第百七十八話「さいたん はち」
「なんでだ?」
学園祭の劇で、冗談半分で主役候補に突き出されたような気分だ。実際はタンスとか木とかやらされる。
だが、リアスがそんなジョークを言う性格じゃないのは知っている。つまりは本当のことだ。
「このマジェスにいるグループの中で、最も戦闘力が高いからです」
「謙遜もすぎれば侮蔑になる。アオ、貴様の力がどんなものかは我以上に知っているはずだ」
ベクターの言葉が、俺の考えを愚問だと、逃げだと罵った。
たしかに、今の俺には龍の、蒼炎竜王ホムラの力がある。たぶんマジェスで一番強い勢力かもしれない。
「でも、他国の俺たちでいいのか? 信用は? 四人だけでいいのか?」
「命のやり取りに偽りはない、それ以上、何を積み重ねろと。数で誇るのは蛮族のすること、この世界は一騎当千、何の意味もなし」
「もしかして、不満ですか? この立ち位置は?」
「いや……」
冷静に考えれば、順当な配分だ。それはわかっている。
もしかしたら俺は、まだこの龍の力を使いたくないと思っているのか。
「違うよアオくんっ。アオくんはそういうところはしっかりやるからねっ」
「アオ殿の懸念はおそらく、自らが始めて矢面に立ったことによる、武者震いでしょうね」
「なにそれ、やめろよ」
俺は変な鳥肌がたって震える。なんか二人が怖い。
ロボとラミィがふふんとしたり顔でこちらを見ている。腕を組むな。
「じゃあ、俺とフラン、ロボの三人で突入するのか?」
「あーっ!」
「いえ、ラミィ様もこの作戦には参加させていただきます」
「前にもベクターが言ってただろ、戦力としては――」
「じゃーんっ!」
ラミィが、俺の頬にぺちぺちと何かを叩きつけている。奴隷紋が全く発動しない、仕事しない。
俺は嫌々ラミィの持ってきた何かを見て……目を見開いた。
「なんだ……そのカード!」
「空のサインレアっ!」
「あの会議にて、ラミィ様が空の精霊に認められ、カードを置いていきました」
「丁度ケース奪われちゃったから、レアカードが無いって言ったらくれたんだっ!」
「そんなアホな」
空の精霊ってそんなに軽い奴だったのか。やっぱ自由を心情にしている奴のすることはわからん。
「こほん、よろしいですか」
リアスが咳払いをする。この一ヶ月なんだかんだで一緒にいる機会も多かったので、慣れっこみたいだ。
「すまん、脱線した」
「気になさらず。ラミィ様もそのサインレアの影響でレベル四十を超えると思われます。時間があれば後にギルドへ赴いてください。とにかく、この役割分担に異論はなくなったと思われます」
「イノレードの天才、マジェス英雄の遺産、トーネル王族であり現代の英雄。そして蒼炎竜王。これだけ出目も境遇も違えた四人が、ここに集う。その偶然に意味を感じるのは道理だ」
蒼炎竜王って、俺の成分ゼロじゃないか。
まあ、元々俺にはなんも無いのは知ってるし。地球人ってのもアドバンテージにならないからな。
俺は不満を隠すように手を頭の後ろに回す。フランには気づかれたな。
「作戦内容はそれほど難しくありません。というよりも、今回も大規模戦闘ですので、複雑な指示は不可能です。まず、このマジェスベクターを冥の戦艦へ接近させ、衝突させます」
「グルングルはどうするんだ」
「マジェスにいる戦える全勢力の七割を組み込んでそれを排除します」
「我がマジェスベクターにはそれなりの防衛障壁があるが、それにも限界がある。ある程度は雑兵の相手をせねばならん」
モニターが移り変わる。冥の戦艦とマジェスベクターが衝突している図だ。なんか突き刺さっててシュールだな。
「このマジェスベクターのモジュールを使い、先端を内側から開き、そこを進入口とします」
リアスが言うと、モニターが骨組みの緑色の線で描かれる状態になる。内部を見せるためだな。言葉どおりマジェスベクターが突き刺していた先端が開いた。ビオランテの口みたいだ。
底から更にズームして、その先端の口に近づく。なんだこれ。
「冥の戦艦通路?」
「はい、冥の戦艦はイノレードが作り上げたもの。これだけ大規模なものになると機密とはいえ隠しきれるものではありません。実際に、設計図が残っていました」
「我々でも独自に調査し、内部構造を把握していたのだが……イノレードの小娘から提供された」
「レイカですねっ!」
「ああそうだ、つい先日、訪れた時に預かった。あの女、やはり優秀な諜報をつれているな」
俺はその冥の戦艦地図をまじまじと見つめる。これだって、いろんな奴らの助力で得られたものなのだろう。
モニターは次の動作に以降する。幾つかの丸が、その通路にそれぞれ侵入していく。たぶん、進入グループだろう。
「やっぱ俺たち以外にもいるんだな」
「おそらく内部もモンスターの密集地帯でしょう。どれだけの規模かはわかりませんが、楽観視できるほど余裕はありません」
「でもこれだけのグループが潜入するのか」
「数だけで言えば七グループ。どれも屈強なギルドチームです」
「勘違いするなよ、こいつらは囮だ。あくまで本命は貴様等、アルトとタスクの相手をするのはほかでも無いこの四人だ。だからこそ我はここに、頭を下げている」
「下げてないだろ」
俺は苦笑いで緊張を隠した。ほんとうに、今回の作戦は俺たちが主役なんだ。
「もちろん、あなた方の目指すルートは最短、かつモンスターの出現率が最も低いであろう場所を選択しています。このデータは、二十年前に残されたイノレード地下道と類似点が多く、イノレード政府はそれをそのまま流用したと思われます」
モニターにはひときわ輝くルートが一筋だけ描かれる。あれが、俺たちの進む道なのだろう。
「しっかりと覚えておいてください。もちろん戦闘中に戦況が変わります。その度にフランへ通信を送ります。これはあくまで予定通路。囮の生存状況、残り時間、勢力分布、いくらでも枝分かれする可能性があります」
「うん、覚える」
フランが顔を乗り出してモニターを見つめ始めた。通信役も兼ねているので、フランが一番覚える項目だろう。
もちろん、俺たちだってそれに頼ってばかりじゃいけない。フランに何かあれば、進入も脱出も不可能になったじゃ話にならない。
ロボは目に力が篭る。自分の与えられた責務が重くのしかかっているのだろう。
ラミィはそれほど緊張していないが、だからと言ってほおっておくのはよくない。
「さっき、楽観視はするなっていったけどさ」
「はい」
「あんたらを、頼ってもいいんだろ?」
ちょっとしたジョークのつもりで、俺は笑いかける。
リアスは一度キョトンとして、ベクターに視線を移す。
ベクターは、これほど無いまでに、歯を見せて笑っていた。
「見くびるなよ、我とて三大国家の王。たった四人の期待を背負えずして、未来などあろうものか」
「ならちょっとは気楽だな。ここは大船か?」
俺たちは決して惰性でこの戦いには挑まない。
でも、ちょっとくらいは楽を覚えてもいいのではないかと、思う。
「アオくんっってばっ! 私もいるじゃないっ!」
「アオ殿! ワタシとて大盾でございます!」
ロボとラミィが、二人そろって突撃してくる。まだ会議中なんだよな。
ふと、俺の手にちょこっとだけ暖かい感触が伝わってくる。
「……」
そっぽを向いたフランが、隣にいた俺の手を握ってくれたのだ。
「ふっ……はははっ!茶番!」
ベクターの軽口はなんとも刺激的だ。
「今から決戦時間までの間、あなた方にやってもらうことはこの分布の暗記です。とはいえ、速記では限界があると思いますので、後にカードケースに入る地図も配りますのでそれを参考にしてください。あとは」
リアスは一度口を閉じて、息を吐く。大事なことは言い切ったのだろう。
「あとは、残り八時間、良識の範囲内であれば、自由に過ごしていただいて構いません。失礼します……」
リアスは一礼をした後、フランの事を一度だけ見て、退室する。
「いいのか?」
「リアスにはやってもらうことが山ほどある。時間はいくらあっても足りん。無論、我もだ」
そういう意味で聞いたわけではないのだが。
ベクターは特に俺の意図など気にしていない様子だ。むしろ俺の肩を思いっきり叩いて、手を振りながら俺たちに余韻を残す。
まあ、肩を叩かれた意味はわかるけど。
「どうするか?」
俺はとりあえず三人を適当に見回して、これからの事を考える。
「アオ殿はいずこに?」
「いや、それが無いから聞いてるんだが……」
ラミィもロボも、俺がなにをするのか尋ねている。
二人って、こういうときいの一番に何か手伝えないかベクターに進言するタイプなのにな。
たぶん、今一番に二人がしなくちゃいけないことが、牙抜き作戦の成功。つまりは、俺たちのポテンシャルの底上げと保持。
なんとなくだけど、提案せずここにいるわけがわかる。
「ここにいるだけでもいいのか?」
俺はそれがわかって捻くれてしまう。こういう所に自己嫌悪してしまう。
「アオ殿が望むのでしたら、ありのままに」
ロボはあくまで真っ直ぐに、応えてくれる。本当に誠実だ。
「だからって、椅子の上で正座は……」
「アオくんさ、死ぬかも知れないのはアオくんだけじゃないんだよっ」
ラミィが口を挟んだ。言葉とは裏腹に、気楽にも椅子に座ったまま両足を持て余している。
「確かに、アオくんの身体は今日で龍くんになっちゃうかもしれないけどっ、一回ならまだ希望はあるよ。だからっ! 自分だけ不幸みたいな顔しないっ! 他の皆だって命がけなんだから」
「うっせぇ。お前らが変に気を使うからだろうが」
「でも、ちょっとだけ嬉しいでしょ?」
「う……」
俺は不覚にもたじろいてしまう。
ラミィはそんな俺の表情に満足して、にっと太陽みたいな微笑を浴びせてくる。
ちょっとだけむかついたので、俺はロボの頭を撫でて冷静になろうと勤めた。
「おいロボ、お前も笑うな」
「ロボさんに八つ当たりしないっ!」
「い、いえワタシは兜割りに構っていただく方が、この身祝塾でございます……」
「アオ」
フランが、静かに口を開いた。この騒がしい中で、本当にひっそりとした声だった。
「どうした?」
俺を含めて、全員が気づく。付き合いも長いから、フランの小声は結構聞こえるのだ。
「……」
フランは一度右を向いてうつむいて、次に左に首を振り、口を開く。
「冒険者ギルド」
「ギルド?」
「いこ」
フランが立ち上がった。
たぶん、俺たちの軽口に入れなかったことがちょっともどかしかったのかもしれない。確かにフランって、俺たちに慣れはしたけど、あんまりテンションの高い感じはしないもんな。
適当になにかを言って、輪の中に入ってきたのだ。
冒険したての頃のフランだったら、たぶん勝手に別のこと考えていたんだろうなぁ。
「まあ、そこでいっか」
「フランちゃん一緒にいこっ!」
「お供いたします」
「……うん」
フランはちょっとだけ機嫌をよくして、頬を赤らめて目をそらす。むっとした表情だが、いつものことだ。
なんだかんだで、この表情が一番安心する。たぶんそれは、ラミィとロボも一緒だろう。
あと八時間で、俺たちの決戦が始まる。
嵐の前なんだし、やっぱり穏やかでいたいと思う。




