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第百八十六話「うごけ おとこのこ」


「蒼炎!」


 俺は、アルトの全身が見えなくなるほどの炎を燃え上がらせる。


「また、同じ轍か」


 アルトは、呆れている。そうだろう、長時間炙らない限り効かない。それどころか俺にアルトの姿が見えなくなってしまうのだから。

 冷静さを失った、愚行に見えるだろう。


 攻撃の気配が、真っ直ぐこちらに向かってくる。

 俺は、その鬼気迫る、見えない威圧に冷や汗を隠せない、大声で、ごまかそうとする。


「う……ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「最後だ!」


 アルトが、蒼炎の中から出てくる。両手の剣を振りかざし、俺のあがきを無為にするつもりだ。

 元より俺の身体は、動かない。

 それが、最善だ。


「な……!」

「疾風っ!」


 ラミィが、この蒼炎まみれの視界の中、アルトの目を掻い潜って現れた。


「土豪!」


 ロボが、ラミィに気を取られた隙をついて、攻撃の気配一直線上のその反対側から、拳を振るう。

 アルトがここで初めて、驚愕に目を剥く。当たり前だ、二人は倒したと思っていた。あの拘束する壁の力を信用していたのだろう。


「シルフィードラミィ! 風の便りにてただいま参上っ!」


 ラミィの力を、甘く見すぎていたのだ。力を把握していなかった。

 なぜなら、こいつだけがあの八時間という短期間の間に、飛躍的に成長して見せたからだ。


 空の精霊。

 自由の意思を持つ彼の眷属に与えられるのは、カードだけじゃない。拘束という概念からの完全開放。反抗する意思がある限り、空の精霊の眷属は、何者にも縛られない。

 同じ精霊の奴隷紋章ですら跳ね除けるその力は、たとえ伝説の武器相手でも例外じゃない。


「この……ぉおおおおおおおおおおっ!」


 完全な計算外だっただろう。アルトはこの状況をまだ信じられない。

 最大の誤算であり、チャンス。


 それは相手の知らない、ラミィの情報だった。


「烈波!」


 ロボが逃げる方向をしっかりとラミィと同じ場所に修正してくれた。あれのおかげでラミィと同時に出てくることが出来る。

 そして、ロボが来たということは、物理攻撃が可能になるということ。


「やってくれちゃってさ!」


 俺は、髪を揺らして一歩だけ前に出る。今はそれが精一杯だった。


「なめるなぁああ!」


 アルトはそれだけのイレギュラーを目の当たりにしながらも、対応は早かった。

 二つの剣を左右同時に閃かせ、手首の動きだけで起用に二人を受け止める。そしてすぐに、剣の能力が発動して、二人に裂傷を負わせる。

 使い切った剣二本から手を離し、おそらく最後の龍柱を手に取ろうとしている。


 俺を相手にしようと狙う。


「残念だったな、アルト」


 人間、やったと思ったときが一番油断する。

 アルトは二人を退け、俺の画策を退けたと思っている。


「コンボ!」


 フランが、俺の出した攻撃の気配に一直線に紛れ、アルトの背後につく。

 アルトは思わず後ろを振り返えろうとするが、遅い。フランはラミィとロボの二人と、ほぼ同時に動いていたのだから。二人を迎撃してしまった時点で、手遅れだ!


 フランの遠距離から放つ魔法は、ジャンヌの黒いマントがとめてしまう。ロボがいようとも、遠距離は無理。

 だったら、近距離なら。

 格闘が効くのであれば、その格闘と同じ条件で、魔法を唱えれば。


「火、光!」


 フランは、アルトの背中に手を付き、魔法を放つ。

 零距離魔法。体で触れあい、ロボの力によって相殺されたその零距離こそ、フランの魔法が届く唯一の距離。


 アルトの体が爆発するように吹き飛んだ。レーザーがカードケースごと、下半身全てを蒸発させて吹き飛ばす。

 万が一パアットを持っていたときのために、ケースを狙うよう決めていた。


「やっ……た」

「まだだあぁ!」


 アルトが叫ぶ。その崩れた身体を、黒いマントが包み込んで、足を形成する。

 そして当初の予定通り、すでに手に持っていた龍柱を俺の頭にむけて、突き刺した。


 避ける間もなく、俺の額に龍柱は当たる。


「わかってる。俺は疑い深いんだ」


 俺は額から血を流して、脳が揺さぶれる感覚を受けながら、


「俺には、そこまでする必要があった」


 両足に力を入れて、立ち上がった。

 龍柱は、刺さらない。


「な……! 人に戻り――!」

「うぉらぁあっ! 土!」


 俺は人に戻った身体に活を入れるように叫び、土の盾を呼び出す。

 半分龍みたいなこの身体だが、それは龍柱を扱える人間でもあるということ。

 人に戻った瞬間、俺の身体は軽くなる。激痛が、今での比じゃないくらいに押し寄せる。


「絞め殺せ!」


 俺は土の杭を、この部屋の床に突き立てる。

 身体能力は半分も無い。激痛も耐えられないほどだ。龍柱を軽減できても、混ざった身体はそこらじゅうが麻痺している。


「動け! 動け!」


 土によって産まれた黒い触手が、アルトの身体を縛ろうとうねり動く。

 逃げている。つまり今のアルトなら、肉弾じゃなくても攻撃が効く。動きが鈍く、戦える。


「ここで動けよ……男の子だろうが!」


 俺も、このチャンスに黙っちゃいない。逃げるアルトを追って、走り出した。間接に引っかかる龍柱は痛かったが、ここで動けなくなるような旅はしてきてない。


「開け!」


 俺は土の盾の瞼を開かせて、その状態のままアルトの身体に肉迫する。

 土の盾の過剰回復が、避け続けるアルトの身体に蓄積していった。ロボの力はまだ俺の中に残り、この回復から身を守ってくれる。

 アルトの動きが、俺以上に鈍くなっていく。


「……く!」


 アルトが、新しい武器を引き寄せて、その武器の力で俺から逃げるように距離を取った。

 逃げるしかないのはわかっていた。だったら、それ前提に戦う。


「コンボ! 火、光」

「風!」


 フランのレーザーがもう一度放たれた。

 俺はそれと同時に風のハープに持ち替えて、フランのレーザーを拡散させる。正面からではなく、面制圧をするように弾幕を敷いた。


「来い!」


 アルトは避けられない。だからか、この部屋にあるありったけの伝説の武器を衝突させて、致命傷を逃れようとする。

 そしてその守りをそのまま攻撃に転じる。剣の雨が、俺の元に降り注いだ。


 だが所詮は、遠距離だ。


「忍者屋敷は慣れてんだよ!」


 俺は風のハープを弾く。すると音が引き攣ったように風の軌跡が歪み、俺のいる場所だけ、剣が逃げるように流れていった。

 そして自分の身体、背中にパープを置いて、弦を弾く。背中から爆発するように、俺の体が前へ吹き飛んだ。


 アルトは俺の突撃を難なく避けて、そのせいで俺が後ろに回ったことに気づかない。

 吹き飛ばす音を初めに、俺はすでに空中無限ジャンプの曲を引いていた。何度も空を蹴って減速し、


「来いやぁ!」


 次の曲、引き寄せの曲を発動する。

 アルトは振り返る暇もなく、俺との近距離を強いられた。


「水!」


 連射限界を超えても、まだ魔法は打てる。龍の影響が強くなり、龍柱が震えだすが、人である以上はまだ動ける。

 氷の剣を、ジャイアントスイングでもするように、大きく横に振りかぶった。


「振りかぶってぁあああ!」

「くっ、ぉおおおおおおおっ!」


 アルトも俺も、滅茶苦茶に叫び合って、互いに動かない身体に無理を入れる。

 動くのは、やはりアルトが速かった。


 アルトは俺が降った剣を足場に、黒いマントで飛び上がって避けた。

 予想通りだ。


「水流!」


 フランが、俺たちのいる空中の、真下で魔法を唱えた。

 水の圧力は俺の振り終えた氷の剣に降り注がれ、刀身を縦に長く極限まで伸ばしていく。

 俺はそのまま、空中で身を翻し、その水圧で、飛んで行ったアルトのいる方向へ。


「フルスイングだ!」


 俺の氷の剣は、マントに阻まれた影響で根元から折れ、パリンと渇いた音を立てて砕けた。

 だが、失敗じゃない。


「入った!」


 アルトは予想だにしない追撃に守りを遅らせていた。一度使ったマントを防御に回す前に、残っていた上半身を、氷の剣で傷つけられてしまう。

 これで、人間であるアルトの身体は氷付けに――


「ジャンヌ、最後だ、頼む」


 アルトは全身に氷が回るよりも先に、自らの首を切り落とした。

 そして、黒いマントがその首の血管に繋がるよう形を変えて、アルトの身体を形作っていく。


 俺の遥か上空では、全身を死神のように黒く染めたアルトが完成しようとしている。

 首だけになっても、あんな体でもまだ動ける。


 下手をすれば、どこかにあるかもしれないパアットがアルトの身体を全回復させてしまう。追撃の手を緩めなかった意味が、なくなってしまう。


 空を飛べない俺の身体は、徐々に地面へと落ちていく。

 届かない。俺一人じゃ。


 だから振り被り、一度地面に折れた氷の剣を見せつけ、


「フラン!」

「ブットブ!」


 フランはアンコモン、ブットブを使用した。俺の剣は魔法の効力によって、規格外の速度で吹き飛んでいく。

 アルトの見開いた左目に、折れた氷の剣が突き刺さった。


「あ……」


 かすれた、声とも取れない、アルトの口から漏れた空気が、静かに響いた。

 そして、氷の剣を基点にして、少しずつアルトの顔が氷付けになっていく。


 アルトはまるでそれを受け入れるように、ゆっくりと目を閉じ、ジャンヌの黒い力がそれを迎えるように包み込む。

 凍ったアルトの顔は次第に砕け始め、粉になって空中に溶けていく。


 二十年前、世界を救った英雄の最期。まるで花火のように、切なく散っていった。


 俺には、アルトとの接点なんてほとんどない。それでもどこか、悲しくなるような散り際だった。


「アオ!」


 空から落ちてきた俺を、フランが自身の力で受け止めてくれる。ほとんど衝突する形になっていたが、上手くやってくれたようだ。

 魔法を使わなかったな。ああ、フランはもう連射限界だったのか。

 アルトに接触したり、俺を受け止めたり、ゲノムに鍛えられた意味は、大いにあったな。


「すまん……着地忘れてた」

「アオくんっ!」

「アオ殿!」


 ラミィとロボが、足を引き摺りながら俺のいる場所にまで近寄ってくれる。

 二人ともボロボロだ。アルトの攻撃を振りぬかせて動きを封じるために、ほとんど攻撃を受ける形になったからだ。ガードすれば逆にあっちも建て直しが容易になっちまうし。


「コンボ! ツバツケツバツケ!」


 フランが戻った連射数を早速俺の回復に使ってくれる。

 とはいえ、怪我や疲労がひどいのは俺だけじゃない。むしろ龍じゃない三人の方がずっと危ないんじゃなかろうか。


「とりあえず……くっ……あぁ!」


 俺は、両手両足に刺さっている龍柱を抜き取ろうとする。貫通した突起を手で掴んで、少しずつ体から取り出そうとするが、痛い。


「アオ殿、ワタシめが抜柱いたしましょう!」

「痛い痛い! うぉぉ……」


 ロボに助けてもらって、ようやく龍柱が体から抜ける。からんと、血のりがついた棒が床に一本ずつ落ちていく。


 俺はふと、まわりにいる三人を見やる。

 全員、ボロボロだった。

 元々体力限界近かった体だ、俺の蒼炎に巻き込まれたり、先程の剣の雨の余波を受けたりもして、俺なんかよりも酷い有様だ。

 それでも必死になって、空元気を引き寄せている。


「……痛いって」


 全ての柱を取り除き、俺が、うめき声を上げるのをやめると。

 ほんの数秒だけ、この空間に沈黙が落ちた。


 特に意識したわけじゃない。ただ、四人とも黙ってしまう。

 こんなところでゆっくりしていい道理はない。ツバツケだって体が治るまでかけているわけにはいかないし。


「そろそろか」


 こういうとき、最初に口を出すのは、俺でいいと思う。


「タスクはこっちにはこないな。やっぱり戦艦の操縦で忙しいのか、それともまだ先があるのか」

「ううん、たぶん、終わりじゃないかなっ」


 窓のないこの空間に、風が流れた。

 ラミィにはどうしてか、わかるらしい。


「ただまあ、すぐにでも来れるのなら、アルトを助けるよな」

「然り。タスクとてそこまで白状ではないでしょう。そしてそれが意味すること、アルト一人を動かしているとなれば」


 その一人を、一番大事な役割に徹するよう動かす。

 俺たちは辛くも最終防衛ラインを突破したのだ。


 あとは、用意された封印の陣を使えば――


「…………アオ」

「ん」


 フランは口には出さずとも、しっかりと目の前を見据えている。


「いくか」


 世界の命運が懸かっているにしては、すごく軽い啖呵だと思う。

 でもこれくらいでいいのだろう。

 俺がしてきた旅はどれだって特別だった。今から行うことだけがそれよりも上なんて考えはない。


「参りましょう」

「うんっ、いっちゃうよーっ!」


 ロボとラミィが、しっかりと俺の声に応えてくれる。

 俺は立ち上がって、自身の体をぺたぺたと触りながら体調を確認した。これくらいなら、大丈夫だろう。

 ホムラを、頭の中で呼びかけてみるも返事はない。つまりは、そういうことだろう。


「フラン」


 俺は隣にいたフランに手を差し伸べる。別に意味があってのことじゃない。


「どうせモンスターはいないんだしな」

「……ん」


 フランは、俺と手を繋いでくれる。


 この部屋には、後ろに大きな扉が聳えている。俺たちが入ってきた場所だ。

 その反対側に、アルトがいた場所の向こう側に、もうひとつ扉がある。


 一歩一歩、その扉に向かって足を前に出す。

 別にゆっくりしていたわけじゃないのに、どうしてか足取りが遅い。何かを踏みしめるように、ただそれでも進まないわけじゃない。


 扉の前に立つ。

 入ってきたときほどではないが、こちらも大きな扉だ。


「手で……開くみたいだな」


 俺は、その扉に掌を当てる。

 フランも、ロボもラミィも、それぞれがいつの間にか息を合わせて、扉を前へ押していた。


 何の罠も封印も無い、それだけであっさりと開いた。

 今いる部屋とは違う光が差し込み、少しだけ目がくらむ。不意打ちの気配はない。


「ようこそ」


 不意打ちどころか、戦闘するような雰囲気ですらなかった。


「君たちが来たのか……少し残念だったかな」

「……タスク」


 穏やかに、そして生気を失ったかのように真っ白な肌色をしたタスクが、当然のようにその先に待ち構えていた。


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