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第三十二話「ひといき ひみつ」

 レジスタンスのアジトにて、壁に寄りかかって部屋を見渡す。

 あの後、集合場所には誰も欠けることなく現れた。そこでようやく事態が収集して、この小屋にまで帰ってきた。

 今大部屋には下水道に行った子供全員と、数人の子供たち、フランロボラミィの全員集合状態だ。


「よかった、ほんっとうによかったよっ! ひといき!」


 ラミィはみんなの見れる位置にある椅子に座って、この集まりの中心にいる。

 俺も座りたいよ。でも椅子が足りないんだ。よく格好つけて壁に寄りかかるぼっちがいるけれど、あれは椅子に座れない悲しみを背負っているんだよ。同情してくれ。


「よかったの?」

「よかったんじゃねぇの」


 フランは俺の隣で自分の足を見ている。あんまり会議に興味がないのだろう。

 ロボといえば、椅子に座っているが餓鬼共に興味深々な感じでいじられている。疲れを見せないあたり、怪物である。


「でも心配したんだよっ! たとえパアットのためだからって」

「あ、アバレが決めたんです!」

「そうです!」


 子供の一人を皮切りに、なすりつけが部屋中でまくし立てられた。

 やっぱりというべきか、強くてもまだ餓鬼だ。それに元奴隷だったんだし、育ちのいい奴ばかりとは限らない。


 こいつがあいつがの、子供たちの擦り付けあいが始まる。


「馬鹿ね」

「俺はあんまり、人のこと言えない」

「みんな、静粛に赴く志を――」


 俺とフランはどこ吹く風だ。部外者のいざこざに巻き込まれたのは遺憾だが、この事態を収める気など毛頭ない。

 ロボはなんとか抑えようとしているが、あんな諭すような声音じゃ誰にも届かない。というかロボ語じゃ餓鬼は意味わかんないだろ。


 見ると、ラミィはフルフルと拳を震わせている。たぶん、爆発しそう。


「ラミィさんがいるんです! みなさん、そんな言い方ばかりでは――」


 あと、隣にはゴーグルもいた。ラミィの逆鱗を抑えるために、周りを沈めようとしている。だが誰も聞いていない。


「本当なら計画通り行ってたんだ! アバレが敵のカードを破損させないとか言い出すから」

「もとはといえばお前だろ! 引き付ける場所が――」

「黙って」


 一言だけ、ラミィが呟いた。

 決して大きな声ではなかったと思う。それなのに、どうしてか全員の耳に突き刺さり、その場にいる誰もが黙ったのだ。


「私の言い方が悪かったよね、ごめんね」


 ラミィは爆発していた。静かだが、誰もが理解した。

 俺だったらこうはいかないだろう。大声を出しても無視される。たぶん彼女は曲がりなりにも王族の一人だ。人を引き付ける力みたいなものがある。


「みんな、もうやらないって約束して」

「……」

「……はい」


 餓鬼どもがひとりひとりハイを口ずさむ。ラミィはそれを一字一句逃さず、


「ダイくんは?」

「……はい」


 返事をしなかった奴を聞き分けている。かなり聡い。怖い。

 この程度の返事で彼等をとめられると思っているのだろうか、結局またしばらくすれば忘れて、無謀にも飛び掛るやつらだって出てくる。


「冗談じゃねぇよ!」


 部屋の入口から、アバレが現れた。足のせいか、バランスの悪い立ち方をしている。

 ああ、もうラミィのやっていることに意味がなくなってる。一人でも先導する奴がいれば、そいつに釣られてみんなが約束を破るだろう。


「アバレ……」

「ぐっ……! あいつを倒せば、けが人の傷が治るんだぞ! それにカードを売れば金にだってなる!」


 アバレの提案するメリットはまるで現実味がない。なのに、とても魅力的に思える。

 もとより、あのアンコモンを手に入れても、そう上手くいくはずがないのだ。


 カードを最初に使うのは誰だ? 破損率がめちゃくちゃ高い以上、その点で必ず揉めるだろう。この部屋にいるだけでもけが人は数名いる。破損せずにカードを全員に使え、なおかつ売るなんて夢見たいな事はありえない。

だいいち、あの戦いで、イェーガーに勝てないことはわかったはずだ。


「今度やったらアバレ、あなたをこの場所から追放します。カードを手に入れた手に入れないに関わらず、イェーガーに自分から向かうような行為を許しません。みんなも」


 ラミィは、そんなメリットデメリットの話はしない。こいつらに通用するはずがないからだ。だから、直接的に彼等を突き放した。

 このやり方は邪道だろう。でも、命の危険を考えれば、妥当な判断だ。


「ひ、ひどい!」

「やらなければいいことです」

「ふ、ふざけんな、たとえラミィさんでも、そんなこと言う権利あるかぁ……っ!」

「アバレ、どうしたの?!」


 アバレが転んだ。バランスを崩して、頭から床に落ちそうになる。

 そこにすかさず、ラミィが支える。近くにいたロボよりも素早く動き、アバレを助けてみせた。


「……おい」

「……あれ」


 子供たちの視線が、アバレの足に集中する。

 一応は繋がっているが、アバレの足はいまだに不安定だ。無理もない、一度切断された足をくっ付けたところで、すぐに今までどおりにいくわけがない。

 支えても足が震え、歩くのにもびこを引く。早期治療のおかげで、後遺症はそこまで残らないらしいが、完治するのはまだ先だろう。


「誰か、アバレを部屋に!」

「は、はい!」


 子供の一人が、慌ててアバレを担ぎ運んでいく。


「……よかったじゃねぇか」


 俺は誰にも聞こえないように、呟いた。

 この惨状を見て、我先にとイェーガーに挑むような輩はいなくなっただろう。ああなりたくないという思いが、不本意ながらラミィの願いにつながった。

 これをラミィに言ったら怒られるだろうな。


「ふ、ふっ……」


 なんだ、今の声は……

 誰もがアバレに視線を集中させる中で、俺はふと変な意識を感じ取った。

 見るとそこには、確か絵描きの……サンバルだっけか。そいつの口元が、若干微笑んでいるのが見えたのだ。

 笑っている。嫌な奴の不幸を見て笑う。

 ああ、あいつは、俺と同じタイプになっちまったんだろうな。



「すみません、僕がとめられなかったばかりに」

「ううん、いいの、ゴーグルはしっかりやってるから」


 もう夕陽が傾き始めたころ。

 あの小屋を出て、上層へ帰ることになった。ロボとフランもしっかり付いてきている。

 気まずい空気の中出て行ったため、迎えはゴーグルだけだ。


 ゴーグルはしっかりやってる。それには俺も同意だ。

 このコミュニティの中で一番合理的な考えを持ち、なおかつそれをラミィにしっかり認められている。まとめ役としての素質は十分だ。

 だが、単純に表面で物を計る子供たちに、このひ弱そうな男は適材じゃない。


「ゴーグルはもっとしっかり発言するの。真摯な声なら、いつかきっと届くから」

「……はい。そうですね」

「んなわけないだろ」


 ちょっと耐えられなくなって、俺は口を挟む。ほっとけばいいのに。


「ラミィ、それはあんたがラミィだからできるんだよ」

「アオくん、別に私は、特別なことをしているわけでもないんだよ」

「だから厄介なんだよ……」


 この手の発言力は、理屈じゃないのだ。


「いいんですアオさん。僕だって、前はあんな感じでしたから」

「ああ、あんたもレジスタンスだったんだっけ」

「はい、といっても、もうできませんけど」


 ゴーグルは自重した微笑で、自身の足を見ている。


「そういう意味では、まだ希望があるアバレはうらやましくて、眩しいです」

「……ゴーグルだっけ、やっぱお前、アバレ嫌い?」

「アオ殿」


 ロボに咎められる。ロボも気を使うばかりで、結局何も踏み込まない。優しい犬だよ本当に。

 ラミィも、ちょっとこちらを睨んでいる。

 当のゴーグルは、気まずそうに笑って、頬をかいた。


「僕にとって、アバレは希望だと思います。たとえ僕が夢を叶えられなくても、彼が叶えてくれるのなら、それを全力で支えるだけです」

「俺にはとても無理だよ」


 ゴーグルの考えは、俺には眩しすぎる。疑ってしまうほどに、綺麗だ。


「じゃあ、もう行くね」

「はい、ラミィさん、また明日」

「うん、また明日っ!」


 ラミィは小屋が見えなくなるまでずっと手を振りながら、後ろ歩きをする。そして小屋が見えなくなった途端にくるりと一回転して、前を向く。


「ごめんねアオくん。今日案内するって約束したのに」

「忘れられたのかと思ったよ」

「お気を使わせてしまったようで申し訳ない。ワタシ達のことなど構わずに」


 俺がフォローしないので、かわりにロボが謝っている。謝る必要もないだろ。

 フランは退屈が過ぎるのか、あくびをしている。フランにとって、あんま気にするような話題でもないんだろうな。


「明日は、迎えいらないからな」

「そういうわけにはいかないよ、アオくんたちには助けてもらったんだから。今度こそお礼にね」

「……」


 また厄介ごとに巻き込まれる予感がして、苦笑いがこぼれる。

 いや、ラミィは何も悪くないのだろう。悪いのは彼女の正義感に漬け込むトラブル自身だ。

 そしておせっかいとのコンボが、俺達にのしかかるわけだ。


 ここで、何か別のことで恩を返してもらうべきかもしれない。どうするか。


「なあ」

「なにっ! なにかなアオくん!」


 いきなり目を輝かせてラミィがこちらに顔を近づける。近い!

 俺はちょっと仰け反っちゃったよ。


「び、びっくりさせんなよ」

「だって、初めてアオくんから話しかけてくれたんだよっ! 聞き逃すわけには行かないよっ! 何でも聞いて! このラミィ、力になるから!」

「ああ、やっぱなんでもな――」

「何でも、言って」


 言うんじゃなかった。

 ラミィのここが強いのだ。人が少しでも心に隙間を見せようものなら、全力で温かい風を吹かしに来る。いつの間にか、彼女に惹かれてしまう。

 俺じゃなかったら、好きになってしまいそうな輝きだ。


「……この世界で、一番美しいものってなんだと思う?」

「愛! 正義!」

「言い切ったな」

「ああっ! なんでそっぽ向くのっ、こっち見て。美しいものって愛じゃないの? もしかして、何か別の意味で聞いたの?」

「俺たちが、旅をしている目的だ。精霊も知ってて、この世界のどこかにあるらしい」


 一応、ラミィに聞いておいて損はないだろう。王族なんだし。そんな伝承があれば知っているかもしれない。


「う~ん、美しいもの……それってやっぱり、あなたの心の中に」

「それはない」


 そんなものだったら、俺が精霊にぶん殴ってやる。


「愛だったら、精霊が隠す必要なんてないだろ。だいたい、俺は愛を美しいとは思わない」

「え~なんで」


 どうやら、ラミィは心当たりもないらしい。

 やっぱり、話してくれる精霊に出会うしかないのだろうか。それとも、この世界の知恵袋に片っ端から聞いてみるとか。

 地の精霊は、ここに来れば何かわかると言っていたが、嘘じゃないだろうな。


「今度兄さんとかにも聞いてみるね。兄さんはああ見えるとおり物知りだから、何か知ってるかも」

「そうか、助かるよ」


 収穫としては、ラミィは知らないということを知ったくらいか。

 中層への門が見えてくる。ここまで来れば、あと少しで到着だ。


「アオくん、上に行く前に、いっこだけ」

「何だ?」

「あのとき、どうしてゴーグルがアバレを嫌いかって聞いたの?」


 あの場面で聞くべき質問ではなかったのだろう。ラミィはそのことを咎めているのだ。

 俺はそんなこともお構い無しに、手をひらひらと振ってみせる。


「とくに、なにも」

「……そう」

「そうだな、どうしてイェーガーは、アバレがあそこに来ることを知っていたんだろうな」


 ちょっとだけ、ラミィにヒントを出す。直接言ったって聞きはしないだろう。

 だからあえてぼかし、ラミィ自身に気付かせる。


 もう、これくらいでいいだろう。


 今後ラミィとは関わらない。お姫様と一般人の距離を保つのだ。この姫さんはどこかでイェーガーと道が交錯している。確信があった。

 善意程度で、俺はフランたちを危険に侵すわけにはいかない。だから、これでおわり。


 明日こそは、奴隷商をめぐろうキャンペーンだ。



 まだ、明日にはならない。こういうときほど一日が長いものだ。


「いかない、いかないぞ」


 俺は部屋の隅っこに背中を預け、体育すわりで落ち着いていた。


「しかしアオ殿、ワタシ達を歓迎するために行われる以上は、欠席は無礼になります」


 ロボが困った顔をして、俺たちを外へ引っ張り出そうとする。

 そう、今日の夜にはロボの歓迎会があるのだ。異世界人の俺としては精霊の端くれがこの世界にどれだけ影響を及ぼす可など知ったことではない。


「病欠だって言っておいてくれ」

「今のワタシに、嘘は吐けませぬ。ラミィ殿にそのいいわけは通用しませんぞ」

「こういうさ、祝い事って嫌いなんだよ」


 しかも今回は貴族間での祝い事だ。精霊の眷属の知り合いという、微妙な立ち居地である俺たちアウェーが、あの場所で扱いに困るのはわかりきっている。

 地球だってそうだ、普通に食事するよりも高い金払って、気まずい空気の中一人でいるなんて、どんな刑罰だと思ったものだ。


「わたしも、いかない」


 俺のすぐ隣で、フランが並んで体育座りをしている。膝を抱えてちょこんとしている姿は、まさに俺の同志だ。

 人付き合いが苦手なフランは、あんなところ行きたがらないだろう。博士がいれば、無理矢理にでも参加させそうだけど。


「隅っこ部の活動を邪魔しないでもらえるか」

「なんですかそれは」

「多数決だ。行かない人」

「ん」


 俺とフランが手を上げる。二対一だ。

 ロボが、頭を抱えて溜息を吐く。一度深刻に頭を悩ませてから、フランを見た。


「フラン殿、ご存知かな。王宮の食卓を」

「昨日食べた」


 フランはその食事を思い出したのか、ちょっと涎が垂れる。

 たしかに、ここの食事はおいしかったもんな。


「祝祭となればまた違った、しかも極上の品を、一生に一度かもしれない一品をその口に含むことが出来るのですよ」

「……」


 やばい、フランがふらふらと、ロボの元へ立ち上がろうとする。栄養汁女のクセに食い意地張りすぎだろ。

 いや、むしろ今まであれしか食べてこなかったから、食い物に対して貪欲なのかもしれない。


「た、食べ物で人を釣るのか! ひとでなし」

「犬でございます」

「ほ、ホットケーキ作ってもいいよ」

「……ホットケーキは明日にしよ」


 裏切られた。立ち上がり、俺に優しく手を差し伸べる。



 会場は玉座前の広間で行われた。すでに何人かの貴族ががやがやとしていて、雰囲気に飲まれそう。


「おいそこの、こちらに飲み物を」

「俺、係員ちゃいます」


 この会場に着てからなんだか落ち着かない。というのも、服装にあった。

 礼装を着せられたのだ。葬式みたいな黒いスーツを着こなし、首がちょっときつい。こっちの世界でも、何かあるときはこんな服装だったんだな。


「まだ食べるなよ」

「うん」


 フランも動きにくそうだ。出来るだけ薄手で身軽なものを選んだそうだが、それでもきつい。なんで高い服ってこんなに非効率なのだろうか。あと大砲はちゃんと背中にしょってる。


 俺も一応カードケースだけは携帯してきた。この服装じゃ戦えないが、持っていないと落ち着かない。

 ロボといえば、無効で早速大量のおっさんおばさんのご相手をしている。そうなんだよな、人を呼んでおいて放置するのはパーティ主役のお約束だ。なら呼ぶなと言いたい。


 フランがいてよかった。少なくとも一人ぼっちはまのがれ、ない。


「……いない」


 見ると、テーブルの前にある食事がちょくちょく消えている。マナーも何も知らないフランは、たぶん何らかの方法で持って帰ったのだ。帰ったのだ。

 そうだよな、あいつはここで食べる利点はないもん。食べることよりも、味覚を楽しむ人間だからだ。甘いもの以外は一口だけ食べてそれで終わりなんてこともある。


「だからって、一口だけ持って帰るとは」


 この場所からどうやって逃げたのだろう。俺も逃げたい。

 そう思っているうちに、ドアは閉まり灯が消えていく。パーティが始まってしまった。

 残った照明は玉座の間がある方向へと光り、そこから現れた王様を照らし出した。


「みなさん、今日は集まり頂き感謝の至り! だが前置きはいい! 紹介をするッ!」


 豪快な声が部屋中に響き、ロボもその壇上に立たされる。


「やっぱりお父様の声はおっきぃよねぇ」


 ふと、隣から声がかかる。

 あのでかい声の王様の娘こと、でかい胸のエセヒーロー少女ラミィだ。

 周りの貴族たちは、王様の大きな声に引き付けられて、ここにラミィがいることに気付かない。


「お父様の声ってね、おっきぃだけじゃなくて人を引き付ける何かがあるの。いつの間にか耳を傾けて、人を扇動できる。戦争の時なんかは最前線で戦ってたらしいんだよ」

「……武将じゃあるまいし」


 こういう場所で会話するのは気が引けるが、応えなければ後で痛い目を見そうなので、適当に対応する。


「二十年前の戦争で名をあげた貴族の人たちも一杯いるからね。ほら、あの一帯に集まっている人たちなんてそう。中には王族に並ぶだけの風の魔法陣を持っているんだよ。もう戦争がないから、誰も詳しくは情報公開しないけどねっ」


 ラミィがさす方向には、確かに結構なこわもてのおっさんとかがいる。ガタイのいいおばさんまでいるな。


「あれ、あいつは」

「どうしたの?」

「いや」


 あいつ誰だっけか、前にラミィに予言が来たとき、気さくに話しかけてきた奴だ。

 その男だけ、こちらの視線に気付いたみたいだ。振り返り、ニヒルに笑ってみせる。

 ああ、そうだ、ゴセイだ。どうでもいいこと覚えちまった。


「あっ、気付かれちゃったね」

「別にいいんじゃねぇの、俺係員みたいだし」


 ゴセイはすぐに王様に視線を戻して、こちらに近づく事はしない。


「つっても、そんなつわものにしちゃ、俺たちの視線に気付きもしないな」

「ん~そうだね」


 二十年もあれば鋼鉄も錆びると、あの男が言っていたけど。

 

「ロボよ! あと何か言うことはあるかァッ! ないな! いじょ――」

「父上、そうもいかないでしょう」


 王の簡素で騒がしい紹介が終わると、今度はラミィ兄の演説が始まる。

 いつも思うけど、こういう式典って始まるまでが長いんだよな。さっさと食うみたいな風潮がほしい。


「私ね、お父様もお兄様も好き」

「……どうでもいい」

「あはは、そうだよね。でもね、アオくんにも好きな人っているでしょ?」

「まあ、いると……思う」


 かなり自信が無いけど、一応いると思う。


「いきなり何だ?」

「私のやろうとしていることは、そんなに難しいことじゃないんだよ。誰かを好きになるって、簡単なんだ。それをみんなで分け合えば、みんなと仲良くなれる」

「……またその話か」


 ラミィは、正直なままに、俺と仲良くなりたいのだろう。

 しかしラミィのそれは、俺にとって苦痛でしかない。特別じゃない仲良しなんて、嫌われるよりもたちが悪い。


「俺は無理だよ」

「でも、仲良くなりたいな。こんな所であきらめたくない。私には、夢があるから」

「夢?」


 思わず、ラミィと目をあわす。キラキラとした瞳は、俺の視線と交わらない。壇上の王様の向こうを見ている。

 その表情はそよ風のように吹き抜けて、すぐもとの顔に戻る。ラミィは俺と目を合わせてにっこり笑った。


「……夢って何だ?」

「秘密、ごめんね」


 王妃様の夢ってなんだろう、案外小さいことだったり。もしかして、国を背負うよりも大きいことだったり。

 世界中の人間と友達になるとか? ありえるな。


 とりあえず今はわからない。結局、俺と仲良くなってなんになるのかも。

 これからもわからないだろう。俺は最終的に、ラミィとは仲良くなれない。明日になったら、王宮を出よう。ここは贅沢でも、窮屈だ。

 ラミィはラミィらしく、この豊かな世界でじっくりと夢を集めていけばいいじゃないか。お前に、危険なんて無いようなものなのだから。


 翌朝、ラミィが行方不明になったという知らせが、俺たちに届く。


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