第二十六話「ぜんにん わっか」
気配を探る。この辺にポチャンがいないのでもう少し遠くへ、数分も無言で歩けば、またポチャンに出くわした。ラミィはずっと話しかけてきたが、俺がちょっと反応するくらい。
「じゃ、やるねっ!」
早速、ラミィが前に出る。
「疾風変身! シルフィードぉ、ラミィ!」
ラミィは顔に包帯を巻いて、風の魔法を発動する。まとう風に倣ってくるっと一回転した後、両手をクロスさせてポーズをとった。
俺と同じで、最初に発動すれば常時効果が継続するタイプか。
「見ててね! 一回でたくさん出すから!」
ラミィが大きく息を吸うと、それに呼応して、腕に風が集まっていく。昨日みたのと同じだ。
「やっぱり、風を魔法陣に集めてる。元の能力は、風を纏って防御する能力だと思う」
「それを、魔法陣で応用してるのか」
「シルフィード、フィアー!」
ラミィが叫ぶと、両腕から竜巻が発生する。巻き上がった風をなぎ払い、ポチャンの足元に当てる。すると、ポチャンが体制を崩して、空へ舞い上がった。
「シルフィード、ジャンプ!」
今度は腕をクロスさせて、平手で構える。そのまま地面に勢いよく手を下ろすと、両腕をジェットのようにして飛んだ。
「風の牙! シルフィードファング!」
ラミィの構えた手刀の腕に、風の奔流が集まる。乱気流の塊がリーチを伸ばし、腕を振るうとそのまま剣のようにポチャンを切り裂いた。
舞のように整った太刀筋で、両腕を動かす。見惚れるような連劇が、ポチャンの体を削っていった。
「とどめっ! シルフィードランス!」
右手を大きく引いて、真っ直ぐ手刀を突く。風の刃が細く、小さな線を描いた。その一閃は、ポチャンの頭を正確に打ち抜いた。
抵抗する暇もなく、ポチャンはカードと化す。
「しゅたっ」
ラミィはカードをキャッチして、三回転してから綺麗に着地する。10.0だな。
ゆっくりと立ち上がり、さわやかな笑顔で、こちらに振り向いた。
「どう?」
「技名って、いちいち言わないといけないのか?」
「気合が違うよっ!」
サムズアップを決めて、得意気な顔のままこっちの反応をうかがっている。
「格好いい」
「でしょ!」
いや、俺だってわからなくはない。餓鬼のころから特撮離れをすることなく磨き上げてきたこの眼で見ても、なかなかの徹底ぶりだ。
「だからこそ、認めたくない」
「アオの冗談って、たまによくわからない」
「ともかく! 次は一緒に戦いましょう! 連携こそが仲良くなる近道っ!」
「あっ! ラミィさん!」
いきのいい餓鬼の声がした。
振り返ると、こちらに向かって走ってくる子供がいる。えっと、なんていったっけ。
「アバレじゃない、おはよっ! 今日も早いのね」
「はい! 足手まといにはなりたくないんです、特訓です!」
そう、アバレだ。初対面から俺に突っかかってきた餓鬼だったな。あんまりいい印象はない。
アバレは俺とフランの姿を見つけると、あからさまに嫌そうな顔をした。
「なんでこいつらと一緒なんですか! そんな奴等相手にするよりも俺と特訓しましょうよ! なんならここで倒して見せましょうか?」
「むっ」
フランが珍しくむかついている。わかる、わかるぞ。
「倒すとはいい身分だな、やるのか?」
「ああやってやるよ! あんな不意打ちで勝ったと思ってんじゃねぇよ!」
「不意打ちしたのはそっちだろ」
攻撃の気配が、アバレから伝わる。狂犬みたいな奴だな。
俺も手にした剣を構えて……どうしようか、盾に持ち替え、
「すとーっぷ!」
そんな空気の中に、両手を広げてラミィが割り込んできた。
「喧嘩はいけません!」
「でもラミィさん」
「でもじゃありません」
ペチンと、デコピンがアバレのおでこを叩く。ざまあねぇぜ。
「アオくんも」
「いたっ! なんで俺まで」
とばっちりだろ。唐突で気配もほとんどなかったため、避けられなかった。
「今日はアオくんと一緒に特訓することは決まっています。やるならみんなで一緒にやりましょ?」
「なんでこいつなんかと!」
アバレが俺を指差して怒鳴る。本当に喧嘩っ早いな。
ラミィはもう一回デコピンを当ててから、たしなめる。
「じゃあ認められません、仲直りしてから」
「……覚えてろよ」
アバレはもちろん、仲直りなどしなかった。ラミィに逆らえず、渋々退散するだけだ。
喧嘩にならなかっただけましか。
「どうしてこうなっちゃうんだろう……」
「どうしてって、仕方ないだろ」
帰っていくアバレの背中を、ラミィは悲しそうに見送っていた。
「アバレはね、他の子たちにはすごい人気なの。人望だってあるし、頼りにもなるのに、どうして上手くいかないんだろう」
人望があるのはわかる。見るからに強そうだし。小学校とかじゃ人気者だろうな。
「でもね、ゴーグルとかサンバルとかハリケとはね、仲が悪いの。いっつも力が無いことをなじって、彼等には彼等の強さや役割だってちゃんとあるのに」
そんなの、あの歳の餓鬼にわかるわけがない。
駆けっこの速い子がもてるように、わかりやすい力がないと子供は理解しないのだ。
「弱い子だけじゃない。アオくんみたいに気に入らないことがあれば、すぐに攻撃するんだよ。アバレが好きな子はそれに感化されて、集団でやり始めるんだ」
「集団なんて、そんなもんだろ。平和な証拠だ」
明確な敵がいないから、明確な下を作る。それで世界は安定するのだ。こればっかりは、大人であろうと関係ない。人が集まれば、上下関係が出来る。
対等の戦争を選んだか、上下が当たり前の平等を確立するかの違いだ。
「わからないよ、どうして皆仲良く出来ないの」
「だから、俺たちのことが嫌いなんだろ」
「どうしてなのかな……」
「おまえ……」
ラミィは、わからないと、悲しい眼で応える。本当にわかっていないのだ。
性善説だ。確かに間違ってはいないし、ラミィの考えは正しい。
でも、なにもわかっちゃいない。
「あいつに直接言ってやれよ」
「何度も言ってるよ、でも、あんまり効果がないのよ」
「……どうせ、やめろの一点張りだろ」
「アオくん?」
ああ、俺はこいつ、ラミィと意見が合わないわけが解ってしまった。
こいつは根っからの、有能な善人なのだ。
*
クラスに必ず一人は、優秀で顔のいい奴がいる。
俺のクラスにいたのは、誰からも信頼され、当然のようにまとめ役をやり、女にもてる男だった。
ある日、気さくな彼は俺に話しかけてきた。明日遊ばないかと。
俺はハイになった。クラス一のイケメンと友達になれるチャンスだったのだ。
ちょっとだけ自慢したくなって、俺の当時の友達グループも誘って、合計五人で遊びに行くことになった。
もちろん、最初の遊びは大成功だ。まとめやスケジュール管理まで上手い彼にしてみれば、近場の探検など藤岡探検隊を見るようなものだろう。
初日は成功だった。初日だけは。
異変は、数日後に起きた。
俺の友達グループが、彼に媚び始めたのだ。
そりゃ、俺たちの知らない場所にいけるわけだし、彼について行きたいのは当然だろう。現金な彼等は、何度も彼と遠出を始めた。
そしてふいに、俺がその遊びに呼ばれなくなった。
彼の友達はそれこそ十人単位だ。大勢集まれば集まるほど、遊びは身軽じゃなくなる。そこで、端っこにいる、いなくても構わないような奴、つまり俺がはぶられたのだ。
彼はもちろんそんなつもりはなく、時々彼から俺にお誘いが掛かったりした。だが、彼以外から俺を誘う人間は誰もいなかった。
俺も、最初こそ彼についていこうと必死になって遊びに参加した。でも、やめた。
彼がその輪の中心にいて、俺がその輪の端っこにいることに気付いたからだ。
彼は別に、俺のことをどうとも思っていない。むしろ、皆からはぶられる俺を見て同情している始末だ。それだけの関係なのだ。
それに気付けば、俺の無駄に高いプライドが許せなくなった。
俺は気がつけば、その学年の友達グループから外れた。彼のグループとその他しかいなかったクラスは、ちょっとだけきつかった。
つまりだ、俺は有能な彼が嫌いだ。彼は何も悪くないのは知っていてもだ。
でも、彼は周りを尊重するあまり、下を傷つけることを黙認したのだ。やめろといいながら、それ以上止めたりはしない。それ以上やれば、自分の地位が落ちる事を知っているからだ。
ラミィを見て思い出した、ひと夏のぼっち。
俺はこれ以降、五人以上のグループとは遊ばなくなった。スマブラとか、007とか、大体俺が最初の待ちなんだもんよ。
「ん~うごいたぁ!」
朝も終わり、例の下層にある小屋にやってきた。
机の上で紅茶を入れて、ラミィが姫らしからぬ姿勢でくつろいでいる。
「朝から疲れた」
「うん」
「そんな消極的なっ! まだお昼もあって夜もある、一日は始まったばかりだよっ」
ラミィは人生楽しそうだ。俺なんて休みの日に早起きしたら絶対昼寝するのに。
「それにしても二人とも強いね! アオくんのあの剣とか初めて見たよ! あっ、フランちゃんのあの魔法の威力も始めてだからねっ」
「フォローいらない」
「俺も」
「だから素直に褒めてるんだってば!」
あれだけ動いておいて元気なものである。というよりも、静かなラミィをほとんど見ていない。
「一撃でバンバン敵を倒しちゃうんだもん、これだけの数を倒したの初めてだよ」
「ラミィが遅いんだよ」
「ぐぐっ!」
実際のところ、俺とフランはダメージ効率だけで言えばこの世界でもトップクラスではないだろうか。
調子に乗らない程度に機嫌よくして、一番多く手に入れたカードを手に取る。思いをこめなければ名前を言っても発動しないし。
「このポチャンってカードの効力は?」
「簡単に、数リットルの水を出す効果だよ。戦闘ではあまり活躍しないけど、消費期限無しの水を持ち歩けるから、価値は悪くないよ」
「ビュンは二・三枚だな、こっちの方が価値あるか?」
「あんまり……風が吹き抜けるくらいだから。敵が鳥な分取得は面倒だけれど、強くもないからね」
「まあ、飛んでいるところに一撃だったからな」
「一応私が使うから、ポチャンと交換してもらってもいい?」
「本当に価値が無いんだろうな……」
「ほんとだってば、疑り深いんだからっ!」
ラミィに何度も背中を叩かれる。疑いの声ですら明るく返してくれる。やっぱいい奴ではあるんだろうな。
「にしても、ポチャンか。俺がコンボできれば戦闘でもかなり使えるんだが」
「……ん」
「はい、どうぞ」
フランに半分渡して、残りは保管庫である俺のカードケースに入れる。たぶん使われることはないだろう。
「にしてもラミィは、風の魔法以外に何か使うのか?」
「このビュンなんかはたまに使うよ。あそこはアンコモンも出てくるからね。ただ私は一回でも風を唱えれば、風がどんどん集まってくる魔法だからあんまり使わないかな。コンボ限界は三枚分だよ」
「そんなほいほい喋ってもいいのか?」
「え、なんで?」
ラミィが首をかしげる。
「持ちえる手駒は隠しておくべきだろ。敵に見つかったらどうする」
「アオくんは敵なの? 違うでしょ、友達なら協力し合うために話しておかないと。それに、その程度のことがばれて負けるようならヒーロー失格よ!」
「そんなものか」
俺にはよくわからない。隠しておけば有利になるだろ。仲間に裏切られたらどうするのだ。うん、俺が捻くれてる。
「あ、ラミィさんにフランさんと……アオさんですね」
「ゴーグル! おはよっ!」
ゴーグルが杖をつきながら部屋に入ってきた。眠たそうに目を擦っている。
「なんだ、今起きたのか?」
「いえ、昨日は眠れなかったもので」
「また徹夜したの!」
がたんと、ラミィが椅子から立ち上がってゴーグルのもとに駆け寄り、頭に軽いチョップをかました。
「いた」
「だから、そういう時は周りから協力を募りなさいって言ったでしょ」
「いえ、夜に起こすのも悪いので」
「何してたんだ?」
「今ある予算の集計です。ここもそこまで裕福なわけじゃないので」
ゴーグルの手には帳簿らしきものが抱えられていた。そういえば、こいつがこの集団で資金を管理しているんだっけ。
「問題ないの?」
「はい、何も心配は要りません」
ゴーグルがにこりと笑顔を振りまく。ただ、夜更かしの影響か、手に持った帳簿が落っこちた。
「あ」
「ほい」
いち早く気付いた俺が、拾ってやる。
ゴーグルはそんな俺を見て苦笑い。なんだよ、拾っちゃ駄目なのか。
「アオくんありがとうね! やっぱりいいところあるじゃん」
「こんなんでいいとこいわれても」
「でも、その気配を察知する能力は本当に上手いね。何か特別な特訓でもしたの?」
「チョトブ法」
「え、なにフランちゃん!」
フランがぼそりというのを、ラミィは目ざとく拾った。今こそ仲良くなろうと距離を縮めて話している。ちょっとうっとおしがってるな。
俺はそんなきゃぴきゃぴに目をそらして、帳簿を見やる。アラビア数字に似ているおかげで数値はわかりやすいな。あとは項目欄だが。
「カード資金?」
「それは……非公式の奴隷を解放するために、ギルドからいくらかコモンを買い付けることがあります」
「ああ、その金ね」
やけに割合が大きいから、何かと思った。
ギルドのカードは、高い。売値の倍以上はするからな。中古のゲームソフトよりも暴利だよあれ。
たしか、レアカードって高級品なんだよな。つまり元奴隷とかになると、コモンで戦わないといけないのか。
でもあれだ、小屋の子供を増やすために金を使う。増えた子供もまた生きるためにお金を使う。ジレンマだな。
「本当はもうちょっとだけ節約したいんですが」
「本音が出たな」
ゴーグルの笑いが、更に乾く。
この金額だと、コモンを相当買い込んでるよな。
「でも、奴隷になる子供たちが減るのなら、安いものと考えないと」
「誰がいったんだそれ」
「はは……」
頭の中に、あのアバレの顔が思い出される。
勇敢だけど、後先考えなさそうだもんな。たぶん、ゴーグルが経営してないと、ここの集団は破綻するのだろう。
「助けるのは構わないが、助ける集団が崩れたらなんも意味がないぞ」
「肝に銘じておきます」
窓から、冷たい風が吹く。こういうのを隙間風というのだろうか。
「……兄さん」
ふと、フランとじゃれあっていたラミィが、上層に目を向けた。何かに呼ばれるように立ち上がり、真剣な顔で向き直る。
「ごめんみんな! 今日はここまで! また明日ねっ」
「えっ、どうしたんですか?」
「ちょっと急用を思い出したの。昨日から言ったとおり夜も忙しいし、もう帰ってこないと思う」
片手をぴっとのばして、ゴーグルに謝る。なんというか、あの姿で発売延期を告げられても一年は待てるであろう可愛さだ。
「アオくん、フランちゃん、行きましょ!」
「俺たちも行くのか?」
「……精霊関係での急用だって」
「のわぁあっ!」
ラミィに耳元で囁かれた。
俺は一瞬すごい緊張して、後ろに倒れた。胸のドキドキが止まらない。
「大丈夫?」
「あ、ああ。わかった、行くよ」
「……」
フランはそんな俺の情けない姿を見ながら、こちらに近づいてくる。
手を貸してくれるのかと思ったら、フランはそっと俺の耳もとに近づいて囁いた。
「アオ」
「……なんだ?」
「…………もういい」
俺は普通に反応したのに、フランの機嫌を損ねた。
*




