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第十八話「しょくしゅ だいち」 

「フラン! 俺に水流だ」

「う、うん!」

「ムッキー!」


 俺は水流に弾き飛ばされ、後方に飛ばされる。それにムッキーを巻き込んで、無理矢理振り払った。


「これで駄目なら、森を燃やすからな……」


 自由になった体の息を整えながら、俺は盾を大きく振りかぶった。


「二度目の期待外れはなしだぞ……」


 そして思いっきり、杭を地面に突き立てて、


「このムッキーどもが、俺の傍に近寄るなぁあああっ!」


 力強い杭の一撃が、地面に振動を送る。

 ムッキーは地面を介さなければ力を発揮できない。ならば、ロボにやったように、地面にこれを突き立てれば、モンスターとの亀裂を作れるかもしれない。

 そんな期待から出た、行動だった。


「どうだ……だめか?」

「ムッキー?」


 ただ、俺の期待していた効力は、得られなかった。森を燃やすしかないのかもしれない。

 そう思った矢先、地面が震えだす。


「な、なに……これ」

「ムッキー?」


 ムッキーたちが首をかしげて、地面を覗き込んだ。ロボに張り付いていたやつらまで、気を取られ地面に目をやる。

 変化は、その後に起こった。


 地面から、巨大な緑色の蔓が湧き出したのだ。


「む、ムッキー!」


 ムッキーたちが慌てて逃げ出した。無理も無い、この辺り一体の地面からは、無数の蔓、というよりも触手のようなものがウネウネと、地面を割って暴れ始めたのだ。

 フランが、俺の元に近づいて服の袖を引っ張る。


「アオ、逃げよう! なんかここ変!」

「いや、大丈夫だ!」


 俺はその中でも、落ち着いていた。地面に付いた盾の杭を放さないように見守りながら、理解していた。

 この盾の効力を、やっと把握したのだ。

 ロボが心配からか、こちらに駆け寄ってくる。


「ロボ、おまえは怪我してないか」

「この畜生に心配は無用です」

「きゃ!」


 フランやロボの足元からも、触手が現れた。もはや俺の足元意外に、安全な場所はなくなるほどだ。

 つまり、俺はこの触手からの影響外にある。多少操れている。


 この触手はおそらく、盾が生み出した力だ。

 今まで、この盾の回復能力はおまけ程度と考えていた。でも違う。この回復能力こそが、土の盾の真骨頂なのだ。

 辺りの土に魔力を送り、成長させる能力。


「ムッキー!」

「オッペケペンムッキー!」


 ムッキーたちが、触手に絡め取られて、体を動けなくされている。

 俺がそいつらへ敵意を送ると、ムッキーを絡めた触手が締め付けられて、ムッキーを絞め殺した。


 俺がまだ盾の能力を知らないころ、一回だけこの杭の能力を使ったことがある。

 あの時は、敵も何もいない。つまりは何の目標も持たずに発動したから、何も起きなかったのだ。

 この触手は、俺の意志で自在に動く。


 ロボが、俺の杭を食らった時に、多少だが自分の意思とは違う行動に出たのも、おそらくこの盾の能力が影響していたのだろう。


 杭を当てた相手の生命を成長させて、自分の意思で操る能力、それがこの盾の本来の力だったのだ。


「自画自賛だが、氷の剣といい、俺の魔法はほんととんでもないな」

「……この面妖な力は、アオ殿のものでいいのか?」

「そうだ」


 触手に邪魔されること無く、ロボは俺の元に近寄ってきた。やはり意思がちゃんと反映されている。

 ムッキーはそのほとんどがぐったりし始め、ちょっとずつだがカード化している。


「勝ったな、完璧だ」

「本当にこの力は、アオ殿のものでいいのか?」

「だからそうだって」

「なら、あれはなんだ」


 ロボがしつこくいちゃもんをつけて、終いには上を指差す。


「ったく、何が不満なんだよ……フラン?」

「アオ! わたし、掴まって動けない!」


 なんでフランが絡まってるんだ。

 俺の中で疑問符が何個も浮かび上がる。そう思っている間にも、フランの周りに触手が集まって言った。


「ふ、服を脱がそうとしてるわ!」

「なっ!」

「助けてアオ! 止めて!」

「ま、まて、触手が勝手に!」


 なんだ、俺の意志に反して動いているのか。

 そう思っている間にも、フランの着ている服を触手が強引に脱がそうとする。手足を絡めとられ、フランはほとんど抵抗できない。

 どうすればいいんだ。いや命に危険はないからいいのか、いやよくないだろ。


 俺が地面から盾を地面から離せばいいのか。いやいや、まだムッキーはちょっとだけ残ってるし、解除するわけにはいかないよな。


「も、もうちょっとだけ待ってくれ!」

「ワタシが助けに行こう」

「いや、大丈夫だって!」


 俺が慌ててロボの行動を止める。どうすればいいか考えるべきだ。

 そうこう言っている間にも、フランは服をそこらへんに放り投げられて裸になってしまう。このあとは一体どうなってしまうのだろうか。


 と、その次の瞬間に、触手が引っ込んでいった。


「あ、あれ」


 俺はまだ盾を地面から離してはいないし、意思だって止めていない。なのに解除された。

 どういうことだ、時間制限とかあったりするのか。

 一応、裸になったフランの元に駆け寄り、服をかき集めてやる。ほんと、どうして止まったんだ。


「ほっほっ」


 そんなことを考えていると、背後から声が届いた。しがれたようで、重い声だ。

 一番後ろにいたロボが、その声の主に気付いて、目を見開く。


「もしやあなた様は」

「喧嘩の邪魔をしてすまないが、生き残ったムッキーを解放してあげてくれないかな、もう君たちを襲ったりはしないよ」


 森の影から現れたそれは、岩の形をした人間だった。

 体格はあのロボよりも一回り大きく、目と口はそれらしいものがあるが結構適当で、へのへのもへじになっている。人じゃない。モンスターにしては、奇妙だ。


「もしかしてあんた、精霊か?」

「はてさて、そう聞かれるのも、久しぶりだね」


 そう言いながら、ゆっくりとした足取りでこちらに近寄り、俺の前でお辞儀をする。

 ロボが何故か、慌てて膝をついて敬意を表する。


「地の精霊、大地に根ざす英気を司るもの、ガイアス殿ですね」



「すきに呼んで、かまわんよ」


 やっぱり、この巨大岩野郎が精霊だったのか。一応お辞儀しておこう。

 俺は首だけ頭を下げる。

 フランはそんなことをせずに、裸のまま俺の後ろに隠れる。


「ほっほっ、そんなことをしなくてもいい、地は常に生命に踏まれ、ともにある存在なのだから」

「フラン、まずは服を着ろ」

「ん」


 一度、フランを下がらせる。人外とはいえ、喋れるやつにフランの裸を見せたくない。というエゴ。

 ガイアスは俺たちが話しかけてくるのを待っているのか、でくのぼうみたく微動だにしない。


「礼儀がいらないなら楽でいいや。おっさんでいいか?」

「ほっ、名前もいらない」

「とりあえず聞きたいことがあってだ――」

「ガイアス殿!」


 ロボがいきなり、俺の前からしゃしゃり出て、ガイアスに歩み寄った。用があるのは俺だぞ。

 ガイアスは驚くことも無く、静かにロボの声を受け止めた。


「なにかい」

「ワタシは咎人です。大地の平定を源とするあなたに、この罪を懺悔したく思います」


 なんとロボは、俺たちを割り込みするだけじゃなく、ここぞとばかりにガイアスに断罪を求め始めたのだ。

 たしかに、偉大な精霊ってくらいだから、ロボを殺すことはできるのだろう。

 でも、それは納得いかない。


「おいまてよ」

「止めないでくださいアオ殿。ワタシは裁かれるべき悪徳だ、死を持って償うしかない」

「いや、勝手に進めてんじゃないって」

「ほっ、懺悔なんて、いらないよ」


 俺とロボの口論が、ガイアスの声にて止まった。

 ガイアスは、ゆらゆらと眠そうに体を揺らしながら、ゆっくりと喋る。


「君に罪はない」

「なぜです! ワタシは何人もの人を殺しました」

「精霊にとって、殺しと死の概念は必ずしも直結していない。特に、大地を平定するこの身は、死の是非を問わない」

「それはどういう」

「この身にとって人が死ぬという事は、ただ全てが大地に帰るだけ。魔力は常に個を持たず、概念の集まりである」

「……よくわからん」


 何を言っているんだこの岩は。


「たぶん、彼にとって死は、魔力が地に帰るだけって言いたいんだと思う。何も消えていないから罪じゃないって」


 着替え終わったフランが、背中から解説してくれる。

 ああなる。人も自然の一部だから、土に帰っても変らんと。なんとも極端な思考だな。


「それでは、ワタシの罪の在り処は」


 ロボは行き場をなくした苦しみに、地面に膝を付いた。

 ガイアスは、穏やかな視線でロボのことを見守る。偉そうに。


「君のすきなようにするといい」

「それが出来ないから困ってんだろ」


 ちょっとガイアスのことが気に入らなくて、口答えしてやる。

 思い出す。学校行事で何かやれといわれて、何も用意されていない自分を。何を聞いても何かやれといわれ、何もしないでいると周りの視線が痛くなる。俺がサボっていると、周りが言いふらす。


「好きなようにしろ? 精霊のクセに、俺みたいになげっぱしやがって、じゃあロボに死ねってのか」

「ほっ、君は?」

「アオだ」


 ガイアスの体に目はないが、どこからか視線を感じる。俺のすべてを見透かされているような錯覚に陥る。

 俺はくらみそうになる脚を踏ん張りながら、岩野郎を睨み返してやる。


 次に、ロボにイライラをぶつけてやった。


「だいたいなロボ、なんでお前は人を踏み倒したって生きてやるって気持ちが無いんだよ、それくらいの屑は、誰だってもってるぞ」


 人は誰しも、他人を踏みにじるものだ。直接殺すことはないにしても、無自覚で人を殺している人間だっている。

 たとえば学校で、いじめられっ子を遠まわしに笑う人間が、いじめられっ子に一ダメージも負わせてないわけが無い。人は誰しも、他人を殺しながら生きているときがある。


 ロボは直接手を下したにせよ、どっちかといえば遠まわしの人間だ。いちいち気にしている所を見ていると、小学校のころの自分を思い出して嫌になる。

 こいつ一人が、全部の責任を負うのが許せない。


「言ってやる。本当に責任を取るっていうんだったら、ロボの人殺しに関わった全部の人間を何とかしてからにしろ。そしたら、ロボを俺が裁いてやる」

「……」


 ロボの口が一度開きかけたが、何かを考えるようにそっと閉じられる。もう一度開くときには、ロボは不思議なほど落ち着いていた。


「……わかった、たしかにワタシ一人でどうにかなる罪じゃない。もしかしたら彼女は、また同じことを繰り返すかもしれない」


 初めて、ロボの目に生きる気力のようなものが宿った。意思と目的が、彼女の中でくすぶり始めたのだ。


「ワタシの過去を清算しよう。それまでは、ワタシは罪人として、生き恥を晒すことを厭わない」


 死にたがりが、不器用ながらも目的を手に入れた。進む先がそうであっても、ロボはもう、自分から死なないだろう。

 ガイアスは、この一連の会話を穏やかな表情で眺めていた。表情のない岩だから、穏やかに見えたのは俺の主観だが。


「なかなかどうして、素晴らしく、君は醜いかな」

「ご大層だな」

「褒めているんだよ。土と泥のこの身で、これ以上の褒め言葉はない」


 ガイアスはそう言って、俺から目を離し、ロボを見据える。

 とたんに、ロボの目の前で光が迸った。土から湧き出た光の柱は空へ伸び、収束してロボの胸の辺りで一枚のカードを作る。


「ガイアス殿、これは……!」

「君の営みが、どのような流れを産むのか、興味があるんだ」


 何だあのけったいなカードは。精霊が出したのだろうが、モンスターなんてどこにもいなかったぞ。


「……サインレア」


 フランが、ポツリと呟いた。

 サインレアだって!


「おいフラン、サインレアって」

「すべてのカードの頂点、気高く強い精霊の眷属として認められた者だけが、使用を許されるカード」


 サインレアって、精霊が作るのか。

 そう思っている間にも、一枚のカードをロボが掴み取る。光が消えたころには、土のカードに似た絵柄がそのサインレアに描かれていた。


「地のカード……」

「持っていくといい」

「体から力が湧いていく」


 ロボがそれを持っているだけで、色の濁った魔法が離れていくような感覚を見せられる。


「あれか、もしかして、モンスターの本能を払ってるのかそれ」

「衝動があっては、目的に邪魔だろう?」


 そっか、俺みたいな能力が無い以上、ロボにとって必須の力が手に入ったわけだ。


「よかったじゃないかロボ」

「……ガイアス殿にも、アオ殿にも、感謝しきれない」

「おいガイアス、俺にもそれくれ」

「だめ」


 ケチだな。あんなに簡単に作ってたじゃないか。


「アオ、サインレアは、精霊一体につき三枚しか生成できないのよ」

「あ、そうなの」

「だから、本当に認められた眷族にしか与えられないカードなの」


 フランが、人差し指を立てて説明してくれる。

 でもさ、案外あっさりロボにカード渡したぞ。


「アオ殿、本当に感謝の言葉も無い」

「もういいって」


 ロボが目を潤ませて俺の手を握ってくる。嬉しいけど、爪が怖いって。

 ちょっと目を逸らしながら、この状況から逃れようと考えている。そこで、大切なことを思い出した。


「そ、そういえばあれだ! ガイアス!」

「なんだい」

「この世界で一番美しいものを、俺たちは探しているんだ。精霊っていうくらいなんだ、何か知っていないか?」


 ここに着た本来の目的を忘れる所だった。犬がしゃしゃり出たりして、話が脱線したせいだな。

 この世界で一番美しいもの、そんな眉唾物が存在するのかどうかだけでも知りたい。


「なつかしいものだ、それを最後に聞いたのは、いつだったか」


 ガイアスが、遠くを見ながら、何かを懐かしむように呟いた。


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