第三十四話「え ないつう」
*
あの面会の後、俺たちは最下層にまでやってきた。
目的地はもちろん、レジスタンスのいる小屋だ。
「アオ、これからどうするの?」
「ワタシも、疑問に思います」
「ラミィの居場所を聞きにいくんだよ」
わからないのなら、居場所を知ればいい。
もうなれたもので、レジスタンスの小屋だけなら俺たちだけでも迷わず進むことが出来る。フランと雑談している間にはもう、小屋のドアが見える。
「誰に聞くの?」
「そりゃ、知ってる奴だろ」
「あれ、アオさん、ラミィさんは一緒じゃないんですか?」
俺たちがノックするよりも先に、ゴーグルが偶然ドアから顔を出した。
「そのことで、聞きたいことがあってきた」
「はい?」
「サンバルを呼んでくれ、あいつに用がある」
「えっと……わかりました、とりあえずどうぞ」
ゴーグルは眉をハの字にしたまま、俺たちを広間へ案内する。
「ここでまっててください、すぐに呼びますから」
「ねぇアオ、どういうことなの?」
「ちょっとまってろ」
ゴーグルが出て言ってすぐに、フランが疑問を投げかける。
フランは気付いていなかったようだ。まあこういうのは経験不足だし仕方ないだろうけど。
「隠し事ってのはな、案外ひょろっとばれるもんなんだよ」
よく、人に嘘はつけないという。これは正解だ。何故なら完璧な嘘などつけないからだ。
自分が重箱の隅まで把握していても、その重箱の裏で穴が見つかったりする。結局、嘘とはそれが見つかるか否かの運ゲームなのだ。
俺に似たサンバル君は、運が悪かった。
「つれてきました」
「どど、どうも」
「単刀直入に聞く、ラミィは今どこにいる」
面倒だったので、早速本題に入った。
サンバルはおどおどしながらこの部屋に入ってきたが、俺の言葉に更に狼狽を見せる。
「な、なんのことですか」
目をそらして、サンバルはゴーグルに助けを求める。
ゴーグルは気まずそうに、まず俺を見た。
「えっと、それは一体」
「この小屋、他の連中に知られないで話せる場所はあるか?」
「……この部屋に、鍵を掛けさせてもらいます」
わからないなりに、ゴーグルは察してくれる。部屋の鍵を閉めて、俺たちはドアから離れた位置で立ったまま会話をする。
サンバルは、立ち止まった動かない。
「ゴーグル、お前は出てった方がいいぞ」
「……いえ、ここは僕達の家です」
「そうか」
まあ、何があっても俺の知るところではない。それにゴーグルなら、知ったところでやばいことにはならないか。
サンバル、おびえてるな。俺が昔小学校でクソ漏らしたのを必死になって隠していたのと一緒だ。もう逃げられないのに、どうにかして逃れようとしている。
俺はそんなサンバルの狼狽を叩くように、口を開いた。
「サンバルだっけか、正直に話してくれ。サンバルは、イェーガーと内通しているんだろ」
「違う!」
サンバルが大声で否定する。それだと部屋閉めた意味がないだろうが。
「どういうことですかアオ殿! 内通者とは、この子はまだ子供ですよ!」
ロボもうるさい。
「……アオさん、あなたは、言いがかりや適当な発言で、それを言っていますか?」
ゴーグルはその中で、内心の怒りや震えを抑えて、俺に抗議している。
フランは、皆のそんな一連の動作を見てから、最後に俺へと向き直った。
「アオ、説明して」
「別に推理でもなんでもないよ、この絵だ」
俺は壁に立て掛けてあった絵の一つを手に取る。
あの、フランが触ってしまった絵だ。
「これさ、魔法で作ったろ」
最初に触ったとき、あの魔法で出来た地図のような感触がこの絵から伝わってきた。今触っても、びりびりと不思議なむず痒さを感じる。
「魔法で作った絵ってのはカードを消費する分高価だし、実際に魔法の絵を触った一般人なんて、魔法の地図を持っている奴くらいなんだろう。普通なら誰も触らないし、触ったところで実際に魔法の絵とわかる奴なんてそんなにいないだろ」
「あ!」
フランは気付いたようだ。口と目を丸くして、声をあげる。
「たとえ、これが魔法の絵だって気付いても、この小屋のやつらじゃそれに意味なんてないと思うだろうし。でも、ゴーグル」
「魔法の……絵、なんでそんなものが家に」
「こんな絵を描けるようなカード、レジスタンスに用意なんてされないもんな。カードは高額なんだ」
まだ幼い子供たちの中で、それに行き着くことのできる人間は少ないだろう。ただ、確実に気付くのは、ゴーグルだ。
サンバルは手に汗を握ったまま、俺から距離をとる。
「だっ、だからどうした! 知らない人から偶然もらったんだ!」
「……今までも、偶然もらったのか? 一番安くてもな、コモンカードのウツシは一万するんだぞ。実際に絵にするなら、これにコンボを重ねないといけない。そんな高価な金を、どうやって集める? あれか、お前の絵に執心な貴族でもいたか、なら、知らない人なんてでまかせするわけがない」
「……」
「安心しろって、俺は別に、あんたを攻める気もない。何も罪を問わないよ。仕方なかっただろうし。ゴーグルだってこの小屋の連中に言いふらしたりはしない」
「……ほんと?」
なんというか、その台詞完全に認めている。自分がイェーガーと繋がっていることを。
というよりも、俺のいった適当な台詞につられるあたり、子供である。
ゴーグルは瞬きひとつせずに、肩に力が入っている。
「内通者ってどういうことだい、サンバル」
内心の思いを抑えながら、サンバルを問いただす。
ゴーグルはもう、サンバルの態度で確信したようだ。
「……あいつが、パアットを俺にくれるって」
「そのためにみんなをを売ったのか!」
「ひ! 言ったら許してくれるって!」
サンバルの目が、俺を攻めるものに変わる。
すまんな、嘘だ。
臆病なサンバルでは、ろくに辻褄も聞けない。おおよそだが、一人でいたときに交渉を持ち込まれて、断るに断り切れなかったのだろう。
ないものが、あるものを求める執念は強いとか、大地の精霊も言ってたわな。
「アオさん、いつから気付いていたんですか」
「覚えてない。でもな、大体怪しい奴ってのはそのまま犯人なんだよ」
意外な奴っていうのは金田一とかくらいだろ。古畑は大体怪しい奴が犯人だ。
「とりあえず急いでるんだ。イェーガーのいるところに案内してくれないか」
実際、王宮襲撃があって数時間は経っている。この数時間の間にもたつけば、大体は取り返しのつかないことになる。
ただ、当のサンバルはおたつくばかりで、動こうとしない。動揺から人の話すら耳には言っていないようだ。たぶん、絵のこと以外はどん臭いのかもしれない。
「サンバル……カードの話はあとにします。アオさん、とりあえずラミィさんに会う必要があるんですよね」
「そうだ」
「事情はわかりませんけど、急を要するのでしたら、サンバルに案内させます。たぶん、アオさんじゃサンバルの意図は伝わりにくい」
「……ゴーグルもついてくるのか」
どうするべきかちょっと悩む。ただ、このサンバルと上手く意思疎通を図れる気がしない。無理矢理案内させても、何を言っているのか理解できないかもしれない。
サンバルはおそらく、日本じゃ絶対に上手くいかない、職人気質の天才タイプだろう。社会性を全部捨てて、絵だけを書く人間だ。
「わかった。どこに行けばいいか、聞いてくれないか」
「はい、ちょっと彼を落ち着かせてください」
ゴーグルが膝をついて、震えるサンバルの手を握る。
仕方のないことだが、待つというのはかなり焦る。貧乏ゆすりを必死に抑えながら、俺はサンバルが立ち上がるのを今か今かと睨み続ける。
*
「こっちなんだね」
「う、うん」
サンバルとゴーグルが先導して、暗闇の中を歩き続ける。二人の細くは遅い。
「にしても、また下水道か」
俺とフランとロボは後に続いて、今までよりもずっと短い歩調で奥へと進む。
いつ走ってももいいように、、フランはロボの肩に乗せておく。咄嗟に走ったりってのはフランの苦手分野だ。こういうところで欠点を補う。
警戒を怠るわけではないが、もどかしい。こういうときばかり口が動くものだ。たぶん、俺も緊張しているのだろう。
「なあロボ、お前犬だけどここ臭くないのか?」
「無論。耐え忍ぶこともまたワタシの役目」
「無論なんだな……」
無駄な会話をしつつも、頭の中ではずっとイェーガーのことを考えている。
あいつからどうやって逃げるか。
今まで見たあのウォーターカッターはどう見ても遠距離だ。こちらが逃げようものなら追撃は必ずある。気配が読めても、避けれるとは限らないのがあいつの怖いところだ。
思考を断ち切るように、ぽちゃんと、下水から水音がする。サンバルだけ、面白芸人みたいに驚いて腰をびくつかせる。
「みみみ、水がっ!」
「あの、アオさん。何があったのか聞いてもいいですか」
ゴーグルが、歩きながらこちらに振り返る。やっぱり気になるよな。
どうしたものか、上手く話さないとラミィの正体がバレ……別にいいか。
「実はな、ラミィは――」
「ラミィさん!」
サンバルの声に、俺は思わず前を見た。
そこには、俺の見知った包帯姿をした女が、背を向けて走っていた。
気付いたときには見えなくなって、それを追って真っ先にサンバルが走り出した。
「危ないぞ少年!」
「あ、おいロボ!」
ロボが、それに続いて走り出してしまう。もちろん、フランを肩に乗せたままだ。
まずい、あのサンバルが機敏に動き出したのだ。絶対罠だろ。
「さ、三人とも待ってください」
ただ一人、片足で走れないゴーグルと、考えてばかりの俺はまだ動けずにいる。
どうする、このままだと敵の罠にはまる。でも、ここで見逃したら……
「ゴーグル! お前は外に出て仲間を呼べ! もしかしたら、もしかするかもしれん!」
「あ、アオさん!」
それだけ言って、俺も走り出した。保険があるなら行くしかない。
ここでサンバルを逃せば、機会と時間を失う。更にロボとフランを相手に取られる可能性があった。
ロボなら大抵の敵はどうにかできるだろう、でも、あのイェーガー相手には分が悪い。
「ったく、なんでロボはこう正々堂々なんだよ!」
ロボもやっかいだよ。あいつはまたフランとは違った意味で冷静でないところがある。モンスター相手には裏をかけるのに、人間同士の騙し合いや情に弱い。
悪い人間じゃないが、その善良が悪手に繋がるのだ。
「おいまて! ロボおい!」
必死になって追うが、やっと喰らい付けるかどうかの距離が縮まらない。つかこっちの声に耳も傾けない。あいつ耳良い筈なのに。
というか、あの超犬ロボなのになんでサンバルに追いつけないんだ。サンバルなんてインドア画家だろ。
なぜだと問い続けるが、全速力の疲労が推理をさせてくれない。
ふいに、三人の姿が暗闇の中に消える。俺はそれに続いて躊躇いもなく闇の中に身を潜らせて、
「へ、へやぁあああかっ!」
水を溜め込む大部屋にたどり着く、しかも床より三メートル上にある入り口を走り抜けてだ。ブレーキが利かずに、そのまま広場の中へ飛び出してしまった。
「つ、土ぃ!」
とっさに土の盾を床に向けて、地面との衝突にクッションを置く。地面に付けば、衝撃はこちらにまで届かない。
「あ、あぶねぇ……」
あいつらはどうやってここを抜けたんだ。ロボたちだって真っ直ぐに走っていったはずだ。
左右を見渡しても、ロボたちの姿はどこにも無い。
「アオくん」
かわりに、後ろから突然かかってきた声に振り返る。
「ラミィか!」
そこにいたのはラミィだった。いつもの戦闘包帯に身を包み、五体満足の姿で部屋の中央に立っている。
足一つくらい吹っ飛ばされたかと思ったが、どこも怪我している様子がない。よかったのか。いや、こころなし、体が震えているから異常があるのかも。
「うん、アオくん、おはよ」
「おはよう……じゃない! どこいってた、イェーガーどこだ、あとロボとフランとサンバルは!」
「ごめんね、知ってることもまだ話せないかな。その前に、アオくん」
声のトーンが、いつもより低い。嫌な違和感が、この部屋に充満していた。
ラミィはこちらにゆっくりと近づきながら、手を差し伸べて。
「陽のカードを、持ってるよね? 渡してほしいの」
「……は?」
ようの、カード。
あの、博士を死に追いやった男の、アルトがほしがっていたカードだ。
なぜ、今このカードの話が出てくる。
「おいまて、なんでそのカードが出てくる」
「……お願い。それがないと……お父様が」
「お父様って、国王のことか?」
混乱する。
俺はそもそも陽のカードを持っていない。なのに何故ラミィは俺が持っているみたいな確信があるのか。
そもそも、ロボたちはどこに行った。
「俺は持ってない、ない袖は振れない」
正直に言う以外にない。何を慌てているのか知らないが、とりあえずラミィから事情を聞かないと。
「そんな……」
ラミィは俺の台詞を信じてくれたようだ。変な誤解を生まずにすんだ。ただ、ショックからか顔をうつむかせている。
「……そんな、じゃあ」
ラミィの震えは徐々に大きくなる。しかし、握った拳はしっかりと力を入れて、どこか強い意思のようなものが見えた。
俺はそんな様子に眉をひそめて、ラミィを見続けている。部屋全体から来る嫌な空気があふれて、
「じゃあ……」
「どうしたんだよ」
「ごめんなさい」
突然、俺への敵意に変った。
「なっ!」
「それなら、私はアオくんとたたかわなくちゃいけない」
「なんでだ!」
「お父様が、人質に取られている」
国王が人質? どういうことだ。
「風の衣!」
ラミィが叫ぶ。両袖の魔法陣が輝き、両腕を風で包む。呼吸を整えて、同時に腕は風を吸い込んでいった。
「本当にやるのかよ! 人質ってどういうことだ! 誘拐されたのはお前じゃ――」
「ごめんなさい、倒した後にカードケースを少し借りるだけだから。できるだけ、体をふっ飛ばさないようにするね」
物騒なことを言いながら、ラミィは風の力をそのまま正面に飛ばす。
俺は咄嗟に持っていた盾を前に構えて、風を防いだ。が、すぐに背後からの気配に気付く。
後ろに回りこんだラミィの口は真一門に結ばれて、正義の名乗りをする事はなかった。
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