第二十八話「げすい みてる」
「おはよっ!」
翌朝も、ラミィが窓からやってきた。
あまり親しくもないのに、毎日家に迎えに来てくれる。聞こえはいいが、ラミィのそれはただの親切だ。
朝の集団登校と同じ、染み付いた連帯行動なのだろう。
「いかない」
「なんでっ!」
俺は寝返りをうって、ベッドの中にもぐりこむ。
ああ、懐かしいやり取りだ。このせいで俺は、集団登校に一度も呼ばれなくなった。一人で登校していたけど、不審者は話しかけてこなかったし。必要ない。
俺は、ラミィが苦手だ。あまり関わりたくない。
「アオ殿、朝です。起床をしてはいかがか」
ロボが、俺のベッドをゆさって起こしにかかる。
「犬風情が幼馴染を気取りおって」
「ロボさんは女の子なんだよっ! アオくんそれは失礼」
ラミィのキンキンとした声が部屋に響く。ちょっと目が覚めそうだ。
「アオ殿もフラン殿も、いうまいとは思っていたが朝に弱すぎる。ここで克服してはいかがか、起床の速さは今後の人生に大きな利益をもたらしますよ」
「眠いときに寝ないと体に悪いだろ」
なんで人はこう、朝に活動を開始したがるのか。自然に起きるままこそが人類のあるべき姿ではないのだろうか。
ほら、効率主義のフランだって朝は寝ているんだぞ。
「すー」
右に寝返りを打てば、隣のベッドでフランの寝顔が眺められる。ちょっと眼福。
そして布団を大きくかぶって眠る。
「俺はな、今日こそ奴隷を見に行くんだ。散々後回しになったが、この街に来た目的は一歩も果たせてないんだぞ」
昨日だって、あの後ロボの付き添いでほとんど動けなかった。黙っているだけなのに、なんでいなきゃ行けないという使命感が募ったのだろうか。
「じゃ、じゃあさ! 私がその場所まで案内するよっ」
「また急用で城に帰ったり」
「そ、そのときはごめんねっ! でも何もなければ案内するよっ、一昨日みたいにトラブル起こすよりはいいんじゃないかな」
「痛いとこをつくな」
たしかに、この前は奴隷を探して変なやつらに絡まれた。元より道を知っている人がいれば、その心配はない。
リスクを最小限に抑える。保身的な考えこそ頭の固い人間は優先する。
ゆえに、俺は安らかに眠れるメリットを捨てる。
「わかった、案内しろよ」
「うんっ! そう言ってくれると思ったよ。その前に朝の特訓ね」
「特訓終わってから起こしてくれないか」
「無理だよ、そのまま下で活動するし」
朝なのにラミィはきびきび動く。カーテンを勢いよくあけ、窓から風を吸う。
「むぅ」
その慌しさに、フランも目覚めた。
「今日もラミィと朝練だってさ」
「……ねむい」
「じゃあフランは寝てるか。別に構わないが」
ロボと一緒にいればいいし。
「ううん、アオと一緒がいい」
「アオ殿、本日はワタシもお供いたします」
「え、いいのかよ。今日歓迎パーティやるんだろ」
「構いませぬ。夜までには戻ることですし、一度邂逅を済ませた手前、突然消えたところで問題はないでしょう」
ロボは元気に腕まで振って、やる気満々だ。あと尻尾振ってる。
「ワタシが一日外に出られないだけで、こうもうずくとは。変革したな」
一人ぶつぶつ、楽しそうに呟く。ロボって犬並みに外が好きだよな。前の姿と関係あるのだろうか。
フランが、俺の眼も気にせず着替え始める。まあ、俺も気にしない。
「アオくんっ! 女の子の着替えはじろじろ見ないのっ!」
「み、見てねーし」
びっとラミィが俺を指差す。やめてくれよ、見てるけど気にしてないから。
「さてっ、今日は三人乗せるからね、いっぱい息吸わないと」
ラミィが腹で深呼吸をする。胸をそらすからちょっと揺れた。
やっぱりやばいな。性欲を解消することにここまで真剣にならないといけないなんて。この世界にはAVがないせいだ。
とにかく特訓を適当に済ませて、道案内をさせよう。
「アオ殿、なんでしょうか」
「いや、見てるだけ」
今はとりあえず、ロボをじろじろ眺めて我慢する。
「アオ殿、そんなにみられると……緊張する」
ちょっとロボが頬を赤らめて、目を逸らすが、どうでもいいことだった。犬の赤面。なんか銀牙に出てきそう。
*
郊外に降りたとき、待っている人間がいた。
「ラミィさん!」
ゴーグルだ。杖を不器用に叩きながら、まだ空中にいる俺たちに手を振っている。
「誰だあの少年は」
「ロボは初見だったな。あいつが実質、元奴隷の占めだよ」
「そういう上下関係はうちにはありません! すぅううう!」
ラミィは風を揺らしながら、フラフラと不安定に空中制御を施す。流石に三人と一緒に飛ぶのは結構疲れる様子だ。飛ぶというよりパラシュートみたいな感覚になってる。
そういえばこの世界って、気球とかあんのかな。
「しゅ、しゅたっ、到着! おはよっ、ゴーグル」
「おはようございます、ここに来ると思って待っていました」
「その足でよくここまで来たな」
「一応僕も元レジスタンスですよ。一応護衛を頼みましたが、誰も付いてきてくれませんでした」
ゴーグルは一人でここまで来たようだ。モンスターだっているのに、肝の座った男だ。
ラミィはそのことがショックだったのか、ちょっと目が震えてる。
「そんなっ、一人でここに来るなんて危ないよ! 皆はどうしたの!」
「そんなことより、大変なんです」
ゴーグルはそんな態度も構わず、慌てた様子でラミィの右手を掴む。
「イェーガーが出たんです! しかもまだ情報が残っていて、アバレが全員連れて討伐に――」
「うそっ! なんで!」
今度は、ラミィがゴーグルに詰め寄る。両肩を掴んで、強く揺らした。
「だから、僕に護衛がつかなかったわけです。とにかく、僕は小屋に戻ります。ラミィさんはアバレたちが向かった地下道へ行って下さい」
「どういうことだ?」
状況が飲み込めなかった。
イェーガーといえば、この国で最もやばい殺し屋なのに、何故向かう必要があるのか。
むしろ離れるべきだ。アバレがいくら正義感の強い子とはいえ、無闇に危険に赴くとは思えない。
「アオさんたちも、できれば救出を手伝ってください」
「……わかった」
聞いてしまった以上、気になる。それに他人のふりはできまい。
フランはともかく、ロボなんかいつも以上に気合が入ってる。
「ゴーグル、あなた一人で本当に帰れる?」
「心配いりません。とにかくアバレたちをお願いします」
ゴーグルは踵を返して、早くに俺たちから離れる。さっさと帰ることが、ラミィのためになるとわかっての行動だろう。
あの歳で、嫌な相手を救うためにここまで出来る。素直に尊敬する。
「じゃあ、三人とも頼めるかな」
「無論だ」
「アオがいいなら」
俺も無言で頷く。
ラミィは走り出した。ロボは手早くフランを担いでそれについていく。俺も背負ってほしい。
「地下道は下層のどこにでも入口がある下水道なの。モンスターもそれなりにいるけど、犯罪者たちの隠れ家なんかも多くて、むしろそっちの方が危険な場所だから、あまりカード集めには向かないの」
ラミィは走りながら、下層に入っていく。路地裏の先、さらに整備されていない奥のほうへとどんどん進む。
そういえば、この国の路地にはマンホールがある。この国の下水ってどうなってるんだ。
「上層はただ下に流れる通路があるだけだけど、下層はそれを溜め込んで地上に流すから、人一人が通るには十分すぎるくらいの通路もあるのよ」
「おいまて、トーネル全体に行き渡ってるんじゃないのかそれ。どうやってアバレを探す」
ちょっと息が切れてきた。まだ路地裏を走ってる。
「わからない! でもっ、たぶん彼等も適当に探しているだろうから、私たちの知っている通路だけを巡回すると思うの。いざというときに逃げられないと困るし」
「だから、入口に向かって……ハァ……ハァ……、でも、どうして、イェーガーぁあ……」
「ラミィ殿、どうして彼等がイェーガーを狙う必要があるのだ?」
ロボが、息切れした俺のかわりに質問してくれる。
「ムッキー」
フランが、ロボにムッキーの魔法をかけてやる。その上がった筋力でロボは俺を担ぎ上げてくれた。ありがたいけど、最初からやってくれ。
「ナイスだ。イェーガーはお前たちにとって敵かもしれないが、そうオラオラと殴りこむような輩じゃないだろ。危険すぎる」
「……たぶん、パアットのためだと思う」
「パアット?」
「アオそれ、カードの名前。全身の傷を癒し、どんな重症だろうと健全な状態にまで戻してくれる。壊れた脳も、無くした腕も」
隣にいたフランが説明してくれる。強力な回復魔法のカードか。
「もしかしたら、ロボの呪いだって、治せるかもしれない」
「……ホントかよそれ」
だとしたら、とんでもないカードだ。
ロボは、俺とフランを担いで路地裏を走り続ける。時折すれ違う人間たちは、ロボを見ては驚愕の視線を向けて慄く。
「ワタシには必要ない。この身に受けた呪いは、ワタシが受けるべき報いだからだ」
「最高級のアンコモンカード。破損率が六十%もあって、国が一つ持っていればいいほうって言うくらい。貴重」
「それを、イェーガーが持ってるのか?」
「うんそう。わざわざ、下層の人たちに見せびらかしてる。持っているだけで狙われるのに」
大体話が読めてきた。どうしてアバレが徒党を組んで倒しに行くのか。
「イェーガーからそいつを奪って、小屋にいるやつらに使うのか」
「うん……誰に使うかは、わからないけど」
言い終わると同時に、ラミィの足が止まった。目の前は貯水された湖が広がり、柵を越えた真下には地下道の入口が見えた。
「ここが、私たちが知っているルートの入口。たぶんアバレたちもここから入ったわね」
ラミィが包帯をきつく締めなおして、柵を飛び越えた。
ロボもそれに続き、下に降りてから俺とフランをおろした。
「臭いな」
「我慢するっ、帰ったらお風呂とアバレたちに説教だね」
ふんと、ラミィが胸を張って行進する。嫌そうだが、入ることに躊躇いはない。
*
俺の中で、この場所のイメージはモンスター主役のダンジョンのようなものを想像していた。
しかし実際は、入り組んだ迷路の町だった。モンスターもそれなりにいるが、それ以上に人間が多い。
「このあたりはモンスターよりも人が多いの。たまに変なのを売ってたりするのもこの辺。あんまりみちゃ駄目だよ」
言いながら、ラミィは拳を構える。通路を歩けばモンスターにあたるのだ。
周りにいる人間たちはそ知らぬ顔で、被害を最小限に収める。
「どんどん奥に行けば、人もいなくなるから気をつけて、あとはぐれないように」
「フラン、一応道覚えておけよ」
「うん」
俺と違って、フランは人並み以上に記憶がいい。たぶん、どれだけ入り組んでいようが一日くらいなら全部暗記していられる。
ラミィが先走らない保障はないし、安全策だ。
「ロボ!」
「任された!」
あとは体力が無尽蔵にあるロボに戦わせれば、ほぼ万全なまま敵に対応できる。
「すごいっ、ロボさんも強いんだね」
「恐縮です」
「でも、魔法は何も使わないの?」
「ワタシなどには過ぎた力です」
ロボは出てくるモンスターを引きちぎっては捨てる。怪力で吹き飛ばしたり、魔法は使わない。
一応、頼られても困るし、ラミィに説明するか。
「ロボはな、その体のせいで魔法が使えないんだよ」
「えっ、この姿って、さっき言ってた呪いってそのことなの?」
「魔法を使うとな、モンスターの本能が前面に出るから使えないんだ」
今ロボの状態は、魔法管にガブリと似た魔力が常に流れていることで、その姿に変わっている。そこに俺の盾の魔力を流せば、ガブリの魔力は上手く流れなくなる。盾で数日だけ意識を戻すのはそのためだ。
地のカードを携帯しているおかげで、他の魔力を流さずとも自動的にせき止める効果がある。だが、ロボ自身がカードを使えば、地のカードの抑止力が機能しなくなる。ロボ自身が魔法を流そうとするからだろう。
一回魔法を使わせたときは危なかった。盾があって助かった。
「だから、緊急時に汎用性がないロボは雑魚用。フランは道を覚える。役割としては十分だろ」
「アオくんは?」
「……水」
働くよ。先に言ったりするからやる気がなくなっちゃったじゃないか。
下水道にいるのは泥型のスライムだ。名前は、ジュドロ。使用するとちょっと変なにおいのするドロドロがあたりに撒かれる。酸性で、触ると結構溶ける。
俺は軽く振り回すだけで、ジュドロは勝手に凍るためすぐに戦闘が終わる。
「アオくんって、戦い方がすっごい変だよね。剣の型とか関係無しに、とりあえず当てるように戦ってる」
「そりゃ、当てれば勝ちだからな」
このジュドロも、コンボが使えればかなり使い勝手のいい魔法になるんだがな。氷の剣はその辺の組み合わせが強い。
ほとんど障害もなく下水道の奥へ奥へと進む。段々と人も見かけなくなり、本格的なダンジョンになってきた。
「キランっ」
ラミィが、ケースからカードを発動する。たぶん明かりを付ける魔法だ。ラミィの右上をゆらゆらと光球が飛んでいる。
「流石にここまでくると、何も見えないね」
「そう心配することはない、ワタシは鼻が利く、暗闇だろうと先陣を切りましょう」
「そんな便利な能力あるのかよ」
暗くなると同時に、下水道の中はどんどんと入り組んで複雑になっていく。ジュドロを主に、黒い甲虫のカチコも出てきたりする。森なんかにいるとそうでもないが、ここにいると気持ち悪い。
「おい、これ以上奥に言って、本当に餓鬼共は――」
「アオ、モンスターが」
俺たちに気付いたモンスターは大体向かってくるが、俺たちに構わずどこかへ走り去っていくモンスターがいる。
いつもならそんなに気にはしないが、向かう先が数引同じになると、意味が出てくる。
「誰かが、戦闘してる」
「みんなっ!」
ラミィが、わき目も振らずに走り出した。
「おい、ライト要因!」
俺たちは急ぎラミィに付いていく。
少し先に、大きな光が差し込まれている。俺たち以外の光源が、そこにいるのだ。
暗闇に慣れた眼では中を覗けない。ラミィはそのまま先走る。
「アオ殿! 切り込ませていだだく!」
「ったく! 土、土!」
万が一に備えて、水を解除して土に変える。そのまま盾を前にして、光の中へと飛び込んだ。
*