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第二十九話「きょうてき ちりょう」

 光の照らすその場所は、下水道の中でもかなり広い空間だった。

 たぶん、排水が一度集まる場所か何かなのだろう。ダムのように中央で底の見えない濁った水たまりが流れている。数メートルほど上から水が滝のように流れ、嫌なにおいのしぶきが飛び続けていた。


「ラミィさん!」

「アバレ!」


 探していた人物は見つかった。数人の仲間を引き連れて、アバレが戦闘していたのだ。

 敵はかなりの数だ。ジュドロが何体も彼らを取り囲んでいる。


「ギンガ! ダイのサポートに周れ! 数が増えてきてる」


 アバレはさして慌ててもいない。予想よりも冷静に対応していた。数人で陣形を組み、それぞれの役割を果たしている。曲がりなりにも、レジスタンスをまとめ、人望を得ている身なのだろう。


「ラミィさん、どうしてここに! まだ朝の練習が終わっていないはずじゃ」

「もうとっくに終わってる時間だよっ! それよりも、なんで勝手に向かっちゃうの」


 ラミィは戦闘しながら、アバレを糾弾している。

 アバレはいっちょ前に睨み返して、目の前に迫る敵とラミィに対応する。


「ラミィさんに危険が及びます」

「それは君も同じでしょ!」

「あなたがいたら止めるからです!」

「当たり前です! そっちが本音でしょ!」


 戦闘中のせいか、二人の口論がヒートアップしている。頭ごなしじゃゴセイは絶対に意見を曲げないだろうな。

 周りの子供たちも、戦いながらチラチラと二人を気にする。油断して遅れをとると、ロボがそれをフォローする。


 俺はフランと一緒に、離れた場所でそれを見ながら、ちょっと一安心する。


「一応、口論する暇があるなら全員無事ってことか」

「……くさい」


 フランは周りを警戒しながら見渡し、きつい匂いに顔をしかめる。

 ジュドロがこれだけいるのだ。仕方あるまい。


 アバレは腰に付けた剣を抜かず、手に持った棍棒のようなもので対応している。ジュドロって、見るからに斬撃とかきかなそうだもんな。

 ロボもいるし。当面は問題ない。


 おそらく、何かあるとすればこれからだ。


「フラン、わかるか?」

「ううん、わからない。でも、これだけ集めたって事は、アンコモンが来る」


 アンコモンの呼び方に、敵のタゲを集める方法がある。今みたいに同じ場所に居座って、敵を討伐し続けるやり方だ。

 アバレはたしか、イェーガーを探しにここに来たはず。何故ここでタゲ集めをしているのか。


「おい! ラミィ! ここにいるアンコモンってなんだ!」

「今忙しいのっ! それになんで戦ってないの!」

「モスキィーだな、ここのアンコモンは」


 ふと、隣から声がかかる。いつの間にか、隣にフードを目深にかぶった男が立っていた。顔はよく見えないが、口元がにやついている。


「誰だあんた?」


 俺は怪訝な顔をしながら、そいつに問いかける。

 すると、男は両手でダブルピースして、楽しそうに手を振る。なんだこいつ。


「イェーガー」

「はい?」

「あらま、知らないのか」


 こいつ、今イェーガーって言ったよな。

 男はつまらなそうに頭を掻いて、今度は目の前で戦っていたアバレたちに手を降った。


「お~い! オレだ、イェーガーがきてやったぞ、たしか~君か、善を持って俺に挑むのは」


 なんと、まるで従兄弟のお兄さんみたいな口ぶりで、アバレたちに名乗り始めた。

 アバレが、男の声に気づく。ゆっくりと、わき見をするようにこちらを見て、


「み~ず」


 気付いたときには、アバレの足に穴が開けられていた。


「やっぱいきなりはつまらねぇな。美学ってのがない。やるんじゃなかった」

「い、イェエエエガァアアアッ!」


 アバレが叫んだ。

 そのときようやく俺は、状況の収拾を迫られる。

 イェーガーが現れたのだ。あまりにあっさりで拍子抜けして、今でもこいつがそうなのか自覚ができない。

 

 男、イェーガーは俺を見て、鼻を鳴らして笑う。


「そんなもんだよ、舞台と演出がなきゃ君は人殺しを信じられないのかい? ずいぶん気楽じゃないか、テンションが低くたって、そんなもんいつでもやってくる」


 イェーガーは、まだ動くこともしなかった俺に向かって、人差し指を立てる。


「危機感が、足りない」

「水流!」


 フランが隣から、水の魔法を放った。水圧で攻撃ごとイェーガーを吹き飛ばすつもりだ。

 対してイェーガーは、自身のケースからカードを一枚、冷静に取り出す。


「ブットブ」


 イェーガーの体が消えた。攻撃の気配が見えるので、逃げたわけではなさそうだ。


「アオ殿! 容態は!」

「……すまん、無事だ」


 ロボが慌てて駆け寄ってきた。

 自分の体が、まだ戦いのテンションについていけなかった。イェーガーの現れ方が地味すぎて、いまだに危機感が沸きにくい。

 第一印象を操作された。頭の固い俺には本当に上手なやり方だった。


「アオくん!」

「……大丈夫だ!」


 そこでようやく、俺の額に汗がにじみ出た。あのままボーっとしていたら、死んでいたかもしれないことに寒気を覚える。

 自分の思い切りの悪さに嫌気がさした。


「こんにちは、アオってのは始めましてだな」


 どこからか声が響く。糸電話から発されたような、くごもった音声だった。


「アバレ隊長!」

「皆、打ち合わせどおりだ、俺に構うな!」


 アバレが、足を引き摺ってこちらにまで歩み寄ってきた。大量のジュドロはまだ、アバレの手下たちが相手をしている。


「お呼びに預かり光栄だよアバレちゃん、今日の狙いは君なんだ」

「隠れてないで出て来い! 俺がぶっころしてやる!」


 アバレは剣を引き抜き、これ見よがしに気配を放つ。

 一方のイェーガーは身を潜め、こちらに居場所を悟られないようにしていた。


「本日はお日柄もよくってかな、地下で太陽も見えないが、このイェーガー、果然やる気を出して狩を始めさせていただきます、水」

「皆、来るよっ!」


 ラミィが全員を庇うように前に出た。次の瞬間には、ねちっこい攻撃の気配がどっと広がる。

 イェーガーが、攻撃を仕掛けてきたのだ。なにかが光を反射しながら、一直線に走る。


 最初の目標は、またアバレだ。


「っ、隠れてんじゃねぇよ!」


 アバレも気配には聡いらしい。ぎりぎりだが反応して避けた。床を弾いて、攻撃の気配が霧散する。


「なんだあの攻撃」

「敵は水って言ってたから、水の攻撃だと思う」

「フランちゃん正解。イェーガーの攻撃は水だよ。ほっそい線上の水をカッターみたいに使って攻撃してくるの」


 ウォーターカッターみたいなもんか。どうこうできたわけじゃないけど、事前に教えてほしかったな。

 イェーガーの攻撃は素早いが、一直線だ。気配の読める奴なら、それなりに対応できる。


 つまりは、それを当てる何かがあるということ。敵は人間だ。


「おい、あいつの能力は他に何がある」

「どこかに消える能力、どこからか攻撃する能力、どっちもよくわかってない。たぶん、コンボだと思う」

「情報が全く役に立たない!」


 たしかに、この異世界にカードは無数にあって、効果がどれと符合するかなんてなかなか理解できないのはわかる。でもそんな状況で、敵に挑むものじゃない。


「んっん~、役に立つ情報を持たせるわけないだろ」


 また、声が届いた。次の瞬間に、すぐ敵の攻撃が来たのだと悟る。大きく右へ跳び、ラミィと俺の間に水の線が引かれた。

 すばやく、正確だが、避けられないわけじゃない。モンスターと同じ程度の、十分反応できる速度だ。

 アバレはちょっと危なっかしいけど、ちゃんと避けている。


「おい! 出て来いクソが!」

「君はオレを倒しに来たんだろう?敵に物事を頼んじゃいけないよ。ほらほらもっとキープスマイル」


 人を逆なでするようなイェーガーの声に、アバレの拳が震える。


「生きているのなら、なんでもエンジョイしなきゃよ」

「やりたくもないことに混ぜられるほど、つまらないものはないんだよ」


 俺はあえて、イェーガーの会話に入り込んだ。時間稼ぎだ。

 元より、アバレたちのために命張る気はないが、もう乗ってしまったのだ。フランに目配せして、敵の居場所を特定させる。


「いつだってそうだ。運動やりたい奴だけが運動会やってればいいんだよ、俺たちがなんで脱水症状にならなきゃいかん。放課後に応援練習なんてふざけてる」

「運動会? まあなんだ、君がオレとのゲームを楽しめなさそうなのはだいたいわかった」


 イェーガーが俺に食いついた。出会い頭の時もそうだが、自己主張が激しい。俺と同じで、口論が好きそうな奴だ。


「アオくんはそうでもさ、楽しめないならオレだけが楽しめばいいんだよ。オレが楽しくてやってるんだから」

「楽しくて?」

「ああ、そうさ」


 次の攻撃が来る。こいつはラミィと同じで、一度唱えればずっと使えるタイプか。

 今回ははっきりと、イェーガーの気配を捉えた。真正面から来る正直な攻撃に、俺とフランはすぐさま対応した。


「フラン!」

「コンボ! 火、光!」


 初っ端から大技で決める。敵の能力が何だろうが、やられる前にやればいい。油断することのないフランの一撃は、確実に気配の元へ迸る。


「こりゃ、驚いた」

「なっ!」


 レーザーが飛んだ先、光によって眩しくなった下水道の広場には、先程見たフードの男は見つからなかった。僅かな暗がりも完全に照らしたのに、気配のした付近にまるで見当たらない。


「フラン!」

「当ってない!」


 外した? フランのレーザーは文字通り光速なのにか。

 驚く間もなく、敵の反撃が俺の頬を掠める。


「っつつ!」

「アオ!」

「そりゃさ、君たちが出来てオレに出来ないわけないでよ」


 身震いがした。イェーガーは俺たちと同じかそれ以上の、気配に対して強い反応力を持っている。

 考えれば当たり前だ、特別な特訓とはいえ、俺が一ヶ月で習得できた技術が、ユニークスキルなわけがない。持っている奴は持っている。


 フランは俺と同じ驚きに、冷や汗を掻く。おそらく内心ではパニックだろう。


「アオくん、どうなってるの!」

「アオ殿! 下がってください。ここはワタシが盾となりましょう!」


 居場所を特定できず、俺たちよりも気配に疎い二人は、敵の居場所すら把握しきれていない。


「どこだ! でてこいよ、でてこいって!」


 アバレは、がむしゃらに剣を振り回し、イェーガーを挑発している。

 硬直状態だが、今なら逃げられる。

 俺たちはイェーガーの攻撃なら察知することができる。おそらくあの程度なら、盾で防いでいけば無傷でやり通せる。

 大量のモンスターと戦っているレジスタンスも、まだ体力は余っている。


「ラミィ! 逃げるぞ!」

「えっ、それはそうだけど」

「今なら間に合う!」

「ふざけんなクソが! せっかくここまできたんだ」


 アバレが、俺たちの前に出る。だからラミィに指示してほしかったのだが。

 誰よりも先走ったアバレに向かい。肩をつかむ。


「おい、前にでるな!」

「あんたらが一人で逃げればいい。俺は戦う! 逃げるなんて駄目だ」

「そう、駄目だ。今日の狙いは、アバレ君なんだから」


 イェーガーの気配がまた広がった。俺は咄嗟に前へ出て、ずっと持っていた盾を構える。

 反応できなかったアバレにかわって、盾がその攻撃を受ける。

 その後で、アバレが荒っぽく俺の肩を掴んだ。


「おい、勝手に守る……」

「つっても、反応が遅すぎるんだよ。もうちょっと早ければ俺だって守る必要なくて……ん?」


 俺の詭弁に、アバレが声をはさまない。おかしい、こういう奴ほど、説教するとすぐに大声でまくし立てるのだが。

 振り返って、アバレの姿を確認する。


「……あ」


 アバレはそこにいた。呆然としているが意識もあり、しっかりと下を見ている。


 外れて転がった、アバレ自身の足を見ている。


「あ、あ」


 口からかすれた声しか出さないアバレの体が、横に倒れた。右手で床を受け止めながらする、静かな転倒だ。


「う~ん、良いっ」

「あ……あああああああっ!」


 アバレの叫びが、鼓膜を叩く。

 そこでようやく俺は我に帰る。何があったのか、あたりを見渡す。


「な、何があった!」

「……わからない」


 こちらにまで走ってきたフランが、歯を食いしばりながら無知を告げた。

 後ろにいたフランにも察知できなかった攻撃が来たのだ。初めて出会う、気配のない攻撃だった。


「待ってて! 今ならまだっ!」


 ラミィがアバレのもとに駆け寄る。落ちた足を躊躇いもなく拾い、アバレの切断面に無理矢理押し込んだ。


「――っ!」


 アバレの目が見開き、声にならない苦悶を募らせる。


「コンボ! ジュドロ! ツバツケ!」


 肉の焼ける匂いとともに、アバレの足が溶けていく、そこにすかさず回復呪文が発動して、溶解と回復を繰り返す。

 溶接していた。おそらく、足を溶かし、その切断面同士に回復を掛けることで、神経同士をつなげる気なのだろう。


 アバレは苦痛から覚醒と気絶を繰り返しながら、暴れまわる。

 ラミィがそれを、必死になって取り押さえる。


「あがぁあ、やめろ痛い! やめてくれ!」

「アオくん! イェーガーをお願い!」

「あ……ああ!」


 そうだ、見ている場合じゃない。イェーガーをどうにかしなければ。

 気配が読めなかった。つまり、こちらとの戦い方を相手は熟知している。経験の上でも、実力の差でも、圧倒的に不利だ。


「おうおう、無理しちゃってまぁ」


 イェーガーの声、どこにいるのか、必死になって首を左右に振る。

 盾があっても、横から攻撃を受ければ即死だ。ならば、


「ラミィ! 壁際、できれば角にまで走るぞ!」


 せめて、イェーガーが放つ攻撃の方向を狭めたい。

 ラミィもそれを察したのか、一番近い角に向かって走り出す。フランもこちらについてくる。


「ロボ!」

「ワタシは敵の間諜を! この畜生の体、今こそ役に立てます」


 ロボは俺たちから離れて入口近くにいるジュドロを倒していく。退路を確保しつつ、イェーガーを探るつもりだ。たしかに、ロボの体なら水程度じゃ削れない。


「アオくんっ! こっちも体勢を立て直すから、他の子達を」

「わかってる!」


 部屋の隅に身を置き、敵の攻撃を待ち受ける。

 今ここから離れるのは危険だ。かといって、他の子供たちを蔑ろにしていいわけがないのも承知している。


「安心しなって、一つの絵を描くときに、他の絵を描いたりはしないからさ。あの子達は貴重なキャンバスだ」


 イェーガーが、わざわざ俺たちをフォローしてきた。


「信用できるかよ、絵を書くのを邪魔する奴がいれば、お前だって煩わしいだろうが!」


 とにかく今は考えろ、イェーガーだってこの盾を貫通できる攻撃は持ち合わせていなかった。ならば、少しくらいの時間も、


「がっ……ああああああっ!」

「なっ!」


 アバレが悲鳴をあげた。みるとまた、切断面をなぞって足を切り落とされていた。


「ど、どこからだ!」

「気配はあったけど、全然わからない!」

「君たちじゃ障害にはならないなぁ。ほら、ラミィくん、彼にもう一回だ」


 盾が役に立たない。触手を使うか? 駄目だ、植物の蔓程度じゃ貫通する。それに下水道には、苔やらのちょっとの草木しかない。

 後手に後手に回ってしまう。せめて、フランの射撃する間ほどの隙ができれば、攻撃できるのだが。


 ラミィが、神妙な顔つきで、アバレのちぎれた足を持ち上げる。


「アバレ、もう一回我慢して」

「ラミィさん、もう、もういい!」

「コンボ、ジュドロ、ツバツケ!」

「あがあああああっ!」


 アバレの悲鳴が、近くで響き渡る。もう一度行われる接合の痛みか、鼻水とよだれで顔が酷い。

 どうするべきか、盾が使えないなら答えは簡単だ。


「水!」


 氷の剣を取り出す。多少危険が高まるが、防げないのならこれしかない。


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