第三十一話「すうち なかよく」
「アオくんだっけ、君とは気が合いそうなんだよな。どうだい?」
「どうだいって、どうもこうもないだろ」
「つれないなあ、ちょっと話を聞いてくれよ」
「……アオくん」
ラミィが神妙な面持ちで俺を見る。いや、もしかしたら俺を疑っているのかもしれない。
「……時間稼ぎだ、その間に相手を見つけろ」
俺はそれが嫌で、ぼそりと提案する。
すると、ラミィはちょっとだけ元気になって、大きく頷く。あれじゃイェーガーに気付かれたかもしれない。
「まあ、話すと言ってもオレは頼みごとをするようなもんだけどね。彼等から離れてくれないかな」
「離れろだと?」
「そうそう、オレは趣向には全力を尽くすけど、バトルマニアとか殺人願望があるわけじゃない。まっとうなんだよ」
「真っ当って、孤児院の子供襲っといて何様だよ」
「襲うと殺すは決定的に違う。殺してしまえばゼロだ、残酷すぎる」
ひょうひょうと、イェーガーが真っ当を語る。
ラミィはそんな声を聞いて、歯を食いしばっている。冷静になってくれないと、この状況をどうにもできないのに。
「人っていうのはね、常に十に向かって突き進むものなんだよ。そうだな、人は産まれたときに三持っているとしよう。努力すれば誰だって七に変るが、生まれが裕福なら七までいけて、才能があれば九までいける。おーけー?」
「人生の数値化か」
「そう、オレは自慢じゃないけど結構いいとこのお兄さんでね、八って所だろう。元奴隷の彼等は、まあ頑張ってるアバレくんあたりは七あるだろうね」
いいとこのお兄さんか、やっぱこれだけの力があるのは裕福な奴なんだな。
「オレはさ、そういう子供たちの数値をガクッと下げるのが好きなんだよ。もうちょっと頑張ればオレに追いつけるかもしれない程度の力を、一にまで下げてやるのさ」
「……何のためにだよ」
「だって、面白いじゃないか! 丁度伸びしろをはやした子をぷちっといくんだよ。そのときの表情がこれはまたいいんだ、殺しちゃったら何の表情も見せてくれないけど、生きているとまたいい。まだ頑張れるかもしれないとか考えるからね」
イェーガーの声が、段々と興奮の色に染まる。自分を語る相手がめったにいないのだろう。俺もその気持ちだけなら、わかる。
でも、口にする内容は供用できない。
「足を失ったダンサーが、喉を潰された歌姫が、まだこの世界で頑張れると夢を見るのさ、挫けない心を一生懸命奮い立たせて、限界である六まで到達しようとするその姿! オレの持ちえる力が、たった一人のオレが、幾人の到達できない八の場所から見下ろす。解るだろ?」
「つまりお前は、人より上に立つのが好きなのか」
「そうそう。階段の上から疲れ果てて登って来る人たちを突き落とすのが好きなんだ。オレはもう昇り飽きたから、八でみんなを待つことにしたんだよ」
「人は数値じゃありません!」
ラミィが、我慢の限界だったのか大きく叫んだ。
「人を数値で測って、そこに当てはめるなんて、人として間違っていますっ!」
「数値のどこが悪い。数字を無機質と見る君の考えの方が、視野が狭く間違っている。数字のひとつひとつには広がりがある」
イェーガーが、横槍を入れられたせいか、不機嫌な声を出す。攻撃の気配が、少しだけこちらに牙を剥いた。
「それよりさ、アオくん。君はこの意見、わかるんじゃないのかな?」
ただ、まだ会話は終わっていない。攻める前に、俺に話しかけてくる。
ラミィは両腕を構え、今にも攻勢に移りそうだ。仲間を馬鹿にされて、腹の虫が収まらないのだろう。イェーガーの考えなど、理解できるわけがない。
「アオくんはっ、そんなことわから――」
「わかるよ」
ただ、俺はちょっとだけ共感を得てしまった。
ラミィの顔から、失望の色が見える。だから期待されるのは嫌なんだ。
「人ってのは、普通誰かの上に立ちたいもんだ。その上下だけを単純に数値化して、上に立ちたい、自分より上の奴を増やしたくない気持ちもわかる」
「……アオ……くん」
俺はいつだって下だった。駆けっこでも勉強でも、努力するよりも勝ちたかった。だから餓鬼のころは卑怯者として生きてきたんだ。
でも、いつまでたっても俺は卑怯者で下のままだった。だから、上にいる奴等がねたましかったこともある。
「へぇ、やっぱわかるじゃん」
「当たり前だ。上下を気にしないなんてのは、上にいるやつらの台詞か、諦めの強がりだ」
ラミィにだって挫折や苦労はいくらでもあっただろう。でも、あいつの根っこはまっすぐ上だ。下に停滞したことのない人間だ。
「俺は、上にいて真っ直ぐな奴が嫌いだ」
「うんうん」
「でもな」
イェーガーの気配を探る。攻撃の気配は希薄だが、真っ直ぐと俺のもとに、来た!
「俺もあんたと一緒で、同類はもっと嫌いなんだよ」
「そうだよねぇ、話すのは楽しいけど、根本的に君は嫌いだ。オレの知らないところへ行ってくれ」
イェーガーの攻撃は縦にしろ横にしろ、避ければ気配のカモフラージュも関係ない。
そしてその線に合わせて、氷の剣を重ねる。
「いいかげん、このほっそいの歯医者を思い出すんだよ!」
ウォーターカッターを正面から凍らせる。そうすればイェーガーのもとにたどり着くはずだ。回りくどいことをせずに、そのまま突破だ。
「ラミィ、たぶん今ので、俺のこと嫌いになったろ」
「えっ」
「俺のことは嫌いでも構わない。でも今は協力し……ろろっ!」
氷付けにしたウォーターカッターから、衝撃が走った。
「なっ! なんでまだっ!」
俺の氷の剣は、最初こそ衝撃はあれど、それだけのはずだ。何故なら、水圧よりも氷付けにする速度の方が圧倒的に強い。
なのに、水圧が衰えない。水の発動を続けているのなら、とっくにイェーガー本体に届いているはずだ。
現に、目に見える範囲のウォーターカッターは、すべて氷付けになっている。
「一回見ちゃったら、まあ対策するでしょよ」
余裕こいたイェーガーの声が、耳を撫でる。
嫌な汗がした。ここにきて、やれることをほぼ使い果たしてしまった。
その隙を、イェーガーに突かれる。
「対処がおそいねぇ」
「なっ!」
攻撃の気配が、あちこちを駆け巡った。ピンボールのように周囲を無茶苦茶に飛んで、複数の線がこちらに迫る。
敵の攻撃は一つじゃない。数本の駆け巡るウォーターカッターに、意識が追いつかない。
「避けられる人にはこれでしょ」
「風の衣! シルフィード、ジャケッ!」
うろたえ、立ち止まった俺の体を守ってくれたのは、ラミィだ。
ラミィは両腕を縦に並べて、全身を包む風のバリアを作る。
「アオくん! 大丈夫?」
「お、おう」
「私ね、たぶん、アオくんの考えは賛同できないし、嫌いだと思う」
ラミィから面と向かって、嫌いといわれた。
そりゃそうだ、俺はラミィの事は好きじゃない、好かれるわけがない。ただ、ちょっと目の前で言われるときつい。言うのはいいけど、言われるのは弱い。
ちょっとだけ落ち込んで、肩から力が抜ける。
「……そうか」
「でもねっ、私は、アオくんとも仲良くしたい」
ラミィはにっと、戦闘中にもかかわらず、こっちを向いて太陽のように笑いかけた。
不意打ちだった、落ち込んだところをすかさず持ち上げる笑顔、瞳がキラキラしていて、男女問わず好きになってしまいそうな、そんなラミィの顔だ。
かなわない。だから嫌いなんだ。
「ラミィ、前見ろよ」
「しょうちぃっ!」
だが今は戦闘中だ。すぐに気持ちを切り替える。
心のどこかが高揚して、この絶望的な状況下でも、生き残れるかもしれない希望が湧いてくる。見えない風が、暗雲を吹き払うようだった。
どうすればいい。
盾じゃウォーターカッターを防げない。剣ではイェーガーに届くこともままならない。
ウォーターカッターの起動を見る限りでは、敵は離れた場所から狙ってきている。対処するには、こちらも遠距離からの攻撃が必要だ。
「……消去法ですまんな、風!」
どうせ全部使い物にならないのなら、使い物にならない遠距離で戦うしかない。
*
左手に付けられた弓が産声を上げるように機会音を奏でる。一本だけ装着された弦を引っ張って、目標はイェーガーの気配へ。
「くらぇやっ!」
気合をこめて放った風の奔流は、大きく音を立てて正面へと跳んでいく。
「……」
「……ん?」
イェーガーの拍子抜けした声が、数秒後に届いた。
外れた。やっぱり外れた。
「も、もう万発だ!」
「アオくん?」
二発、三発と、弦を引いて弾くだけなので連射は容易い。たが、いくら攻撃したところで一つもあたることはない。
目の前に大きな衝撃が発生するのはわかる。なのに、どこか空気に流れていって、壁にすらヒットしないのだ。
「なぁそれ、なんの魔法だよ」
イェーガーに鼻で笑われる。攻撃の気配がこちらに向かって放たれた。
「アオくんどいて! シルフィード、チョキ!」
ラミィの手刀が風を切り、イェーガーの攻撃を引き裂く。
だが、それでは正面の攻撃しか防げない。
「おっと、オレへの攻撃ですかお嬢様」
「攻撃は、最大の防御! アーンド、シルフィードジャケッ!」
「それじゃあ守れてない!」
イェーガーに同じ技はご法度だ。あいつは絶対何か仕掛ける。
「きゃ!」
案の定、奴は風のコートにあった僅かな隙間を見つけて、攻撃を当てる。ラミィの肩から鮮血が迸った。
怯んだ隙を狙われる前に、俺が前に飛び出してイェーガーの狙いを分ける。
「いわんこっちゃない!」
「こ、今度は全部包むから」
「そんなの奴だってすぐに対処できる。もっと根本的に解決しなきゃ意味がないんだ」
必要なのは、イェーガーの力の秘密だ。一方的にこちらからの探知を逃れ、常に先手を打っていけるこの状況をどうやって作り出しているのか、それを解明しない限りはどうにもならない。
「お兄さんわかってんじゃん、でもま、見つかる前に、旅立ってもらおうかな」
またピンボール状の、壁を無数に跳ね飛ぶ気配だ。こちらは一度見ただけでは対処しきれない。
「待ってアオくん、私の後ろに……」
肩を抑えながら、ラミィが風を発生させる。前よりも弱弱しく、解れそうな気配だった。
確実に不利だ。そして、次の攻撃は避けられない。
「畜生! つかえねぇんだよ風!」
こうなったら破れかぶれだ。手当たり次第に弦を弾いていく。
「一発でもいいから当ってくれ!」
ギャンブルで言っても絶対に当らないおまじない。今回も、例に漏れず当ることはなかった。
「……あぁ? なんだこれ」
しかし、イェーガーの様子が変わる。
当ったのかと思ったが、そんな感じではない。ふとした違和感に不快を覚えるような、疑問の声だ。
ただその行動が、イェーガー自身に隙を作った。
「今だラミィ!」
「あれ? 風が」
しかし、ラミィも眉をひそめて、意識が別の方に向いている。
「おい! どうしたんだ!」
「あ、うんっ! 風のなぎ払い、シルフィードハラォオ……お?」
ラミィの叫びとともに、風の壁を作り出して、空気を正面に押し出す。
ように見えたが、すぐに霧散してしまった。
「あれれ?」
「どうしたんだよ、今やるしかない!」
「やってるよっ! なにかがおかしいの!」
何かがおかしい。どういうことだ?
真っ先に思いついたのは、今もっている俺の弓だ。あれだけの数を撃っていたせいで、何か周りに影響を及ぼしたのか。
それとも、元々そういう力があったのか。
そう思っていると、足元で水の弾ける音がした。イェーガーの攻撃だ。
「なっ、もう立ち直ったのか!」
「こりゃ……まあ、なんとかなるかな」
困惑しながらも、イェーガーはこの状況に順応しつつある。
今の攻撃は、気配を感じなかったというよりも、気配がこちらに向いていなかった。
まるで、俺の放った弓のように、方向も定まらずに飛んでしまったような感じだ。
もう一撃が、俺の右横を掠めた。
「やりにくい……」
苛立つイェーガーの声。窮地は逃れたが、まだ不利なのは変わらない。
考えるんだ。どうすればいいのか、活路はどこかにある、たとえばこの風の弓に――
「おおおっ……アオ殿ぉおおおお!」
突然、吠えるようなロボの声が、耳を叩く。
重い足音からは想像もできないほどの素早さで、俺達の横を通り過ぎ、暗闇の先にいた、イェーガーに殴りかかった。
「え、なんでイェーガーが見えて!」
「火の弾!」
「フラン!」
フランの火の魔法が、辺りを強く照らした。
すると、今までどこを探しても見つからなかったあのイェーガーが、ぽつんと立っていたではないか。
「ど、どうなってるんだ」
「わからない。わたしたちが来たときには、見えてた」
「合戦の匂いに紛れ参上掴まった。アオ殿、傷は軽度ですか?」
イェーガーの顔はフードで見えないが、僅かに除く口元で歯を食いしばっているのが見えた。慌てている。ざまぁねぇ。
「よっしゃ、こっか……らぁ!」
今度こそ反撃の機会と前に出るが、イェーガーはすかさず暗闇の中へと逃走してしまう。
「コンボ! 火、光!」
フランのレーザーが去っていった方向へ撃ち放たれるが、当ったかどうかは定かではない。たぶん、外れただろう。
一言も話さず、イェーガーはすかさず逃げに徹したのだ。
「こういうのを引き際っていうのか」
こっちが有利だと思えば、すぐに先手を打たれる。いちいち隙がない。
「ロボ、警戒を頼む。一応、逃げたふりかもしれない」
「承知した」
とりあえず肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。今日一日でかなり寿命が縮まった気がする。
「助かった。フラン、ロボ」
「助けるのは当たり前」
フランは大砲のシリンダーを開けて、装填しているカードを確認。口を閉じてじっとシリンダーを見つめている。個人的には結構好きな表情だ。
「イェーガー……あれに当てられるカードを組まないと」
「あれとはもう二度と会いたくない」
元々、俺たちは戦う義理も義務もない。飛び出していったアバレが悪いのだ。
「そういえば、なんでアバレと戦うってあいつ知ってたんだ」
「フランちゃん、他のみんなはっ!」
「ひゃ!」
痺れを切らしたのか、ラミィがフランを問い詰める。そういえばあいつらどうなったのだろう、全然心配してなかった。
フランはいきなり声を掛けられた反動で、心臓が飛び出したみたいにビクリと肩を震わせる。
「て、手分けしてあなたを探してた」
「じゃあ、みんな無事なの?」
「あのアバレって子以外は……怪我も無い」
「そう……よかったぁあ!」
ラミィは両腕を大きく掲げて、喜びのガッツポーズをとる。口には出さなかったが、よほど心配だったのだろう。
「じゃあじゃあ! 早い所みんなを集めないとね! またこんな場所うろうろしてたら危ない目にあっちゃうし」
「集合場所と時間を決めてあります。姫様、心配なさらず」
「俺休みたい」
「ささっ、早くいこっ」
早く言っても時間は決まっているんだよ。
そんな俺の願いもおかまいなしに、ラミィは、おびえるフランの手を引いて走り出した。
*