第二十七話「よげん えっけん」
上層までの道は、馬鹿正直に関所をくぐった。
もちろん、ラミィは包帯を巻いたまま、顔も見せずにだ。
「それでいいのか?」
「大ジョブ。じゃーん」
得意気にポケットから取り出したのは、魔法じゃないカードだ。
なんだこれ。
「フリーパス。これがあれば誰だって関所をくぐれるんだよ。しかもカードケースと同調させてあるからなくす心配なしっ」
「ケースをなくしたら悪用されるんじゃないのか?」
「なくすような人に貸したりはしないわよ。それくらい重要な関所なんだから」
「王権乱用だな」
こういうことをすると、後々痛い目を見ると思うんだが。ラミィに渡していいものなのかあれ。
関所のおっさんたちは、ラミィのことはすでに顔見知り……包帯見知りなのか、あんまり緊張せずさっと通してくれる。
ちょっと気になって、おっさんに聞いてみた。
「なあ、俺が言うのもなんだけど、あいつ怪しくないか?」
「怪しいな。顔も見たことない。でもあのカードがある以上はお通ししないとな。とはいえ、あのカードをあいつ以外に使う人間は見たことないが」
包帯の連れということで、俺たちも免除だ。そういえば直接下層におりてきたんだよな。ラミィがいなかったらどうやって戻るのだろう。
やっぱあのラミィのために作られたカードなのかもしれない。誰かお嬢様の趣味に付き合ってる奇特な奴がいるな。
一直線に王都までの階段を上る。ラミィはこなれていて軽快な足取りだ。
俺はちょっと疲れた。階段多すぎ!
「なさけない」
フランは普段から森にいたためか、体力はある。無尽蔵人造人間め。
「ラミィ、こんな正面から渡って大丈夫なのかよ」
「なにがかな?」
「あの小屋のやつらだってお前の正体は気になってるし、中層で堂々と歩ける顔じゃないだろ」
俺が包帯の付いた顔を指差す。
ラミィは、指で包帯を摘んでから、にっこり笑ってサムズアップする。
「ジョブジョブ! あの子達は中層以上は付いてこれないし、中層の人も私が上層の人だって位で深追いはしないしねっ」
「聞けば聞くほど穴だらけなヒーローだな」
嘘に嘘を重ねると崩壊するようなもんだろ。自分の一番辛いときに帰ってくるからな。
「さてと、到着っ」
「相変わらず高いな、減圧症に……あれ?」
「いない」
いつの間にか、隣にいたはずのラミィが消えていた。左右を見渡しても、その影すら見えない。
入れ替わりに、ロボがこちらに向かって小走りで迫る。何か慌てた様子だ。
「おかえりなさいませ、アオ殿」
「ロボ、そんな言葉どこで覚えた」
「敬語ですが、どこか逆鱗に触りましたか?」
「いや」
「それよりアオ殿、急報だ。導の精霊が王宮に言伝を残したらしい」
「みちびきの精霊?」
「同伴願いたい」
俺の知らない精霊だな。というか、精霊は地くらいしか知らん。
ロボもそのことは知っている。歩きながら、口を開いた。
「精霊の中でも、人に近しいタイプの精霊だ。元より仕えるは世界本体だが、それでも我々人間にも助言をくださる。気まぐれではあるが」
「助言?」
「というよりも、予言か」
ロボは王宮のレッドカーペットを真っ直ぐに通り過ぎて、奥へ奥へと進んでいく。歩くたびに、装飾が豪華になっていった。
最終的にたどり着いたのは、なんと玉座の間だ。普段王様が仕事に使うあの部屋だ。
「この部屋、入っていいのか?」
「さようです」
ロボは近くにいた護衛兵と頷き合って、大きなドアを開く。
玉座の間は、一言で言えば体育館だ。無駄に広い空間と、その最奥に王様の座る椅子が置いてある。周りには護衛が棒立ちしていて、王様を襲おうものなら一斉に飛び掛ってくるだろう。
入ってきた俺たちの他にも、数人の裕福そうなおっさんやおばさんがひしめいていた。がやがやと、下品ではないがささやきが聞こえる。
玉座の前では、ラミィがいた。いつの間にかドレスに着替えている。
「アオ殿、ここで」
「ん、ああ」
俺たちはその部屋のドア近く。つまり王様から一番遠いところで待つ。助言だっけ、何を言うんだろう。
「時は遅く、すでに娘も来たことだッ! 遅れたものは後々にして、始めよう!」
玉座から、大きなおっさんの声が聞こえた。たぶん、王様だ。ラミィに似て声がでかく、端っこにいる俺にまではっきりと届く。
「先刻、導きの精霊からの予言が届けられた。宛先は我が娘、ラミィに対するものだ」
「ロボ様、もっと前へお進みください」
「いや、ワタシ程度は末席で十分」
「行ってやれよ、護衛の人が後で怒られるかもしれないだろ」
「……アオ殿、畏まった」
ロボは、あの貴族たちの軍団の中へ突入していった。あの貴婦人の中に犬が混じるのか。
王様は手にした封筒を丁重に開けている。かなりもったいぶってるな。
「おうおう、もたついてるよなぁ」
「……お、おう」
誰だ?
いきなり話しかけられて、ちょっと声が上擦る。
フランも今気付いたのか、慌てて俺の右横に隠れた。
気配もなしに、俺の左隣で壁に寄りかかる男が喋ったのだ。さっきまで誰もいなかったのに、いつの間に。
「驚かせちまったかな?」
「い、いえ」
「緊張すんなよ。このオレこそ末席みたいな男だ。精霊の眷属様とは格が違う」
ぐっと親指で自分を指差す男は、いかにもなイケメンだった。垂れ目で睨まれると怖いが、たぶん誰とでも気楽に話せるタチなのだろう。
「オレはゴセイ。しがない貴族よぉ。よろしくな」
「ども」
でも、俺に話しかけるのはないだろう。幼稚園のお姉さんだって、俺が手を上げても絶対に指名しなかったし。
反応の悪い俺にも、ゴセイは離れることなく話し続けた。
「ちょっと退屈でね、一応社交辞令だから来ているんだが。ぶっちゃけ他人の予言なんて聞かされてもどうともいえないんですわ」
「はぁ」
確かにそれは同意だ。助言というのに興味はあっても、関係ない他人のものなど聞いても意味がない。
「そうするくらいなら、他に有意義なことをするべきだと思わないか?」
「有意義なことですか?」
「たとえばさ、慈善事業とか、な」
なんだろ、会話に中身がないのに、やけにねちっこい。
ちょっと俺がひねくれている性かもしれないが、このゴセイという男、気になる。
「なんで、俺にそんなこと聞くんですか?」
「ん、ああ悪い悪い。オレが勘違いしていたみたいだ」
とつぜん笑ってこの場をごまかす。ますます解らない奴だ。
そうこう思っているうちに、王様の大きな咳払いが聞こえた。助言とやらを読む準備が整ったようだ。
「我が娘よ!」
「はい」
「導きの精霊からだッ! 王の娘、今より先に進みたくば、力を伝う奏者に会い、道を請え。彼方の姿にこそ、あなたの信じる道に最も近いものを持っている。夢に、手を伸ばす光となる。以上ッ!」
「……」
沈黙が、数秒。
「……これだけ?」
こっそり、俺がゴセイに呟いた。
「これだけ」
ゴセイがそう言った後、貴族たちがわらわらと動き出して、静かに玉座の間から去っていく。本当に、これで終わりのようだ。
「じゃ、あんたとはまた会うよ」
「はぁ」
ゴセイも、軽い足取りでその人垣の中へ埋もれていく。
俺とフランはちょっと拍子抜けして、その場で立ち尽くしていた。
「アオ殿」
ロボも帰ってくる。本当に終わりのようだ。
「なあロボ」
「何用か?」
「あんなもののために、呼び出したのか?」
一応、貴族の方々に聞こえないよう、疑問を投げかける。
「王家の行く末を変える出来事です。下手をすれば国に関わる大事件も起きよう。知っておいて損はないと思われます」
「そうなのか?」
「力を伝う奏者に、ラミィは出会うののでしょう。いや、彼女が探すやもしれません」
奏者って、音楽家のことだよな。いや、歌を謳う人でもいいのか。
なんにしても、ちょっと肩透かしを食らった。
「つか、会えるのかそれ」
「会えるわよ」
フランが、はっきりと口にした。
「どうしてそういい切れる?」
「アオの世界には、予言はなかったの?」
「あるにはあったけど、外れたりもしたし、信じていいのかどうか」
恐怖の大王、ちょっとだけ期待したのにな。
「なにそれ、それって予言じゃないわよ」
「はい?」
「外れたらそれは占いと一緒じゃない。アオ、この世界ではね、絶対に外れない未来を予知し、伝えることを、予言って言うの」
……たしかに。外れたら占いと何も変らないわな。
つまり、この異世界には本物の予言があるということか。
「じゃあ、確実におきるのか?」
「そう、その後で、ラミィがどう動くかは知らないけれど」
「力の奏者に会って、知れば成長すると」
「解釈はラミィ本人のものが一番正しい。起きたときを確信できるから」
でれでれしているうちに、玉座の間には人がどんどん減っていく。俺たちも出たほうがいいのかな。
「ロボ、外で続きを」
「いや、先程控えを言い渡された。暫し事を待ってもらえぬか」
ドアの前にいる兵隊も、俺たちをせかしたりはしない。目が合えば、一応敬礼してくれる。待てばいいのか。
「にしても、予言か。そんな便利なものがあるなら、俺もしてほしいもんだよ」
美しいものがどこにあるか、すぐにわかるんじゃないのかそれ。
ロボはちょっと笑って、奥にいるラミィを見つめた。
「そうでもありません。導の精霊が下すのは予言であって試練です。会得は煩わしく、難事であることが常だ。おそらく、ラミィ殿にも相応の苦難が付きまといましょう。たとえ成功を確約されども、それを続けることができず挫折するものも多いと聞きます」
「ああ、じゃあ遠慮するわ」
「ロボ様、王が一度お目通りをしたいと」
おっさん貴族の一人が、かしこまって俺たちに伝言をしにきた。たぶん大臣か何かだろう。
ロボと頷き合って、玉座へ向かう。一応俺はロボの後ろだ。フランは俺の後ろ。RPGのパーティみたいな謁見だな。
豪勢な椅子に座っているのは、年老いた親父だった。ラミィとはあんま似てないな。口元がちょっと同じくらいか。声のでかさは父遺伝だな。
「ロボ様とその御一行をお連れいたしました」
「うむ、下がってよい」
「はっ」
すごい、下がってよいなんて初めて聞いたよ。俺のイメージしている王様でいいのかな。
王様は一度大きく息を吸って……吸って? 大きく胸をそらした後、
「初めましてだッ!」
空気が震えるほど大きな声で、挨拶を交わした。
「はっはっ! 犬の眷属と聞いていたが! 失礼ながらまさに犬だッ! 荘厳なる威圧感に厳粛なる心構え、それなのに犬の姿とは、なんとも!」
ひとこと喋るたびに、ぴりぴりと空気が泡立つ。
フランなんて、うるさくて耳を閉じたぞ。おい失礼だろ! 俺が無理矢理耳を開けてやる。
「うるさい」
「はっは! すまないなッ! 元来よりこの声なのだ!」
王様は、フランの不遜な態度にも豪快に笑う。職場案内だったら笑顔の国家と呼んでもいいくらいだ。
「そこの腐ってるの! お主も外面を弁える必要もないぞ! その窮屈なあり方が趣味と申すのなら、好きにせい!」
「……はあ」
「父上、周りが置いていかれています」
「おおっ、そうか。じゃあ置いておけ!」
「そうもいきません」
そういって口を割ったのは、隣にいた若者だった。
従者かと思ったが、違うようだ。父上と言っていた。ラミィ以外に王様を父と呼ぶのはおそらく、
「グリムマミー・ウル・トーネルです。以後お見知りおきを」
ラミィの兄だ。さわやかな好青年と言ったところか。一言で言えばイケメン。地球でも銀座の王子様やれそうな男だな。
「申し送れました。僭越ながら今はロボと称してください」
「僕にも、気楽に話しかけてください。王子とはいえ、威厳もありませんから」
「じゃあ、俺はアオだ」
「……フラン」
ラミィ兄はにっこりと笑って、それぞれにお辞儀をする。王様とラミィを豪快とするのならば、彼は聡明といえるだろう。
「ロボ様、お目通り感謝いたします。せっかくの旅路にこんな茶々を入れてしまい。申し訳ありません」
「いえ、こちらの方々には会心の想いです」
「ありがとうございます。謁見の遅れに対する不手際、よければ、翌日に行われる歓迎会にて晴らさせていただきます」
「歓迎会とかあったのか」
上層の人間とは何も話してないせいか、その辺はほぼロボ任せだ。
本当に歓迎されているんだな、俺も今度サインレアもらいにいこ。
「ワタシ程度に、そのような仕打ちは不要です」
「いえ、聖人たる精霊の眷属。しかも地の精霊と来ています。不遜には出来ません」
「なんで、そんなに地の精霊にこだわるんだ?」
「この国では常だからです。地の精霊が訪れるとき、時代に変革をもたらす」
「ああ、そんなこといってたな」
予言が確実に起きる世界からしてみれば、ジンクスはかなりの影響力を持つんだろうな。
「ええい、グリム! 王にも喋らせい!」
「いえ、必要ありません。それよりも妹よ、今日は存外静かじゃないか」
「あ、いえいえいえ」
今まで横にいたラミィが、初めて口を開く。たぶん、ボロを出したくないから黙っていたのだろう。チラチラとこちらを見るんじゃない。
ラミィ兄は目ざとくそれに気付いて、俺にも笑いかける。やめてくれよ。
「アオ殿さん、でしたか?」
「アオだ。今のわざとだろ」
この場に飲まれてしまったのか、我ながら失礼な物言いだと思う。地球で王様にこんなことしたら追放される。
「妹は病床の身だ。少ない趣味を奪わないであげてくれ」
「……わかりました」
ラミィ兄はどうやら、ラミィのしている正義ごっこを知っているようだ。まあ、流石に貴族の誰も知らないってわけないもんな。
ちょっと、興味がわく。
「兄さんは彼女の趣味をどう思いで?」
「君に兄さんとは呼ばれたくないな」
「すいません」
怖い。超怖い。
にっこりしているけど目が笑っていない。名前を覚えない癖のせいでここまで怖い思いをするとは。
「取り分けて言えば……格好いい」
「……」
兄も同類だった。ラミィと性格違うからその辺食い違うと思ったけど。
「僕とラミィは師匠が同じでね、彼の影響が強いんだ」
「はぁ」
「何の話をしとるんだ? 王もまぜいッ!」
「父上が語るには歳を取りすぎたかと」
「なんと!」
王は豪快に叫び、ラミィ兄はそれを難なくいなす。
この二人のやり取りを見ると、王と王子というよりも、アメリカのホームコメディを思い出す。怪物は王様のほうだな。
「……」
ラミィ本人はずっとニコニコしたままだ。たぶん、喋るとすぐにぼろが出るのだろう。
「アオく……アオ様、何か?」
「いや、なんでも」
ちょっとみているだけで、すぐに目が合い、話しかけられる。いい意味で人の視線に敏感だ。
俺はそういうラミィがちょっと苦手で、あまり目を合わせられない。
「ところで、殿下――」
ロボが王と王子の二人に会話を続ける。
俺はもう口を開くことなく、ただ機嫌をそらすまいと、ニヤニヤしておく。
「気持ち悪い」
フランは興味がないようで、俺を見て毒を吐くだけだった。
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