第百八十二話「かがやき かざす」
『目標、牙船を捕捉。予定通りグルングルの大群がこちらに迫ってきています。衝撃に備えてください』
マジェス本国の地下水道の奥底、そこに緊急で設けられた待機室に俺たち四人はいた。
戦闘はすでに始まっている。モニターに移った外部の映像は、朝日を浴びる大量のモンスターで埋め尽くされていた。
「かりぃ」
俺は寒気を押さえようと身体を震わせてうめき声を上げる。
「アオくん、まだ始まってもないよっ」
「わかってるよ」
ラミィが心配そうに俺の肩を撫でる。ほんとラミィは度胸と言うか肝が据わっている。
ロボもフランも口には出さないが、俺を心配するほどだ。俺以外はこういうところ強い。
ひんやりとしたこの空間に、重い振動が響く。そこまで揺れなかったが、この内部にまでくるってことは相当な衝撃があったのだろう。
「いやさ、こういうなんかの中心にいるってのが慣れてないんだよ。ラミィとかロボは結構そういうのあっただろうから、そうでもないんだろうけど」
今回の作戦は、俺たちが一番のキーパーソンになっている。
心の片隅で、俺たちは敵を欺くための囮なんじゃないかと勘繰ってしまうほどだ。
「初めて見たかも……アオくんがこんな弱気なの」
「いや、そうでもないだろ」
「ワタシも初見です」
「絶対そうだよっ! いっっっっつも弱きなのに俺は強いんだぜ、みたいな感じの顔して減らず口叩くのがアオくんだもん」
「いや俺そんなこと言わない」
「似てる……」
「似てない!」
ラミィの変声ってすっごいむかつく。あれが俺の声とかマジでやめろ。奴隷紋章反応しろ。
俺の刺すような視線に、ラミィが笑いかける。
「大丈夫だよっ、そう言うのは私たちが一番知ってるからっ」
「アオ殿なら『所詮この程度だ。楽してやればいい』と謀るのが定石」
「似てる」
俺はロボの頭を無言でわしづかみにする。美女モードだろうと関係ない。
ロボはそれが逆に嬉しかったのか、俺の左手を抑えて手からはなれなくした。
振動が定期的に起こる。せっかく設置されたモニターも、壊滅的な戦力差を俺たちに見せ付けていた。
下手をすれば、冥の戦艦にたどり着く前に落ちるんじゃなかろうかと、不安になる。
『はいはいみなさ~ん、くっれないで~す! 月! 伝!』
『ルナだよ、ルナティック登場!』
そんな時だ、モニターの映像が切り替わって、戦場のただ中にカメラが写される。伝のサインレアを使った紅が、ポーズをとっていた。
『太陽サンサン朝日にこんにちは! きゃは! 今日は紅のライブにきてくれてみんなありがとうねー! 来てくれない皆もみてくれてありがとー!』
「無理矢理見せてる」
フランの指摘は尤もだが、それ以上にこの茶番の意図を俺は理解した。
サインレアを与えたのはたぶんベクター辺りだろう。あいつも戦場にはいないがマジェスを浮かばせる動力源として働いているのだろう。
「ここは、紅まかせか」
『紅を知らない皆さん、初めしてね! 私紅です! 今日はちょっとだけマジェスさんたちの力を借りて、この場でライブをさせてもらっています』
紅の歌なら、どれだけの軍勢が押し寄せようと跳ね除けることが出来る。もちろん見方側にも効力が及ぶから、倒すことが出来ないのもあるが、それでも時間稼ぎには十分だ。
『こんな不安な時になんだ~って人もいると思います! ライブの旅をしている間もそういうことが沢山ありました。でも、旅をして、歌を聴いている人がね、私の声を聞いて笑ってくれたことがあったんだ! だから私は、まだ未熟で、みんなを笑顔にできないかもしれないけれど、それでも一生懸命歌って、この不安を空の彼方へと投げちゃいたいと思います!』
『だからみんな笑ってルナルナ!』
『だから聞いてください! 私の応援歌!』
イントロが流れる。ポップ調なイントロが流れて、それに合わせて紅がダンスを始めた。
ルナはどこからか持ってきたギターっぽい楽器を手にもって、ノリノリに演奏を始める。
周りにはムッキー三体、紅をセンターにしてバックダンサーとして踊り始めた。
『からっぽな世界、歴史は今に始まった♪』
こんな時に、御気楽な紅の声が、戦場に響き渡る。
モンスター達はその歌声に撥ね退けられて、マジェスからくる振動や衝撃が止んだ。
『アイドルは、唯一人~のもの~♪』
画面に移る紅は、見ている俺たち全員に御気楽な笑顔を振りまいている。
これを見ている人間たちの中には、眉をひそめるものもいるだろう。たとえ戦力になるといっても、場違いと思う奴はいる。
でも、紅の想いが届く人間もいる。
「すげぇ……あれは俺には出来ない」
俺は正直な感想を呟いた。それほどまでに、紅は輝いている。
あのふざけた口調も、ポップなノリも、全て紅なりの一番いい在り方なのだ。誰かを元気にしたい、自分の笑顔を誰かに届けたい。この異世界で、誰よりも純粋に、アイドルとして生きている。
「中心にいるのがいやとか、どんだけひねくれてんだよ……」
俺は自分の情けなさに活を入れるように、胸を叩いて、
「ごほっ」
むせた。
マジェスに近づくモンスターがもたつき始めた。
『満員御礼だぁああ!』
ルナが叫ぶ。空を埋め尽くすモンスターに対してのコメントだろう。
紅の音楽空間は遠距離攻撃ですら演出に変えてしまう。だからたとえ歌声の届かない範囲からの攻撃だろうと関係ない。全てを踊らせてライブに変えてしまう。
逆を言えば、それしかできない。
動きの止まった敵を倒すことが出来ないのだ。
外にいる敵を全員防げるのは、歌っている間だけ。
『ONLY IDOL! 光る、ものとかざすもの!』
紅のライブはいつまで続けられるだろう。二時間ぶっ続けで歌い続けられるにしても、度々十分程度の休憩を入れるにしても、時間制限はある。
「休憩時間は地獄だろうな……」
「アオくんっ! もうちょっとでつくよ!」
マジェスは順調に進行を続けていた。紅に直接害を成していないとか、たぶん細かい効力を計算して何とか動かしているのだろう。
冥の戦艦からは熱線等の攻撃が飛んできた。グルングルを巻き込めないが、マジェスの本体には届いた。おそらく、ライブの爆発演出として処理されているのだろう。
モンスターの大群と熱線の飛び交う地獄絵図の中を、マジェスと紅は勇猛に進み続ける。
ライブの歌声が直接届かない範囲内では、今でも戦いは続いているだろう。被害は出続けている。
それでも俺たちは待つことが仕事だ。
「アオ、突撃するって。備えて」
フランが耳に手を当てて、リアスと通信を取っていた。
「備えてっていって……おぉおおおっ!」
ひときわ大きな衝撃が、俺たちのいた場所を揺さぶった。
「開放する。アオ、たぶんモンスターが来る!」
「水」
リアスとした作戦会議が正しければ、今マジェスは先端が冥の戦艦に突き刺さっている状態だろう。そして先端が開き、抉られた穴から俺たちは侵入する。
「コースは?」
「今計算してる。衝突位置が予定とずれたって」
俺たちは全員で待機室から立ち上がる。そこから先の廊下を渡れば、すぐに敵の戦艦内部に通じるだろう。
「アオ殿、先陣はワタシが」
「ああ、不意打ちだけは気をつけてくれ」
「キランっ!」
この場所は静かだ。少ない人数で機動力に頼った編成のおかげだろう。
だがすぐに、大きな鉄のきしむ音が聞こえた。マジェスの先端が開き、冥の戦艦を抉っている音だろう。
俺からしてみればその音は、地獄の門を開く番人が向こうで待ち構えているようにも思えた。
「なんだか、昔を思い出すよねっ」
「俺の昔はこんな物騒じゃない」
「違うよっ、みんなで、トーネルの下水道渡っときのことっ」
「ワタシも、昨日のことのように思い馳せます」
そういえば、あの時も下水道だったっけ。
イェーガーとかいたな、あいついまだとどれくらいの強さだろうか。たぶんラミィでも倒せるんだろうな。
「俺はあんまりいい思いでないなぁ」
「一緒にマカロン食べたの、覚えてる。またいこ」
「ああ、おっけ」
廊下を歩き、曲がり角に差し掛かる。リアスの言っていたとおりなら、この後すぐに冥の戦艦と繋がるはずだ。
俺たちはおそるおそる曲がり角の先を見つめて、
「アオ殿……」
「予定通りだよ……な?」
「一緒にガンバっ!」
戦艦の通路の色を変えるほどの大群が、すでに押し寄せてきていた。
俺たちはすぐさま構えて、戦闘態勢に入る。
「全員! 倒すのは後回し、とりあえず先に行くためのごり押しだ! ラミィ!」
「空っ!」
ラミィがサインレアを唱える。すると風がこの空間に吹きぬけた。そよ風のようなものが、ラミィを中心に渦巻いている。
「ロボさんっ!」
「承った!」
ロボが両手をクロスさせて、その両腕にラミィの作り出した風が渦巻いていく。その風を逃さぬよう、身長に構えを取った。
「突貫!」
ロボは目に見えない速さですり足をし、一気に前方数メートル先まで走りぬける。
ラミィの身体と風がそれに遅れて流れ、モンスター達が不思議とそれを避けていく。
「続くぞ!」
「うん!」
俺はその列が閉じる前に走りぬける。近づいてくるモンスターは適当に切り刻む。
「コンボ、火、水!」
フランは俺が御せ無かったモンスターに時間稼ぎの攻撃を繰り出す。
最前列にロボ、それをサポートするラミィ、前後を補うフラン、しんがりを務める俺の順番で、真っ直ぐと突撃していく。
下水道を抜けて、開けた場所に出る。おそらく冥の戦艦に乗り込んだはずだ。壁の色も灰色から真っ黒に変わっている。
俺たちが通った下水道のほかにも通路が繋がっているが、誰も出てこない。おそらくは進入してくるモンスターを分散させる役割程度のものだろう。
「ここから先は、四人だけだ! 締めて行くぞ!」
「うん!」
「大丈夫っ!」
「平常たる心持です!」
これだけのモンスターに囲まれても、この場にいる全員の士気は下がっていない。
俺たちはまるで海に道を作るような所業でこの場から前進する。
まだ始まったばかりだ。
ここでくじけるわけには行かない。
『次は新曲! みんなどんどん行っちゃうよ~!』
どこからか、伝によって届けられた紅の声が、俺には激励にも聞こえた。




