第三話「けっかん よっつ」
手に持った水のカードはどうなったかというと、だんまりだ。
「ああ、駄目か」
「いや、そうでもなさそうじゃぞ」
「え、うわっ!」
時間差で、カードが大きく光る。
水の魔法が発動したのだと、すぐにわかった。身体中に血液以外の何かが流れていく感覚がする。
一体何が起きるのだろう。やはり水の魔法だから、水圧で岩を砕いたりするのだろうか、それともしょぼい水鉄砲がちょろちょろ流れるのだろうか。
色々な期待をこめて、そのまま水が出てくることもなく、光は収束する。
かわりに、手にはひんやりと冷たいものが現れた。
「珍しいこともあるもんじゃな」
「パパ、なにこれ……剣?」
二人が興味津々の様子で俺の手を見ている。正確には俺の手にもつモノだが。
それは、剣だった。
氷をそのまま固めて作ったような純白の、西洋の剣だ。両刃からは白い湯気を出し、柄には装飾がほとんどない。修学旅行で持った木刀よりも軽く、ちょっと冷たい。
シンプルに言うとアイスソードだ。
「ほぉ、本当に珍しいこともあるのう」
「ちょっと、みせてよ」
なんだか二人が異様に興味を示している。氷の剣をまじまじと見つめて、さわさわしている。
な なにをする きさまらー!
「なんか、イメージしてたのとは違います。なんていうか、水がばーんととんでいくような」
「そうじゃ、普通は大体水が飛んでいく。個人差でそれが氷だったり地下から発動したり、手から飛び出したりする。レアは効力も個人差が現れるんじゃ」
「わたしはしらないけど」
フランが、つんつんと氷の剣を突いている。興味のあることには、積極的なのだろう。俺のことを嫌っているくせに、やたら突っかかってくるし。
「フラン、あまり触りすぎんほうがいいぞ、握ったわしの手にしもが出来おった」
「警戒心がなさ過ぎるの、パパは」
「珍しいじゃろが、武器になるレアカード使いなんて。だいたいは武装強化じゃぞ、普通なら下位互換もいいところじゃ」
「だからって、わきまえないのはだめ」
そう言いながら、ずっとつんつんしてる。
なんだかむずかゆい。自分が突かれている気分だ。
「まあええ、とりあえずそれで岩を殴ってみい。デブラッカ」
博士が、もう一度大岩を落とす。あれを切れと言うことか。
俺は頷いて、走りながら、
「わかりました……うぉおおっりゃっ!」
剣を振り回す。
剣術のけの字も知らない、子供の頃に獣奏剣を振り回していたときとほぼ変らない袈裟切り。
かんと、高い音を立てて剣は大岩にちょっとだけ刺さった。それだけ。
もうちょっと、大岩をバターみたいに切り倒すと思ったんだけど。そう甘くない。
大声出したのが恥ずかしくなって、へこへこしながら博士の元に戻る。
「こんなもんじゃろ、しょっぱいのぅ」
「これって、解除はどうするんですか?」
「普通にやめたいと思えばええ」
「そんなんでいいんですか」
とりあえず、心の中でもういいよってささやいてみる。
すると簡単に氷が散り、空気の中に解けて消えた。手にはカードが残っている。
「なんで解いたんじゃ?」
「一応他のも試してみようかなって」
「ああ、一応やるのかの、そのカードは土じゃな」
なんだか含みのある言い方だな。やっちゃ駄目なのだろうか。
ただ、二人とも止める意思はないようなので、そのまま土のカードを握り締める。
今度は力強く踏ん張って、体中の筋肉に力を入れてみる。
「土ぃいいいっ!」
「まああれじゃ、基本レアカードはな」
「うおっ、今度は何だ!」
「なぬ!」
次に出てきたのは大きくて堅そうな盾だった。
素材は何かわからないが、色は土らしく黒っぽい茶色。地面に固定するための杭が盾の下に備えられている。氷の剣ほどではないが、ステンレス以上に軽い。
あれ、でも杭の先っちょが平らだ。これじゃあ地面に刺さんない気がする。
「アオ、もしかしたらお前、結構素質あるのかも知れんぞ」
「そうなんですか?」
「普通は一種類といったが、二種類使える人間は全人口の三割くらいじゃからな」
「この盾は、さわっても問題ない」
フランが今度は、さわさわと手で撫でている。
すごく大きくて硬そうな盾を、撫でている。下にある杭も、撫でている。
ちょっとくすぐったいのは、俺が作った盾だからだろうか。
「ちょっとだけ、細胞補修の反応がある。辺りの草木がちょっとだけ元気になってる」
細胞補修? 回復か何かってことか。
とりあえず、面白みもないので解除する。大岩にぶつけても意味無いだろうし。
土らしい武器だな、ほんと。
「それは風のカードじゃ」
「わかりました……風」
ぼそりと、カードを唱える。
いや、なんかもう慣れっこなのか、ちょっと落ち着いただけ。
それでも反応して光ってくれるあたり、律儀である。
「またか、本当に興味深いのう」
「今度はなんだろ、これ」
手首から肘にかけて、丸いわっかのようなものが左手につけられた。一見すると小型の盾に見えるが、それにしては隙間が開きすぎている。あれか、オサレな盾なのか。
そう思っていると、しゃんと何かが吹きぬけるような音がして、両端が立つ。
ああ、なんとなく解った。
「片手についたボウガンみたいなものか」
手の甲につけられた盾っぽい外見が変わって、掌に装着された弓になる。回転したり弦が現れたり、なんとも面白いギミックだ。やる気のない呼び方してごめん。
「……」
ただ、今回は不思議とフランが触ってこなかった。
ガッカリと同時に、なにやら嫌な視線を感じる。あれだ、関心から嫉妬に変った人間の悪意だ。
触ってももらえないとは、なんとも不遇。格好いいのに。
「ちなみに、わしの知っているレアカード三枚使いは、数えるほどしかおんぞ」
「俺って、才能あるんですか?」
「そう思っているうちはないじゃろなぁ」
増長するなということか。
いや、でもそこまで褒められるとなんだか誇らしくなる。自分自身は何も努力していないけど。
「……むっかー」
あのフランが嫉妬からかなりイラついている。ざまぁねぇぜ。
「一ついっておくが、使えるレアカードの枚数は強さの基準にならんからな」
「あ、はい。すいません」
またしても釘を刺された。
そんなに増長……してるな。
ここは素直に俺が悪い。
わかる、増長なんてろくでもないのだ。
自分の得意な分野でならそいつよりも上という、根拠のない上下関係を自分の中で作ると、人間は全く努力しなくなる。
そして上と信じたまま生きていると、得意な分野ですら、相手が自分よりも上に立ったことを認められない自分になってしまう。経験者は語る。
大体俺は、今日魔法を習ったばかりだ。何を根拠にはしゃいだのか。
「才能のある人間とは、才能を信じるものではなく、才能を手に入れようともがく姿そのものにあるのじゃからな」
「すみません」
「案外素直じゃな」
素直というか、ひねくれ過ぎて痛い目見たことが多いんです。
もし、俺ががきんちょの頃にここへきたら大変だったろう。
「えっと、使うのにはどうすればいいんだこれ」
弦を引いてみる。滑車もないのに普通に引けるという事は、威力はかなり低いのかもしれない。
「矢とかありますか?」
「いらんじゃろ。たぶん風を飛ばす武器じゃよ。やれば解る、なければ探す。とにかく岩に当ててみい」
「それもそうか」
もうちょっとだけ弦を引っ張って、離す。
すると、ピンという音をきっかけに、風が逆巻いた。弓から放たれる予想以上の風に体が仰け反る。
ただ、風の矢はしっかりと飛んでいった。
空の方へ。
「外したのう」
「もう一回やります」
今度は怯まないように、衝撃を覚悟して、矢を射る。
森のほうへ飛んでいった。
「なんとも、当らない」
その後二度三度と挑戦してみるが、肝心の大岩には一度も当らなかった。
「こりゃ、魔法が使えても完全に意味がないの」
「正面までいけば」
「なら剣でいいじゃろ。こりゃただ単に枚数つかえるだけかもの」
さっき、自分には才能が無いとちゃんと反省したのに、何故か自分の無能さに鼻っ面を折られる。
酷くありませんか。ちゃんと自分を弁えた人に神様は祝福してほしい。
がっかりしたまま、武装を解除する。
「まああれじゃ、ここまで来たらそれもやるんじゃろ。残りは火じゃ」
「わかりました」
気を取り直して、しっかりと魔法を習おう。
ちゃんとこの火のカードに思いをこめながら、自身がこれから強くなりたい。魔法を知りたいという正直な思いを乗せていき、力強く息を吸った。
「来い、火の力!」
めちゃくちゃ気合をこめていったその台詞に、カードは、
「あれ」
何も応えてくれなかった。
「もしかして、これは適性がないってことですか」
「……」
そうだよな、流石に三枚まで来たんだ。四枚目はないのだろう。
気合を入れたときに限ってこういう事態が起きる当り、俺らしいものである。
ただ、なにやら博士は慎重な面持ちのまま、俺の手元を見ている。
「……これは、適性がないわけではないのう」
「え!」
「普通なら、適性のないものがレアカードを使うと、その手から弾かれてしまうんじゃ」
俺の手には、黙り込んだままの火のカードがある。
「なんじゃろ、条件でもあるのかの」
「なんにしても、これも意味無しですか」
「まあ、今はなにもできんじゃろな。なんにしても、四枚全部使えると申すか」
「ありえない……うそよ」
フランが本当に不満を持って言う。
博士は顎に手を当てて、一度は考えるが、
「やれるもんは仕方ないじゃろ。光と闇も暇を見つけて作っておくかの」
すぐに思考を切り替えて、ポケットからペンを出す。
なんかマジックペンみたいなのだ。魔法の世界で羽じゃないペンがある。ちょっと違和感。
「そのカードに名前書いとけ」
「え、名前?」
ものに名前って、幼少の頃パンツに名前書いて以来だ。
「レアカードは名前を直筆で書けば、そのものに所有権が移るのじゃ。所有者本人が死ぬまでの。レアカードは高い。盗まれないようにするためじゃよ」
「そんな仕組みが」
「名前には力があるんじゃよ、どれ、アオの名前をこっちの文字で書き写すから、アオ自身がそのカードの下に名前を書くんじゃ」
そういうと、俺の手に俺の名前らしき文字列を書く。手に書くって、紙がどこにもないのはわかるけど。
俺は書かれた手を見ながら、見よう見真似でカード四枚に名前を書く。
「よし、完了じゃな。次やるぞ」
実感も湧かないまま、博士が二枚のカードを取り出す。
二枚とも見覚えがある。たしかチョトブのカードだ。
「カードを同時に使う、コンボじゃ。コンボ制限枚数も計っておく。コンボといったあとに、二枚以上のカードを持って名前を宣言すればいいだけじゃ。同じカードでも二度言わなければいかんぞ」
「コンボですか」
「あと、そのカードは貸してやるだけじゃ。あとで採集するように」
「はあ」
採集って事は、どこかで手に入るのか。
博士から二枚のカードを受け取る。たしかチョトブは物を飛ばすんだよな、手近な石を拾って、そいつに意識を集中する。
「コンボ、チョトブ、チョボッ……トブ!」
ちょっと噛んだ。
でも成功したようだ。二つのカードが光って、石が飛んでいく。
まっすぐとんで、想像していた通りの場所、大岩に衝突した。石は大岩にちょっとだけ傷をつけて、ぽとりと落ちる。速すぎて目で追えなかった。
というか、なんだか凄く無図痒くなってきて……
「これがコンボじゃ。同じカードなら倍々で威力が増えるからの、これが出来ないと魔法は」
「いぎゃあああああああっ! 痛い! 痛い痛い痛い!」
痛い! すっごい痛い! 思わず地面に転がりまわるくらい痛い。
どういえばいいのか、最初はカードを持っていた左腕の血管を内側から広げられて、次に全身の毛穴ひとつひとつに針を刺されるような、断続的な痛みが続いた。
「――っ!」
しゃ、しゃれにならん!
「ああ、こりゃ駄目じゃな」
「これは……いったい? 痛い!」
「人には魔法管と呼ばれる器官があってな。そこにカードを流すことで発動するんじゃ。だから人を介してじゃないと魔法は発動せん。そして、カードごとに流れる魔法の量は一定なんじゃが」
「ふふふ」
つんと、フランが俺の手にいたぁああああい!
人の弱みに付け込みやがったな、クソアマが!
「こら、やめてやり」
「ざまぁないわ」
「この魔法管は生まれつきの太さと、鍛えることで広がることもある。大体は産まれてから二枚分の管を持っておる。アオはおそらく、一枚分が限度ということじゃな」
息を切らしながら、ようやく痛みが引いてきた。
もう二度とやりたくない。
「ただ一枚か、そうなると、魔法の連射も傷みそうじゃの。レア四枚などという才を持つと、こういう大切なところで欠陥が出るというわけじゃな」
「欠陥って、本人の前で言いますか」
「あたりまえじゃろ。必要なことじゃ」
正論は時に暴論よりも人を傷つける。
でも、言った方がその人のためになる。やはり効率主義じじいだこいつ。
「さての、これが魔法の基本じゃ。陣の形成やら、他にも無いことはないが、コンボも出来んようだしこれでいいじゃろ」
「じゃあもう」
「次は、実戦じゃな」
実戦? 何を言ってるんだ。
「俺、魔法をちょっと知りたかっただけで」
「さっきチョトブのカードを使ったではないか、枚数分返してもらいたいの。それに、飯食わせたじゃろ。食い扶持分はカードを持ってきてほしいのじゃが」
「ぐぐ」
あのクソ微妙なカロリー汁の金を払えということか。
確かに正論ではある。何もしていないのに物がもらえると思ったら大間違いだ。むしろタダほど疑わなければならない。
たとえ彼等が一方的にこの世界に連れてきたのだとしても、彼等が俺を放棄することなど容易なのだ。
もしかして、カード四枚もらったのもけっこう迂闊だったかも。
「ぐ……ぐぐ!」
「ぐ?」
「わかりました。実戦の説明をしてください」
ま、まあ死んだりしないだろ。そうであってほしい。
「よし、決まりじゃな。フラン」
「なにパパ」
「アオにチョトブのある場所を教えるんじゃ。あと、彼が死なないように見張っておいてくれ」
「え、なんでよ!」
まじでなんでだ。じじいが教えてくれよ。
このクソガキさんじゃ危ないって、俺が。
「約束したじゃろ」
「あれは違うわ!」
「わしに嘘をつくのかね」
「うっ」
フランが、ギクリと反応する。その顔のまま、俺のほうへ振り向いた。
なんか、すっっっごい嫌そうな顔してる。苦虫を噛み潰したっていうやつだ。
たぶん、フランの中で何かが葛藤しているのだろう。どうしてそこまで嫌がられなければならないのか。
「……った」
「ん?」
「わかったわよ! パパのクズ!」
「にやぁり」
博士の、なんとも気持ち悪い笑顔だ。俺もたぶん笑うとあんな感じ。
一方のフランは、ぷいと博士にそっぽ向いて、どこかへ歩いて言ってしまう。
「ほら、ついていかんのか?」
「あ、はい」
なんか二人のやり取りでごまかされたけど、本当にフランで大丈夫なのだろうか。
フランの背中を追う。なにやら筒のようなものを背負ったその小さな体には、やはり不安を覚える。
とにかく逆らうことも出来ないので、自分をしっかりさせようと、心の中で唸りながら、フランの隣にまで走っていく。
「むっ」
フランに睨まれる。もうわかってきたが、彼女は俺のことが嫌いなのだろう。
おあいこだな。
俺もこいつ、フランのような子は嫌いだ。
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