第百八十三話「はんめん かくしん」
「……八時間経過か、どこまできたんだこれ」
冥の戦艦は予想以上に広く感じる。進行スピードが遅いのだからすぐに目的地に向かえるわけではないが、焦りが募る。
冥の戦艦は通路が全て同じ黒で統一されていた。ただその壁は真っ黒というよりも、うねりの混ざった不気味さのある黒だ。たとえるなら、絵の具を混ぜすぎて脂の光沢うかぶ、黒くなったバケツのよう。
直系十三メートルの円状の通路には、この戦艦特有の地形効果まで存在する。
「アオ……たぶんもうちょっと」
フランが、地図を眺めながら、この場所を把握している。
通路は広いが、モンスターの気配はなかった。囮や敵のいないと予想された地点を計算して、休憩を取らないとやっていけない。
幾つか予定されていた休憩地点はあったが、そのうちの半分も休める場所はなかった。どこもモンスターで埋め尽くされて、むしろ戦闘に割りを食った形だ。
数少ない休憩の出来る場所で、俺たちは体力の回復に専念していた。
「アオくんっ、ツバツケ」
「フランにもやってくれ」
「順番っ!」
魔法を連続使用できるフランとラミィが、交互にツバツケで体力を回復させてくれている。そのためにツバツケを持てる限りの数だけ収容した。
「ツバツケ……せめて、お母さんと連絡が取れれば……」
冥の戦艦内部は、通信不可能だった。予想していたことだ、おそらく冥の精霊の肉体が魔法を妨害しているのだろう。
「状況を整理するぞ、一応まだこの場所かどこかはわかるんだよな?」
「うん、たぶん。通りの途中で道が変わってたりしたから、そこまで確証ない」
「その地図のままなら、だよな?」
「もう、そろそろ、たぶんあと一時間もしないうちに、中心部に到着する。この地図が正確なら、もう到着しているはずだけど」
フランは確実性が無いためか、はっきりと断言しない。
でもこの状況で、この地図以外頼れるものが無いのも確かだ。
「もしかしたら、間違ってるかも」
「大丈夫だよ、近づいてもらわないと困る」
だから強がりかもしれないが、順調だと思うしかない。
「戻りました、どうやらまだこの先にモンスターがひしめいているようです」
ロボが偵察から戻ってきた。一人先行して、モンスターがどれだけいるか、どれくらいの時間休めるかを見てもらった。
「こいロボ」
「し、しかし」
「いいから、土」
俺は土の盾を取り出して、杭をロボに当てる。
「これで、ロボが最後」
土の盾の完全回復は、これで全員に使ってしまった。この戦闘で俺以外に盾の回復能力の発動は不可能だ。
「……ふぅ」
「アオくん大丈夫?」
「ああ、俺は平気だ。それよりも」
俺は龍と体の兼ね合いか、そこまで体力が減っている感じはしない。もちろん疲労自体はあるが、他の三人に比べればいい方だ。
フランとラミィに杭を使ったのは結構前だ。中間地点に行く前だったと思う。そう考えると、二人は相当無理をしている。
この迷路の先は長くないと思いたい。
「アオ殿、先程モンスターの大群と申しましたが、その先に珍妙な建造物を目の当たりにしました」
「珍妙?」
「この冥の戦艦にて、初に目撃した扉です。行き止まりかと思われた通路に装飾がありました。とても、巨大なものです」
このダンジョンじみた場所に、今まで扉はなかった。たぶんモンスターがひしめいているし、機能しないのだろう。
ここだって、別働隊の囮がモンスターを密集させているからで、単体なら戦闘は避けられなかったはずだ。
「扉がある……やっぱり、何か意味があるんだろうな」
「……人が使う」
フランがぼそりと、明確な答えを述べてくれる。地図を集中して眺めている姿は、不謹慎だが俺の好きな表情だった。
「人が使う……ここにいる人なんてそう多くないよな。そんで、モンスターがひしめき合っている中壊れていないとなると」
「抜擢しますと、もしや人の住む居住区である可能性も!」
「ここ以上に、しっかり休める場所があるかもしれない。扉の中を進入できないんだろうし」
「罠かもしれない」
「まあ、回りくどいがその可能性もある」
ここまでやっておいてその罠はちょっと限定的すぎる気もするが、油断してはいけないという心構えだろう。
ラミィは疲れからか、珍しく黙り込んで、俺たちの声を静観していた。
「……ラミィ?」
ただ俺はその表情に、なにか気づいたことがあるのではないかと感じる。
「人を、呼んでる……んじゃないのかなっ」
「人って誰……俺たちか」
モンスターが開けないのなら、その可能性は大いにありえる。
罠ではなく、招待。
タスクたちは強者に敬意を払う事を常々言葉にしていた。その信念通りなら、ここまで到達した人間は招待するに値するだろう。
「ルート選択が」
俺たちはこれから先へ進むことに対して、二つの選択肢が産まれたわけになる。
ひとつは、このままフランが分析したルートを辿り続けて、予定通り目的地にたどり着くこと。
もうひとつは、その扉目指して突き進む。もしかしたら、あそここそ本拠地の可能性だってある。
「アオ……」
フランも気づいたようだ。先程から自分の持ってきた地図が役に立たず、道中の不安を募らせたフランにはすぐ思いついたことだろう。
「私は反対かなっ。フランちゃんを信じたいし」
「予定を崩して盤面が良き方向へ逸ることはありえません」
「……」
ロボとラミィは、フランを信じるべきだという。
確かにその通りだ。結果としてここで作戦会議が取れるのも、フランがここまでのルートを指定し、休憩所を探し当ててくれたおかげだ。そして、それが意味することは、他の連中も作戦のために命をかけているということ。
この選択は正しい、理屈から、感情も加えれば。
「フラン」
「……わたしは、アオが決めれば――」
「フランが決めろ」
みんなの頑張りをふいにしたくない、そのとおりだし、作戦外に動くことは悪いことがほとんどで、当然の結論だ。
でも、それを判断するべきなのは、フランだ。
「フランはどっちにするべきだと思う。俺にはすでにここがどこなのかもわからん。道案内も、先導してきたのもフランだ。誰かだとか、俺たちじゃない。この作戦が成功するのなら、どっちに進む方が得策だか一番知っているはずだ」
俺たちが、その結論を押し付けてはいけない。
フランが、冷静に判断できなくなる。俺たちの意見に押されて、選択肢を狭める。
ロボもラミィも、静かになる。俺の考えているところがわかったのだろう。
ただここで、フランがプレッシャーに負ける可能性もあった。
「決まらないのなら、俺たちも意見を言う」
「いい、決めた」
その心配は杞憂だった。フランは凛とした表情を取り戻し、疲弊していた頭脳をフル回転させる。
「扉に」
フランの出した意見は、俺たちが最初に考えていたのと間逆のものだった。
あの罠みたいな方を率先して選んだ。もちろん、この一言だけで納得は出来ない。
「根拠は?」
「予定通りにたどり着いて五時間。どんなにモンスターが増えてももう着いている頃合だった。それが駄目だった。地図は途中まで正しかった。考えられる原因は、構造を変化させられるということ」
「構造が変化するのは、確か予想されていたんだよな?」
「そう。元あったマジェスのデータとの相違点は多くて、このあたりの予想はついていた。わたしは、元あった地図よりもこの構造変化の予測されたアルゴリズムにそって動いてた」
「ああ、確か途中でいってたな」
ほとんど話し合う時間がなかったこともあり、あまり詳しくは言及しなかったが、フランが報告したのは覚えている。
「でも、作戦通りでもあるんだろ?」
「予想されている範囲内の事態だった。敵が、わたしたちの動きに合わせて構造を変えていることも」
「ん、俺たちの動き?」
「タスクは、わたしたちがこの建物のどこを進むのかを把握して、構造を変えていた。わたしはそれがわかってすぐに、タスクが進んでほしくないと思える通路を選ぶようにして、ここまできた。時間がこれだけ長引いたのも、その駆け引きにわたしが負けることがあったから」
「……」
俺は驚いて何もいえなかった。
フランはこの緊張状態の中、敵と盤面の見えないチェスをしていたのだ。
タスクはあらかじめ裏をかいた構造でこの冥の戦艦を組み変えた。そのまた裏を書くことで、ここまでたどり着いた。
「ごめんなさい、わたしばっかりが独断で道を進めて」
「いや、最初からそう決めてたんだ。文句はない」
「うんっ」
「仰せのままに」
「ありがとう。そしてわたしは、ここに休憩場所がある事で確信がいった。他にも、わたしと同じ考えで敵の裏をかいて、ここまでやってきてくれた人がいる。今の地図が間違っていて、わたしの頭の中が、正解だって」
フランは、この今いる場所をしっかりと踏みしめて、見えない味方に礼をとる。
つまり、この盤面が正しいと、そういってくれる仲間がいたということになるからだ。
「そして、ここから先、扉がある」
「フランの頭の中じゃ、そこが?」
「そこが、終着地点」
フランははっきりと、そこが最終目標だと告げた。
俺たちは、まだ早いと思いつつも、心の中が高揚するのを隠せなかった。
「じゃあ、これから必要なのは」
「あの扉に向かうことと、開閉の手段ですね。あれだけ巨大な扉です、手段も限られましょう」
これまで、冥の戦艦の壁に攻撃する機会はかなりあった。それができれば壁を壊して先に向かえばいいわけだし。
出来ない理由は幾つかある。たとえば、予想以上に壁が頑丈に出来てるからだ。
かろうじて、フランの火光のコンボを使えば穴を開けることができる。でも出力を弱めればすぐにでも壁を閉じようとする機能が働く。
たぶん、レーザーのすぐ後に駆け抜けても間に合うとは限らないくらいに、再生能力は高い。有効と思われる場所は、どこもモンスターがひしめいていてそんな暇がなかった。
そう考えると、今度は今まで以上の大群を相手にしつつ、穴を開けて高速に移動しなければ行けない。かなりの難関だろう。
「たぶんドアも再生能力があるよな、その中を突っ切るには……」
「はい、私がやりますっ!」
ラミィが勢いよく手を上げて、にっこり笑う。
スピードを考えれば妥当か。
俺は一度全員を見回してから頷いて、作戦が固まったことを確認する。
「目標はあの扉の先! 休めるだけ休んだらすぐに行くぞ!」
「うん」
「おっけいっ!」
「了承!」
たぶんこれが最後の休憩だ。こっからは戦闘尽くしだ。話している暇なんて無いだろう。
もとより、話すことなんてほとんど終わらせた。




