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第三十三話「おうさま あに」

 翌朝、いつもより早く起床する。


「なんでだ」

「アオ殿、お早いですね」


 眠気もあまり無い。

 部屋の窓を覗くと丁度朝日が差し込む時期だ。この時間帯は――


「ラミィ殿が二日間起こしたかいがありましたな」

「刷り込まれるとは、不覚だ」


 昨日と一昨日に、ラミィが現れた時間だ。たった二日で、体がならされてしまったのか。


「すー」


 フランはお構い無しに寝ている。ほっぺふにふにしてやる。

 あれだ、こういうところに自身の神経質な面が出てくる。朝特撮を見ないでいようと思った日に限って早起きだったりするものだ。


「しかしアオ殿、残念でしたな、ラミィ殿はまだきておりません」

「残念じゃねぇよ」


 辺りをキョロキョロしているだけで、好きでもない○○ちゃんを探していると、クラスメイトにからかわれる気持ちを知らないのかこいつは。ほんと好きでもないのに、やたらと恋愛事情に巻き込まれるのは嫌なんだよ。

 ちょっとムカッときたので、ロボの犬耳を触ってやる。耳裏をちょこちょこ、摘むように撫でる。


「あ、アオ殿」

「黙ってろ」


 犬というのは、案外マッサージが好きである。

 最初こそ嫌がるが、慣れっこになると自分からマッサージを頼むようないやしんぼになるのだ。犬とは、実力をそのまま評価してくれるからありがたい。

 そんな、地球にいたころのノリで、ロボの耳をさわさわしてやる。


「は、はずかしいです」

「知るか」


 ロボが赤面しても、あまり嬉しくない。

 ああ思い出す。学校の疲れを犬で触って癒してきた自分の心を。ああ癒される。

 脳内変換にロボの体は最適だ。ふわふわだし。こいつはロボじゃないロボじゃない。


「お、おやめくださいアオ殿」

「ほらほら、苦しめ、苦しめ」


 そこで、部屋のドアがノックされる。


「し、失礼しま……した!」


 入ってきた女性の近衛兵が、ドアを開けてすぐに閉める。

 マッサージでへたりこんだロボに変って、俺がドアを開ける。


「失礼なのはあんたじゃないのか」

「い、いえ! 人の趣味に何を言う気もありません!」


 両耳を押さえて、女性兵が震えている。やめてくれよ。


「なんのようだ?」

「はっ、そうです! 緊急の要件と!」


 ただ、すぐに使命を思い出したのか、ぴっと背筋を伸ばして、俺から一歩距離を置いて敬礼する。


「わたくし、王族直下近衛兵、イムレが申し上げます! 昨晩王宮に襲撃があり……ラミディスブルグ・ウル・トーネル様が行方不明となったことを、ここに伝えます!」



 近衛兵に連れられて、いつの間にか玉座の間にたどり着いた。大慌てで準備をしたため、ちょっと落ち着かない。

 フランは、俺の繋いだ手にぶら下がるようにして寝ているくらいだ。いきなり起こしたから、ほぼ寝ている。


「きてもらったのは他でもない。王宮にあった襲撃なんだ」


 玉座に座っていたのは、王様じゃなくて息子の方の、ラミィ兄だ。玉座に座っていいのかあんた。


「ラミィ殿が誘拐されたとは本当でありますか!」


 ロボは我が事のように狼狽している。


「まだ王宮直下の兵にしか知らされていないことだが、近々他の貴族たちにも伝わるだろう。朝の早いラミィのために用意した使用人が部屋に入ったことで判明した事態だ。犯行は昨日の夜。夜営の人間たちは一度だけ外で強い風の気配を受けたと報告もあった」


 なんでそのときに騒がないのだろう。


「風の気配は断続的で、元を辿ることが困難だった。今朝の事態でようやく繋がりを得たというくらいかな。気配を感じる力は結構難しいんだ」


 疑問を持った俺の考えを見透かすように、ラミィ兄は俺を見て喋った。

 というかこの部屋、王様の姿が無い。ラミィの親父なら朝は早そうなのに。


「あの、なんで俺たちが呼ばれるんですか?」

「良い所に気がついたね」


 人差し指を立てて、ラミィ兄にウインクされる。やめろ。


「まず説明すると、犯人はラミディスブルグ・ウル・トーネルではなく、シルフィードラミィを襲撃したと言ってもいい」

「はい? 王妃誘拐じゃないんですか」

「その可能性を全て否定は出来ないけれど、シルフィードラミィのほうを狙った可能性は高いんだ。父をここに呼んでいないのはそのためだよ」


 どういうことだろう。ここは黙って話を聞いたほうが良さそうだ。

 静まった俺たちを見て、ラミィ兄は一度頷いてから話し始めた。


「事の発端は、非公式の奴隷商たちが秘密裏の会議を始めたことからだ。僕達はこれでも、彼等の同行や目的を把握している。市場の規模もね」

「……っ、どういうことでありますか! 把握しておきながら、静観しているいわれなど!」


 ロボが前に出て突っかかった。

 俺はそんなロボを手で制して、ラミィ兄の言葉を促す。

 ラミィ兄は、そんな俺を見ながら、笑って頷いた。


「君たちは、この世から本当の意味で悪がなくなると思うかい?」

「そんなもの――」

「無理だ」

「そう、人は清濁を共有するからこそ今のままでいられる。規模の大きさは多々あれど、この国もまた人の形を取っている以上、悪は消せないんだよ」


 当たり前だ。学校からいじめがなくならないように、集団にはいいものと悪いものを両立する特性がある。


「僕らはね、彼等を静観しつつ、許容範囲を超える悪事を常に抑制する立ち位置にある。見えない小さな悪ではなく、見えて制御できる範囲の悪を常に監視し続け、今の政治を成り立たせているんだ」

「そんな、ワタシは」

「納得できないかもしれないが、不可欠なんだ。汚職を広める貴族たちを静観しつつ、いざというとき交渉の材料として秘める。奥の手とは、常に身を切ることで達成する」

「身を切るのはあなたではない! そうして迫害され、虐げられる民のことをどう思いか!」


 正義感の強いロボは、納得をしていない。当然の反応だろう。

 だからって、ラミィ兄は俺を見ないでほしい。仕方ないか。


「おいロボ、そういうのはラミィ兄の話を聞いてからだ」

「し、しかし」

「黙れっていう命令だ、一応俺の忠犬なんじゃないのか」

「ぐっ……」


 ちょっと悔しそうだが、ロボは黙る。


「まあ、僕としてもやりたくてやっているわけじゃない。でも、やる人間がいないと、世界は成立しない。王子の手は真っ黒だ」


 ラミィ兄は両手を広げて、自重した笑みを浮かべる。


「脱線してしまったね、そして非公式の奴隷商たちは、規模の拡大は出来ずともそれなりに稼いではいるわけだ」

「国公認でな」

「でも、それをよしとしない正義も現れちゃったんだ。シルフィードラミィがね」


 大体わかってきた。ラミィは、王族なんか目じゃないほどに、非公式奴隷商人から恨まれているのだ。


「僕も色々手を回して、妹を守ってきたんだが、そろそろ限界が来てしまったんだ。昨日、非公式の奴隷商が行った会議で、本格的にラミィを仕留める算段を組み始めた」

「なんで正義をやめろって、ラミィを止めなかった」

「止めて、彼女がやめると思うかい?」

「……」

「でもね、どこまで頑張っても所詮彼等は僕らの監視下なわけで、ラミィを捕らえる事は到底不可能。そしてレジスタンスを襲うにはリスクが大きすぎる。戦える子も多いし、妹の計らいで、あの小屋の近くには憲兵宿舎が置かれているからね」


 あの孤児院が守られてるのって、そういうわけだったのか。いつ襲われてもおかしくないもんな。

 危ういが、ラミィの正義ごっこは今までどうにかなっていたわけだ。

 今までは。


「だけど今回、非公式の奴隷商人たちが話した内容は、また違うものだったんだ」

「違う?」

「彼等とは直接関係のない、イェーガーが参加してきたんだ」


 その名前を聞いて、ちょっとだけ肩に力が入る。隣のフランもそうだ。


「イェーガーはね、彼等にこう啖呵をかけた。『オレは、シルフィードラミィの正体を掴み掛けている。協力すれば、彼女を二度と逆らえないようにしてもいい』ってね」

「…………」


 シルフィードラミィの正体を、掴み掛けている。しかも昨日のこと。

 俺の中で何かが引っかかった。正体、正体……


「あ!」

「……君たちに、心当たりがあるみたいだね」

「あ、いえ! 違います! あれは――」


 イェーガーは、ラミィの素顔を見たはずだ。

 俺の盾の触手によって裸にされたラミィは、俺の上着を羽織っただけで、仮面を付けていなかった。

 もし、正体に関係する何かがあるとしたら、それしかない。


「イェーガーだけは、僕のほうでもすべてを把握しているわけじゃない。イレギュラーだからあまり妹を接触させたくなかったんだ」

「……」

「ただ昨日、レジスタンスの子供が先走り、ラミィと接触、その夜にイェーガーがラミィに関して話をする。その後の、妹の寝室への襲撃、心当たりが多すぎるんだ」


 ラミィ兄は大きく息を吐き、肩の力を一度抜く。そして数秒休んだ後には、目を開いてもとの状態に戻る。


「そこで、君たちに妹の捜索をお願いしたい」

「……断る。どうして俺たちが」

「シルフィードラミィと、ラミディスブルグとしての両面を知っている外部のものだからだ」

「あんたはどうなんだ」

「王が動けば国が動く。王国の膿をはらして、バランスを崩してしまうわけにはいかない。そうすればまた二十年前のような腫瘍が国を蝕むからだ」

「動かないとはどういうことです! い、妹君を見捨てるおつもりか!」


 ロボが絶えかねて口を拓く。

 そのときだ、ラミィ兄の眼光が鋭く、射ぬ様な気配を出した。


「僕は王子だ。たとえ妹でも、国民全員との天秤にかける事はできない。逆に聞こう、君は、根拠のない楽観視と理想論で、一人のために国を見捨てられるのか」

「ぐっ……」


 今度こそロボは口を開けない。目の前にいるのは人ではなく、一国の王だと知らされる。

 ロボは振り返って、俺に向かって詰め寄った。


「アオ殿! 助けに行きましょう!」

「断る」

「なぜですか!」

「ラミィの身から出た錆だろ。他人のために身を削る奴は、結局自分をしょいきれなくなるんだよ。それとも、あんなことして自分が危険にならないなんて、甘っちょろいこと考える奴なのかラミィは」


 それなら、貧しい国の飢餓を嘆きながら、肥え太ったおばさんが寄付をせがむようなもんだ。自分だけ安全なところから、何も痛まずにやる偽善だ。


「ラミィ本人の責任だ。ちょっと痛い目見て勉強するのもありだろ」

「それで、彼女が死んでもかい?」

「……助けに行って、俺たちが死ぬかもしれない」


 イェーガーは強い。能力の全容すら把握できない男に対して敵対するのは、遭難した山で無闇に歩き回るのと一緒だ。無事に目的地にたどり着く保証がない。

 俺の言葉に、ラミィ兄は一度玉座にもたれ掛かり、


「ふふっ」


 なんと、笑って見せた。気味が悪い。たぶん、あの仕草を女性は格好いいとか思うんだろう。


「何がおかしいんですか」

「いや、僕にとって、その言葉は理想的だったからだ。ここで無闇に、善意だけで了承するような人なら、イェーガーに勝てる見込みはないんだよ。彼の危険性をちゃんと把握し、身の安全を第一に考えている。そういう人間は、いつの時代もしぶとく生き残るものだ」

「だからどうしたんですか。俺はあなたの理想的であっても、利害は一致しない」


 ラミィ兄は玉座から立ち上がって、俺の元まで歩み寄る。何をするかと思えば、俺だけに聞こえるよう、耳元で囁いたのだ。


「そうでもないんだよ……たとえばさ、今僕が、君たちとラミィ誘拐容疑で告訴したらどうなるかな?」

「なっ!」


 俺は初めていやな汗を掻いた。

 それを見透かしたように、ラミィ兄は済ました顔で笑う。


「あんた、俺たちは仮にも精霊の眷属だぞ!」

「あくまで、過程の話さ」


 そういってから、ラミィ兄はロボを見た。

 や、やられた!

 そうだ、仮にここで断ったとして、ロボはどう動くか、善意から、ラミィを助けることを選ぶ。


 ロボは、俺たちは冤罪だと言って、自らそれを証明しようとラミィの捜索を始める。


 結局、どっちに転んでも一緒だ。俺たちがロボと一緒に行くか、牢屋で脳筋犬のロボを信じるか。


「……わかった」

「うん、いい返事だ」

「覚えてろよ」

「うん、ちゃんと褒美はするよ」


 いつか痛い目見させてやる。いや無理だ、じゃあなんか嫌がらせしてやる。

 ラミィ兄は満足げに玉座に戻り、一度咳払いをする。


「決まりだ、君たちは快くラミィの捜索をしてもらいたい」

「アオ殿、あなたを信じておりました。口ではああ言いながらも、己が善意に燻っておられる」

「いや、誤解だ」


 ロボがまた変な勘違いをしている。いつか失望するからやめてくれと。


「さて、話も決まったところで、一応こちらの情報を公開させてもらう。妹に関する少ない手がかりだ。まず、妹は敵に捕まっていない」

「は? 誘拐されたんじゃないのか?」

「厳密には違う。イェーガーは提案こそしたが、まだ目標を達成したとの報告をしていないんだ」

「どういうことだよ」

「たぶん、イェーガーの性格からして、ゲームを始めたと思っている」


 ゲーム。確かにわからなくもない。あいつは掃除屋も趣味でやっているんだし。


「おそらく、何かルールを決めて、ラミィに話を持ちかけたんだろう。報酬はたぶんパアットのカードかな。彼はね、自分が確実に有利な状況にいる場合、自らその牙城を崩して遊ぶ傾向があるんだ」


 アメリカの命知らず人間みたいな性格だな。

 ただ、わからなくもない。あいつは目標を達成することよりも、過程を作り上げることに喜びを見出すんだろう。あの夢潰しの時もそうだった。

 つまり、何らかの形で、生きたままラミィを取り返しのつかないところにまで追い込むつもりだ。


「だからまずは、行方不明になったラミィの居場所を探してほしい」


 どうにもこうにも、イェーガーと因縁が出来てしまった。邪魔をする以上、奴との衝突は避けられないのだろう。

 この、玉座にある王子スマイルがなんとも憎たらしい。



 脇役列伝 その1


 王族直下近衛兵 イムレ

 

 グリムマミー王子直属の女性兵士であり、同業者からも信頼も厚い。幼少の頃、非公式の奴隷として売り払われそうだったイムレは、まだ小さかった王子の善意から助けてもらう。王宮での雑用が主だったが、王子の馬術見学の際、王子の落馬から身を挺して飛び込み、その勇気を認められ、卓越な反射神経の才能を開花し、兵士に到る。数少ない王子の理解者であり、実は妾もかねていたりする。最近は犬プレイに興味を持っている。



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