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第百八十四話「せんめつ はずれ」


 冥の戦艦に入って以来、最多ともいえるモンスターの群れと対面する。

 直系十三メートルある冥の戦艦の丸い通路を、壁や天井まで埋め尽くしていた。ここは重力の力場も通常とは違う。

 入っているとわかるが、自分が手や両足をついている場所に引力が発生する。だから、壁伝いに歩いても全く重力の抵抗が無いのだ。どこを歩いていても平面に出くわし、それが距離や上下感覚を狂わせている。


「コンボ! 火、光!」


 フランがなぎ払いをかねてレーザーを放つ。チャージも含めて極太の熱線がどんどんと敵を焼き払っていくが。


「駄目!」


 いくら焼き払っても、開いた穴を埋めるようにワラワラとモンスターが群がっていく。それだけこの空間にモンスターが密集しているのだ。

 ただ、数を減らして隙間を作った。


「シルフィード! ブランク!」


 ラミィが壁伝いに真横へ走った後、俺たちに向かって落ちるように飛び込んでくる。

 そして巻き起こった風は、モンスター達の隙間を縫って流れていく。

 すると不思議と、その風を浴びたモンスターの動きが緩慢になる。俺たちだけは、台風の目にいたように影響下から逃れた。


「好機!」


 ロボが両手を構えて、なぎ払う。傍から見れば空振りだが、ロボの地の魔力が空間を揺るがして彼等モンスターの間を空ける。


「コンボ! 火、水!」

「そして空っ!」


 そしてフランの魔法はラミィと合わさって、巨大な円盤が風を巻き込む乗り物に変わる。火水二つの空中ユニットが熱風を起こして、空の魔法で俺たち四人を空中に持ち上げた。

 これで風のハープよりも遥かに速い空中移動を行うことが出来る。


「俺もだ! 土!」


 そして、俺自身が攻撃のための魔法に専念できる。

 移動する間、土の杭でがりがりと床を擦る。

 魔力が伝わったことにより、冥の戦艦の壁から黒い触手が表れた。ずっと着けているわけではないので制御不能だが、際限なく膨大になる触手は後続を足止めするのに十分役立った。


「ったぁサボれよ!」


 だが、これは背後三百六十度全てを補修できるわけではない。これだけ広い、しかも天井を歩ける通路では足止めとも言いがたくなる。


「きゃ!」


 フランが小さな悲鳴を上げる。

 見るとブットブが風の影響外から吹っ飛ばしてきたのがわかった。


「……っ」


 ラミィがすかさずフランの前に出る。ラミィの細い指が、ブットブとの間を撫でた。

 すると、空中なのにブットブが滑る。受け流しだ。


「すーっ」


 ラミィは呼吸を整えつつ、まだ来るであろうブットブの処理に追われる。

 そうすれば、俺たち全員で火水の高速移動は不可能になる。


「風!」


 俺は少しでも持続させるために風のハープを奏でる。ラミィが残した風を持続するためだ。

 しかしそれをすれば、防いでいた背後の敵が津波のように押し寄せる。


「散れぇえええええ!」


 ロボがそれのフォローに回った。

 だがその影響で、目の前にいる敵を対応できなくなる。


「コンボ! 火、光!」


 そして結局は高速移動を解かなければいけない。こっからはごり押しだ。


「初期ブーストなんてこんなもんだよな! 水!」

「アオ殿!」

「ロボは前いけ前!」

「水流!」


 ロボの方が敵を吹き飛ばす分殲滅能力は高い。俺たちの場合だと凍った死体が一定時間邪魔をしてしまう。

 迫り来る敵を払いのけながら扉へと真っ直ぐ向かっていく。もちろん、進むスピードは歩くよりもずっと遅い。


「ジリ貧……だな!」


 切っても切ってもきりが無い。俺は何体目かもわからないコウカサスを切り伏せて、その背後からミズモグが迫ってくるのを確認する。


「数が多すぎる!」


 いくら俺たちが一騎当千の実力を持っていても、一瞬で千を倒せるわけじゃない。俺以外は体力にだって限りがある。


「アオくんっ!」

「っ、風!」


 ラミィが僅かな隙を縫って、俺にアンコモン、グルングルのカードを示した。

 俺はそれに合わせて、風のハープに持ち変える。もちろん敵の殲滅は出来なくなった。


「グルングル!」

「モスキィー!」


 ラミィが唱えて、それにフランが重ねる。

 フランの火水も合わさり、モスキィーは噴火の威力でこの辺り一体を巻き込んだ。

 ロボは俺たちだけを守るバリアーを張り、辺りにいるモンスターだけを一掃する。

 俺は締めに、風のハープで全員に触れ、扉にまで吹き飛ばす。容赦はしなかった。


「シルフィード、クッション!」


 ラミィの空の魔法が、扉の前で仲間が姿勢を崩さないように調整してくれる。


「お尻触ったっ!」

「気のせいだ!」


 俺だけは間に合わない。だから飛んだ。


「コンボ! ブットブ! ブットブ!」


 フランのアンコモンが、飛んだ俺の身体を捉えた。俺はそのブットブの跳躍で引き寄せられるようにフランたちの元に追いついた。


「よし、扉!」

「うん!」

「お待ちください!」


 勘のいいロボが、いち早く何かに気づいた。

 俺たちもそれに一瞬遅れて、攻撃の気配を受ける。


 咄嗟のことで、皆扉から散開する。

 扉には、突撃してきたモンスターが鉤爪で張り付いていた。赤い半透明の、巨大な鳥型のモンスターだった。


「な、なんだこいつ、初めてみ――」

「パアット! あれパアット! 図鑑で見た!」


 フランが慌てた様子で、パアットを指差した。

 パアット。たしかどんな傷だろうと再生してしまう、入手難易度が最高格のモンスターだ。


「だから、どうし」

『引け!』


 俺は風のハープを解除して水を出そうとしたが、断念してすぐさまハープを弾いた。

 ホムラが引けってアドバイスをする。つまりはそれだけのものって事だ。


 パアットは俺のすぐ横を高速で通り過ぎる。ハープでギリギリ反らせた感じだ。

 そして、パアットの通った先には、何もかもが溶けてなくなっていた。


「な、なんだ」

「パアットはとても速くて! 触れただけでも身体を溶かされるの! しかもあれはアオと一緒の過剰回復!」


 フランが、要点だけを慌てて叫ぶ。


「大体わかった……つまりやばい!」


 俺は当然の事を口にして、パアットがこちらに向かって空中でターンをしていることに気づく。

 攻撃の気配は、もう読める。


「水!」


 俺は氷の剣を選択して、すれ違いざまにかすらせた。手ごたえはあった。


「どう……でもないな!」


 パアットはまるで平気だった。どこをかすったのかもわからない、どこにも氷の痕が見えなかった。

 外したんじゃない。たぶん、再生能力がそれ以上なんだ。


「そんでこれかよ……」


 俺は自分の親指が、若干だが腐っているのを自覚する。パアットに近づいただけで、こうなったのだ。


「アオくんっ!」

「アオ殿!」

「近づくな! 俺が何とかする! タゲは俺が取る!」


 この分だと、ロボの攻撃も通らないだろう。氷をはじけるのなんて、それこそ特殊な敵か事象干渉くらいしかないだろうし。


 そして俺だけは、他の三人と違って腐ってもまだ戦える。

 扉をくぐれば最後だ。なら火を使えば全身は破砕した後で元に戻れる。保険がある。


『ゆめゆめ、大切にの』

「わかってる」


 ホムラに念を押される。もちろん、魔法を唱える前に死んだらどうなるかわからない。自動でなるかもしれないし、そのまま死ぬかもしれない。


「フランたちは三人でなんとかしろ! 合図もそっちに合わせる!」

「わかった! アオ!」

「おう」

「死なないで!」

「おう!」


 俺は振り向く暇もなく、パアットを睨み付ける作業に戻った。

 パアットがでたところで、敵の軍勢は少しも痛手じゃない。一人減った状態で、戦線を維持しつつ、しかも扉を開ける作業まで残っている。

 やることは多い。だかわかったのなら、任せるしかない。


「こいよ透け鳥が!」


 俺がこいつを倒せれば万々歳だ。アンコモンパアットは強い回復能力だってあるんだ。


「風!」


 俺が選択するのは風だ。ついでに襲い掛かってきたコウカサスに触れて、パアットに投げ飛ばす。

 パアットはこちらに向かってくる。コウカサスと衝突するも、まるで威力を落とさなかった。


「うぉおっ!」


 一方的だ。

 まさかここに来て、俺でも苦戦するモンスターが現われるとは思わなかった。


「ほんと、この異世界は広いな!」


 三大国家をめぐって、全国を旅した気になっていたが、全然だな。

 こんな緊張状況にあっても、俺の中の士気は上昇しつつあった。たぶん、龍の影響だろう。


「っおおおおっ! 伐手!」


 ロボたちの戦う声が、こちらにも届くようになる。聴力が上がってきた。

 もちろん、悠長にしてはいられない。


「フランちゃんっ! 魔法を」

「駄目! 押し込まれる!」

「やっぱりあっちはうおっ!」


 俺がちょっとでも目を反らすと、パアットはその隙をついてくる。やっぱりそれなりに賢いようだ。

 パアットは一度自らの羽で全身を包み込んでから、大きく翼を開く。すると、翼から羽が落ちるように、分離した赤いグミが空中に現れる。


「おいおいおいおい!」

「パァアアアアアアアアアッ!」


 鳥らしい、甲高い叫び声を上げた。たぶん俺を面倒な敵と判断したのだろう。

 赤いグミの破片が、俺に向かって降り注ぐ。


「お前みたいなのがいたら、人類全滅だろうが!」


 俺は風のハープを弾く。初撃は全部反らした。

 だがもちろん、相手も想定済みだ。

 あれは弾道を読むためのようなものだ。パアットはその体に見合わぬ質量になるほどグミを増やして、空中を真っ赤に染めていく。

 そして目標は、フランたちのいる方向!


「最低野郎が!」


 パアットが、グミ全てを放った。

 連続した津波は、一度や二度のハープじゃ反らしきれない。


 俺は、集束の曲を選択する。曲によって、分散していたグミをすべてこちらにまで引き寄せた。


「う……ぉおおおおおおおおおっ!」


 そして、こちらの体に当たるギリギリのところで、その起動を反らす。

 ラミィがジャンヌのりん粉にやった奴と同じだ。あっちみたいに一度受けられないし、ぎりぎりのタイミングになるが。


「なんとか」

『なっておらぬな』


 体の右半身が、急に重たくなる。

 触れたわけじゃない、そうじゃないが。


「かすった」


 俺は余計なことと思いつつ、自分の右側を目にする。

 体が枯れ木のようにしおれていた。ふとももなんてとくに酷い、長年病院で眠っていた老人のように痩せこけていた。


 風のハープでまだ動くことは出来る。でも、これ以上は。


「……フランちゃんっ! まだ!」

「ま……だ!」

「わ、ワタシが壁になります!」

「駄目だよっ! この勢いじゃいくらでも押し切られるっ!」


 三人はまだ、準備もまともに出来ていない。当然だろう。四人で移動が精一杯だったのに、三人なら現状維持すら危ういのだ。


「パァアアアアアアッ!」

「ぱあぱあうっせえんだよ……成仏したいなら勝手に……」


 パアットの叫びに、俺は対抗心を燃やして睨みつけた。

 だがその視線は俺の心情を代弁するようにぶれ、別のものを目に入れる。


「うっそだろ……もう、二体」


 今までいたパアットの他に、二体の別固体のパアットが現れたのだ。


「むり、むりむり!」


 俺はおもわず大声で弱音を叫んでしまう。実力とか頑張るでどうこうできるレベルを超えている。


「きゃ!」

「フランちゃんっ!」

「退けぇえええ!」


 三人も、戦線の維持が困難になっていた。体力は無限じゃないし、1度のミスが命取りになる。


「っちっくしょおおおおおおおっ! 纏え蒼炎! 昇火!」


 俺は限られた選択肢の、切り札を使ってしまう。

 全身が蒼い炎に包まれて、俺の身体は蒼炎の中からでてきた時には、服装も体つきも別人のように変わっていた。


「……」


 俺は三体のパアットを睨みつけ、自分の髪をつねって弾く。

 パアットは倒せるものじゃないが、蒼炎は事象干渉が出来る。パアットの進行そのものを阻害するだけの炎を巻き起こした。

 制御を放棄して、更に炎を舞い上がらせる。

 フランの周りにいたモンスターもあらかた削除する。フランたちが至近距離のモンスターを倒せば、モンスターは納まる。


「あ、アオ!」

「早く! 空いている内にだ!」


 俺はフランたちのもとにまで戻ってきた。たぶん熱に強いやつ、シャクトラなんかはちょっとずつこちらに近づいてくる。

 フランも俺の慌てる理由を理解している。大きく頷いて、火水の魔法を解除する。


「うん! ラミィ!」

「はいっ!」

「火、光!」


 ラミィの風が、フランの極太レーザーを集束される。線ほどに細くなったフランの最強魔法は、そうやってやっと扉に穴を開けることに成功していた。


「ラミィ殿! その先を! 囲いを!」

「う……んっ!」


 ラミィは苦痛に表情を歪める。集束した風は、ラミィの左腕から発生しているのだから当たり前だ。

 その状態から更に、ラミィは手を動かす。人一人分が通れるほどの穴を、扉に入口を作るためだ。

 ロボはその後を追うようにバリアを形成する。すぐ再生してしまう扉の壁を押さえつけるためだ。


「ひ、開いた! アオ!」

「いくぞ!」


 フランが指示を出す。他の二人は喋っている暇も無いだろう。

 もしフランだけを下手にちょっとでも動かせば、制御しているラミィがレーザーを見失って消し炭になる。

 ロボだって、全身系を尖らせて扉を押さえている。これ以上の行動は期待できない。


 だから俺だけ、俺が全員の敵を抑えつつ、


「入口まで吹っ飛ばす!」

「解除!」


 フランのレーザー攻撃をやめたその一瞬を狙って、全員同時に扉の奥にまで空間移動させる。

 強引な手だ。


 だが、パアットがいなかったところで、この姿にならなかったら、相当な時間がかかったはずだ。


『産むが易し』


 結果オーライだろう。

 俺たちは扉の中へと入り込んで、目の前で再生というよりもホログラムのように一瞬にして蘇った扉が、向こう側を見えないものにした。


「ぜ、全員いるな」

「いる」

「へとへとっ……」

「健、在!」


 俺以外の三人は、すでに息も絶え絶えのようだ。元々成功率がいいほうではなかったが、やはり変身しておいて正解だった……と思いたい。

 扉の先は、何とかモンスターがいなかった。扉なんてものがあるんだし、仕切りになっている可能性は高かった。とにかく、万が一にいなくてよかった。


「アオくんっ、その姿」

「大丈夫だよ、まだ時間がある。それよりも……」


 俺はその扉の奥にあった部屋を眺める。

 そう、部屋だ。とはいえギルドにあった闘技場のようにかなり広い。しかも、今まで真っ黒だった冥の戦艦らしくない、壁全体にゴチャゴチャとした装飾が施されている。ゴチャゴチャという表現をしているのは、本当にものが敷き詰められていて、何がなんだかわからないからだ。


「当たりだったな」

「残念だが外れだよ、アオ」


 そして、その部屋の中心には、まるで待ちかねていたように、アルトがいた。

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