第三十五話「なまぬるく おれのため」
*
「くわれるかぁあああっ!」
俺はその体制のまま、地面に杭を打つ、下水道のコケや草木が急成長し、俺の触手になった。
背後にいるラミィを絡めとり、動きを封じる。しかし、すぐに両腕の風がそれを引き裂いて、敵の攻撃を少し遅らせるに留まる。
でもそれで十分だ。
「もう一発!」
二度目の杭を使用して、もう一度触手を作り出す。杭の力は辺りに草木がある限りは有効だ。
そしてラミィの体には、時間でしか風が溜まらな――
「ビュン!」
「あばっ!」
ラミィがビュンのカードを使用した。更に逆巻く風が新芽から刈り取って、俺とラミィの間を丸裸にする。
俺はそのちょっとだけ稼いだ時間を使って盾をラミィの正面に置く。間一髪、敵の衝撃を防ぎはしたが、
「ビュン!」
ラミィが置かず二度目のビュンを使用する。集まった風で自らの体を竜巻に乗せて、俺の真後ろへ回転したまま滑り込んだ。
俺の無防備な背骨に、拳がめり込んだ。
「があっ……」
ラミィが放ったのはただのパンチだ。ラミィのコンボ限界数が三である以上、風を使い切ったのだろう。が、痛い。
俺は痛みに歯を食いしばって、振り向きざまに盾を回す。
すでにラミィは距離をとり、呼吸を整えて、ジャブを繰り返し、少しずつ自身で風を吸収していた。
「つ、つぇえ」
わかっていたことなのに、失念していた。風さえ集めれば、ラミィは無尽蔵に多彩な技を繰り出せる。
攻撃だけじゃない、防御、高速移動、遠距離射撃、汎用性の高い風のカードだ。
更にビュンのカードがあれば、インターバルを更に縮ませることが出来る。
今だって、俺がでれでれしていればそれだけ、ラミィへ風が溜まっていく。
「アオくんの盾は、たしかにつよいよ。でも、辺りの草木から力を集めるあなたと、空気を武器に変える私と、どっちが先に息切れするのかは決まってるよ」
「えらそうに……」
大体俺は、戦いに来たわけじゃない。
「ラミィ! 話がある」
ラミィは自身が有利になればなるほど、都合はいいはずだ。なら逆に、時間稼ぎにも乗ってくるはず。
迅速に、ラミィから聞き出せそうな情報を引き出して、説得するしかない。
「……何かな?」
「お父様って、国王のことだよな、なにがあった」
「……兄さんから、なにもきいていないのね。昨日、お父様はイェーガーに誘拐されたの」
「どういうことだ、誘拐されたのはラミィだろ」
少なくとも俺はそう聞いていた。だから捜索に出たのだ。
ラミィは俺の言っていることを若干理解しかねるのか、眉をひそめる。
これは、もしかしてもしかすると。
「私は、お父様が誘拐されそうなところを見つけて、イェーガーを追ったんだよ。イェーガーは、お父様を攫って、この国にクーデーターを起こすって話をしてて」
あのラミィ兄が、嘘をついたのだ。
国王誘拐という超大事件を、ラミィの行方不明という大事件で隠したのだ。
一杯食わされた。ラミィ兄は、俺たちが協力するように言いくるめただけなのだ。
「……イェーガーの後ろには、どれだけの人間が関わっている」
「わからない。貴族も何人かいるって言ってたけど、私は詳しく教えてはもらえないし、聞き出そうにも、お父様の命が掛かってる」
ラミィの体中から、風が吹き荒れる。既にどうしようもないところまで、風を溜め込まれたのかもしれない。
「だから、イェーガーと約束したの」
「約束……」
「アオくんが持っている陽のカードを手に入れるか、カードケースを持ってくれば、お父様を解放してくれるって」
「おいおまえ、そんな言葉信じて――」
「信じる以外に、何かできるの? 下手に手を出したら、お父様が……死んじゃう」
嫌な状況だ。ラミィは誰一人犠牲者を出したくないから、代わりに俺の力を奪おうとする。力ならまた取り戻せると、希望的観測をしている。
確かにどん詰まりだ。どうしようもない。
「でもな、俺も自分大事なんだよ……水」
「……アオくん、水のカードを使っても無駄だよ」
「んなこたぁわかってる」
ラミィは、俺のもつ攻撃能力は大体把握している。ほんと、人に見せるべきじゃなかった。
でも、まだやれる。
今までの氷の剣なら殺しかねなかった。でも、この前、下水に流されて習得した、部分的に凍らせる氷の力を使えば、ラミィを無力化できる。当れば、勝てる。
「それに、やってることが無駄なのはどっちかわかってるんじゃないのか」
「……ごめんなさい」
「うるせえ」
俺は剣を横に構えて、頭と胸の前に当てる。剣の腹とはいえ、手に当てているせいで、凍傷の痛みがはしった。
ラミィは拳を振りかぶって、全力でこちらに対抗するつもりだ。何回分も風が溜まっているかもしれない。氷の剣で一撃は防げるかもしれないが、どれをくらっても一撃でアウトだ。
「俺が勝ったら、俺のカードは諦めろよ」
「……私が勝ったら、アオくんのカードはもらうよ」
ラミィの敵意が、気配となって飛んだ。風を避ける目標は四回だ。
「こいやぁ!」
まず一回、こちらに接近するための風を使う。一瞬にして距離をつめられるも、予備動作も気配も読める。まだ大丈夫!
「大丈夫じゃ、ありませんっ!」
二回目の風だ。俺の背後に回りこんで、攻撃を仕掛けるつもりだろう。これも予測できた。三回目の右手から飛び出した風の矛を、その気配ごと避けていく。
そして四回目、ラミィの残った左手に風が篭り、俺を吹き飛ばすための半径一メートルほどの竜巻が、棒状になって迫る。
「……チョトブ!」
その瞬間を狙って、俺は連射限界も構わず自身にチョトブを唱えた。一メートルの風をギリギリで、飛び越え、そのままラミィの元へ向かう。
このまま、副作用が発動する前に俺が攻撃すればっ
「な、五回目だと!」
ラミィの五回目は、右足から放たれるなぎ払いだ。風を纏った足蹴りは氷の剣の横っ腹を叩いて、粉々に割り砕く。刃の部分でなければ、氷の剣は脆い。
互いに武器を失い、相打ち――
「まだだよっ!」
六回目の、ラミィの攻撃。構えた両腕を力いっぱいに溜め込んで、乱気流の腕を空中にいる俺へと差し出す。
次いで、身体中が連射限界の激痛に苛まれた、もとより空中で回避は不可能だが、これでは防御も出来ない。
避けられない。避けられないが、もう必要ない。
「まだじゃねぇ、もう終わりだ……痛い! いたたたたた」
「え、あれ! 冷たっ!」
今、力いっぱいに溜め込んだ。空気を吸ったのだ。
粉になった氷の剣を取り込んで、魔法を放つことは出来なかったようだ。ラミィの両腕が若干だが凍結し、重たそうに垂れ下がる。
俺は攻撃を受けることなく、地面に落ちた。また激痛があああ!
「いっっったぁあああああっ!」
「な、なんで!」
「……ぐすっ、割れた氷をすぐに取り込んだのが悪かった、な! まだ俺の魔法、っだったんだよ」
どこまで俺の魔法でいてくれるのかが怪しかったが、やはりしばらくは氷の剣でいてくれたようだ。割れてからも数秒は破片が残るからな。
「まさか、私をっ……拘束するためにっ!」
「あと何回撃てたのかは知らないが、関係ない。至近距離で氷を割らせられる技を使うまで待ていっつうっっ……!」
もう何度目だろう、何度もやるまいと決めていたのに、この痛みは数日に一度は味わってる気がする。
だがこれで、ラミィの動きを止め……動いた!
ラミィは立ち上がって、俺のもとに近寄る。動けない俺に対して、向かってきたのだ。
やばい、確かに両手が塞がってカードももてないが、俺を足蹴りにすることくらいは可能だろう。
やっぱり、無力化なんて生ぬるいことを考えるべきじゃなかったかもしれない。
ラミィが、目の前で、上から俺を見下ろした。
「まて、俺のカードはおいしく――」
「負けちゃった……」
負けちゃった?
そう言ったとたん、ラミィは力をなくし膝を突いた。
「誰も傷つけたくなかったのに……アオくんのカードを盗るために、最低な勝負まで臨んで、挑んだのに」
見ると、ラミィは涙まで流している。
「アオくんは、私と戦おうとしなかった、むしろとめようと考えていたなんて……勝てないよ」
地面を叩きながら、一人で敗北をかみ締めていた。
「結局私は、自分の家族のために、他人を犠牲にしたんだ……うわぁあああっ!」
なんとなくだか、察せた。
なんだかんだで、ラミィは消去法で選んだこの方法を、未だに迷っていたのだ。それでもどうにも出来ず、俺を大怪我させる方法を選んでしまった。
対する俺は、そんなラミィを倒すことじゃなく、無力化することを選ばれた。精神的に、俺以下の人間になってしまったわけだ。
まあ、俺以下は流石に屈辱だわな。
「でもっ、あの状況でどうすれば……」
「つつぅ……おいラミィ、王様はどこだ」
泣いているラミィを待っている暇なんてない。
俺は苦痛が引いていくのと同時に立ち上がって、ラミィに問いかける。
「アオくん?」
「案内しろ、ラミィが俺のカードケースを持って、敵の注意を引き付けている間に、俺が王様を助ける」
この分だと、おそらくロボたちは、イェーガーの罠に掛かった。あいつらを闇雲に探すのは難しい。
なら、こっちはこっちでアドバンテージをとるべきだ。それにロボとフランなら、簡単にやられたりはしない。
「王様を、助けるって……」
「誰も犠牲を出さないってのは理想論だが、犠牲は少ない方がいいだろ。だからもう泣くな」
「……アオくん」
「お前な、肝心なときに一人で動いちゃ、レジスタンスやらに顔向けできないだろ」
ラミィのヒーロー体質が、一人を選んでしまっているのだろう。姫である負い目と秘密が、彼女に一歩距離を作っている。
でも、一人でやろうとすれば、いつかぼろが出る。
俺が中学時代に散々いわれたことだ。一人で全部やろうとするな。
それなのに、俺が助けを求めても誰もきてくれやしない。嫌な顔をするだけで、俺から距離を置くやつらばかりだった。
なのに一人でやるなだと、馬鹿馬鹿しい。
一人でやるのが悪いんじゃない。誰も協力してくれない他人が悪い。
だから俺は、こいつに協力する。
「アオくん、助けてくれるの……?」
「捻くれた理由だけどな。俺はラミィのためにやってるんじゃないからな」
ラミィは右袖で目を擦り、いつものキラキラした瞳を輝かせる。
「……ありがとう」
存外、立ち直りは早いようだ。伊達にヒーローを名乗っていない。
「よし、じゃあ案内」
「待って! たぶんあそこには、非公式の奴隷商人がたくさんと……イェーガーもいると思う」
「……まじか、あいつの遠距離攻撃じゃ、敵の裏をかけないな」
ならば、やっぱりこれしかないか。
「わかった、俺の、もう一個の魔法を使う」
俺は風のカードを一枚、ケースから取り出して、あとはラミィに渡す。
「それって……」
「もう、このカードしかないだろ。あてずっぽうは、嫌いなんだがな」
あの、下水道で戦ったとき、どうしてかイェーガーは自身の姿を見せた。たぶん、風のカードの力で。
こいつの効力は未だに不明だ。だが、イェーガーに対抗できるのはこれしかない。
「俺がイェーガーを足止めする。あいつも、このカードは絶対に警戒してくるはずだ。あとはラミィが風のカードを溜め込んでおいて、不意打ちをするしかない。奴隷商人やらは、お前で何とかしろ」
「なんとかしろって、しかも不意打ちなんて卑怯だよ」
「お前今更なに言ってんだ。それに、何とかするしかないだろ、考えろ。たぶんあそこにはロボもフランもいる。とりま、ロボは満身創痍でも戦える」
あとは、フランが怪我をしていないことを祈るだけだ。あいつはロボと違って頑丈じゃないし。
「不意打ちのアドバイスだ、一番最初、何をするよりも先に王様を拘束しているやつらを叩け、人質はな、ナイフ持った敵が動くなって叫ぶまでは絶対に安全なんだよ」
それより先に叩くしかない。あとは運任せなのが情けない。
「うん、なんとなくだけど、頑張ってみる。アオくんも協力してくれるからねっ!」
そういう、俺がいるから頑張れるみたいな言い方をしないでくれ。誤解なのはわかりきっているのに勘違いしてしまう。これが人を引き付けるんだろうな。
俺は目を背けながら、手に持ったカードをいじくる。
とりあえず作戦会議は終わった。
「あとは、移動しながらでもこの能力を学ぶしかないな……風!」
「ほいでたー」
ほいでた?
そのとき、俺たちの耳に嫌な声音が響いた。この声を俺たちは知っている。
「「イェーガー!」」
ラミィと俺が一斉に叫ぶ、見ると、俺がこの部屋に入るときに使った入り口に、フードをかぶった男が一人、こちらを見据えている。
「う~ん、案外お兄さんは強かったみたいだねぇ。お姫様が頑張ってくれれば、不安要素はぽっきりだったんだけど、当てが外れた」
「イェーガー、おい降りて来い。こっちの都合が変った」
「いやだよ……オレの不安要素なんだもんよ~」
「だったら、なおさら俺を見逃すのはまずいんじゃないのか?」
たぶんこいつは、俺を確実に倒すためにここにいるのだ。
「まずいよねぇ。デモさ、ならおかしくないと思わない? オレは君たちが倒れているとき、手を出さなかったんだぜ」
イェーガーは調子よく両指を指して、俺たちをからかう。
「ま、お兄さんの魔法管限界が一個なんて信じられなかったってのがあるけど。警戒損だったわ」
「よくわかったな、俺が痛がりながら、あんたがチャンスと勘違いしてくれないか見てたんだよ」
一応ハッタリ決めとく。やっぱ、イェーガーは予想外の出来事に対して慎重だな。
「いちお、もう関係ないんだけどね。君が今デッキごと渡したって事は、たぶん陽のカードはあっちの方々かな」
やばい、あいつの矛先が、フランたちに向こうとしている。それだけは阻止しないと。
「俺はまだ小康状態だぞ。戦うんだろ、ほら来いよ」
「だから、それが嫌だから戦わせたんだってばよ、そして、オレは対策案もぬかりないのよ」
イェーガーはポケットからカードを取り出した。遠くにいるせいでこちらからは種類を確認できない。
でも、それでも、イェーガーのやりたい事はわかった。
「とりあえずさ、オレが戦わないで、倒せればいいのよ」
「おい! ラミィ!」
「まだっ、手が治ってないよ!」
ラミィも、この事態を察しつつあった。
イェーガーはそんなこともお構い無しにカードを掲げ、呟く。
「コンボ、デブラッカ、デブラッカ、モスキィ~」
りん粉が、部屋中に待ち散らされた。
考えるまでもない。この部屋ごと、爆発させるつもりだ!
俺がラミィに飛び掛るのと同時に、大岩が爆発する。それに合わせて粉が連鎖的に空気を震わせた。