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第二十話「めし どれい」

 フランが、水たまりの上を駆け抜けていた。ぱちゃぱちゃと水音を立てながら、ちょっと息切れしている。

 足につかるくらいのちっさな水たまりが集まった湿地帯だ。フランは大きく回れ右をして、背後の気配に向き合った。


「きて!」


 叫ぶと同時に、水たまりからはありえないほどの飛沫が上がる。水を撒き散らして現れたのは、大型の蛇だった。


「光の鉄槌!」


 大砲から放たれるフランの雷撃が、蛇の体に伝わっていく。しかし敵は怯まない。何故か雷撃は、水たまりの中へ流れていった。蛇はそのまま大口を開けて、フランに飛びつこうとする。


「ここで沖縄名物っ!」


 そこに俺が、別の蛇を引き連れて横の水たまりから現れた。

 土盾の杭を蛇に突き立てて、雷撃を受けていた蛇に敵意を向ける。すると盾の影響を受けた蛇が、雷撃を受けた蛇の首根っこを噛み付いた。

 絡み合い、数年使ってなかった電源コードのように、二体の蛇は縛られあった。


「よし!」


 俺は敵が動けなくなったと悟って、杭を蛇から外し、フランの元へ駆け寄る。


「フラン!」

「光の鉄槌!」


 もつれ合った二体の蛇に向かって、フランの雷撃が追い討ちをかける。全身を水たまりから追い出された二体は、苦悶の叫びをあげて体を焦がしていった。


「よっしゃ」

「上手くいった」


 フランはほっと息を付いて、蛇に向けていた大砲を下ろす。


「水に溶ける蛇って、ちょっとインチキだよな」

「アオの武器もどっこいだと思う」


 この敵の名前は確か、ミズモグ。

 全身を水に溶かすことができ、湿地帯なんかになると、いろんな衝撃を水たまりに肩代わりさせるらしい。俺の知っている知識で言うと、バイオライダーだな。あっちほどインチキじゃないけど。


 ただ、肩代わりさせるが故に、辺りの大地に影響を与える土の盾が、弱点になったわけだ。


「フランの魔法も結構やばいんだけど、攻撃力を抑える敵が多すぎるんだよな」

「わかってるわよ」


 欠点を指摘したら、むすっとされた。フランはぷいっとそっぽむく。

 何かが霧散して、空に帰る音がした。二体のうち片方がカードに変ったのだ。それと同時に、敵の気配がして、


「ロボ」

「討ち果てよ!」


 ロボが、残った蛇に止めを刺す。最後っ屁を目論んでいた敵が、更なるダメージで一瞬にしてカードに変った。


「うちはてよって……」

「二人とも、戯れもいいが、終期まで油断は禁物だ」

「だから、わかってるわよ……」


 ロボの姿は、顔まで覆い隠せるマントに、背中にはたくさんの荷物を抱えている。あの荷物状態で戦いもできるのは素晴らしい限りだ。



「やっぱ、盾のほうが便利だな、剣は強いけど加減が難しい」


 敵を倒した後に、落ち着ける場所で宿を取ることになった。

 ロボの背負っているリュックには、前に寄った街で集めた旅道具が全部つまっている。犬が裏切ることはないだろうが、はぐれてしまうと旅はとんでもなく辛くなるだろう。

 あのリュックをしょっている姿は、簡単に言うとタケシみたいだよな。岩タイプだし。


 ロボを仲間にしたのは、結果としては大成功だった。


 常識はずれの筋力は戦闘以外でも使える。このガタイだって、マントを被せればある程度は隠せるし、初対面で舐められる俺とフランの変わりに、威嚇してくれる。

 今みたいに、徒歩でもちょっとの距離なら旅が出来る。馬車を使わずに歩いているのは、カード及び資金集めもかねている。


「ミズモグか……」

「もう使っちゃだめ」


 今回手に入れたミズモグのカードはアンコモンだ。言葉通り、水の中に潜ることのできるカードだ。小さな水たまりでも全身を潜ることが可能で、近くにある別の水たまりに瞬間移動も出来る。一体どこに潜っているのか常識の範疇を越えている辺り、アンコモンらしい。

 単体ではあまり役に立つ時が少ないが、他のカードと併用すればかなり強い能力になる。


「アオはアンコモン使っちゃ駄目」

「はい」


 フランが、人差し指を立てて何度も指摘してくる。わかってるって。


「でもさ、ためしに一回使っただけで消えるとは思わないじゃんよ」

「アオはこれで二度目よ、このミズモグも破壊確率が五%だったとして、連続なんて四百分の一の確立なのよ、ありえないわ」

「稀有なものだな、アンコモンを一回でなくすなどと、実際に見聞きするとは」


 ここに残っているのは、一枚のミズモグだけだ。もちろん、フランのケースに入ることとなる。

 俺のケースはもっぱら在庫置き場だし、ロボはカードを使わない。一応前の街でケースを買ったけど。


「なんにしてもだ、盾はもう少し実験が必要だな」

「もうわたしは杭受けないからね」

「ああ、あれはもうやらないから怒るなって」


 この道中、土の盾の実験をずっとしてきた。

 盾の能力は大きく分けて二つ、活性化能力と、操作能力だ。


 前者は元からあった盾の細胞活性だけど、杭を介すことで更に回復の力が高まる。地面を突けば、そのまま辺りの植物を一時的にモンスター化させることまで出来る。


 後者の能力は、その活性化したものを操って、攻撃するためにある。

 攻撃命令は細かく出来るが、基本的に俺の思っていることがそのまま反映される。あの時、フランの服を脱がしたのもたぶんそのせいだ。

 モンスターに直接杭を当てれば、そのまま操ることも出来る。

 回復させてしまうのが難点だが、今のところ操れなかったモンスターはいない。アンコモンですら操れたのだから、RPGで言えばボスだって操れることになる。

 命令は単純な同士討ちなら素直にしてくれるが、自殺命令だけは出来ない。これはたぶん、本人が無理すれば出来る範囲が関係しているのだろう。

 たぶん、この盾で人間を自在に操るのは難しい。

 一回だけ、フランに杭を使わせてもらったことがある。物理衝撃が怖いため、衝撃に備えた掌へ当てての実験だ。


「杭受けは、ロボにやらせて」

「……ワタシはああならないだろうな」

「ならないだろ」


 フランに対して杭を打ったとき、俺の命令はその場でジャンプすることだけだった。

 ただ、実際にやってみると、その命令どおりに動かなかったのだ。

 何が起きたのかというと、フランは突然ズボンに手を伸ばして、パンツを下ろしたのだ。


 たぶん、服を脱ぐという行為は日常的にしているため、杭の命令で実行される。

 まあ、とりあえずそんなことはいいんだ。


「でも、案外深刻なんだよな」

「?」


 フランは首をかしげる。なんとも可愛げのある動作だ。

 あまり見てはいけない!


 この盾を扱う上で浮上してきた問題がある。それは俺の性欲だ。

 そう、ここ最近、俺の性欲がかなり溜まっている。というか暴走しかけている。


 たぶん、この異世界で死に関わるような出来事がたくさんありすぎたのだ。俺の生存本能が爆発して、あんな幼いフランにまで欲情するようになった。

 まだ問題は表面化していない。バトルで不向きなときといえば、触手を操っているときに一部が勝手にフランの元へいってしまうくらいだ。


「今ある問題は、それだけじゃないけどな」

「アオ、料理が出来たみたい」

「……おう」


 フランから手渡される。栄養汁を。


「……」


 飲んでみると、これがまたマズい。あの家にいたときとは違って、完全に栄養摂取のために用意された代物だ。

 フランはそこまで気にすることなく、ごくごく飲んでいる。

 ロボも、文句を言ったりしない。

 おかしいよな、俺が贅沢とかじゃないよな。資金もあって荷物にも余裕があって、メインがこれというのがいただけない。

 ああどうか、卵が割れる心配なく、大量に収納できるカードとか無いものか。


「みんな、今後の旅について話がある」


 あっさり終わった食事から気分を切り替えて、話を持ちかける。

 フランとロボは、無言でこちらに視線を移してくれた。


「この地図を見てくれ、今いる場所がここ」


 受付姉ちゃんからもらった世界地図を地面に広げる。この地図がまた便利で、魔法で作られているのだそうだ。ドラクエみたいに自分の居場所が大雑把ながら地図に映し出されている。普通の紙とは違い、生命を映し出しているためか、触っているだけで静電気のような感触を受ける。ちょっとむず痒い。

 前の町で聞いた限りだと結構貴重なものらしく、受付姉ちゃんも気前がいいものである。

 あのクソ街ハジルドを北上し、大陸中央よりやや右の地点を指差す。


「もう明日あたりには、トーネルに着く」


 旅の第一目標である、三大国家のひとつだ。精霊や自然との共存を主に、豊かな土地で繁栄した都市らしい。文献はそれほど多くないが、知恵を持った人間や、その国に暮らす精霊がいるとも聞く。

 王族や貴族までいるらしいが、市民とそこまで格差があるわけでもない模様。聞いた話を統合すると、王様は争いを望まない平和平等主義だとかなんとか。


「主な行動は、美しいものの情報収集だ」

「知ってる」

「承知の上だ。僅かながらにも尽力せしめよう」

「でも、もう一つ甚大な目標を決めたい。事前に言っておいたほうが、トラブルも少ないと思うからな」


 事前報告は大切だ。

 というか、駄目な行動をとって失敗して「それをやれって言ったか?」とか言う大人は嫌いだ。普通「それをやるな」と事前に忠告しない方が悪いんじゃないのかこれ。中学時代に、反抗しない俺ばっかりパシリにしていた教師のせいで、先生というものにいい印象が無い。


 話が逸れてしまった、とりあえず街に来る前からずっと考えていたことを、ここでぶちまける。


「奴隷を、買いたいと思うんだ」

「なんで?」


 早速、フランが疑問を投げかける。もっともな意見だ。


「戦闘要員はすでに十分ある。というか元々ここまでの戦力はいらない。家事料理とか、身の回りの世話をしてくれる人間がほしい」

「食べ物には不自由してないわよ」

「フランも今後のために、この世界の料理はそれなりに学んだ方がいいと思う」

「必要なの、それ?」

「必要だろ」


 フランはわかっちゃいないが、食欲を満たすという前提は、美味がないと意味がないのだ。

 ああ、フランは博士に上手いところその辺を訓練されている。たぶん、緊急事態でも飯でストレスを溜めないようにだろう、効率的だ。

 俺は訓練されていない。


「おいしいご飯は、この世になくてはならない存在なんだよ」

「そうなの?」

「フラン殿、差し出がましいようだが、ワタシは料理を糧に生きている者がいることを知っている。料理というモノは、生きていくうえで希望にも絶望にもなるのだ」


 ロボが口を挟む。文句一つ言ったことないが、やっぱあんたも不満だったのか。


「女性にとって、料理とは要の技術でもある。フラン殿がならっておいて、損はない」

「ロボがそういうのなら」


 フランは素直に納得した。

 この二人の立ち位置は、傍目からは侍女と主、精神的には姉と妹のような関係だ。

 たぶん、最初の数日で助けられたことが多く、フランが尊敬しているのだろう。

 対するロボも、俺たちに対してすごい敬意の念がある。嬉しいけど、幻滅するだろうからあまりしないでほしい。


「お金は?」

「ルツボのカードを売る。使うのも怖いし、変なのは売るに限る。未発見のカードなら、結構な額で売れるしな」

「料理が出来る奴隷がほしいの?」

「できれば、料理が出来て顔立ちのいい女の奴隷がほしい」

「なんで?」


 なんでって言われても、そりゃ、そのほうがいいだろ。

 奴隷が買えるなんて、この異世界はとってもいいものだ。


「なんといえばいいか、俺の、土の盾に関係している」

「土の盾に?」

「たぶん、この条件の奴隷を買えれば、コントロールが更に上手くなる」


 そして性欲も解消できる。賢者の力は偉大だ。

 フランは一度顎に手を当てて考える。たぶん、どうして盾をコントロールできるのかわかっていないのだろう。


「ちらっ」

「……フラン殿、女にも事情があるように、男にもそれがあるのです」


 ロボのナイスフォローだ。この犬は大体わかってる。


「男じゃ駄目なの?」

「はい、男のそれは、ワタシ達とはまた別の牙城」

「わかった。じゃあ聞かない」


 納得してくれた。男でいいのは本当に限られた英雄だけだからな。


「じゃあ、反対意見はあるだろうけど、とりあえず実行して構わないな?」

「うん」

「よしなに」


 既成事実は手に入れた。あとは俺が選ぶだけだ。

 ちょっと肩の力を抜いて、地面に手を突く。


「にしても、案外あっさりで助かったよ。ロボはそういうの嫌いかと思った」

「必要なものと存じております。もしや、非合法なる奴隷を買い求める気ですか?」

「非合法とかそういうのあるのかよ、初耳だぞ」

「隷の精霊の眷属でない者から買うのは、ワタシとて反対です」

「……ああ、精霊公認の奴隷制度があるのね」


 どおりで、反対しないわけだ。つまりは神々が許しているようなもんだし。

 逆に非合法に対しては厳しいということか。たぶん、人攫いなんかはこれに売るんだろう。


 この世界の常識は未だにわからないことだらけだ。


「すみません。ワタシの鞘が短いばかりに、アオ殿の存じぬ事例をぬけぬけと」

「ああいいって、俺はむしろロボの鞘の長さを存じぬよ」


 俺が異世界出身だという事は、全部ロボに話してある。

 本人がどう思っているかは知らないが、一応は信じてくれている。たまにこの世界の常識を教えてもらうくらいだ。


 たとえば、フランが大砲で当たり前のように使っている、カードの効力そのものを相手に飛ばす機械は見たこと無いらしい。触れたものをカード効果範囲に入れることが出来ても、遠くの物体に対して効力を飛ばす、つまり発射する技術はない。


 あの、モンスターチョトブに重ねがけだって、普通は触れないと出来ないとか、めっちゃ手間がかかるらしい。

 俺の気配に対する反応速度の高さに驚かれたことから発覚した事実だ。あの特訓方法は博士独自のものだった。


 なんにしてもだ、常識は知っておくべきだろう。頭が固くなるとは言っても、最低限の順応が出来ないと社会に適合できなくなる。


「常識は学ばないとな」

「ないからこその力もあります」

「またまた」

「真です。例を申しますと、風のレアカード使いで有名な人物のほとんどが、掟知らずの者ばかりだという定説もあります」

「あ、わたしも聞いたことある。縛られない思考が、風の力だって」


 縛られない思考。俺には一番難しい課題だな。

 風の弓が、未だ俺の手に馴染まないのもそのせいか。


「なんにしても、ジンクスでものを語ってたらキリが無い」


 当面の目的は奴隷!

 今のところは、柔軟よりもゲスな思考ばかりが先行する。

 なに、それなら奴隷を手に入れれば、風の力も手に入るかもしれない。


「もう寝る」

「ん」


 まだ見ぬ我が伴侶を夢見ながら、雲の無い夜空を眺め続ける。


レアカードの適正はある程度性格の傾向があります

ただ物心がついたころの傾向なので

成長するとそこまであってなかったりするのです


火 積極性が強く、好奇心旺盛

水 思慮深く、慎重で潔癖

風 自由奔放で、他人に流されない芯と柔軟さがある

土 おおらかで、多くの思想を受け入れる器がある

光 プライドが高く、向上心も強い

闇 常人には理解できない精神性をもつ

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