第百八十八話「つよさ であい」
フランは世界の敵であるタスクにも動じることなく、堂々と話しかけた。
「あなたは、そのあとどうなるの?」
「ボクかい? まあ力は弱まるだろうね。冥の破滅願望を浴びたせいで、百年位かな」
「百年後は」
「そりゃ、ボクだって元気になれるさ」
「じゃあ、駄目」
フランは大砲を構えて、タスクに立ち向かう。精霊相手に効くとも思えないその武器を、突きつける。
「封印できないんだろ?」
「そう」
「じゃあ無理だよ。駄目もへったくれもない」
タスクはまるで怯まない。封印以外に何をしたところで、意味なんて無いからだ。
フランは睨み続ける。砲口をタスクから逃さない。
「はぁ」
タスクはそんなフランを見て、呆れたように溜息をついた。
「ボクは人としての感情が残っているつもりだけどね。そう言うのは理解できないんだ。どう見たって勝ち目がない。意味の無い事をして、なんになる。君はそうやって構えることしか出来ないだろう」
「……アオが、考えてくれる」
「人頼りとはまた清清しい」
タスクは肩をすくめて、フランを笑う。
フランを、笑った。
あれだけ一生懸命で、頑張って無理をして、ここまで来たフランを笑ったのだ。
俺は、悔しくなって、拳を握り締めていた。
「……」
「そこまで言うのなら、余興でもするかい? さすがに龍でもない君なら――」
『みんな~!』
タスクが、まさに立ち上がって戦闘でもしようという時だった。
そんな物騒な瞬間を壊すように、黄色い声が流れた。
『紅の名前は~紅っていいま~す、もう何回目かわからないけど、覚えてね~!』
紅だ。八時間たったと思われる今でも、彼女は歌い続けていた。
ただ、伝の魔法が彼女の姿を見せるが、さすがに疲労の色は隠せないでいる。ほぼぶっ通しで歌っているのだろう。
タスクはそれをみて、困ったように笑っていた。
「彼女も、諦めが悪い。余興にしては長すぎる。世界にたった一人でも、歌い続ける気なのかね」
余興。
紅の必死の行動ですら、タスクは一笑に伏した。
わかっている。彼女一人が頑張ったところで、この世界の滅びはどうしようもないところまできているのだ。
「一人じゃない」
フランが、紅の想いに同調するように、叫んだ。
「私たちは、一人じゃない!」
『あんたら! 死ぬ気でやんなよ!』
その瞬間、俺は懐かしい声を聞いて、顔を上げてしまった。
紅の伝じゃない。別のどこかから、声が聞こえる。
『ほらそこ! ジーク!』
『え、エイダさん厳しいです! 流石です!』
エイダ。
かつてハジルド冒険者ギルドにて、俺たちが始めてあったギルド受付。受付姉ちゃんだ。
どうして彼女の声が、伝のように、映像まで届いていた。
「こ、これは一体……」
『ほらジーク! いえ隊長! このわたくし、アンビを退けたからにはしっかりやんなさい!』
『頑張りますぅう!』
『外もしっかりやんな! エイダ自警団なんて恥ずかしい名前つけたからには、しっかりあたしの顔を立てるんだよ! 救助優先人命は自分も含む!』
『了解!』
エイダたちが、ルツボと戦っていた。
流体が効く事を、どうしてか知っているのだろう。足止めをする形で魔法を唱えている。その動作一つ一つが的確で、そこにいる人たちがどんどんと集まってくる。
『ほらそこの! あんたも、あんたも!』
エイダは、避難して隠れていた大人たちを指差して、カードを渡していた。あれは、
『グツグッツ!』
大勢の人間が、熱を保存する魔法、グツグッツを唱えていた。
それにより熱という流体に押され、ルツボが縮小していくのがわかった。圧倒的な質量に、圧倒的な軍勢が対抗できている。
小さくなったところへ、エイダ自警団がルツボを排除していく。
あれだけの人数がいて、大量のアンコモンがあって初めて可能になる戦法だ。
「……へぇ、あの方法を使うか。グツグッツなんかの流体アンコモンは確かに天敵ではあったけれど、あれだけのアンコモンをどうやって」
『あんたら、見てるんでしょ』
エイダが、初めて俺たちに向かって声をかける。
やっぱりこれは伝のカードなんだ。どういう理由かわからないが、彼等の戦いが、俺たちにも伝わっている。
『伝の精霊と……送の精霊だっけ、あいつらが世界中を回ってるんだよ。世界の危機に対して、人間たちがどう動いているか、意思が、どちらに転んでいるかね』
精霊たちが、動いている。
世界の意思が強まって、人々の意思に釣られた精霊たちが、協力してくれていたのだ。たしかに、あの伝と送は使命感の強いやつだった。
『あんたらね、一人で頑張ってないで、たまには人の脛くらいかじりなっての!』
『うぉおおおおおっ! ベリィイイイイ!』
『うっさい!』
映像が、切り替わった。
「え、とトーネルっ!」
『どこかで生きてくれぇベリィイ!』
ベリーの両親、バニラとビーンズが、トーネルで戦っていた。カザンドの住人らしき人間たちが協力して、トーネルの街並を守っている。
そういえば、カザンドの人はあれからずっとトーネルにいたんだよな。
『カザンドの皆さん、少しばかり先導しすぎですよ』
『グリィもです! 前はあなたの騎士である私に!』
「お兄様っ! イムレさんもっ!」
グリムマミー、通称ラミィ兄と、イムレという女の人が騎士を連れてカザンド群に加勢する。
ラミィは、自分の肉親が生きていてくれたことが嬉しかったようだ。涙を流して、映像に釘付けとなっていた。
しかもそこに、更に見知った顔が現れる。
『おらおらおらぁ!』
『アバレ! ここはルツボが特に大挙していますがカザンドの人がいるから十分です。他の細かい場所を助けていきましょう!』
ラミィがこの街で活動していた、元奴隷たちの子供たちも、戦っていた。
『わかった! ゴーグルしっかり見定めてくれよ! 俺はあんたの指示に従うからな!』
『ならそこの裏路地!』
『地味だな!』
『文句言わない!』
気性が荒く、向こう見ずなアバレと、気の弱いゴーグルが一緒になって戦っていた。二人とも足を怪我しているものの、他の子供たちのサポート等でその欠点を補っている。
俺がいたころとは別集団のような見違えるほどの連携だった。
特にアバレとゴーグルの、背中合わせの戦いはコンビネーション抜群だといってもいい。
「ここでも……あれだけのアンコモンが」
タスクはそれよりも、ルツボを防げるだけのアンコモンの保有が気になっているようだ。
たしかに、これまでマジェスの作戦やらでほとんど回らなくなったと思っていたが。
『カウト!』
『アカネは下がるんだ!』
場面はチリョウの町に変わった。
ここにいる人々はあまり戦闘に向かない者が多い。唯一戦闘できそうな盾の男が、必死になって中央病院を守り続けていた。
『殺させはしない! せっかく君が空を見上げられるんだ。俺を生かしてくれた君の歌を、守りたいんだ!』
ただ物量にはかなわない。盾の男がどれだけの兵でも、次第に消耗し、動きが鈍る。病院を守っていた数少ない者達では、守りきれない。
『この罪に準じて参上! みんなの命守ります!』
『火車!』
その、壊れてしまいそうな空気を暖めるような、明るい声が響いた。
盾の男たちが見上げながら、その入口中央で仁王立ちする女性を目にする。
そのすぐ後に、その女性を追って一人の男が現れた。
『ラク! な、なんでそんなに先導す』
『イルが遅いんですよ! 追いつけないのなら私一人でやっちゃいます!』
『一人じゃ無理なのをしっているだろう! しっかり協力しろ、俺を頼れ!』
『頼りにしてます』
「ラク殿! イル殿!」
あの、忘れられた都市で出会った二人の姿が、そこにあった。
ラクは舌を出して冗談を言う。小悪魔のような、あざとい笑顔だ。わざとだろう。
イルはそれに振り回されながらも、そんな茶目っ気の付いたラクに穏やかな笑顔を向ける。
『じょ、嬢ちゃんたち……あ……あれを置いていっちゃ』
『すみませんダンテさん、迷惑ばかりかけて』
『いやいや、いいってことよ、若いもんはおっさんの脛をかじるもんだ』
「商人おっさん……」
俺とフランが、旅をして初めて出会った人間、商人おっさんだった。
フランも見覚えがあるはずだ。俺たちをハジルドまで運んでくれた馬車が、ルツボを退けながらチリョウの病院にたどり着く。
『お、そこのかわいこちゃん。頼みがある!』
『おじょうちゃんじゃない。私はアカネよ』
『はは! こんな非常事態でそれだけ口を聞ければ大丈夫だな! ほら、このカードを病院で魔法を使える人間に片っ端から配ってくれ!』
『これ?』
『うちの天然試供品さ!』
おっさんが持ってきたのは、カードの束だった。
映像から把握できるだけでも、グツグッツや、グルングルなどのアンコモンだ。
あれだけ大量のアンコモンを、商人おっさんは馬車から大量に取り出していく。
『グルングル!』
馬車にいる取り巻きの人々も、アンコモンを使ってルツボを退けていた。
『ダンテ商会! 初動一年目は大赤字だぜぇ!』
『へこんじゃ駄目ですよ! イル!』
『いや、ダンテさんにも言ってあげてくれ』
商会を開いていたのか、しかもあれだけ大量のアンコモンを集めておいて、世界中にばら撒いていた。
人の金で事業開いておいて、ばら撒くとはいい度胸だよ。
『あんちゃん、俺のこと覚えてるか?』
ふと、誰もいないところで商人おっちゃんが独り言を始める。
エイダのときと一緒だ。俺がこの映像を見ていることに気づいているのかもしれない。
『あの時のこと、俺はずっと覚えてるんだぜ。あんたみたいに、持ってるもん全部捨ててでも、守るべきものがあるって分かったからな! そんだけだ!』
商人おっちゃん、ダンテも自らがチリョウの街を助けようと動き出す。映像から、遠ざかっていった。
「厄介だね、あれは誰なんだい?」
「あなたは、知らないでしょうね」
フランが、不適に微笑んだ。タスク相手に、一歩も引かないどころか、挑発までしてみせる。
『さ! きなサーイ!』
場面は更に緊迫した戦場へ、地平線を埋め尽くすルツボに対して、同じ分だけ大量の人間たちが、その大波を食い止めている。
その中心、最前線に立っていたのは、レイカだ。
『わたーしたち人類に牙を向いて、そのごメンツに傷が付かないとお思い! 冗談じゃないわ! あなたたちの好きなようにされてたマイまーすか!』
『ラミィ君アオ君! また学校が出来たら授業を始めるからね、絶対に受けに来るんだよ!』
『食堂にもね、お金取るけど』
さわやか教師に食堂おばさん、戦闘向きじゃなさそうな二人までもが、レイカの隣で戦っている。霧を作ったりとか、知らない生徒もいる。
『超多っ! あたしマジ疲れた』
『キャル! しっかり働く! ほら見なさいレイカ様のすばらしさ……はぁ、ああっ!』
『姉ちゃんキモ』
『うっさい! ほら、クロエさんも!』
『はいはい、あんたら相変わらず騒がしくてないわ』
見覚えのある受付ギルドまでも集まっていた。受付ギャルに受付委員長に、受付黒ギャルまで。受付のバーゲンだ。
場面が移り変われば、奴隷商人のツナや、その奴隷三人組も健在だ。
『フハハハハハハハ! フハハハハハ!』
『フラン! あなた達はあなたたちの戦い方をして! わたしたちは、全力でそれを協力するから』
『めっちゃめっちゃ協力してやっから、おみゃあらばっちり頑張れよ!』
ベクター、リアス、受付ミニ。それぞれ場所は違えど、彼等が命を賭して戦っていることに変わりはない。
『ッチ! クソが!』
『フラン!』
グリテ、ベリー。二人がいるのは俺たちと同じ冥の戦艦内部だろうか、俺たちの囮役を買って出ていたらしい。超高速デブも一緒になって、脱出を試みていた。
『さて、それでは紅の体力極限ミュージックに新たなレギュラーをご紹介!』
『ルナティックな新人をご紹介するぜぇ!』
『あたしはあんたらの仲間じゃねぇ! 歌に協力してやるだけだっての!』
『スノウさん! これからずっとよろしくね! 月の輝きルナティック!』
『紅、ルナ、スノウ、頭文字三人合わせてスクルド・クルス! 現在時刻から活動開始!』
『スクルド・クルス!』
『ムッキー』
『ムッキキー!』
『ムッキー!』
紅に加えて、精霊であるスノウとルナまでもが協力してくれている。
この世界は、タスクの意思一つでもう滅んだも同然なのに。
まだ、皆戦っていた。
ルツボの大群を、撃退できるだけの力と、意思がそこにあった。
タスクが目を見開いて、想定外の事態に動揺している。
「まさか……これは」
「人はみんな、あなたが思っているよりもちょっとだけ、強いの」
フランの、何者にも屈しないその姿が、とても眩しかった。
最初に会ったときから、フランはこの点だけは変わらずにいた。自分のできることが少なくても、未熟でも、それを乗り越えようと戦っていく。
昔は一人で、何でもできるようになりたがっていた。
今は違う、フランは、待っている。
「……あ」
フランの肩に、俺の手が乗った。
悪いが、肩を貸してもらう。
「いつだってそうだった」
震える身体はまだ起き上がる事を拒んでいる。それが出来たところで何をするんだと、理屈がごねている。
なら考えればいい。今、動いている間にも。
「俺が、この異世界に来た時も……旅をしている最中だって」
フランが、俺を見ている。
震えが、少しずつ止まっていった。フランの身体に流れるように、恐怖を半分こにしたみたいに。
「綺麗で、眩して、大好きだった」
俺は、また生きている、奮い立つ。戦える。
「フラン、君に出会えて、よかった」
俺は最後の決心を、自らの中に火をつけた。




