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第百八十話「かくご りかい」


「証」


 俺たちはこのマジェスで一ヶ月を過ごした場所に帰ってきていた。寝泊り専用の空間だが、あの騒動でも壊されなかったらしい。

 四人の居場所というわけでもないが、たぶん俺たちが一番落ち着ける場所だろうと、ここを選んだ。


 そんな時に、俺の証のサインレアが反応した。

 だから唱えて、こころの部屋へ訪れる。


「わぁっ、わぁっ!」


 ラミィが、はしゃぎまわっていた。俺のこころの部屋の中で。


「これがアオ殿の秘め内……とても暖かいです」

「それは外がああだから」


 ロボは精神体である影響か、美女モードでここにきている。


「……」

「どうしたフラン?」

「なんか、変。変な気分」


 フランは驚愕の視線で俺の部屋を眺めて、一番触っちゃ行けない本棚へ一直線へ向かう。

 だから止めた。


『すごいでしょ~』

「いや、できるならもっと早くにやってほしかったんだが」

『今までは無理だったよ』

「この肉体がわらわと主、二人の魔原を素にしておるからじゃよ、もとより精神でしかない主と、純正によりちかい龍の肉体を持っていたからこそ可能な自体ゆえ」

「ホムラさんっ!」


 ホムラも当然のようにこの場所にいた。

 ラミィがなぜかひょこひょこ近づいて握手を交わしている。


「なんじゃ」

「だって、今までほとんどお話できなかったからっ! 一度お礼が言いたくてっ!」


 ホムラもラミィのこのテンションには慣れっこのようだ。俺と意識共有しているからしゃあない。


「はて、主に蔑まれる云われはあれど、褒めることなどなかろう」

「いえっ、たくさんありますっ! たとえばアオくんに身体を明け渡してくれたこととか、魂の精霊から救ってくれたこととか、それからも力を貸してくれることとか」

「わらわがアオの意識を食い荒らすことは、考えぬのか?」

「ホムラさんがいたから今のアオくんがいるっ! だからホムラちゃんは気にしなくてもいいのっ! アオくんのことが好きなの知ってるんだからっ」

「ちゃんづけはやめてたもう」


 ホムラがラミィに対して優しく微笑んだ。自分勝手な姫君というよりも、母親のような優しい顔だ。

 たまにあういう顔ができるから油断ならない。それはラミィも一緒だけど。


「ホムラ殿、此度は礼も取れず申し訳ありません」

「よい。もとよりこの場所はわらわだけのものではなきに、故にアオから離れよ」

「離れられません」


 ロボは美女モードになるとやけに引っ付く。熱いというほどでもないが、気分的にうれしくも暑苦しい。

 そして、フランはその俺とロボの背後に隠れていた。


「……」

「ほほぅ」

「ふ、フランちゃん」

「よきに、もとよりその反応が普通」


 フランだけは、ホムラを警戒の眼差しで、敵のように睨んでいた。

 ホムラはそれがうれしかったようで、いつもの微笑を浮かべていた。まあここじゃ殺せはしないだろうし安心だろう。


「やんごとなきはつまらぬ。やはりこうでなくてはの」

「……アオを」

「無理じゃ。わらわは愛するもののために身を引くほど弁えてはおらぬ」

『喧嘩はよくない。あとホムラちゃんはこの世界の住人だから出ようもないよ』

「ちゃんはよせ」


 ホムラは余裕があるな。挑発には乗るし過激派だけど、いつもこんな感じだった。炎なのに静かというか蒼いというか。

 対するフランは歯を見せて威嚇している。これはこれで可愛いのだけど、頭は冷えていない気がする。


「主にはないものゆえ、ゆめゆめ逃すでないぞ」


 ホムラが微笑みながら俺に忠告してくれた。

 誰かのために本気で怒れる。俺だってブチ切れることはあるけれど、結局は冷淡なままだからなぁ。


「さて、ここに呼ぶまでもなきにではあるが、どうせならと主ら全員を呼んだわけかて」

「どうしてだよ」

「仮にも愛しきものを奪い去るわらわが、敗者どもの意見を聞いてやろうということじゃ」

「コンボ! 火、光!」


 フランが呪文を唱えた。もちろんこの場所にカードはない。意識が俺の中に入っているだけだから。

 そういえば姿はわかるけど、服ってどうやって視覚化されてるんだろ。もしかしたら俺の場所だし裸に出来たりしないものか。


「勇み多く、わらわに立ち向かうのであれば相応の報いを」

「つっても何も出来ないだろ」

「そうかの?」

「っ! こない……!」

「よきかな」


 ホムラは一瞬で距離を詰めて、フランの眼前に立ちはだかった。フランの顎を掴んで、顔を近づける。

 フランはそれを嫌がってそっぽを向こうとするが、ホムラの腕力で無理矢理目を合わせられる。少女漫画とかで悪者イケメンがする奴だよなあれ。


「そうじゃ、その瞳、千年前にもわらわに向けられた覚えのある」

「くっ……べー! べー!」

「わらわを打ち破ったあの二人に似ておる。愛おしきに」

「まて、まてまて」


 そこでやっと俺は、二人を引き剥がす事をした。このままだと本当にキスまで行きそうだ。


「それだけはやめろ」

「おろ、どちらを妬いての事かえ?」

「と、とりあえずホムラさん何してるのっ!」


 ラミィも動く。顔を真っ赤にしているが、そんなうぶでもないだろうに。予想外の色気に動揺した感じか。


「……」


 ロボは完全に硬直している。それなのに俺の体から離れないのは意地だろう。


「アオ殿」

「やめろ」

『まあ、もしかしたらこれが最後かもって事だね。ホムラちゃんはそん時に諸々よろしくってことだよ』

「わらわとアオの愛の結晶を、優しくしてたもう」

「愛の結晶っ!」


 ラミィやホムラがそれとなく明るい雰囲気にしているが、ようは最後の挨拶と言うわけだ。完全に死ぬと決まったわけじゃないが、可能性は高い以上何もせず後悔しないほうがいい。そう思ったのだろう。


 そして、ホムラはたぶん俺に気も使ったのだ。


「アオ、主は思うところあるかえ?」

「……今更、俺は三人とはちゃんと話し合ったし、言うべきことは伝えた。だいたい、そんな最後だからってそんな程度の関係じゃ……」


 俺は目を強く瞑って、もどかしさのあまり自分の肩を掴む。


「ごめん、俺は格好つけられない。たぶん死ぬときになったらぐちぐち言うと思う。未練が無いなんて無理だ」

「受け入れ安きは御し難し、ですね」

「つっても、俺は話すことなんてパッと思いつかない。ホムラにはありがたいが、どうすりゃいいんだ」

「何をする必要もありゃせん。もとより、主のために行ったにあらず」


 ホムラは俺に近づき、その場所にそのまま腰を下ろした。


「一緒にいてたもう」

「……ホムラはあっち」


 そのホムラと俺の間にフランが割り入ってくる。そして、いつ持ってきたのか部屋にあった座布団を四つ置いた。


「アオはここ!」

「はい」


 フランの右側に俺の居場所をあてがわれる。


「私ここっ!」

「うぉ」


 ラミィは俺の背中に寄りかかった。背中合わ背で表情は見えないが、体温が伝わってくる。


「アオ殿!」


 ロボは正面から抱きついて、俺を抱き上げる。


「足痛いだろそれ」

「この空間でしたら痛みもありません! 現実なら力を使います!」


 俺はロボの膝の上に乗った形になる。正面だと繋がってるみたいになるな。


「仕方なき、わらわは反対にしてたもう」

「せまい!」


 俺を中心として、四人が四方に固まる形になった。


『ダイノタンカー』

「うがあああっ!」

「ひゃぁ!」


 俺はその全員を払いのけて、立ち上がる。


「こんなの恥ずかしいに決まってる」

「よいではありませんか!」

「じゃかましい、俺が屁をこいたらどうする!」

「あ! アオくんってそういう雰囲気の時ばっかりするんだよねっ! 幻滅だよっ!」


 ラミィがいつだったか昔の事を掘り起こす。もう俺は忘れた。


「アオ殿」

「なんだ……」

「いつだったか、ラミィ殿が永遠など無いといっていたのを覚えていますか? それはワタシたちにとっても同じことです」

「だからこの時間にも意味があると?」

「たとえアオ殿がこの戦いで生き延びようとも、ワタシがいる保障はどこにも無いのですから……」

「え」


 フランが、意外な声を上げる。

 俺もいきなりの事で、どういう意味なのか、どう反応すべきかわからず黙ってしまう。

 ホムラは何か感づいているのか、表情をかえずしたり顔だ。


「ロボさん、どういうことっ?」

「ワタシが、此度の戦いで心音を鎮めてしまった事を覚えていますね」

「あ、ああ、カエン戦だな。心臓が止まって……」


 思い出したら変な汗がでた。

 ロボは今こそ奇跡みたいな状態で元通りだが。本来心臓を止めた人間が蘇生したところで、ここまで通常であるのはありえないんだ。

 カエンだって言ってた。人間じゃないから、こうなったのかって。


「この畜生の肉体がアオ殿の命に代えられたのでしたら、ワタシは今を誇りに思います。しかし、その代償と言いましょうか、死との知己をすることになりました」

「どういうことだよ」

「元より、ワタシという存在そのものが、生命の理から外れていたのです。マリアを生き返らせようとしたジャンヌの無理にも、限度がありました」


 ロボが自らの胸に手を当てて目を瞑る。すると不思議な光がロボの身体を包んだ。


「う……そ……うそ!」


 フランはその光を見て驚愕の声を上げる。見覚えがあるのだろう。

 俺も見覚えがある。


「師匠の……病気」

「似て非なるものです。が、症状はほぼ変らないでしょう。ワタシの身体は人並みの時間も与えられてはいませんでした。当然でしょう、産まれるべくして現れた生命ではありませんから」


 すっと、ロボがその体勢を崩すとすぐに元通りになった。意識するだけでああなれるのか。


「ならロボ、おまえもう戦いは」

「心配ございません。ゴオウ殿と違いワタシにあの最強なる秘術はございませんから。原因も相違ですので。ただ逆に、どうすれば症状が治まるのかもわかりません」


 ゴオウは確か最強の拳法が世界の概念を覆すからそれに引っ張られるんだっけか。たしかにロボはそういう能力じゃないが。


「それでも、いつか消えちゃうって事じゃないっ! なんで今まで黙ってたのっ」

「ワタシが気づいたのはそのカエン戦でのことです。より深く自らを知る修行を重ね、更に死をもって自らの内を覗いた結果です」

「なんで、そんなに平気なの」


 フランはロボの達観した様子に、今までに無いくらいに眉をひそめていた。

 理解できないのと、ロボと俺がかぶるからだろう。


「元よりこの体に幸せなど訪れないと思っていました。今ここに、アオ殿、フラン殿、ラミィ殿、この三人との旅は掛け替えのないものです。一度死んだこの体にとって、身に余る光景でありました」

「なんで、そこで満足してるの。ねぇ、もっと生きてたいって、ロボは思わないの?」


 フランの直球みたいな言葉が、ずけずけとロボの耳に入っていく。

 俺は傍から聞いているだけでも、応えづらいことばかりだ。


「もちろん、ワタシもその気持ちは同じです。抗えるのならばなんとでもしましょう。ただそれが、事実から目を反らし一人抱え込むことにはつながりません。その事実に目をむけ、最善を贈る。それがワタシに課せられた義務なのだと、そう感じているからです」


 ロボの言葉は穏やかで、とても死ぬ生きるの話をするような人の声音ではなかった。

 たぶんロボは、俺なんかよりもずっと前から覚悟していたんだ。それこそ、俺たちに出会った正気を取り戻したときには、薄々感づいていたのかもしれない。


 今のロボは、完全に覚悟を決めて、俺たちに打ち明けられるまで成長した姿だのだろう。


「ご安心ください。ワタシはまだ昨日今日でお傍を離れるほど、軟ではありません。あっても数年、いやふたとせみとせかもしれません。ただ、フラン殿が理解してくれるまで、暇をとりはしません」

「理解なんて、したくない」


 フランは、納得した様子ではなかった。両手を握り締めて、壁に顔を合わせる。


「フラン、いつ……」


 俺はいつものお前だったらと言おうとして、やめた。そう言うのは一番言っちゃいけない台詞だ。

 でも、フランらしくない。

 フランはどれだけ外道なことだろうと、必要ならば協力すら厭わないタイプだ。道理があるのなら、それを納得してくれると思った。


「理解と割り切りは、違うのっ」


 ラミィが、俺の思考を読んだようにフォローしてくれる。


『これ微妙な雰囲気だね』

「うっせ」


 もうオボエとはそれなりに話したし、これ以上言うことは無いんだよ。

 あれだけしんみりしておきながらいけしゃあしゃあと俺の前に出てくるのもオボエらしいと言えばらしいけど。

 ホムラなんて袖で口を押さえてる。あれ絶対笑ってる。


「らしいではないか、わらわは嫌いではないぞえ。隣の喧嘩ほど楽しいものはなきに」

「ま、まああれだ。結論なんてでないだろ」

「言より働。口先ばかりの主はこの考えが好きさの」

「口先ばかりだからだよ」


 俺は口をへの字にしてホムラにそっぽを向く。


「よもや図星というのは、最も人を傷つけるゆえ」

「あーあー!」


 ホムラは、俺の欠点をからかって楽しんでいる。たぶんホムラは、相手がどういう人間だろうと楽しもうと思えば楽しめるのだ。


「ホムラのこと嫌いになりそう」

「わらわは主が愛しい」

「知ってる。なんとなくわかった」


 耳を塞いで、俺はフランの影に隠れる。

 フランは自分以外がこんなおちゃらけた雰囲気になっているのが気に入らないのだろう、ちょっと機嫌が悪そう。


 でも、そういうふくれっ面が俺は案外好きだったりする。


「いやさ、フランはそれでいいや」


 たぶん、ホムラと同じだ。

 どういう形であれ、そのフランを愛しく思うのもありなのだ。


 なんというか、これくらい険悪な方がこのパーティとしてはありな気もする。

 全員が全員同じ意見を持っていて、一致団結なんてそれこそ俺には気持ち悪いことだ。


「すこしくらいひねくれてたほうが楽しいよな」

「ようやっと、わらわを理解したか」

「意識が取り込まれてるっ」


 ホムラは人生楽しそうというか、達観してる。ロボと一緒で一度死んだこともあるし、その辺どこか考え方が違うのかも。俺も一回死んだんだが。


「フラン」


 達観できてない俺でも、今なにをすべきかはわかっていたはずだ。

 口先より動なんていってるくせに、御託ばっか並べてた。


「とりあえず死なないよう頑張るよ」

「無理して、死なないで」

「わかった」

「絶対に、死んだら駄目!」

「うん、ありがとう」


 やれることは沢山ある。やり残したことも多いだろう。

 でも一番に、フランにこれを言うべきだったんだ。


 わだかまりは残るが、これ以上話したところで論破なんて無理だ。だから、これくらい。

 これくらいで、あとは動くのみ。


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