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第三十話「じつりょく なかよし」

「フラン、水を用意だ、あのカッターを辿るって言えばわかるか?」

「……うん」


 アバレの叫びが反芻する中で、イェーガーは攻撃をしてこない。ラミィの治療は滞りなく完了する。


 そこでまた、イェーガーの攻撃。


「水流!」


 最初に反応したのは、フランだ。頭一個分上の空中を埋め尽くすように水を巻き散らす。

 次にイェーガーの攻撃が、アバレの足を再び引き裂いた。守ることはできない。

 しかし、今回は俺も剣がある。


「ダブルリーチだ!」


 俺は飛び上がって、フランの撒き散らした水に氷の剣を当てる。

 そうすれば、たちまち天井はダイヤモンドのように氷の巣を作る。そしてその中にあった、イェーガーのウォーターカッターを巻き込む。元を辿れば、イェーガーに行き着くはずだ。


「せいこう!」


 フランがガッツポーズを決める。氷付けになった一本の線をたどり、イェーガーを暴く。

 あのウォーターカッターの弱点は、そのまま弾け飛んだ水がそのまま空中にも飛来することだ。本来なら何の障害もないが、氷の剣みたいなデタラメに足をすくわれる。


「……驚いた、オレをそんなふうに捕まえようとするなんてねぇ」


 ただ、のんきに喋るイェーガーの声が、足をつかみ損ねたと確信させた。


「フラン!」

「ない……ないよアオ! 下水道全体が凍ったのに、線の先に奴がいない!」

「なんだって」


 俺も遅れて、凍ったウォーターカッターの痕を辿る。

 そこは、俺たちの背後、壁から発射される水の線と、壁の隅にちょっとだけ溜まった水たまりだけが凍っていた。


 水たまりが、攻撃の出所だった。


「……ミズモグっ」


 ラミィも気付いたようだ。ミズモグで攻撃そのものを移動させていたことを。


「うそよっ、水溜りからだって攻撃の気配はするもの!」

「気配はしたんだろうよ、一直線にふたつな」


 イェーガーと俺の対角線上に合った水溜りにあわせて、ミズモグを発動し、前から意識する真っ直ぐな攻撃と、後ろから来る水の線をダブらせたのだ。

 結果的に正面から来る気配に気を取られて、充満したところで後ろの気配を潜ませる。


 それだけじゃない、戦いながら、ちゃんと周りにある水溜りを把握しきっている。壁際に来てもなお、その後ろにあった水溜りを意識できたのだ。


 人と戦う経験も、空間把握も、圧倒的にあっちが上だ。


「ほらほら、もう一回、もう一回」

「やめろ、ラミィさん、やめてくれ!」

「……コンボ!」

「やめろぉおおおっ!」


 アバレが必死になって拒否するも、体中が痛みで痙攣し、まともに逃げられない。

 ラミィはそこに、慈悲の回復魔法を唱える。足を失わせるよりもずっといい選択を、残酷に選び続ける。


「せっかくだから、あと何枚ツバツケがあるか教えてくれないか? 参考程度に」

「……」


 ラミィは歯を食いしばり、イェーガーを無視する。

 アバレの目はもう焦点が定まっていない。


「つれないなぁ、君は唱えるだけじゃないか。痛い思いをしているのはアバレ君一人なんだぜ」

「なんでっ!」


 堰を切って、ラミィが叫んだ。


「なんでこんなことするの! こんなことして楽しいのあなたは!」

「ああ、楽しいね。じゃなきゃこんなことしない」


 その叫びをせせら笑うように、イェーガーが返す。


「オレは優しいからさ、無駄に人を殺したりはしない。ちゃんと首の皮一枚繋げておいて、まだやれる、希望はあるって、そう思わせる優しさがある」


 イェーガーの視線が、気配を読まずともアバレに向いているのがわかった。

 俺のよく知る、他人で笑う空気だ。


「安心してよ、ちゃんと生きて返そう。もし足を失っても、君はめげずに生きるんだ。頑張ればいつか、片足でも戦士になれる。生きていればきっと、夢は叶えられる」

「あ……あわ……」

「アオどのぉおおおおおおおおお!」


 そのときだ、あらん限りの声で、ロボが叫んだ。


「なんだ! 見つけたのか!」

「違います! アンコモンです!」


 ばさばさと羽音を立てて、空中を漂う巨大なモンスターが現れた。この下水道にどうやって暮しているのかわからないほどの大きい蝶ちょだ。りん粉を撒き散らしているから、蛾かもしれない。


「モスキィー……」


 ラミィが、そのモンスターを見上げながら呟く。

 こいつが、下水道のアンコモン。先程からレジスタンスが戦い続け、呼び出そうとしていたモンスターだ。


 イェーガーばかりに気を取られた俺たちは、ほとんど接近に気付けなかった。とはいえ、攻撃することもなく、りん粉を散らしながらあたりを飛び回っているだけだ。


「ははっ、やべぇね、こりゃ。思ったより速かったしょ」

「アオくん! 早くここからはなれないとっ!」

「え?」


 だが、今まで以上にラミィがあわてているところを見ると、この事態はかなり切迫していることになる。

 なにか、危険な能力でもあるのか。


「ちょ、チョトブ!」


 アバレは一人だけレジスタンスの集団にまで魔法で飛んで行ってしまう。おそらく、予定していた避難場所か逃走経路だろう。

 俺たちも逃げたいところだが。


「子供たち、ワタシに構わず早く避難を!」


 ロボがまだ、もたついているレジスタンスのためにジュドロと戦い続けている。もちろん、ロボはチョトブなんて使えない。


「わたしがいく、チョトブ!」

「助かる!」


 フランがロボの救出に向かう。

 あとはラミィだが、あいつまでロボみたいなことをしてもたついていた。見ると、チョトブで飛んで行ったレジスタンスの尻拭い、つまりは倒さず残していたジュドロを足止めしている。


「おいラミィ! なんだか知らんがお前も逃げろ! チョトブあるんだろ」

「でもこのままじゃ、あの狭い通路にジュドロが、こいつは密室だと毒性が仇になるから!」


 ラミィを見捨てるべきか。いや駄目だ、あいつは曲がりなりにも姫なんだぞ。ロボが来た時期に合わせて死んだりしたら大問題だ。

 フランもレジスタンスのしんがりを勤めながら、遠距離でジュドロをしとめている。


「ったく、貧乏くじじゃねぇか! 土!」


 俺はラミィの前まで走ってから、盾を地面に突き刺す。


『――――ィ!』


 が、その後すぐに、モスキィーが咆哮をあげた。耳をつんざく音波が、眼で見える円形で広がる。

 そして、その波紋に呼応するように、りん粉が連鎖爆発を始めた。

 下水道の水が破裂して、津波のように俺とラミィに押し寄せる。


「あ、アオ! アオ!」

「フラン殿危険です!」


 フランの叫び声と、ロボの押しとどめる声が、爆発の直前に響いた。



 汚水の中にまみれて、俺は流されていた。

 下水道で、しかもあのダムの場所を選んだ理由が、今更になってわかった。

 イェーガーはどこから攻撃してくるのかもわからない。だから、全部を攻撃してしとめる算段を、アバレ辺りが立てていたのだろう。

 だが実際、その作戦が成功した後どうやってカードを見つけるつもりなのだろうか。


 そんな、揚げ足取りばかりを考える。

 どっちが上か下かもわからない、しかも汚水のせいで前もほとんど見えないこの海の中で、どう動けばいいのか。今、息も出来ない俺の、ささやかな現実逃避だった。


 いっそのこと、氷の剣でこのまま全身を凍らせた方が、いい死に方かもしれない。溺死はかなり汚いんだよな。

 そう思ったときには、手に氷の剣をつかんでいた。囁いてもいないのに発動したのか、しかも手にして――


 おかしい、どうしてあたりの汚水は凍らないのか。


 今まで、氷の剣で触れてきたモノは全部凍らせてきた。どうして今になって、それが発動しないのか。


「……」


 心の中で、ちょっとだけ死にたくないという気持ちが現れた。

 どうすれば、死なないのか。そう考えて、俺は氷の剣を巻き込んで、下水を大量に凍らせる。

 氷の浮力が、水面まで俺を導いてくれた。


「ぷはっ! ごほっ」


 流れる水に逆らうことなく、ちょっと冷たい氷に掴まって体を浮かす。もう凍傷依然に体力が空っぽだ。


「……せっかく助けに行ったのに。俺だけか」


 俺は生き残った。

 でも、ラミィは知らない。


 たぶん、盾の後ろにいたから爆発で死んではいないだろうが、盾の前にいた俺ほど無傷なわけもない。


「流され……あ」


 下水道に、氷以外にも流れているものを見つけた。

 植物の、以上に巨大な蔓だ。こんな場所にある巨大な植物なら、たぶんあれ、俺の触手。


 バタ足で、氷をビート版にして近づく、すると、蔓がタネのように楕円になって、中に誰かいるのがわかった。ラミィだ。


「……運がいいな。俺はあんなだったのに」


 この氷の剣といい、土の触手といい、勝手に発動しすぎだろ、どうなってる。

 おそらく、ラミィを守ろうとする本能が蔓に伝わり、そのまま彼女を保護していたのだろう。植物って水に浮かぶんだな。あと裸なのはなんででしょう。


 俺は氷の剣に意識を向けて、水面を凍らせる。やっぱり、凍らせるものがコントロールできている。

 植物の蔓を破き、何故か裸でいたラミィを背負って通路に横たわらせる。ラミィのカードケースだけは、蔓の中からころりと出てきた。


「……うそだろ」


 背負ったときに気付いたが、ラミィは息をしていなかった。心臓は動いていたが、水を飲んだのかもしれない。

 どうすればいい、人工呼吸か。姫に人工呼吸していいのか。やり方わかんないぞ。


「……土」


 駄目だろう。

 俺は土の杭をそのままラミィの腹に打ちつけて、息をしろと命令する。


「こほっ」


 ラミィに水を吐かせて軌道を確保、念の為に心臓をもう一回チェックしておく。胸を触るだけだ。


「この盾だけ地球に持って帰れないかな」


 意思とは関係無しに体を動かす、これは単に戦闘用だけじゃない。土属性はおそらく回復魔法もかねているのだろう。


「さて、どうするか」


 一休みできたのはいいが、ここがどこかわからない。やはり、ラミィを起こすしかない。

 ラミィは、軌道を確保したとたんに寝相を崩して、体を大の字に寝ている。これにぐかーという寝息を出せばもう完璧だろう。


「おい、ラミィ」

「……んあっ」


 ラミィの、涎みたいに水をこぼした口から、変な声がした。

 だが俺を確認した次の瞬間に、ぱっと目を開いて上半身を起こした。裸のため、揺れる。


「はっ!」

「おうおう」

「アオくん! 無事だったんだねっごっ!」


 いきなり口を開いたためか、ラミィがむせる。残った水を全部吐きながら、ラミィは腰に付けたカードケースを開く。


「キラン! じゃない! なんで裸なの!」

「やかましい」


 光の魔法を唱えた。真っ暗で何も見えなかったのだろう。明かりをつけたとたん、自分の姿に気がついたらしい。


「俺も上はこれしかないんだからな」


 俺のシャツを脱いで渡してやる。なんとも貧相な上半身を晒すはめになった。一ヶ月前よりはちょっと引き締まったけど。

 ラミィは慌ててそれを受け取り、かぶる。


「起きてくれて助かった。こっからどうすれば地上に出れる?」

「えっと、みんなは?」

「わからん、あと引っ張るな、伸びるだろ」


 下を隠そうとしているのか、ラミィが必死になってシャツを引っ張る。

 ラミィもわからないとなると、これは迷子だ。


「まあいいや、じゃあ適当に進むか」

「まって! ……こっち」

「わかるのか?」

「空気の出る方向を探せばいいの、風の流れは魔法無しでもわかるからねっ、出来ればはぐれたみんなと合流したいのだけれど、下手に探すよりまずは外に出ないと」


 そうか、道側からなくても、出口はわかるのか。

 先導するラミィにはぐれないようついて行く。いつ出れるのかわからないが、助けてよかった。俺一人だったらここから出られないぞ。


 暫くの間、無言で歩くと、ラミィがウズウズし始める。


「ねぇアオくん、知ってる? 下水道ってね、国中にも伸びているけど、上層は水が流れるだけで、こうやって歩けるのは最下層だけなんだよ」

「……」


 聞こえているけど、返事はしない。面倒だった。

 ラミィはめげることなく、また口を開く。沈黙が嫌いなのだろう。


「ねっ、アオくんはなんで旅をしているの?」

「……特には」


 ここで教える気にもならなかったので、適当に流す。聞くにしてもこんな状況で考える気にはならん。

 ラミィのそわそわは無くならない。静かに出口を目指せばいいのに。


「アオくん、皆心配だよね、アオくんは――」

「俺と仲良くする必要ないぞ。ロボとか、フランとかと話せばいいじゃないか」


 たぶん疲れもあったのだろう、ちょっとだけ本音がこぼれた。

 ラミィは一度立ち止まって、俺がぶつかりそうになる。


「おい、進めって」

「なんで、仲良くしちゃいけないの?」


 ラミィが珍しく、声音を落としていた。彼女も疲れていたのかもしれない。

 そんな時に、燃料投下してしまったようだ。


「別に仲悪くするって言ってるんじゃないよ。気にしないでくれって言ってるんだ。俺は、あんたそういうやり方があんまり好きじゃない、でもやめろなんて思ってない。俺以外の他で勝手にやってくれ」

「なんで」


 ラミィが立ち止まったまま動かない。

 なんで。たぶんこれは、俺がどうしてそんなことを思っているのか聞いているのだろう。


 一度喋ってしまったせいか、後戻りできなかった。


「誰とも仲良くなんて、俺からしたら誰も好きにならないのと一緒だからだよ。仲良くってのは、他人よりも大切にされることだろ。いくら頑張っても、あんたは俺のことを仲良しの一人としか見ないからだ」

「なんでっ、仲良しじゃ駄目なの」

「俺がどういう人間かちゃんと見えるのか?」


 小学生のころ、誰からも好かれた女の先生がいた。生徒全員がどんな奴かも全部わかって、皆と仲良く出来た人だ。

 生徒全員と仲がいいから、生徒一人と生徒五人とを比べたときに、五人を選んだ人だ。

 俺は、数じゃない、一人でも選んでもらえる人と仲良くなりたい。


「別に嫌いとかで荒立てる気はないよ。でも、俺はあんたとは絶対に仲良くならない」


 特別な一人を選ばないのは、国の上に立つ物としては正解だ。だから、反対はしない。

 でも、選んでもらえないのなら、最初からつるまない。


「……酷いよ」

「知るかよ、早く歩けや」


 たぶん、人に拒絶されたことがあまりないのだろう。ラミィはちょっとショックを受けている。いい人生だな。

 俺は嫌われただろう。もう朝になって特訓に誘われたりはしない。あんな親切心で仲良くなろうとする行為は好きじゃない。勘違いしそうになる。

 だから、これでいい。


「あーあ、怒っちゃってまあ」


 そのときだ、突然声がかかった。


「イェーガー……」

「覚えていてくれたのかい? 光栄だね、ばったりだね」


 どこからかイェーガーのささやきが届く。ほんとうにばったりだ。

 おそらく、近くの場所を流されていたのだろう。あっちも真っ直ぐに出口へ向かっていたわけだ。

 ラミィは首を振って気持ちを切り替えて、戦闘態勢をとった。


「風っ!」


 両腕が逆巻き、腕の紋章が緑色になる。風が宿ったのだろう。

 顔に包帯をつけていないが、大丈夫なのだろうか。


「イェーガー! この緊急事態とはいえ、戦うのでしたら容赦しませんっ!」

「へぇ」


 イェーガーがどこか感心した声をあげる。

 そんな中で、俺はもたついていた。


 どうすばいい。

 盾の魔法じゃ防ぎきれない。かといって、氷の剣でも相手が解らないのでは当らない。


「水!」


 結局選んだのは氷の剣だ。相手が水の能力である以上、有意に立てる可能性があるのはこれだ。


「ぶっそうだねぇ、オレは戦うつもりじゃないんだけど」

「嘘ですっ!」

「戦うつもりがないって、じゃあなんだよ」

「ちょっと話がしたくてね、とくにそこのお兄さん」

「俺?」


 意外な申し出だった。ただ、敵が奇襲を仕掛けず攻撃をしてこなかった以上、何か別の目的があるのは明白だ。

 とりあえず、応えるべきか否か。



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