第百八十五話「ふたり いるから」
フランが全身を逆立てて、息切れをする体に活を入れた。
「アルト!」
「外れとはいうじゃねぇかアルトさんよ。それに英雄サンは俺の名前も覚えてくれたのか」
「最初に聞いたときから、ずっと覚えているよ。たとえあの場で殺していても、忘れなかったさ」
「そういう奴が覚えてた例なんて、聞いたことないんだよ」
俺は自分のなくなった右手に視線を移す。すると氷がピキピキと音を立てて右手を作り出し、俺を五体満足にしてくれる。
「アルトさんっ!」
「なんだ、巫女」
「あなたのしてきた苦悩は私にもわかることはできません。それにもう罪を重ねすぎています。だから、やめてなんてことは、言えません。だから、だから」
ラミィは、割り切れない気持ちを振り切るように、声を絞り出す。
「だからっ! 全力で戦います! せめて悔いの無いように、悔いがあってもやりきったと言い切れるように! 戦います!」
「そうだ、君はそれでいい」
アルトが剣を取り出す。ポルクスじゃない、また見たことの無い新しい剣だ。二刀あるが、牙のサインレア入りの剣でもなかった。
「強者と人が、雌雄を決する時だ」
「ワタシたちにそのような権利はありません。常に大きな奔流に、自らを示すまで」
あの二つの剣の効力は何だ。今まで見たこと無い。
でも絶対に、あれは俺たちを倒すための最善手だ。
「パパの、仇!」
「さあ、戦おう!」
全員が一斉に、飛び出した。
「はぁああっ! シルフィード、パリィ!」
いち早くラミィがアルトと対面する。攻撃が当たらないのを承知していたのか、足元に風を押し当てて全体を無理矢理空中に浮かせた。
その体制か崩れたところを狙って。
「おらぁ!」
俺が、蒼炎を発動させる。
アルトは無言で俺を睨みつけて、その蒼炎を不思議な力で塞き止める。ジャンヌの義眼が発動したのだろう。
「無為!」
ロボはその不思議な力に反発する力を使い、俺の蒼炎を生かした。
蒼炎はまっすぐにアルトの元へ向かうが、
「な――!」
「放射!」
アルトはそのときにはすでに、ロボの背後にまで迫っていた。
すでに振り終えた剣が、ロボの脇を掠める。カエンのときと一緒で、攻撃の瞬間にロボのバリアの穴をついた作戦だ。
だがそれも、折込済み。同じ鉄は踏まない。
フランは火水の手ごろな熱線を放つ。人間相手だからこれくらいで十分脅威になるはず。
「……っ! それ、その見た目!」
「そういえば、君も知っていたんだったな」
アルトは振り返ることなく、その熱線を吹き飛ばした。
ジャンヌの戦闘形態をアルトなりにアレンジした、蝶のマントを装着していた。
これで、意識外でもアルトに攻撃は通らない。
ロボとの、にらみ合いが続く。あちらは下手に動けない。
「しかも……こっちもか!」
だが、こちらに現れたもうひとりのアルトが、ラミィを一度切り伏せて俺にも向かってきていた。
もう一人、分身か幻とでも思っていたが、そうでもない。能力から何までを全てコピーした完全なもう一人だ。
「くっそがぁ!」
俺は蒼炎を開放して、黒いマントを燃やしきる。そしてがら空きになった腹部に向かって、氷の右手を入れた。
コピーアルトの全身は凍り、砕けた。
砕け散った体の中に、一本の折れた剣を残した。
「また伝説の武器かよ!」
「鏡剣……」
アルトは折れた剣を一度見てから、俺たちから距離を取った。
俺たちも一度、元の場所に集まる。
「アオ! ラミィが!」
だが一人、ラミィが戻ってこなかった。
壁に叩きつけられたとはいえ、致命傷は回避していた。なのに、戻ってこない。
「あ、おく!」
「ラミィ!」
ラミィは、その叩きつけられた壁に、吸い込まれていたのだ。必死になって俺たちに呼びかけるが、口までふさがれ動けないようだ。
「牢紙。安心してほしい、彼女は強かった。あれだけで死にはしない」
「信じられるかよ」
「元より俺は、君たち全員を殺す気は無い。それが、俺だからだ」
アルトは、俺の攻撃で折れた剣を捨てる。そして手をかざして、壁から剣を引き寄せた。
壁から湧き出たといってもいいそれがひとりでに動き出し、アルトの剣に吸い寄せられた。
「なんだよあんた。面白い玩具もってるな」
「俺は絶対に負けられない。だが、君たちを殺すのは本意じゃない」
アルトは二刀の感触を確かめるように振り回して、俺たちに向かって突き出す。
「だから、絶対に負けず、かつ君たちを殺さないでいられる場所を作った。この部屋全てが君の敵だと思ってくれて構わない。なに、君たちにとっても悪い話じゃない。倒されたところで死ないのだから」
「つまりあれは、俺たちをひっ捕らえるためと」
「偶然でも君が壁に触れてくれれば、少しは戦いやすかったのだが――」
俺はアルトが喋り終わる前に飛び出した。口を動かしている間に殺せればいいのだから。
龍の髪が背中を叩いて俺を吹き飛ばす。氷の右手を開いて、文字通り手を伸ばす。
「……」
「やっぱ、喋ってる最中はご法度?」
「そんな決まりはない」
アルトが右の剣を掲げて氷の手を防ぐ。右の真っ黒な剣は鍔競り合うと同時に刀身が溶けて、氷の右手に浸透を始めた。
体に進入するタイプだと察知して、俺は右手を外す。これで死ぬことは無いだろうが、もちろん油断できない。
アルトは、体制の崩れた俺に向かってもう片方の剣を向ける。
俺はわるあがきにも似た形で、左手で攻撃の動作で反撃する。
「コンボ! 火、光!」
その攻撃の気配に紛れて、フランのレーザーで俺ごと焼き払う。
俺の身体はすぐに蒸発して、視界が失せた。
「アオ殿!」
次に視界が戻ってきた時には、ロボの腕に抱えられてフランの隣にいる。
向こうのアルトは、どうやら健在だ。
死んだかもなんて甘い考えはない。あくまで情報収集だ。
「アオ殿、預かっていたカードケースです」
「ん。フラン、どうだった?」
「ジャンヌと一緒で、全身効かない。見た目ならマントだけかと思ったけど、関係ない」
フランのレーザーを弾くのは想定済みでもあるけれど、だとするとどうやってあれを剥がすかになる。
ジャンヌと戦ったときは、まだジャンヌが戦闘経験の浅かったことも勝利に繋がった。業を煮やして大技に出てくるような、そんなラッキーがあるとは思えない。
ただこっちも、情報があって対策しないわけが無い。
「ロボ!」
「御意!」
ロボの力はジャンヌとは正反対の性質を持つ。相殺は可能だ。
魔法などに乗せることは不可能だが、俺たちの身体にロボの力を乗せればいい。
「肉弾だぁ!」
俺はロボの手を握り、体から伝わってくる力を受け取る。たぶん全身に物理干渉可能な力が回っているのだろう。
擬似的にジャンヌ戦闘形態の真似をする。もちろんあちらよりふた周りくらいの劣化装備だが、それくらいならいける。
「ブットブ!」
このメンツで武器を使うのは実質フランだけだ。アルトに直接攻撃できない分、他で助けてもらう。
俺は自分の髪で、ロボはフランのブットブでアルトに肉迫する。
これで、戦える。
「……」
アルトは俺たちの攻撃に対して、逃げを選んだ。
しかも逃げ場所は、フランに向かって。フランから攻撃するつもりだ。
俺はすぐに動く。アルトの移動は所詮ただのダッシュだ。こちらが本気を出せば追いつける。
「そういうの、俺以上にせこ――」
「そうだな」
アルトが呟いた時には、追いついていた。
俺が思っていたときよりもずっと早く、アルトの前にまで肉迫する。
「まず一つ」
アルトが、時間戻しの球を使って、俺が十二秒前にいた位置ですでに構えていたのだ。
俺もすぐに気がついて着地の瞬間に飛び上がるが、時間が戻ったその一瞬は絶対だった。
「とても速いな、避けられた」
「当たったよ!」
俺は左足に、アルトの用意した棒を刺された。
棒だ。容易に懐にしのばせられるくらいのもので、先端は丸く刺さるような形状じゃない。
左足にその棒が触れた瞬間、吸い込まれるように食い込んできたのだ。
「やはり、互いに干渉してるな。ジャンヌの力と君の力は」
俺とアルトの間に障壁は感じなかった。俺の予想通り、あの鎧は肉弾で何とかなる。
でも、こいつだけは、物なのに俺の身体に刺さった。
たぶん、何かある。
「説明、してくれよ。覚悟とかなんたらだろ」
「龍柱。かつて龍動乱にて無念の死を遂げた魂の集束体だ。戦乱の最中ではなく、戦後に完成した。戦いの傷跡、二次災害の被害者がそれだけ多かったらしい」
「なんとおあつらえむきなもんを……っ!」
俺はアルトが攻撃の気配を向けてきた事を察して、距離をとろうと飛ぶが、それを阻むように、足の龍柱が響いた。
ロボがそれに気づき、俺を抱えて逃げようとする。
「おあつらえむきさ、そのためのものだ」
アルトはそんなこと読みきっていた。俺が飛べない。つまりは空間移動できない身体は、重力によって強制的に吸い寄せられる。アルト自身も吸い込まれ、一瞬にして俺とアルトの距離は狭まった。
「ブットブ!」
フランが機転を効かせて移動魔法を放つが、遅い。
「っちっくっしょおおおおおっ!」
俺は、動くもう片方の足で、アルトを迎撃するように蹴り上げる。
アルトはそれに合わせて、杭を打ちつけた。俺の攻撃を、当然のように避けて距離を取る。
「ぁああ! 二本もあるのかよ」
「アオ殿! ご無事……」
「フラン」
「コンボ、ツバツケ! ツバツケ!」
ロボの身体にツバツケを放つ。アルトは俺に攻撃しながら、ロボにも切りかかっていた。燃え上がる傷跡が、回復魔法を拒否している。
引力の剣と、焼く剣。そこまで驚くものじゃない。
アルトはその二刀を捨てて、新しい武器にもちかえる。効力はわからない。
あれが、今の俺たちを確実にしとめるための選択だろう。
「だがな、両足なら!」
俺はあえて脚を防御に使った。どうせ封印されるのなら、切り取ればいい。俺は空を飛べる。
「まだ甘いな。そういう考えに至る」
「……小言はやめろって」
甘い。
そんなことで封印がどうにかなるのなら、封印なんて言えない。
俺の両足は石の様に重くなって、移動を困難にしている。魔法を使おうにも、魔原が身体に流れない足が枷になっている。
「ロボ! 俺の足を」
俺が頼むよりも先に、アルトは動く。
手負いのロボは、それでも俺の指示に従おうとするが。
「……ったぁ! 蒼炎!」
俺はその判断が、アルトの思惑通りだと感づく。
ロボとアルト両方を引き剥がすために、蒼炎を発動する。
だがその瞬間に、ロボと俺が距離を取った一瞬を狙われる。
手負いのロボは、アルトとの殺陣に耐えられない。
「が……あっ!」
「ロボ!」
「ガブリ!」
ロボは一撃二撃を避けても、三撃目で腹に蹴りをもらってしまう。
俺とフランはすぐに援護しようとするが、間に合わなかった。
アルトによって、ロボの体が壁に吸い込まれていく。それまで必死の抵抗をしていたが、ほとんど意味を成さない。
ラミィが吸い込まれた場所と同じところで、ロボは飲まれていく。
「これで、君たちは俺に攻撃できなくなった」
アルトは、俺ではなくフランに目標を定める。
「妥当すぎんだよ!」
俺は蒼炎をアルトに向かって浴びせる。こいつも事象干渉がある。長時間は受けられないはずだ。
「最善が最速をかまってくれる」
「俺にむかってぇ!」
長時間受ける事を避けるために、アルトは攻撃に転じる。
俺が蒼炎を撒いた事で、視野が狭まった。攻撃の気配が来ているのに、俺の動きが鈍い。
「うっ……おおおおおおおお!」
俺はせめて頭だけでもと、左手を前に掲げてアルトに立ち向かう。
アルトは予定通り、その左手を龍柱で打ちつける。
計三本。両足と左手、右手の無い俺からしてみれば、五体をほぼ封印されたも同じだった。
「ったく、あと何本ですかね」
「……俺がそれを言って、君が信じるのか?」
「その通りだよ」
どちらにせよ、あと一本喰らえば終わりだ。今俺が動かせるのは頭だけ。龍の髪があるおかげで移動は出来ないわけじゃない。空間を歪ませることも可能だ。目が使えれば、氷だって作れる。蒼炎だってまだ放てる。
でも、ここまで負けた。あと一撃まで、迫られた。
圧倒的だった。アルトは英雄として、その名の通りの強さだった。
「……アオ」
フランが、俺の元に近寄ってくる。でも、前には立たない。
俺の、隣に。
「君たちには感嘆する。尊敬に値する素晴らしい人間だ。だが残念だが、君たちの思いは届かない。これから世界は在り様を変え、俺たちの理想の時代が始まる」
アルトは、これが俺への止めと考えているだろう。最後の二刀を持ち出す。効力は俺にもわからない。
「始まり? いいや、アルトはここで終るんだよ」
ラミィもロボも身動きを封じられ、フランの攻撃は届かない。俺の体も、ほぼ死んだようなもんだ。
今の俺たちに戦う術はほとんど残されていない。それなのに、万全でもかなわなかったアルトが、目の前に立ちふさがる。
でも口は動く。
術はほとんど残されていない。ならその限られた自分に出来ることを考え、誰もが最善を尽くす。
「負けない……」
フランは、少なくてもそうしている。
「負けたくない!」
「いいこと言うよ、ほんと」
いつだってそうだ。
俺が本当に駄目だと思っても、死ぬって諦めかけた時も、フランがいた。
フランがいたから、俺はいつだって首の皮一枚繋がった。
「いてくれて、助かった」
「アオが、いるから。いつだって、アオがいたから! 助けてくれたから!」
「いいな……二人とも」
アルトの身体は、物言わぬジャンヌの義眼、マント、かつて英雄の肉体だった剣がある。
俺たちには、俺たちがいる。




