第二十三話「まほうじん おちゃ」
次の瞬間には攻撃の気配までしたので、俺が血相を変えて振り返り、現れた子供を殴り飛ばした。
「いいいってぇ! 何するんだ!」
「殴ろうとしたろ、やられる前にやり返す」
この気配察知、本当に便利だ。これが餓鬼のころにあれば、目が合ったちょいワル生徒に殴られることもなかったんだろうなぁ。
床に尻餅をついていたのは、フランよりもうちょっと年下の男の子だった。口調どおり見た目も荒っぽく、生きのいいワルガキって感じだ。
「おいおっさん! 今奴隷商人とかいったな! あんたそんなのに手を出すなんて人間じゃねぇよ!」
「だから別に、公式のほうだって」
「はぁ? 関係ない! 奴隷を買おうなんて奴はみんな悪だ、出て行け!」
「なにやってるの!」
そこで、ラミィの驚くような声がした。
「あ、ラミィさん! おかえりなさい! 聞いてください、泥棒がこの家に入ってきたんです」
「俺を指差すな」
ラミィの苦笑いがこちらに届く。たぶん、この子供がそういうタイプの人間なのだろう。
にしても、奴隷を買う奴は悪か。そういう考えを持つ奴がこの世界にいても不自然じゃなけど。
ラミィはクソガキのまえまで歩み寄り、拳骨を一回食らわせる。
「なにするんだよ!」
「アバレ、なにするんだよじゃありません、これは私が呼んだお客さんです。奴隷商人に襲われているところで出会いました」
「襲われた? 商売してたの間違いだよ。ラミィさん、こいつ絶対悪人だよ! そういう顔してる」
子供は正直だ。このアバレって奴、殴ってもいいよな。
俺が手を振りかぶると、本当に、本当にすまなそうにラミィが苦笑いをしている。あんただって間違えただろうに。
「その人は違うよ、アバレ」
と、そこにまた別の子供の声が聞こえた。今度はやけに落ち着いている。
入口から杖をたたきながら、片足で歩く子供が姿を現した。
「ゴーグル、なんだよおめぇ、片足は寝てろよ」
アバレが、忌々しそうにゴーグルと呼んだ子を見る。なんだ、仲が悪いのか。
「まず、泥棒だったらアバレは最初に倒されたときに人質になってしまう。その人は隣にここの人じゃない女の子を連れている。もう少し周りを見れば――」
「だからうるせぇんだよ! 口しかのうのないやつは寝てろよ!」
「アバレ!」
ラミィの、甲高い声が部屋中に鳴り響いた。
俺まで肩がすくんで、怯んでしまう。フランも鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
元々声が高いとは思っていたが、ラミィの声は人の耳によく響く。
ラミィはそのまま、アバレのことを注視する。何が悪いとか、口で説明はしない。その目は、ただ純粋に、鏡のように人を見透かしていた。
「ちっ!」
気まずくなったのか、アバレは舌打ちして部屋を出て行く。
「すみません、僕のせいで」
「あ、いや」
ゴーグルとか言う少年が、俺に向かって謝ってくる。どっちかっていうと、謝ってほしいのはあっちの餓鬼の方なんだが。
ラミィも、なんだかばつの悪そうな顔をして近づいてくる。
「ごめんね」
「謝るなよ、俺が悪いみたいじゃないか」
宴会で呼ばれてもいないのに来ちゃって、気まずくなるあの雰囲気と似てる。その空気の中心が俺なのだと、視線が告げるあれだ。
「ここの子達は、普段は仲がいいんだよ、ただ、今はちょっとだけ……ね」
「ちょっとってなんだよ。というか、ここはどこなんだ?」
俺とフランの前に、お茶みたいなのを渡される。睡眠薬とかないだろうな。
「ここはね、元奴隷の子供たちを保護して、集めた場所なの」
「元奴隷?」
「公式じゃない、人攫いで集められた身寄りのない子を保護しているの。二十年前の戦争から増え始めた非公式の奴隷商は、どこからか子供を攫っては、酷い扱いをするからね」
「……なあ、もしかしてさ、正義のラミィって」
「うんそう。そういう子たちを助けて保護するのが目的なの」
なるほど、だからさっきの餓鬼も奴隷に過剰反応したのか。
今いるのは片足のゴーグルって子だが、こいつも元奴隷なのか。
「まだ身寄りが残っていれば親御さんの元に返すんだけど、両親も殺されて、家族のいない子供たちで作ったのが、この家なの」
「へえ、あんたが経営してるのか?」
「違うよっ、誰かは知らないけど、お金持ちの貴族が子供たちの生活費を援助してくれているんだ」
「世の中も捨てたもんじゃないな」
金持ちほど、そういうのに無頓着だからな。金持ちは金を自分で持つから金持ちなんだ。
そういう意味では尊敬に値するな。しかも匿名とか、あしながおじさんかよ。
「はい、僕達も、援助してくださる人には感謝しています。お礼の言葉もいえないのは残念ですが」
ゴーグル、こいつは出来た子供だな、餓鬼じゃない。
廊下から、バタバタと歩き回る音がする。たぶん、結構な数の子供がここで住んでいるのだろう。机もすごい広いし。
「あ、すみません。僕はゴーグルって言います。ラミィさんと互角に渡り合える人がいるって聞いて、ちょっと見に来ちゃいました」
「ゴーグルはこの家の実質的な経営者なの。最初は私がやってたんだけど、この子が積極的に事務を手伝ってくれて、ほんとうにいい子なんだよ」
「へぇ、よくできた餓鬼だな。俺はアオ、冒険者だ」
「その足はなに?」
うちのフランはまだ半分くらいしか出来ていないな、胸とか。
そういうのは触れるべき話題じゃないだろうに。気になったら探るのは、いい傾向でもあり悪い癖だ。
ゴーグルは嫌な顔ひとつせず、自らの足に触れて笑う。
「ああ、この足ですか……僕が不甲斐ないばっかりにやられたんです」
「やられた? 誰に?」
「イェーガーよ」
イェーガー……ゾイドか?
そいつの名前を口にしたとたん、ラミィの顔が曇る。二重で触れちゃ行けない話題に触れたみたいだ。
もちろん、フランは気になるっぽい。俺も気になるけど。
「イェーガーって?」
「この国を縄張りにした、最悪の掃除屋よ。依頼を受ければ、躊躇いもなく人を殺すの」
「掃除?」
「フラン、人の掃除をするって意味だ」
この国、意外と物騒じゃないか。下層の治安といい、殺し屋までいるのかよ。
人が多いとやっぱそういうのが集まるのだろうか。ネトゲみたいだ。
「少し前まで、僕はラミィさんに憧れて、非公式奴隷のレジスタンスをしていたんです。そこにイェーガーがやってきて、辛うじて生き残ったのはよかったのですが、足を吹き飛ばされました」
「狙われたって、生き残ったのか」
「レジスタンスとしては、死んでいますが」
ゴーグルが笑う。自虐ネタは他人にやられるとなんともいえないな。
というか、殺し屋のクセに人を殺し逃すって、案外弱かったりするのか。
「死んだって、そんなこと言わないのっ! 資金のやりくりはレジスタンスより大切な役割なんだからねっ」
ラミィはお姉さんみたいだな、顔につけた包帯が異様に目立つけど。
「あなたたちも気をつけてください。彼は殺しの成否はまちまちですが、とても狡猾で、こちらが反撃できるような状況じゃ絶対に出てきません。この国で恨みを買わないように」
「もう遅い気がするけどな、狙われてないことを祈るよ」
非公式奴隷商人とひと悶着あったわけだし。
「ま、ま! そういう話はもう終わりっ! 私がお茶に誘ったんだし、どんどんお替りしちゃってよ、お菓子はあんまり渡せないけど、そのぶんお茶の入れ方に心をこめるからね!」
フランが、キッチンに戻ってお替りの準備をする。これ紅茶か?
無駄に毒とか警戒していたせいで、一口も飲んでいない。俺がそんなこと思ってたって気づいたら悲しむだろうな。
隣のフランはぐびぐび飲んでいるし、たぶん大丈夫だろ。
「アオ、やけどした……」
「こんなことに回復魔法は使うなよ」
フランが舌をべーっと出している。食べ物関連は知識しかないもんな。そりゃ火傷もするわ。
「でも、おいしい」
「……」
俺も一口飲んでみるが、味のよさはわからない。
「どう? どう?」
「普通」
ラミィがガクリと傾く。ちょっとショックだったか。
「俺はお茶の味とかわからないからな」
「そうなの? じゃあ他にも持ってくるね! 次こそはおいしいって言わせて見せるからっ!」
「ラミィさんはお茶に関してはすごいこだわるんですよ、彼女も援助金を少し持ってきますが、それ以上にお茶の葉をたくさん持ってきます」
「お茶こそ心の血液っ! お茶の豊かさはそのまま心の平安に繋がるわ! 素顔の仕事上お茶っ葉だけは自由に出来るの!」
キッチンの奥から、ティーパック包帯女の声が聞こえる。やかましい。
ふと、部屋の隅から、床のきしむ音が鳴った。
「ご、ゴーグル」
そこには、目元の暗い男が、ゴーグルに手招きをしていた。なんか声が同級生と話している俺みたいに上擦っている。
見るとその男、右手がない。
「ん、なんだい?」
「がが画材が足りなくて、一緒に探してはくれないかい?」
「うん、ちょっと待って」
ゴーグルは嫌な顔ひとつせず、テーブルから離れて、
「すみません、ちょっと用事が出来たのでお暇させていただきます」
「お、おう」
クソ真面目に俺に挨拶して去っていった。あんなこといわれるのは修学旅行の女将以来かもしれない。
「あの子はね、サンバルって言って、絵を書くのが得意なの」
ラミィが戻ってきた。紅茶を一つ、俺の下に置く。
「絵を書く?」
「そう、あそこの壁掛けに飾られているのとか、綺麗でしょ、彼が書いたの」
ラミィの指差した場所には、絵が立て掛けてあった。言われないと気づかなかっただろう。
俺は絵の事はよくわからないが、綺麗な絵だというのはわかる。
フランもあまり芸術に造形はないが、良い絵だというのはわかったようだ。惹かれるように絵をじっと見つめている。
ラミィがもう一杯、俺のもとにお茶を置く。
「あっ、フランつつくな!」
「むずむずする」
こういうとき、綺麗なものなら何でも触りたがるフランのクセはいけないと思う。
俺は慌てて絵からフランを引き剥がして、立て掛けのずれを直してやる。
「でも……きれい」
「そうね、私もそう思う。もっと特訓して、また戻ってくれるといいけど」
「戻る?」
「イェーガーに、運悪く利き手を撃たれちゃったの。今でも一生懸命書いてはいるけど、あまり芳しくないみたい。その絵はまだリハビリ中」
「そりゃ……勿体無いな、リハビリ中でこれか」
地球で才能も何も手に入ることのなかった俺からしてみれば、この絵は素直に眩しかった。
嫉妬こそあるが、図工ではミミズばっかり作っているとまで言われた俺だ。もう芸術は作れるだけで違う世界の領域だ。
「前の絵はね、もうちょっと暖かかったんだ」
なんか、お茶もらいにきただけなのに重い。色々と。
「さて、アオくん」
ラミィが、もう一杯俺の前にお茶を――
「全部飲み干してみてください」
「なんでだ」
「おいしいと言ってもらうためです」
もしかして、俺の普通という感想が、彼女に火をつけてしまったのか。
ラミィの目はギラギラと野望に燃えて、顔に巻いた包帯に引火しそうだ。
飲めと、いうのか。
「そ、そういえば何でラミィは、どうして包帯をしているんだ」
あからさまだが、話題を逸らす。
「身近な人に火の粉が降りかからないためです。私は元奴隷じゃないから、肉親もいます。飲みましょう」
包帯お姉さんがにっこりしながら、お茶を進める。
フランはお構い無しに、新しいお茶に夢中になっている。
机の上にある、俺の分のお茶は、五つくらいか。これで飲まなかったら悪いよな。家庭科の授業で、俺の作った料理だけ先生が味見しなかったことを思い出す。
とりあえず、どれから飲めば負担が軽くなるか、腕を組んで考えてみる。
*
「トイレだ」
「また……」
結局、俺にお茶の味などわからなかった。
丁度日も暮れて、待ち合わせのために逃げるようにしてここまで来た。一応、全部飲み干したから、逃げるには遅かったけれど。
夜になればラミィも実家に帰るらしい。先ほどまで帰り道を一緒になって歩いていた。やかましく、暗闇でもなんか瞳が光ってた。
「そういえば、結局奴隷商人の場所へは行けなかったな」
門の前で待っているが、まだロボは帰ってこない。
「魔法陣、聞けなかった」
フランは、あのラミィの腕がいまだに気になるらしい。勇気を出して聞いてはいたが、はぐらかしていた。
「そういえばさ、魔法陣って結局何なんだ? 俺その辺教えてもらってないよな」
「……ちょっと待って」
フランは背中の大砲を取り出して、シリンダーを開く。更に細かく分解して、一部を俺に渡してくれた。
渡された部品には、見覚えのある複雑な紋章が描かれている。
「これが、魔法陣。本来カードは唱えて放つものだけれど、その間にクッションを置くことで効果を変えることができるの。タイプはそれぞれだけど、中には国家機密な陣もある。新しく作るには、専門家でも数年は掛かるんだって」
俺の持っているシリンダーの位置が悪かったのか、フランは背伸びをしながら、一生懸命いろんな場所を示して説明している。
ちょっとだけ、シリンダーを下に持ってってやる。
「ここの光の文様が、わたしの魔法管を調整している。わかりにくいけど、陣は段々と細くなっている。だから、わたしの大砲は魔法の調整に役立つ」
「なるほど」
「彼女、ラミィは両腕に直接刺青が刻んであった。すごい珍しいけど、僻地の部族なんかは伝承された魔法陣をああやって体に残したりするって、パパが言ってた」
俺もなんか、地球で似たようなの聞いたことある。ヒエラティックテキストだな。
だからラミィは包帯をしていたのか。顔は素顔を隠すためだけど、腕は出来るだけ他人に見せるわけにもいかないわけだ。下手をすれば一族バレとかしちゃうのか。
「じゃあ、あの魔法陣は箔のあるものってことか」
「たぶんそう、体につけるくらいだから、失敗作じゃない事は確か。変なのだと暴発して爆発したりするから」
「物騒だな。他人事だが」
俺は刺青しないようにしよう。また親に泣かれたくないしな。
「アオ様でいらっしゃいますね」
息を切らして、一人の男がこちらに近寄ってきた。というよりかこいつ、昼に出会ったあの新人門番じゃないか。
「おう、何だ、ロボはどうした」
「はい。急ですが、上層に来ていただきます」
「何かあったのか?」
「いえ、悪い話ではありません。ロボ様が地の精霊の眷属ということが王族の方々に知られまして、ぜひ面会をと」
「面会したんだろ」
「まだです。国王トーネル様はご多忙な身で、恐れ多くも上層での一宿の提案をしたところ、ロボ様が快く承諾してくださったので、お迎えに来た次第です」
あの犬、勝手に決めやがって。たぶん善意を無碍に出来なかったのだろう。
宿泊代が浮くという意味では助かるが、何か面倒なことになりそうだ。
ちょっとだけフランに視線を送ると、
「アオが決めていい」
例の如く丸投げされる。興味ない事は本当に無頓着だな。
「まあ、断れないか」
とはいえ、答えは決まっている。王様の招待とあれば、乗らないわけにはいかない。へたに断って関係を悪化させるのは駄目だ。
好意はすぐに忘れても、悪意は長く続くのだ。一度ヘマをすればこの国に居づらくなる可能性だってある。
「にしても、地の精霊ってそんなに偉いのか?」
ロボにあっさりとカードを渡していたから、この人が行ってももらえるんじゃないのか。
「な、何を言っているのですか! 地のガイアス様は精霊の中でも、最古の顕現者といわれているほど歴史があります」
「マジで?」
フランに聞きてみると、こくりと頷いた。
「アオ、地の精霊はとっても古いの。たしか、人魔聖戦……大昔に人類と魔王が戦った時に、人の味方をした精霊の伝承として残っているくらい」
人魔聖戦、また知らない単語が出てきたな。この世界って、伝えられている歴史だけなら地球以上に時代を遡れるのかも。
とにかく、門番の俺を見る目が痛ましい。文字が読めない子みたいに思われたかも。文字は読めるよ!
「とりあえず、我々が案内いたしますので、付いていただけますか、馬車を用意しております」
門番がちょっと慌てて案内を始める。時間を喰ったせいで急いでいるのだろう。ここに来るのにも駆け足だったし。
「フランさ、移動しながらでいいから、簡単に歴史を話してくれないか、本当に簡単でいいから」
「うん」
フランは快く了承してくれる。いい子だ。
互いに無知なところも多く、こういうときに支えあわねば。
*