は唐突に場違いな話題を振る。

 今は急いでいるし、下手をすれば圧死する可能性だってある。こんな話をする状況じゃないだろう。

 でも、何も思い浮かばない以上、なにか気分を変えることをしたかった。どうして、この話になったのかは疑問だった。


 ただちょっと、ラミィの自重した微笑を見て、思い出してしまった。


「昔な、小学……小さいころ通っていた学校で、誰からも好かれる若くて綺麗な女の先生がいました。実際俺も、きれいで大人な先生がちょっとだけ好きだった」

「……アオくん?」

「黙って聞け、そんな女教師と、生徒たちが一回、農業見学って言う課外授業を行ったんだ。晴れの日に、近くの農場を見せてもらうって奴だ。そこで事件は起こった」


 ラミィは俺の話を聞いているだろうか。もしかしたら、面倒になって聞き流しているかもしれない。


「俺はその見学中、一回だけ肥溜めの前に立ったんだ。別に何をすることもなくな。そんな俺を、知り合いでもない二人の生徒が、背中から押したんだ」


 子供って、よくふざけて押しあいっこをするだろう。肥溜めを見ていた俺がボーっとしているように映ったのかもしれない。遊び半分で、突き飛ばしたのだ。


「思わぬ攻撃に俺は肥溜めに落ちた。知ってるか、肥溜めに落ちると、底なし沼みたいに段々と体に埋まっていくんだよ。少しずつ体が落ちていって、ほんと死ぬかと思った。他の生徒たちは、慌てながらも俺のことを笑ってみてた」


 あの匂いは、今でも思い出せる。ラミィが近くにいてよかった。


「そんで、そのとき担任だった例の女教師が、やってきたんだ。どうしたと思う?」

「……」

「俺をさ、汚いものでも見るかのようにどん引きしたんだよ。正確には肥溜めをみて、顔をしかめたんだろうが。どうでもいいんだ」


 生き埋めになったこの場所から、水の流れる音だけが隙間からひびいていく。ラミィがこれを聞いているのかは、わからない。


「俺はショックだったよ。女の先生はさ、俺を見て慌てながらも、絶対に肥溜めに入ってきたりはしなかった。自分が汚れるのが嫌で、ゆっくり沈んでいく俺に危機感を感じられなくて、俺がいくら叫んでもそこで棒立ちだったんだよ」


 気持ちはわからなくもなかった。でも、子供の頃の俺からしてみれば、その事実だけで最悪には十分だった。


「結局、誰からも好かれているからって、誰でも好きでいるわけじゃないんだよ。むしろ、そういう人間ほど、優先順位を自分に――」

「私は、入るよ」


 俺の言葉を、憂鬱を遮るように、ラミィが呟いた。

 なんだ、聞いていたのか。


「私は、その肥溜めに、アオくんを助けに行くよ」

「……言葉だけなら、なんとでも言える」

「言葉だけじゃない。だってアオくんは今、ここにいるじゃない。それは、誰か別の人が、危険を顧みずに助けにきてくれたんでしょ」

「そりゃ、まあ」


 実際に助けてくれたのは、農家のおっちゃんだった。肥溜めに素足で入ることも厭わずに、真っ先に俺を引き出してくれた。

 一度大きく俺を叱り、俺はいいわけも出来ずに涙をこらえていたが。それ以降は、その家のジャージまで貸してくれた。


「私が、アオくんを助けるから。だから、仲良くなることを、アオくんは怖がらないで」

「……それだって、どうせ夢とやらの、自分のためだろ」


 結局、口だけだ。ラミィは、俺に何一つ譲歩しちゃ――


「ううん、違うよ」

「夢と関係してるんだろ」

「関係してはいるけど、自分のためじゃない」


 ラミィは一度、躊躇うように口から空気を漏らして、唇を紡ぐ。

 そしてもう一度開いたときに、何か意を決すように、口にした。


「私の夢は、小さくてもいいから、街を作ることなんだ」

「……街?」

「うん、貧民も貴族もない。流れ着いてきた人たちが誰であろうと関係なく、誰かのために、みんなを支えあっていけるような、そんな街を作りたい」


 みんなの街を作りたい。

 ラミィの言っている事は夢物語過ぎる。そんな街、ありえない。

 でも、だからこそ、ラミィは嘘をついていないとわかった。


「……綺麗事だな」

「私は、この綺麗事だけは諦めたくない」


 狭い空間の中で、ラミィの手が動いた。自らの口元に指を乗せて、輝く瞳でウインクしてみせる。


「秘密だよ、誰にも言ったこと、ないんだから」


 ハートを、打ち抜かれた。

 嘘かもしれないが、こんなこと言われて勘違いしない男はいない。

 必死になって首を振って、正気に戻ろうとする。


 もうここまで来ると、ラミィのジゴロっぷりは芸術の域に……芸術?


「そういえば、ラミィはサンバルがカードを使いこなせるのを知ってたか?」

「えっ、そうなの」

「ああ、絵を描いて……絵を描く能力ってさ、もしかして視覚も騙せたりするのか」

「えっと、どういうことかな? 視覚をだます能力っていうと、光とか水とかのレアカード使いの中にいたような」

「なるほど」


 あの野郎、サンバルはたぶん、絵を描く能力を応用して、俺を騙したんだ。

 ロボたちに見せかけた幻覚をラミィの元へ向かわせて、ここに合流するように仕向けた。

 だとすると、ロボたちは完全に罠にはまったということになるな。やはり、どうにかしてここを脱出しないと。


「失敗だったな。そんな能力の使い方があるのかよ。芸術魔法って感じか」

「絵を描く能力は、聞いたことあるよ。あと芸術で言うと音楽を奏でたり、人形を操作したり」

「いやまて、ちょっとまて」


 今、何かが引っかかった。

 能力は必ずしも、戦いのものとは限らない。

 ふいに、俺の目が、左手に合った風の弓に反応する。


 あるのは、曲線を描く弓と、その弓の端に付けられた弦。

 見れば、その弓には、弦が二つ。


「ああっ!」


 俺はこの生き埋め状態にもかかわらず、大声を上げてしまう。


***


 知ってる。ロボは阿呆だ。

 知恵はわたしと同じくらいあるのに、どうしても行動が直感的すぎると思う。


「サンバル殿! 待つの……だ?」


 サンバルは速かった。あのロボが走っても追いつかない。その時点で、もうおかしいと確信できた。

 あれはなんらかの魔法だ。高速移動か、幻覚の類だろう。

 長い追いかけっこが終わる。やっとの思いで今、ロボがサンバルらしき物体をつかむ。その途端に霧となって霧散した。これは、幻覚の方だ。


「あ、あやかしの類か!」

「たぶん、罠」


 わたしが、もっと早くにロボを止めるべきだった。状況判断ばかりして、上手く嵌められた。アオとはぐれてしまったのが致命的だ。

 サンバルの形をしていた霧が払われると、そこには知らない大人たちがたくさん集まっていた。


「何者だっ!」


 ロボが叫ぶ。

 その叫びにつられて、一番偉そうな男が前に出てきた。


「これはこれは、精霊の眷属様でいらっしゃいますか」

「貴様等に名乗る名などない! その、後ろに縛られている者を放してもらおう! 十中八九、ラミディスブルグ令嬢であろう!」


 ロボは目がいい、あの集団に隠れたラミィを見つけたようだ。ただ、大人に囲まれて全容は把握できなかったのだろう。ひょっとするとあれは、サンバルかもしれない。

 ただ、出てきたのはわたしたちの予想を完全に裏切った。


「おやおや、私、これでも紳士でいらっしゃいましてね。女性を縛る趣味はありませんことで」


 大人たちが体をどけて、現れたのは……王様!

 この国、トーネルの王様だった。気絶しているのか、上層にいたときよりずっと静かになっていた。


「なっ!」

「われわれ、これから重要なビジネスがございましてね。失礼ながら、あなた方に構っている暇はないんですよ」

「王を使って、何をなさる算段か下郎!」

「やれやれ、国の一番を使う、決まってるでしょう。私が一番に近づくためですよ、駆けっこは一番速いやつに付いていくに限ります」


 大人のボスが右手を挙げると、それが合図だったのか一斉にカードを取り出して、


「火!」


 一斉に火を放つ。

 わたしはその一瞬の出来事に目を取られて、


「フラン殿、大丈夫ですか」


 飛び出したロボによって、救われる。

 あのままぼっとしていたら、わたしはたぶん死んでいただろう。いつもそうだ、予想外の出来事にあうと、指示されたこと以外に動けない。


「落ち着いて、相手をよく見てください」


 素早く物陰に隠れたロボが、諭すようにわたしに話しかけた。


「相手は複数、しかも王を手駒に持っている。今逃したらこの国に戦火が吹き荒れましょう。どうすればこの状況を打開できるか、一緒に腹積もりでもいたしましょう」


 怒るわけでもなく、ただ真っ直ぐに、わたしを頼っている。


「目論み次第では、ワタシなどいつでも案山子となりましょう」


 ああ、ロボは阿呆だ。

 でも、阿呆だからこそ持っているものがある。今なにをすべきか、状況を判断する能力ではなく、状況に対応する行動力を見せてくれる。

 なら、わたしも頑張らなくては。ロボのおかげで、考える時間はたっぷりある。


「ロボ、王様を守りたい?」

「是非」

「なら、頑張る。王様を助けよう」


 まず必要なのは、あの集団から助け出すこと。

 アオに頼るだけじゃなくて、わたしもやれるだけのことをやらないと。


「ロボ、大声を上げながら、あの周りで暴れまわって」

「御意! オォオオオオオオオオオオオッ!」


 びりびりと痺れるような咆哮が辺りを包む、わたしもふくめて、大人たちは竦みあがった。

 その声は途切れる間もないまま、大人たちの集団に飛び込んだ。これでいい。


 目的はかく乱だ。人質に使うにしても、まずは相手側と会話をしないといけない。その隙を与える前に、こっちがずっと喋っていればいいのだ。


「てめっ、このっ!」

「オォオオオオオオオオオッ!」


 ロボはよくやっている。敵の火炎をものともせずに、蹴散らしていく。戦うだけなら、ロボ一人でも十分だ。


「うごくなぁあああああっ!」

「オ……ッ!」


 予想通り、大人の一人がそれ以上の大声を放った。前に出て、王様を見せ付ける。


「おめぇ、王様がどうなってもいいんか? こちとら足の一本くらいは残してやろうと思ってんのよ」

「ぐっ!」

「コンボ、火! チョトブ」


 そこにわたしが飛び出して、魔法を使う。


「なっ!」


 王様をはがい締めにした大人は、最初にわたしが言った火につられて、攻撃と察したのだろう。王様を盾にして、迎え撃った。

 王様が、燃える。


「当り!」

「なっ、あちゃぁああ!」


 コンボの火とチョトブは、攻撃じゃない。火を纏ったものを飛ばす魔法だ。

 大人は思わず手を離して、その弾みで王様が飛ぶ。


「ロボ!」

「承知!」


 その火を纏ったままの王様をつかみ取れるのは、ギンイロの体毛を持ったロボだけだ。

 魔法が解けるころには、傷一つない王様を抱えたロボが、こちらに戻ってきた。


「なんとなんと、魔法の効力そのもをとばすなんて聞いてない!」


 やった、計画通りに――


「う~ん、やっぱ頼りにならないなぁ」


 次の瞬間、気配とともに、ロボに向かって水色の閃光が滑った。あの魔法は、イェーガー!


「……あ」

「でもま、予定通りと」


 わたしに向かってくれば、すぐにでも気配を察し、避けられただろう。

 だが、狙われたのはロボだった。ロボ本人にもけが一つなかったが。


「王様……王様!」


 狙われたのは王様だった。ロボに隠れてどこから血が流れているのかわからないが、ロボの慌てようは、たぶん普通の怪我じゃない。


「待ってロボ! わたしが治療――」

「う~ん、流れるように」


 そして、慌てたのがいけなかった。

 次の行動にばかり気を取られて、攻撃の気配に反応するのが遅れる。一直線に轢かれた攻撃の気配が、わたしの左肩に定まる。

 迂闊だった。王様を救ったと安心したところに、王様を治さねばと慌てたところを付けねらわれて、まんまとはまってしまった。


 わたしは、また失敗したのだ。大事な場面で冷静さを失い。すべてを瓦解させた。結局わたしは、何の成果も上げられない。

 馬鹿だ。これじゃあアオに――


 ピンと、張り詰めたような音が、わたしの耳に届いた。


***


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