第二十五話「とっくん はやおき」
*
ロボにもこれまでの経緯を説明しながら、ラミィとの会話が続く。
俺は床に腰をおろして、フランは落ち着きもなくうろうろと物色し、ロボは俺の後ろで正座待機だ。ラミィはベッドの上で、寝ながら話をしている。
「私はお父様……国王様の直系ではあるけど、王位は兄さんが取るから、そこまで重要視されていないの。いつか外交で嫁ぐための力になるかってくらいで」
「でも姫だろ」
「そう、だから、あのマスクをしているの」
ベッドの中から包帯を取り出して、シルフィードラミィのように顔に巻いてみせる。
「元々王子の妹なんてほとんど政治に関わらないから、顔だって公開しないもの。ただ万が一もあるから、念の為に顔を隠しているの。孤児院の子供たちにも、私の素顔を誰も知らないし」
「軽率だな、万が一ってのは万に一つはあるんだよ」
その一つになるあたりが、俺の間の悪さでもある。
「お願い、この事はお父様にも黙っていてほしいの、ねっ! 上層の人はまだ誰も気付いていないんだから! あなた達が黙っていてくれれば!」
「ねっ、って、別に構わんが」
「やった! ありがとう!」
俺の手を握り、ぶんぶんと振り回す。ちょっと痛い。
「見返りを求めぬ民衆への慈愛、痛み入りました。このロボ、この事は胸にしまっておくことにします」
「ロボこういうのすきそうだもんな」
「わたしは、条件がある」
ふらふらしていたフランが、話に入ってきた。
「その、両腕の魔法陣をよく見せて」
「あ~え~」
「大丈夫、勝手にコピーしたりしないから」
「じゃあいいよ!」
ラミィはフランの説得で、あっさりと両袖をまくる。警戒心というものがないな。
フランはその腕を食い入るように見つめる。
「じー」
「お父様からあんまり見せないように言われているんだよ! 節度を持って! 鑑賞ください!」
「なんだろう、このぐるぐる」
「ごめん! わからない!」
きっかけがあれば、フランも人見知り解消できるんだよな。俺のきっかけはずいぶん遅かったけど。
「まあいいや、フラン、見ているのは構わないが、とりあえず俺たちの部屋、見に行くぞ」
「わかった」
「ああ待って待って! 私も」
俺たちが部屋を出ようとしたら、ラミィも慌てて付いてきた。薄生地のスカートがちょっとおてんばにふわりと浮く。
わたしもって、関係ないんじゃないのか。
こういう何も関係ないのに、そのグループに溶け込める能力は本当に憧れる。こういう子は、どこにいっても上手くやれるんだろうな。
「ふふん」
俺の隣で、ニコニコして付いてくるラミィの姿は、どこか眩しくて、美しい。
でも、俺はそういうのが嫌いだ。
*
翌朝、泊めてもらった王宮の一室で、窓が叩かれる。
立て付けが悪いわけじゃないのに、どんどんと叩かれ、俺の眠りが妨げられる。
「いかようか?」
早起きのロボが、かわりに開けてくれる。揺れる窓にいかようとかどうなんだそれ。なんにしても、これで眠れ、
「おはよっ! 外に行きましょう!」
眠れない。ラミィの人の耳に響くような声が、俺の目を覚ました。
気だるげに起き上がり、部屋の中を見渡す。
そこは、ラミィの部屋ほどではないにせよ、かなり豪勢な装飾と寝巻きまで用意されている。ベッドなんて、地球のものよりも寝心地がよかった。
そんな俺の家のリビングよりも広い一室の窓から、ラミィがドア枠を叩いて現れたのだ。
「まだ朝だぞ……」
「もう朝だよっ! なんで皆寝ているの! 早起きしないと!」
やめてくれ、俺が朝に起きるのは日曜だけだ。ニチアサのためだけだ。
目頭に指を乗せて、意識を段々と覚醒させる。そこで、気付いた。
「おまえ、どうして窓からきたんだ?」
「私、病弱って設定なの、だから朝に廊下出歩くと怪しいでしょ」
「いや、そうじゃなくて、ここって、窓の外何もなかったよな」
ラミィが窓枠から入ってくるのと入れ替わりで、俺が窓の外を見る。
大国トーネルの中層、下層を一望できるその景色は圧巻である。朝らしく白い鳥まで空を飛んでいる。
下を見る、高層ビル十階から下を覗いたような、足が震えるほどの高さ。数十メートル先にある地面までは、何も支えるものがない。
「ヒーローは空をも飛べるのだ」
しゃんと、ラミィがポーズをとる。
「ヒーローって、この世界にもそういう御伽噺があるのか?」
「あっ、興味ある? 天かける翼パピヨーンは全三十巻の超大作小説だよ、こんど貸してあげるから読んで見てよっ!」
あるのか、絵本と小説はあるけど、この世界って漫画の分化がないんだよな。
ただ、地球にいたころは本の虫だったわけで、ちょっと興味もある。
「今度貸してくれ」
「今度とは言わず今! 今まで師匠と兄さん以外に話が出来る人がいなくて、ちょっと待ってね! とりにいって……違う! 脱線した!」
「朝からやかましいなお前」
ころころと表情を変えたりきびきび動いたり、見ている分には飽きないが疲れそう。
「アオくん朝だよっ!」
「知ってる」
「アオ殿は朝が弱く、察しが悪いことを許容していただきたい」
いや朝なのはわかるって。
察しの悪い俺にラミィはちょっと唸りながら、弾けるように口を開いた。
「朝っていったら、特訓の時間でしょ!」
「特訓?」
「モンスター退治に一緒にいこっ。みんなでやったほうが危険も少ないし。事情知ってる人となら大丈夫かなって。私のあの力、興味があるのなら見せてあげるよ」
「ああ」
そのお誘いでこっちに着たのか。でも、王家の魔法陣を積極的に見せてもいいのだろうか。
ラミィが機嫌よく室内を見渡して、ベッドで寝ているフランを発見した。
「あ~っ! フランちゃんが同じ部屋にいるっ! なんで?」
「なんでって、同室に決まってるだろ」
「だって、女の子だよ! デリカシーが」
「効率がいいだろ。大体一人だけ別の部屋なんて危険だろ」
「アオくんと同室の方が危険だよ!」
「ワタシも雌です、その心配は杞憂でございますよ」
「え」
ラミィは的外れな警戒心があるな。一人部屋で何かあったら誰も助けを呼べないじゃないか。呪いのデーボとか出たら死ぬタイプだな。
「……うるさい」
寝惚け眼のフランが、上半身だけ起き上がってひとこと口にして、すぐにまたベッドに倒れる。朝に弱いんだよな。
「っとにかく! 行ってみない?」
「う~ん」
普段の俺なら、断っていただろう。だが今回は相手が相手だ。
たぶん、自分が姫なんてことを、ラミィは気にもしないだろう。でもそういうことじゃない。姫であるというだけで、彼女には強制力がある。
たとえば、ここで不仲になったとして、彼女はそれをダシに行動はしないだろう。でも、この王宮は彼女を中心に動く。害にならないわけがない。
「……いくか」
「そうこなくっちゃ!」
「ロボはどうする?」
ロボは俺の言葉に一考はするも、すぐに首を降った。
「ワタシは遠慮させてもらう。本日王との邂逅を得られる。主賓が万が一にでも行方知れずとなれば問題になりましょう」
「わかった」
「それよりも、フランを連れて行くべきです」
ロボは、ベッドの上で寝息を立てているフランを見やる。
「なんでだよ、眠そうだぞ」
「アオ殿が勝手に出て行けば、がっかりする事は明白でしょう」
「そうか?」
普通に無関心なまま別の作業に取り掛かりそうだが。
そう思っていると、ラミィが寝ているフランを抱き上げた。
「わお、軽いね」
「もっていくつもりかよ」
「二人くらい大丈夫だってば、それに、フランちゃんが一番力を見たがってたからねっ」
ラミィがウインクしてみせる。輝く瞳にウインクをつければ、流れ星が俺のハートを貫きかけた。
「じゃ、レッツゴー!」
「あ、おい」
ちょっと怯んだ隙に、ラミィが俺の手を掴んで、窓枠に足を掛けた。
「おいおいまて! お前はともかくとして、俺は空飛ぶ魔法なんて」
「えーい、や!」
ラミィが、フランを抱えて躊躇なくとび降りた。手を繋いでいた俺も、つられて窓枠から出て行く。
「うぼぉおおおお!」
「我が力、風の双手よ羽ばたけ! 変身っ!」
ラミィの叫びが、彼女のカードケースを輝かせる。おそらく風のレアカードを使用したのだ。
両腕から不可視の翼が産まれたように、両腕を軸にして空へと舞い上がった。寝ているフランと俺も、その風におんぶされる。
丁度今、俺たちはガッチャマンみたいに手を繋いで空を飛んでいる。
「もしかして、いつもこうやって上層から抜け出してるのか?」
「うん、そうだよっ、どうしたの?」
「すー」
いや、いつかばれるぞ。
朝に空を飛ぶ影が見えるとか、都市伝説に……ならないか。魔法が蔓延している世界だもんな。
貴族の一人が空を飛んでいるくらいの認識になるのか。でもそれっておかしいよ。
*
トーネルの門より外、湿地帯に足を運ぶ。
この場所にはポチャンとビュン、アンコモンは昨日手に入れたミズモグが時たま現れる。他にも種類があるらしいが、まだギルドによっていないので知らない。
「着地っ! シュタッ」
ラミィの風に運ばれるまま、門を飛び越えてここまで到達した。
高所恐怖症ではないが、もしラミィが俺を騙してあの上から落とすつもりだったらと思うと、冷や汗を掻く。
次からは自分で歩こう。
「どう? すごい景色だったでしょ!」
「それどころじゃなかった」
「えぇ~ちょっとしたサービスだったのに」
素直に受け取れなくてすまんの。
こういうところで知らず知らずのうちに好感度を下げているのかもしれない。警戒心は強すぎると人を信じられなくなる。
「朝に飛び降りるとね、この街が見渡せてすっごいすっきりするんだ。今日も頑張ろうって思えるの」
「理屈がわからない」
「理屈じゃないの。またやってあげるから、今度はちゃんと見てね」
ラミィはブイサインを俺に向けて、得意気に笑ってみせる。
全く感性がかみ合わないのに、それでも彼女は笑って、俺との共感をはかる。
ああ、こいつはいい人なんだろう。
「ぐー」
フランは立ったまま目を瞑り、フラフラと船をこいでいる。朝は本当に弱いね。
「ほらっ、フランちゃんも起きて! じゃないとモンスターに食べられちゃうよっと!」
「びくっ!」
ラミィが勢いよくフランの肩を叩き、目を覚まさせる。
フランは電撃を浴びたリスみたいに、体を真っ直ぐにして眠気を吹っ飛ばした。
「……む」
「あ、ごめんね!」
「おい、早速きたぞ」
ラミィが謝っていると、少し遠くでモンスターの気配がした。
湿地帯に一番多くいる。ポチャンの登場だ。見た目は巨大な二足歩行のラッコって感じだ。
「あっ、早速だね」
「俺がやるよ……水の剣」
「みんなでやろうよ!」
「その必要はないだろ。コモンだぞ」
魔法で出した氷の剣で敵を示して、敵意を送る。
ポチャンがこちらに気付く。両手で水を抱きしめて、大きく回転する。ハンマー投げの要領で、こちらに水の球を投げた。
「気をつけ――」
「ふん」
俺はその水玉を氷の剣で掬い取って、氷の剣が長くなる。そのまま片手で振り回して、ポチャンの体にかすり傷を付ける。
「あ」
ラミィがほうけた声を出す。その間に、ポチャンは氷付けになって、カードになった。
「な、必要ないだろ」
「なんでっ!」
ラミィが驚愕の声をあげた。どうしたんだ。
「あのポチャンだよ! 体の傷を水で再生できるし、体脂肪がすごいからほとんど攻撃が通らないのに! 瞬殺したの!」
「そうなのか」
「そうなの! というよりもアオくんのそれ水のレアカードよね! 昨日土使ってたよねっ、もしかしてダブルのレアカード使いなの? 初めて見たよ!」
ラミィがやかましい。そんなに驚くことなのか。
攻撃がちょっと通るんだったら、氷の剣で楽勝だろ。
「何々この剣、魔法なの? 伸びたり縮んだり、ちょっと触ってみていい?」
「珍しい魔法って皆触りたがるのな」
「アオくん、レベルは?」
「十一」
「うそ! 私三十四よ」
「姫様が冒険者登録できるのかよ」
「偽名に決まってるよっ、それに、ギルドに所属してないとカード関係不便だし」
ラミィは自分で言って気付いたのか、慌ててポチャンのカードを取りにいく。
俺のなんだが、まあいいか。
「私が王宮でお金は持っていけないけど、カードのお金なら、孤児院に使ったって誰も気にしないし」
「あのお茶っ葉はどうしてるんだよ」
「あれは王宮のキッチンから、ちょこちょこっとね」
ラミィは舌を出していたずらっ子な顔をする。可愛いけど、何かむかつく。
モンスターの気配が、また濃くなっていく。ポチャンが四匹の集団になってこちらに走ってくる。
「……きたわね、今度は私も――」
「火の弾」
フランがその塊に、火の魔法を打ちぬく。鉄をも溶かす高熱に焼かれて、ポチャンは蒸発してしまった。
フランって、活かせる機会が少ないけど、魔法の威力は常識外れなんだよな。コウカサスの装甲だってぶち抜けるんだし。
「えーっ!」
ラミィは不満げだ。
「フランちゃん、すごい魔法。だけど、私の魔法見たいんじゃなかったのっ! これじゃあ見せる機会が全然ないよ!」
「ささっ」
フランはすかさず俺の後ろに隠れる。
「別に、まだモンスターは一杯いるだろが」
「そういう問題じゃないの、ぬ~! 一緒に戦うのが目的でしょ」
「敵を倒すのが目的だろ」
俺とラミィ。目的とやり方がこれだけの時間で食い違う。
「じゃあ次はラミィの戦い方を見せて」
「そうじゃなくて、コンビネーションだよ」
「急造の俺たちにコンビもクソも無いだろ」
ああ、コンビネーションで戦いたかったのか。俺とフランなら幾つかあるが、練習以外で雑魚にはあんまりやらないからな。
「まあ、とにかくだ、俺たちは今自分の能力見せただろ、じゃあ次はラミィが見せてくれよ」
「……わかった。一通り見せるからね」




