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第百七十九話「れべる じゃ」

「おうよ、まぁあかん。あたしぁおみゃらに用ない」


 冒険者ギルド、マジェス支部にいたのはいつも通り受付ミニだ。ちょっとだけ元気が無い。


「えっと、レベル査定なんだが」

「レベルはとんきんとん。おうそうしちゃる」

「あ、いや普通にやってほしいんだが」


 もちろん、冒険者ギルドは通常営業などしているはずがなかった。最終決戦に向けたいざこざがこの空間にも舞い降りている。しっちゃかめっちゃかとはこのことだろう。

 だから最初は帰ろうとも思ったが、ラミィが受付に問い合わせたら特別にとこの受付ミニを呼んできてくれたのだ。


 それなのに、やる気が無い。


「ナーゴ」


 フランが、静かに受付ミニの名前を読んだ、と思う。名前知らないし。


「ゲノムは、素晴らしい人だった。あなたが好きになったのも、わかる」

「……」


 受付ミニは黙り込んだまま、頬杖をつく。

 俺は眉をひそめた。もしかして、ゲノムとこいつって、そういうことなのか。

 ラミィの方を見ると、俺の意図を察してくれたのか頷く。やっぱり、恋人だったのかよ。


 恋人が死んで悲しむ間もなく最終決戦か、受付ミニがこの緊急自体に俺たちの相手をしている理由がわかった気もする。

 受付ミニは悲しんで入るが冷静だ。今なにをするべきかしっかりとわかっているが、まだ吹っ切れていないのだろう。要は気分転換に俺たちの相手をさせられている。


 俺は、数少ないゲノムの最期を知っている人間だ。やっぱり、何か言うべきなのだろうか。

 あいつは格好良かったとか、頑張ったとか、そんなこと俺が言ってなんになるんだ。結局は一言で収まってしまう。

 でも、死んだじゃん。と。


「……」

「どうしたのアオくん? あんま見られると恥ずかしいよっ」

「あ、いやすまん」


 俺はふと、ラミィに視線を送る。

 最初の一歩は、自分で。たしか、演説でそんな事を言っていた。


「ギルドの受付、仕事しないなら、帰ってくれ」

「アオ殿!」


 俺は突き放す。やらないのなら帰れ。これほどキツイ言葉は無いだろう。印象は最悪だ。

 でも、決戦はもう真近に迫っているのだ。それでも立ち上がらないのなら、迷惑だ。


「……しょーもにゃ」


 受付ミニは俺の台詞をどう受け取ったのかはわからない。でもちょっとだけうつむいていた顔を上げてくれた。


「このじべたで仕事しちょうろし、しゃーないことか。だだくさくなっとらんでもうちょこっと頑張る」


 受付ミニが手を差し伸べる。仕事をする気になったみたいだ。

 フランがいの一番にカードケースとペンダントを差し出して、レベル査定を受ける。俺たちってそういえばいくつくらいなんだろ。


「でも比較対象のアルトがなぁ……」

「アルト? アオくんアルトのレベル知りたいのっ?」

「まあ、知りたい」

「一応推定レベルは七十以上だけど、精霊を倒した経歴と師匠……ゴオウさん相手に生き残った経歴もあるからって、たしか百は越えてるんじゃないかって言われてる」

「へぇ」


 俺の番になって、レベル査定をしてもらう。

 受付ミニは唸るように俺とカードケースを見比べている。


「結構高いだろ」

「こりゃやべぇ」

「これくらいになると勝手に決めてもいいのか? いつかまえに、あんまり高いと個人で決めちゃいけないって聞いたことあるけど」

「アオって、そういうのばっかり覚えてる」

「そんなんこのペンダントにぺたっとするだけだて、マジェス専属をなめたらいかん」


 最終的についた数値は、レベル百八。ネトゲみたいな数値だ。

 自分のレベルペンダントを感慨も無く見つめてから、三人に語りかける。


「これってどうなんだろ、アルトより高いのか?」

「う~たぶんっ」

「ちなみに蒼炎竜王はレベル百四十九だて」

「融合すると下がるのかよ……」


 フランはレベル四十五、ロボはレベル五十七、ラミィはレベル四十一。この三人だけ見るとドラクエの終盤みたいだな。


「指針にならないことも無いのか……?」


 適当にやってきたにしては、自分の実力を測るいい機会だったのかもしれない。

 今後、俺たちがどうやって戦うかの相談にもなるだろうし。


「死ぬんでねぇぞ、ばっちり生きとけよ! 死んだら終わりだて」

「ど、どうもありがとう」


 受付ミニって実際に喋ると結構騒がしい気がする。


「……あ」

「ッチ」


 そんな時だ、見知った声が俺たちに向けられた。ギルドの喧騒の中でも、はっきりと聞こえた。

 ゲーセンとかでもある現象だ。どれだけ騒がしくても、自分に向けられた声は不思議と聞き取れる。特に名前とかは。


「フラン!」

「ベリー!」


 ベリーとグリテだ。こちらにベリーが早足で近づいてくる。フランと一緒に叫び合うとなんかアイスみたいだな。

 フランはベリーの手を取って握手を交わす。珍しいきゃっきゃするフランが見られた。


 グリテはというと、なにか左手をチョコチョコと動かしている。気になる。

 とくに、片方しかないから目立つのだ。


「片腕同士だな」

「あぁ? なにいってんだ?」

「す、すまん、ジョークにしては節操なかった」


 グリテがビキビキと青筋を立てている。同列に扱われるのがいやなのだろう。このヤンキー眼光はたまにたじろく。

 ただ俺は、そのやり取り一つで把握した。


「足が悪いのか?」

「クソが」


 グリテは俺に殴りかかってこなかった。いつもだったら一瞬で距離を詰めて殴りかかるはずなのに、それをしない。

 違和感無く足を動かしているが、たぶんそれはグリテが糸を使って自分の身体を操っているからだ。右足が、悪くなってる。


 そもそもカエンとの戦闘で、無事でいられるのがおかしいのだ。最初の炎で半分以上死んだわけだし。俺とロボはその点では悪運に恵まれたのだろう。

 ベリーやおでぶさんは早期に退場したからいいものの、戦闘の軸になっていたグリテはカエンの攻撃をもろに受けた。


「抉られた腹はもう大丈夫なのか?」

「うるせえ、くんな」


 たぶん、内蔵をやられたときに足も痛めたのだろう。普通、怪我すればその衝撃で体のどこかが壊れるもんな。そこだけってのが甘い。


「なんでお前ら無事なんだよ、死ね、都合悪く死ね」

「都合よく生き残ったんだから追求しないでくれよ」


 グリテは立ち止まったことで右手を自由にしたのか、俺の頬を本当に千切るようにつねった。


「痛い痛い!」

「グリ、テ」


 ぺちりと、ベリーが手を払ってくれる。

 グリテはその反動で体のバランスをずらすが、それもベリーが支える。


「けっ」

「いた、い」


 グリテは支えてもらったベリーをはたく。といっても、ベリーと一緒でぺちりといった感じだ。俺にもそれくらいで許してほしかった。


「おみゃあら何しきたよ? まず話を聞こう。私ぁそう思う」


 受付ミニが真っ当な事を言ってこの場を収めてくれる。

 俺は頬をさすりながら、グリテが何を言うのか待っていた。


「アオ大丈夫?」


 フランも俺の頬をさすってくれる。ちょっと嬉しくて照れる。

 ラミィが、無言のままだったグリテに話しかける。


「あれっ、確かグリテさんって牙折聖戦には参加するんですかっ?」

「する」


 ベリーが変わりに応えた。うんうんと何度も頷いている。


「で、も、荒蜘蛛だけ」

「そうだろうな、その体じゃオートで動いてくれる荒蜘蛛の指示くらいか」


 潜入部隊に配属できないよな。戦力だけなら申し分ないから、惜しい。


「ここ、きたのは」

「おいそこのチビ、パアットの情報はねぇのか?」

「自分をチビだと、おうそうだよ。バッチリ待っとれ」


 受付ミニが裏に消えてしまう。モンスター情報を探しに行ったのだろう。


「なるほどな……パアットか」


 俺は無意識にグリテの無くなった右手に目が行ってしまう。足の不調は時間が経てばツバツケを常用して治るだろう。でもこっちはそうもいかない。

 足が治れば片腕でも何とかなりそうなもんだけど、たぶんグリテはか○わであるのがいやなんだろうな。


「このクソ面倒事が終わったら即行治す」

「つっても、パアットって史上最高難易度のモンスターだろ。まぁグリテなら何とかなりそうだけど……」

「いえ、そう易々といくとは間合いを見限りすぎです」


 ロボがふふんと、得意気な顔をしている。知っているんだな。


「パアットってどんなモンスターだ?」

「マリアの記憶に、いつだったか病気の治療で得た知識がございました。パアットは再生怪物、たとえどれほどの力押しで攻撃しようとも瞬時で再生する能力を持ち合わせています。そして、その力の余波は我々人間を脅かします」

「余波?」

「左様です。流暢な解説になりますと、まさにアオ殿の盾の過剰回復と同じです。傍にいるだけで生命活動を活発化させ、消えることの無い腐りを人々に与えると言われています」

「あるく土の盾暴走バージョンか……確かにそう考えるととんでもないモンスターだな」

「しかし、その有り余る力は世界にも及びます。パアットの通った後には草木も生えず、故に荒廃した土地でのみ生まれるのです」

「おーあったで! みんなよく聞こう!」


 受付ミニが情報を集め終えたみたいだ。こちらにトコトコと近寄ってくる。


「最期に確認されたのは五年前、西の果て、戒荒野ってな、でも確証はないし、これはお手上げって事だて」

「ないのかよ」

「まぁ、そんなんだろ……西」


 グリテはそこまで期待していなかったみたいだ。


「やっぱ、探しに行くのか?」

「あぁ、てめぇには関係ねぇだろ」

「うん、い……く」

「勝手に、こ、た、え、るな!」


 グリテがベリーの頭を杖みたいに上からわしづかみにして、わしゃわしゃと紙を崩している。

 ベリーは慣れっこなのか、ほとんど抵抗しない。

 イノレード学院で俺があれやられたときクソ痛かった覚えがある。手加減してるのか。


「でもベリーって、フランより背のびてるよな」

「ふふん、わたしはアオは小さい方がいいって知ってるから」

「いつか、おいこす」


 ベリーがグリテに宣戦布告してるけど、女性じゃ百八十越えも難しいだろ。たぶんグリテは百九十ありそうだし。


「いつかかぁ……」


 俺はそんなに未来のことなんてわからなかった。むしろこれが最後だって思っていたくらいだ。

 でも誰だって、当たり前のように明日の事を考えるんだよな。


「そろそろ行くか……」


 俺はもうここに用はないと思う。レベル査定はやったし、四人でいるのならもっと静かな場所を選びたい。


「いこ」

「次はどこにするっ!」

「アオ殿の行く先でしたら、たとえ地獄でも」

「じゃ」


 三人とも同じ考えでいたようだ。俺に異論はなくついていってくれる。

 俺はグリテとベリーに軽く会釈だけして、二人の横を通り過ぎる。


「おいアオ」


 グリテが、俺の名前を読んだ。

 入口に向かっていた足が、一度だけ止まる。俺はグリテの方を振り返った。


「ん、なんだ?」

「クソが……」

「ばいばい」


 ベリーが、手を振って俺達を見送っている。たぶんフラン宛だろう。

 呼び止めた本人のグリテは、しばらくの間無言で俺の事を睨みつけていた。


「じゃあな」


 そして封を切るように一言だけ、グリテはそう言って俺に背中を向ける。

 振り返ることは無かった。


「ああ、じゃ」


 俺も確認するようにもう一度、さよならを言う。

 グリテが珍しくした挨拶に、ちょっとだけ感慨にひたったようだ。


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